自称無能で無価値で無意味な義妹はやっぱ優秀だと思うんだけど

福留しゅん

文字の大きさ
30 / 45

男は甘える女に口を軽くする

しおりを挟む
 貴族様がここに通う頻度を聞くと、概ね貴族様が公爵邸を抜け出す日と一致する。どうやら常連になっているらしい貴族様は美女を侍らせてお酒を堪能するのみならず、ほぼ毎回女を味わっていくそうだ。

「分からないですね。貴族って身分なら愛人だって作り放題なのに。人一人匿うぐらい簡単に出来そうじゃないですか」
「愛人を作るのは完全な黒、不貞行為よ。でも商売女を買うのは仕事の契約って扱い、つまり灰色なの。男の欲求を満たしたいのに妻は乗り気じゃない、けれど第二夫人を作るほどでもない。そんな隙間の欲求を解消する場がここよ。一晩だけの関係だから気楽だしね」
「不誠実ですね」
「そう考える時点でジュリーちゃんは夜の世界に向いてないわ。昼の世界で成功出来るよう頑張りなさいね」

 成功、か。
 わたしの場合は何をもって成功と言えるのだろうか?
 ミッシェルが、母が、そしてポーラが目指す先は一体何なのだろうか?
 わたしはどうすれば幸せを感じて生涯を生きていけるのだろうか……?

 まあいい。将来については後で考えることにして、今は目先のことだ。
 とにかくデヴィットの動向は分かったからもうここには用もない。
 出されたものは一通り堪能したのでそろそろ勘定を……、

「待ちなさいジュリーちゃん」
「クリスティンさん?」

 と思ったところでクリスティンに手を取られ、彼女に連れられて私は店の奥へと案内されていく。そして店同士を繋ぐ連絡通路をくぐって隣の店へと足を踏み入れた。薄暗い廊下を通ってわたしは奥の一室に入るよう促される。

 クリスティンが壁の燭台に火を灯すと、そこは妙な雰囲気を出す寝室だった。わりとしっかりとした作りの寝具が部屋の中央にあり、一人用の机と椅子が壁際に配置されている。入り口近くの小部屋には簡易的な身体洗い場があるようだ。

 これはもしかしなくても、と背筋を凍らせていたら、クリスティンが真面目な顔をして首を横に振った。

「別に取って食おうってわけじゃないから安心して頂戴。けれどそろそろだと思うから、ジュリーちゃんも聞いておいた方がいいかもね」
「何をですか?」
「この壁、少し薄いのよ。向こう側で大声出したりこっちが壁に耳を近づけると、色々と聞こえちゃうの」
「つまり、今から隣を盗み聞きする、と?」

 他人の情事など全く興味も無いが、クリスティンの気迫に押されて大人しく従うことにした。彼女と一緒に椅子に座って耳をすませる。すると程なくして隣の部屋にも誰かが入ったようだった。そしてその声はわたしのよく知るものだった。

 得意げになる貴族様と上客に媚びる美女、二人はやがて……とこの辺りで嫌悪感が増して耳を離してしまった。クリスティンが引き続き聞き耳をたて、暇な間彼女から菓子を貰った。貴族を相手してる店が用意するのもあって結構美味しかった。

 そろそろだ、とクリスティンに促されて再び壁に耳を寄せる。とりあえず二回戦ほど終わらせた後らしく、貴族様達は語り合っているようだ。欲望を吐き出した貴族様は上機嫌な様子で、口調が明るい。

「ね~え公爵様。うちのお店をご贔屓してくれますけれど、綺麗な奥さんがいるんじゃないですか~?」
「好きな料理とて毎日食べていれば飽きるものだ。どうやらアイツも察しているようだが何も言ってこないし、問題は無い」
「じゃあこれからもアタシを沢山可愛がってくれますか~? 一生懸命奉仕しますよ」
「勿論だ。お前はいい女だからな」

 壁を殴りたくなる衝動を何とか堪える。こんな奴から生まれたかと思うと手首を切って己の身体に流れる血を全部抜きたくなってくる。けれどそうしたら母から受け継いだ血肉まで失ってしまう。それは嫌だ。

「公爵様の綺麗な奥さんってアタシの先輩なんですけどぉ、今は公爵夫人なんですよね~凄いですよね~」
「そうだろう。アイツは良くやっている。やはり私の目に狂いはなかった」
「昔は先輩に前の奥さんの愚痴を結構言ってたそうですけどぉ、前の奥さんはどうしたんですかぁ?」

 なんだか話題がきな臭くなってきた。

「くたばったさ。あの小賢しい女のせいで私は散々苦汁を舐めさせられてきたが、神は私に微笑んだというわけだ」
「え~、もしかして公爵様がひと思いに、こう、やっちゃったんですか?」
「はははっ! 突然死として処理されたからそれが真実だ! だが、そうだな。お前には特別に教えてやろう。皆には内緒だぞ」
「なになに、教えて教えて~」

 そこから貴族様が語った内容は驚くべきものだった。
 目の前にいるクリスティンはそれを事細かく手帳に記していく。
 「娼婦が相手だからって口を軽くする間抜けは楽勝よね」と彼女は皮肉げに笑った。

「ジュリーちゃんはもう帰りなさい。もと来た通路を戻ればいいから」
「クリスティンさん、これは……」
「ジュリーちゃんは今日ここには来なかった。いい?」
「……はい」

 そうしてわたしは逃げるように店を後にし、公爵邸に戻った。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上
恋愛
濡れ衣を着せられ婚約破棄を宣言された裁縫好きの地味令嬢ソフィア。 絶望する彼女を救ったのは、偏屈で有名な公爵のアレックスだった。 「君の嘘は、安物のレースのように穴だらけだね」 彼は圧倒的な知識と論理で、ソフィアを陥れた悪役たちの嘘を次々と暴いていく。 これが、彼からの溺愛と逆転劇の始まりだった……。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄を受け入れたのは、この日の為に準備していたからです

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私シーラは、伯爵令息レヴォクに婚約破棄を言い渡されてしまう。  レヴォクは私の妹ソフィーを好きになったみたいだけど、それは前から知っていた。  知っていて、許せなかったからこそ――私はこの日の為に準備していた。  私は婚約破棄を言い渡されてしまうけど、すぐに受け入れる。  そして――レヴォクの後悔が、始まろうとしていた。

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

自称聖女の従姉に誑かされた婚約者に婚約破棄追放されました、国が亡ぶ、知った事ではありません。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『偽者を信じて本物を婚約破棄追放するような国は滅びればいいのです。』  ブートル伯爵家の令嬢セシリアは不意に婚約者のルドルフ第三王子に張り飛ばされた。華奢なセシリアが筋肉バカのルドルフの殴られたら死の可能性すらあった。全ては聖女を自称する虚栄心の強い従姉コリンヌの仕業だった。公爵令嬢の自分がまだ婚約が決まらないのに、伯爵令嬢でしかない従妹のセシリアが第三王子と婚約しているのに元々腹を立てていたのだ。そこに叔父のブートル伯爵家ウィリアムに男の子が生まれたのだ。このままでは姉妹しかいないウィルブラハム公爵家は叔父の息子が継ぐことになる。それを恐れたコリンヌは筋肉バカのルドルフを騙してセシリアだけでなくブートル伯爵家を追放させようとしたのだった。

処理中です...