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運命を見つけた日

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 王妃候補達が、後宮に入ったその日。
 宰相に無理矢理押し出される形で、アレクシスは後宮に重い足を伸ばしていた。
 そこでずっと探し求めていた運命の匂いに、再会するとも知らずに。

 どんなに手を尽くしても出会えなかった運命が、王妃候補の三人の中にいるのかもしれない。
 その可能性が示された事は、三十を過ぎて王妃を迎える事から逃れられなくなったアレクシスにとって、最高の奇跡だった。



 先王がまだ健在で、王子としても未熟だった十八歳の頃。
 同年代の騎士見習いが行う城下見回りの様子を見学するという名目で、アレクシスは城下に降りて来ていた。
 雪が降ろうかという寒い日で、王族とはいえまだ何の責任もなかったアレクシスは、見学よりも遊びに近い感覚で中央広場をぶらぶらと歩く。

 その時に偶然、アレクシスは運命と出会ったのだ。
 出会ったといっても、会話をした訳でもなければ、容姿さえ確認出来ていない。
 けれど一瞬でわかった、運命の匂い。
 この人以外いらないと強く思う、心の底から湧き上がる今まで抱いた事のない激しい感情に、揺さぶられた。

 それから十二年。
 アレクシスは、あの日の運命との再会をずっと待ち望んでいる。

 父である先王が急死し、王の地位に就いたのが二十五の時。
 それまでは、護衛として騎士が付いて来ていたとはいえ、比較的気軽に一人で城下に降りられたものの、その時を境にそれも叶わなくなった。
 必死に幾度も匂いを頼りに探したが、運命との出会いはあの一度きりで再会は果たされず、自らが城下に降りられなくなってからは、探す事さえ困難になっていた。

 基本的に、Ωは公の場に出て来る事はほとんどない。
 身分の高い貴族の子息や令嬢であれば、どうしてもという時には抑制剤を服用し、身を守るチョーカーを付けて夜会などに参加する事もあるが、逆にそのような身分の者が城下に降りることはまずない。

 既婚者であれば、買い物などに城下に降りる機会が無い訳でも無いかもしれないと考え、念の為にと無理を言って既婚者Ωにも参加して貰って夜会を開催したこともある。
 だが運命の匂いに再会は叶わず、むしろ他者から奪う形にならなくてよかったと胸をなで下ろした事もあった。

 年齢や容姿が不明で、運命の匂いはアレクシスにしかわからないから、他の者に捜索を任せる訳にもいかない。
 結局の所、アレクシスが自身で探し出すしか方法がなく、城下で出会った事から平民の可能性が高いと考え、国中の老若男女全てのΩを王城に集めたいと言ってみた事もあるが、その時は流石に宰相にものすごい勢いで却下された。

 宰相だってαの男なのだから、運命に強く惹かれるアレクシスの気持ちはわからないはずがない。
 だが、いくら粘っても最後までそれが覆る事はなく、逆に宰相から渡される見合いの案件が増える一方で、数年前とうとうその案も諦めた。

 再会までも諦めた訳では決してなかったのだが、若くして経験も無いまま王座に就く事になってしまったので、政務に追われる内に、少しずつ捜索の手が途切れがちになってしまったのが実際の所だ。
 そうして、王妃どころか候補者さえ一人も迎えないまま三十歳になってしまい、とうとう宰相だけではなく他の官僚や貴族達からも、「結婚」という二文字が頻繁に発せられ始め、アレクシスを追い詰めてきた。

 アレクシスには王座を譲れる弟はいないものの、二人の妹がいる。
 どうしても跡継ぎが必要なのであれば、妹に子が出来ればその子を次代の王として養子にしても良いと考えていたのだが、その妹達もまだ結婚はしていなかった。

 自身が結婚していないのに、妹達にばかり早く結婚して子を作れと急かすのも憚られる。
 どうやら二人とも好き合っている相手は居るようだが、兄であるアレクシスに遠慮しているらしい。
 気にせず早く幸せになってくれと、声を大にして言いたかった。

 だが、王家にまだ一人も次世代の子が居ない事実に変わりなく、結果的に王であり一番歳上でもあるアレクシスが結婚を迫られるのは必然だった。
 王の結婚と子を望む周りの声を、とうとう無視できなくなった頃。アレクシスは、渋々王妃候補を後宮に招く事に同意したのだ。

 人選は宰相に一任したが、元々王の番は条件が厳しい。
 ある一定以上の貴族の令嬢で、アレクシスと年齢の近いΩ性の者となると、かなり限られる。
 側妃であれば、貴族位を持ってさえいればαやβでも構わないのだが、王妃は次代のαの王を産めるΩでなければならないからだ。

 宰相は、隣国まで手を伸ばしても候補が三人しか見つからなかった事を受け、もう少し貴族位の範囲を広げるべきだと進言していた。
 だが、一度運命を見つけてしまったアレクシスが、運命以外のΩに愛情を抱くことはない。
 犠牲者は出来るだけ少数である方が良いからと、それは却下した。

