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起 その②
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「なっ……!」
まあ、そんな程度で王太子殿下の腹の虫が収まるとは思っていませんでしたけど。
最愛の女性を悲しませた悪女を破滅させるまで暴走するしかありません。
「王都に留まることは許す。国外追放も検討したのだが慈悲深いロクサーヌに感謝するんだな」
「身分を振りかざすなんて不毛です。貴族じゃなくなればきっとガラテア様も分かってくれます……!」
「こ、のぉ小娘が……!」
わたくしが顔を歪ませてロクサーヌさんに詰め寄ろうとすると、王太子殿下の傍らに控えていた取り巻き衆が素早く前に躍り出て阻んできます。ロクサーヌさんを掴もうとして手を取られ、その場に叩き伏せられました。
「これ以上ロクサーヌを傷つけることはこの俺が許さん!」
「やれやれ、貴女はもっと賢いかと思ったのだがな」
怒声を上げるのが騎士団長の嫡男。失望するのが若き侯爵。いずれもロクサーヌさんに好意を抱く殿方でした。王太子殿下に負けず劣らずわたくしを憎んでいたので、この無礼はこれまでの鬱憤を爆発させた結果でしょう。
「お前が王太子殿下方を狂わせたのよ! お前さえ現れなかったら――!」
「見るに耐えんな。おい、何をグズグズしている、早くこの女を連れて行け!」
ロクサーヌさんへ暴言を吐き続けるわたくしに嫌悪感を顕にした王太子殿下が命じると、騎士団長嫡男や若侯爵から引き取った近衛兵達がわたくしを乱暴に連れて行こうとします。いくらもがこうと屈強な殿方に力で叶うはずもありません。
きっと天罰が下るに違いない、雑種の小娘を娶るなど国の恥だ、などと連れ去られていく間も叫びますが、破滅した者の戯言に誰が耳を貸しましょう? 皆様からわたくしに向ける視線はどれも侮蔑、失望、嘲笑に彩られていました。
……いえ、ただ一人だけ違いましたね。
宰相閣下のご嫡男、トーマス様。
彼は何故か胸が張り裂けそうなぐらい悲痛な面持ちでわたくしを見つめていました。
■■■
さて、乱暴に馬車に乗せられたわたくしは王宮でも公爵家でもない方角へと向かわされました。王都に築かれた貴族方の別邸が連なる区域でもなく、王国市民達が過ごす市街地ですらありません。
「ね、ねえ、どちらに向かっているの?」
「すぐに分かる。我々は貴女を指定場所で降ろすよう命じられているだけだ」
「降ろすって、まさか今日からこのわたくしに庶民として過ごせって言うの!?」
「黙っていろ! もはや貴女は貴族でも何でもないのだからな」
野太い声で怒鳴られたわたくしは思わず悲鳴をあげて押し黙るしかありませんでした。わたくしを見張る近衛兵達はもはや汚物にでも向ける目をしています。王太子殿下から色々と吹き込まれているのでしょうが、訂正のしようもありませんでした。
窓からの長めは段々と寂れていきました。夜の街を照らす灯りの数も減っていき、家も美しさが鳴りを潜めて、必要最低限の機能さえあれば程度のみすぼらしいものへと変わっていきます。道も狭く暗くなり、すれ違う庶民の服装も簡素化してきました。
「着いたぞ。降りろ」
そして、馬車は止まりました。
所謂貧民街と呼ばれる王都の影である区域に。
突然現れた豪華な馬車に興味を惹かれた貧民達が集まってきました。武装した近衛兵が御者を務めているので距離は離していますが、こんなところで豪華な衣装と宝飾品を身につけたうら若き乙女が投げ出されたら、結果は火を見るより明らかです。
「ま……待ってくださいませ。こんな場所でこのわたくしに降りろと……?」
「嫌だと言うなら力づくで叩き出すまでだが?」
「お、お父様がこんな真似を許しませんわ! 今すぐ公爵に取り次ぎなさい!」
「公爵閣下なら既に貴女様を勘当する旨の声明を出している。縋っても無駄だ」
「う、嘘よ……お父様がそんな、わたくしを見捨てる筈が……」
