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 近い将来宰相となること間違いなし、と讃えられたトーマス様がご結婚なさった、との吉報が社交界に伝わったのはそれから少し後のことでした。そしてそのお相手が破滅した元公爵令嬢ガラテアだと判明し、話題を独占しました。

「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下、王太子妃殿下」
「あ、ああ。トーマスか。まさかお前が彼女と結婚するとはな……」
「皆からも酔狂だと言われていますが、私は彼女と結ばれたこと、添い遂げられたことを神に感謝しています」
「そ、そうか……」

 王太子殿下に断罪されたわたくしが相手とのことで挙式は身内だけのささやかなものでしたし、周囲の反対を押し切ってのものだったため、トーマス様……いえ、トーマスは奇異なモノを見る目を向けられています。

 しかしトーマスはこれでもかと言うほどわたくしを愛してくださります。そして仲睦まじさを公の場でも隠そうとせず、いかにわたくしが可愛いか、魅力的かを自慢気に語るのです。恥ずかしさのあまりに穴を掘って埋まりたくなりますよ。

 一方、願いが叶って想い人と結ばれた王太子殿下ですが、順風満帆とはいかないようです。というのもロクサーヌさんの王太子妃教育の進捗が芳しくなく、また外交の場で白い目で見られることで、ようやくやってしまったことに気付いたようです。

 そして当のロクサーヌさんもかつての初々しさや素朴さが鳴りを潜め、疲れが全面に出ていました。その顔には「こんな筈じゃなかったのに」とありありと書いています。まあ、真実の愛とやらがあるんですし、きっと乗り越えられるでしょう。

「ありえないありえない……。エンディングにも後日談にも書いてなかったじゃないの……」

 こんなエンディングを迎えてもう道標の無いヒロインの呟きを理解して受け止められる人はいませんよ。

「こんばんは、伯爵」
「こ、これはこれは、宰相閣下」
「ご夫人も元気そうで何よりです。お子さんは順調に育っていますか?」
「……ええ」

 そして、本物のガラテア様は公爵家の分家筋の娘として別の分家である伯爵家に嫁ぎました。公には公爵令嬢ガラテアは王太子の怒りを買って廃嫡されているため、今のガラテア様は元子爵令嬢の伯爵夫人に過ぎません。

 しかしどうもガラテア様はかつての栄光が忘れられないようで、伯爵家は苦労が絶えないそうですね。

 まずガラテア様は自分が公爵令嬢ガラテアだと悟られないよう容姿を変えさせられました。それから彼女の好みも自重して衣装や宝飾品の数々も控えめにせざるを得ませんでした。そして、目立たぬよう大人しく振る舞わなければいけません。

 本当なら領地で隠居していれば普通に過ごせたのですが、どうしても社交界を忘れられない彼女は公爵令嬢ガラテアらしさを封じてでも表舞台に出たがりました。その妥協が苛立ちの要因になっているのでしょう。

 伯爵閣下は誠実で優秀な方だけに、ガラテア様を押し付けられたことが運の尽きにならねばいいのですが……。まあ、きっと大丈夫でしょう。ガラテア様は選ばれた人間だそうですからね。逆境も跳ね除けてくださるでしょう。

「ラファエラ様。お顔が優れないようですが、大丈夫でしょうか?」
「え、ええ……」

 ラファエラと名を変えた元ガラテア様をあんじたわたくしに、彼女は決して悔しさや憎しみを表には出しませんでした。かつて自分が押し付けた悪役令嬢ガラテアが返り咲くなんて想像もしてなかったでしょうね。わずかに裾を握る拳が震えていました。

 けれど、わたくしは別に元ガラテア様に「ざまぁみろ!」とかは思いませんでした。自分でも意外だったのですが、元ガラテア様が不満だろうと幸せだろうと、もうどうでも良かったのです。