 そんな風に気乗りしないまま集められた王妃候補の中に、運命がいるかもしれない等と、どうして思うだろう。
 一度開いた夜会で見つからなかったというだけで、城下で会ったから貴族ではないのだろうと、自身で捜索範囲を狭めてしまっていた事に後悔すると同時に、最後のチャンスをくれた神に心から感謝した。



 そうして、三人の王妃候補達と順番に会ってみる事にしたのだが、あの日後宮で絶対に運命の匂いがしたのは間違いないはずなのに、三人の誰からもそれは嗅ぎ取れなかった。
 諦められず一度だけでなく数回逢瀬を重ねてみたが、やはり三人の誰もがアレクシスの運命とは違うと確信していくだけだ。

 令嬢に対して失礼極まりなく、香水を控えてくれるように頼み、婚前のΩ女性のうなじ近くまで顔を寄せた事もある。
 けれど、それでもやはりあの時の運命の匂いが三人からする事はなかった。
 そうであれば良いという期待をしたつもりはなかったのだが、頭のどこかでそう思ってしまっていて、結局の所は勘違いだったという事なのだろうか。

 諦めを顔に出さずとも、王妃候補達がアレクシスの奇妙な行動に疑問を抱いたのは間違いない。
 運命が見つからないのならば、この先きっと不幸にしてしまう事になる女性達へ、誠意を見せなければならないと考えるのは当然だった。

 王妃候補達が後宮に入って、一ヶ月が過ぎた頃。
 三人共が運命ではなかったと確信を得た上で、アレクシスはそれぞれの候補達に対して、この先誰かを王妃に選び子を成さねばならないが、心からの愛を捧げられない事と、これまでの非礼の数々を詫びた。

 王が頭を下げたことに王妃候補達は驚いていたが、覚悟があってここにいるのだから謝罪の必要はないと笑って許し、あまつさえアレクシスの運命との話を熱心に聞いてくれる様になった。
 自分以外との運命の話など、聞きたくもないのではないかと思ったのだが、Ωである王妃候補達にとって運命との出会いというのは、憧れの夢物語でもあるらしい。

 王妃候補達の中から正式に妃を決める期限は、約半年。
 せめてもの誠意と、そしてまだ諦めきれずにいる運命との再会への僅かな可能性に、王妃候補達のヒートを狙ってなし崩しに番にしてしまうのだけは避けたいと、各々のヒートの時期を申告して貰いそれを避け、さらにお互い抑制剤を服用しての逢瀬は、一度も夜を越えた事はない。

 三人との逢瀬は、いつもアレクシスの運命の話が中心だ。
 Ωであるが故に、社交の場に出る機会はほとんどないとはいえ、流石に王妃候補となる位の身分と教養を兼ね備えた令嬢達と言ったところだろうか。
 王妃候補達との会話からは得る事も多く、思いの外苦痛では無かった。
 聞き上手な王妃候補達にせがまれるまま、喋りすぎたかと感じてしまう程、アレクシスはあのたった一日のただすれ違っただけの運命へ抱く恋心を、三人の王妃候補達へ赤裸々に語っていた。

 胸の中にあの日から途切れずある熱を、上手く隠して過ごす未来の形。
 それを自分に納得させる時間さえあれば、この三人の誰を選んでも深く愛情を交し合う事はなくても、穏やかに日々を過ごせるのかもしれない。
 王妃候補達を後宮に迎えてから、三ヶ月が経ちそう考え始めた頃。
 王妃候補の一人であるベアトリスから、急ぎの手紙が執務室に届いた。

「エヴァン・アルトー?」
「王、如何なさいましたか?」

 執務中に手を止め、ベアトリスからの手紙を読んで呟いたアレクシスに、同じ執務室内に居た宰相が耳を止める。

「後宮の護衛任務にあたっている騎士の中に、若いΩの青年が居るのを知っているか?」
「あぁ……はい。現騎士団長の子息で、例の候補生内で起きた事件の中心人物ですよ。騎士ではありませんが、父で情の厚い団長からではなく冷静沈着な副団長が、優秀な人物だから是非にと申し入れて来たので、良く覚えています」
「あの性差を笠に着て抑制剤を隠し、あまつさえ大勢のαの前で促進剤を飲ませたという、卑怯で馬鹿な事件の被害者か……」

 あの報告書を読んだときは、吐き気がした。
 Ωの地位を向上させたいと思案し、政策を進めようとしているアレクシスの思想と真逆を行く、努力しているΩを踏みにじる行為。
 それが、全ての者に対して平等であれという精神を磨くはずの騎士候補の中で起こり、そしてそれを誰も悪だと思わない世の中に。

 そして、その被害者であるΩを処断しなければならなかった、自分の無力さにも。
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