「いい加減にしろ! 自分で降りるか蹴落とされるか早く選べ!」
怒声を上げた近衛兵は乱暴に扉を開いてわたくしの肩を強く掴みました。苦痛に軽くうめき声をあげてしまいましたが近衛兵は謝るどころか更に怒りを増したようでした。このままでは殺されかねない、と恐怖したわたくしは転がるように下車したのです。
「ただのガラテアとなれば多少はマシになるだろう、と殿下は仰っていたが、さてどうなるかな?」
「この女がそんなに簡単に変わるわけがないだろ。賭けにもならねえよ」
「ったく、深夜につまらねえ仕事押し付けやがって。手当ばっちり貰うからな」
もはや近衛兵はわたくしに見向きもせず、好き勝手いいながら馬車を走らせていきました。視界から消え、馬車が走る音すら聞こえなくなり、静寂に包まれた夜へと戻りました。彼らは帰っていったのです。自分達の、そしてわたくしの追放された世界へ。
一人取り残されたわたくしに段々と貧民達が近寄ってきます。突然の出来事にしばしの間様子を見ていましたが、囮捜査でもなく本当に我儘娘が捨てられただけだと確信したのでしょう。
「い、いや……来ないで……」
風呂どころか水浴びすらしていない汚れた手が無数にわたくしへと伸ばされます。振り払うにも限度がありますし、囲まれているので逃げようもありません。わたくしは成すすべなく髪や腕を掴まれてしまいました。
宝飾品を剥ぎ取られました。髪を乱雑に切られました。正装を引き裂かれました。宝石はおろか髪や布も高く売れるからでしょうね。
そして残されたわたくしそのものにも欲望にまみれた沢山の手が伸ばされて……、
「い、いやあぁぁぁああっ!!」
こうして傲慢で傍若無人な『悪役令嬢』は破滅したのです。
その後、男爵令嬢は素敵な王子様との恋を成就させ、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
――と、物語であればここで終幕なのでしょうが、ここは現実の世界。
各々の人生は続くのです。否応無く、ね。
まあ、そんな程度で王太子殿下の腹の虫が収まるとは思っていませんでしたけど。
最愛の女性を悲しませた悪女を破滅させるまで暴走するしかありません。
「王都に留まることは許す。国外追放も検討したのだが慈悲深いロクサーヌに感謝するんだな」
「身分を振りかざすなんて不毛です。貴族じゃなくなればきっとガラテア様も分かってくれます……!」
「こ、のぉ小娘が……!」
わたくしが顔を歪ませてロクサーヌさんに詰め寄ろうとすると、王太子殿下の傍らに控えていた取り巻き衆が素早く前に躍り出て阻んできます。ロクサーヌさんを掴もうとして手を取られ、その場に叩き伏せられました。
「これ以上ロクサーヌを傷つけることはこの俺が許さん!」
「やれやれ、貴女はもっと賢いかと思ったのだがな」
怒声を上げるのが騎士団長の嫡男。失望するのが若き侯爵。いずれもロクサーヌさんに好意を抱く殿方でした。王太子殿下に負けず劣らずわたくしを憎んでいたので、この無礼はこれまでの鬱憤を爆発させた結果でしょう。
「お前が王太子殿下方を狂わせたのよ! お前さえ現れなかったら――!」
「見るに耐えんな。おい、何をグズグズしている、早くこの女を連れて行け!」
ロクサーヌさんへ暴言を吐き続けるわたくしに嫌悪感を顕にした王太子殿下が命じると、騎士団長嫡男や若侯爵から引き取った近衛兵達がわたくしを乱暴に連れて行こうとします。いくらもがこうと屈強な殿方に力で叶うはずもありません。
きっと天罰が下るに違いない、雑種の小娘を娶るなど国の恥だ、などと連れ去られていく間も叫びますが、破滅した者の戯言に誰が耳を貸しましょう? 皆様からわたくしに向ける視線はどれも侮蔑、失望、嘲笑に彩られていました。
……いえ、ただ一人だけ違いましたね。
宰相閣下のご嫡男、トーマス様。
彼は何故か胸が張り裂けそうなぐらい悲痛な面持ちでわたくしを見つめていました。
■■■