「ありがとうございます、ラファエラ様。わたくし、今とっても幸せです」
「……っ!」

 公爵令嬢ガラテアではなく、名も無き身代わりの娘でもない、わたくしを愛してくださる方と出会えました。それだけは彼女に感謝しなければいけませんね。

「さあ、行こうか愛しの妻よ」
「ええ、わたくしの旦那様」

 わたくしとトーマス様は手を携えて他の方への挨拶に向かいました。

 その時元ガラテア様が一体何を思ったのかは知る由もありませんし、知る必要もありません。彼女はガラテアであることを手放し、わたくしはガラテアでなかろうと手を差し伸べてもらえましたので、わたくしは彼女とはもう無縁でしょう。

「愛しているよガラテア」
「嬉しいですトーマス」

 こうして宰相夫妻は幸せな家庭を築き、ずっと仲睦まじく暮らしましたとさ。
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みんなの感想(11件)

クルベック
2023.11.24 クルベック

今頃になって一気読みさせていただきました。
最初の展開はたまげましたが、最後まで読んだ後で冒頭二話を読み返すと、いやなんともフェアな叙述トリック。感嘆しました。
最近は「誰もが皆それぞれに負担・不満・鬱屈・後悔を抱えながら生きていく」という物語をよしとするようになってきたこともあり、宰相嫡男含めてみなそこそこ不幸な(笑)中からしぶとく生きていくこれからを寿ぎたいと思っています。ありがとうございました。

福留しゅん
2023.11.30 福留しゅん

お読みいただきありがとうございました。
一度は放り投げていた作品でしたが、なかなか上手くまとまったと思います。
明確なざまぁは無いものの、各々それぞれの選択を受け入れてこれからも生きていくでしょう。

解除
ひろパパ
2023.02.15 ひろパパ

お久しぶりで〜す

内容としてはゲラゲラ面白いけどそれはそれとしてコメントとしては…「女性陣みんな大剣を持って二つ名を持ってるの?」
元No1とNo3とNo5
が出てたんで…

福留しゅん
2023.02.15 福留しゅん

よくぞお分かりで。
欧州圏では良くある名前ですが、女性キャラはあの作品の登場人物に統一しています。

解除
荒谷創
2023.01.25 荒谷創

愚物共が微ざまぁ後に、勝手に自滅していくのは目に見えています。
なんせヒドインはほぼ逆ハーレムルート攻略を達成して、国の将来を背負って立つべき俊英共は既に骨抜きの阿呆と化していますし、その事を王は諫めず黙認。
王太子妃候補を排出した公爵家は、保身の為に愚王太子に追従。
高位貴族は右にならえ。
宰相の嫡男は周囲の反対を押し切って元罪人扱いの妻を迎えたので、愚王太子の側近候補からはおそらく外され、宰相への道も厳しい。
既に教育未修のままヒドインを外交の席に同席させて、諸外国に失笑されている。
更にその事もあって、愚王太子とヒドインの仲にも亀裂が生じるでしょう。
早晩国が立ち行かなくなる事、請け合いです。
しかし、それではガラテア(新生)もトーマスも、多くの民が迷惑を被る訳です。
例の組織的にも、金の為に『乙女ゲーム』の展開を補助して一国を危ぶませ、周辺諸国にも悪影響を及ぼしたままのエンドとなります。

望ましいのは現王が、現王太子と王太子妃、側近共に見切りをつけて損切りし、第二王子あたりが次の王太子になり、トーマスが宰相で国を立て直す事ですかね。
経緯の詳細は不要ですが、主人公のモノローグででも、その辺りを明言していただければ随分すっきりします。
それでこそ『乙女ゲームに負けない』結果でもある訳ですし。
例の組織の時のお友達とも、その後互いに姿も名前も変わっていても、互いに幸せな事を確認出来て終生親交を持てたりすると百点満点のハッピーエンドと言えましょう。

外伝か追話があると嬉しく思います。





解除
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