さて、乱暴に馬車に乗せられたわたくしは王宮でも公爵家でもない方角へと向かわされました。王都に築かれた貴族方の別邸が連なる区域でもなく、王国市民達が過ごす市街地ですらありません。
「ね、ねえ、どちらに向かっているの?」
「すぐに分かる。我々は貴女を指定場所で降ろすよう命じられているだけだ」
「降ろすって、まさか今日からこのわたくしに庶民として過ごせって言うの!?」
「黙っていろ! もはや貴女は貴族でも何でもないのだからな」
野太い声で怒鳴られたわたくしは思わず悲鳴をあげて押し黙るしかありませんでした。わたくしを見張る近衛兵達はもはや汚物にでも向ける目をしています。王太子殿下から色々と吹き込まれているのでしょうが、訂正のしようもありませんでした。
窓からの長めは段々と寂れていきました。夜の街を照らす灯りの数も減っていき、家も美しさが鳴りを潜めて、必要最低限の機能さえあれば程度のみすぼらしいものへと変わっていきます。道も狭く暗くなり、すれ違う庶民の服装も簡素化してきました。
「着いたぞ。降りろ」
そして、馬車は止まりました。
所謂貧民街と呼ばれる王都の影である区域に。
突然現れた豪華な馬車に興味を惹かれた貧民達が集まってきました。武装した近衛兵が御者を務めているので距離は離していますが、こんなところで豪華な衣装と宝飾品を身につけたうら若き乙女が投げ出されたら、結果は火を見るより明らかです。
「ま……待ってくださいませ。こんな場所でこのわたくしに降りろと……?」
「嫌だと言うなら力づくで叩き出すまでだが?」
「お、お父様がこんな真似を許しませんわ! 今すぐ公爵に取り次ぎなさい!」
「公爵閣下なら既に貴女様を勘当する旨の声明を出している。縋っても無駄だ」
「う、嘘よ……お父様がそんな、わたくしを見捨てる筈が……」
「いい加減にしろ! 自分で降りるか蹴落とされるか早く選べ!」
怒声を上げた近衛兵は乱暴に扉を開いてわたくしの肩を強く掴みました。苦痛に軽くうめき声をあげてしまいましたが近衛兵は謝るどころか更に怒りを増したようでした。このままでは殺されかねない、と恐怖したわたくしは転がるように下車したのです。
「ただのガラテアとなれば多少はマシになるだろう、と殿下は仰っていたが、さてどうなるかな?」
「この女がそんなに簡単に変わるわけがないだろ。賭けにもならねえよ」
「ったく、深夜につまらねえ仕事押し付けやがって。手当ばっちり貰うからな」
もはや近衛兵はわたくしに見向きもせず、好き勝手いいながら馬車を走らせていきました。視界から消え、馬車が走る音すら聞こえなくなり、静寂に包まれた夜へと戻りました。彼らは帰っていったのです。自分達の、そしてわたくしの追放された世界へ。
一人取り残されたわたくしに段々と貧民達が近寄ってきます。突然の出来事にしばしの間様子を見ていましたが、囮捜査でもなく本当に我儘娘が捨てられただけだと確信したのでしょう。
「い、いや……来ないで……」
風呂どころか水浴びすらしていない汚れた手が無数にわたくしへと伸ばされます。振り払うにも限度がありますし、囲まれているので逃げようもありません。わたくしは成すすべなく髪や腕を掴まれてしまいました。
宝飾品を剥ぎ取られました。髪を乱雑に切られました。正装を引き裂かれました。宝石はおろか髪や布も高く売れるからでしょうね。
そして残されたわたくしそのものにも欲望にまみれた沢山の手が伸ばされて……、
「い、いやあぁぁぁああっ!!」
こうして傲慢で傍若無人な『悪役令嬢』は破滅したのです。
その後、男爵令嬢は素敵な王子様との恋を成就させ、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
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各々の人生は続くのです。否応無く、ね。
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