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男は甘える女に口を軽くする
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貴族様がここに通う頻度を聞くと、概ね貴族様が公爵邸を抜け出す日と一致する。どうやら常連になっているらしい貴族様は美女を侍らせてお酒を堪能するのみならず、ほぼ毎回女を味わっていくそうだ。
「分からないですね。貴族って身分なら愛人だって作り放題なのに。人一人匿うぐらい簡単に出来そうじゃないですか」
「愛人を作るのは完全な黒、不貞行為よ。でも商売女を買うのは仕事の契約って扱い、つまり灰色なの。男の欲求を満たしたいのに妻は乗り気じゃない、けれど第二夫人を作るほどでもない。そんな隙間の欲求を解消する場がここよ。一晩だけの関係だから気楽だしね」
「不誠実ですね」
「そう考える時点でジュリーちゃんは夜の世界に向いてないわ。昼の世界で成功出来るよう頑張りなさいね」
成功、か。
わたしの場合は何をもって成功と言えるのだろうか?
ミッシェルが、母が、そしてポーラが目指す先は一体何なのだろうか?
わたしはどうすれば幸せを感じて生涯を生きていけるのだろうか……?
まあいい。将来については後で考えることにして、今は目先のことだ。
とにかくデヴィットの動向は分かったからもうここには用もない。
出されたものは一通り堪能したのでそろそろ勘定を……、
「待ちなさいジュリーちゃん」
「クリスティンさん?」
と思ったところでクリスティンに手を取られ、彼女に連れられて私は店の奥へと案内されていく。そして店同士を繋ぐ連絡通路をくぐって隣の店へと足を踏み入れた。薄暗い廊下を通ってわたしは奥の一室に入るよう促される。
クリスティンが壁の燭台に火を灯すと、そこは妙な雰囲気を出す寝室だった。わりとしっかりとした作りの寝具が部屋の中央にあり、一人用の机と椅子が壁際に配置されている。入り口近くの小部屋には簡易的な身体洗い場があるようだ。
これはもしかしなくても、と背筋を凍らせていたら、クリスティンが真面目な顔をして首を横に振った。
「別に取って食おうってわけじゃないから安心して頂戴。けれどそろそろだと思うから、ジュリーちゃんも聞いておいた方がいいかもね」
「何をですか?」
「この壁、少し薄いのよ。向こう側で大声出したりこっちが壁に耳を近づけると、色々と聞こえちゃうの」
「つまり、今から隣を盗み聞きする、と?」
他人の情事など全く興味も無いが、クリスティンの気迫に押されて大人しく従うことにした。彼女と一緒に椅子に座って耳をすませる。すると程なくして隣の部屋にも誰かが入ったようだった。そしてその声はわたしのよく知るものだった。
得意げになる貴族様と上客に媚びる美女、二人はやがて……とこの辺りで嫌悪感が増して耳を離してしまった。クリスティンが引き続き聞き耳をたて、暇な間彼女から菓子を貰った。貴族を相手してる店が用意するのもあって結構美味しかった。
そろそろだ、とクリスティンに促されて再び壁に耳を寄せる。とりあえず二回戦ほど終わらせた後らしく、貴族様達は語り合っているようだ。欲望を吐き出した貴族様は上機嫌な様子で、口調が明るい。
「ね~え公爵様。うちのお店をご贔屓してくれますけれど、綺麗な奥さんがいるんじゃないですか~?」
「好きな料理とて毎日食べていれば飽きるものだ。どうやらアイツも察しているようだが何も言ってこないし、問題は無い」
「じゃあこれからもアタシを沢山可愛がってくれますか~? 一生懸命奉仕しますよ」
「勿論だ。お前はいい女だからな」
壁を殴りたくなる衝動を何とか堪える。こんな奴から生まれたかと思うと手首を切って己の身体に流れる血を全部抜きたくなってくる。けれどそうしたら母から受け継いだ血肉まで失ってしまう。それは嫌だ。
「公爵様の綺麗な奥さんってアタシの先輩なんですけどぉ、今は公爵夫人なんですよね~凄いですよね~」
「そうだろう。アイツは良くやっている。やはり私の目に狂いはなかった」
「昔は先輩に前の奥さんの愚痴を結構言ってたそうですけどぉ、前の奥さんはどうしたんですかぁ?」
なんだか話題がきな臭くなってきた。
「くたばったさ。あの小賢しい女のせいで私は散々苦汁を舐めさせられてきたが、神は私に微笑んだというわけだ」
「え~、もしかして公爵様がひと思いに、こう、やっちゃったんですか?」
「はははっ! 突然死として処理されたからそれが真実だ! だが、そうだな。お前には特別に教えてやろう。皆には内緒だぞ」
「なになに、教えて教えて~」
そこから貴族様が語った内容は驚くべきものだった。
目の前にいるクリスティンはそれを事細かく手帳に記していく。
「娼婦が相手だからって口を軽くする間抜けは楽勝よね」と彼女は皮肉げに笑った。
「ジュリーちゃんはもう帰りなさい。もと来た通路を戻ればいいから」
「クリスティンさん、これは……」
「ジュリーちゃんは今日ここには来なかった。いい?」
「……はい」
そうしてわたしは逃げるように店を後にし、公爵邸に戻った。
「分からないですね。貴族って身分なら愛人だって作り放題なのに。人一人匿うぐらい簡単に出来そうじゃないですか」
「愛人を作るのは完全な黒、不貞行為よ。でも商売女を買うのは仕事の契約って扱い、つまり灰色なの。男の欲求を満たしたいのに妻は乗り気じゃない、けれど第二夫人を作るほどでもない。そんな隙間の欲求を解消する場がここよ。一晩だけの関係だから気楽だしね」
「不誠実ですね」
「そう考える時点でジュリーちゃんは夜の世界に向いてないわ。昼の世界で成功出来るよう頑張りなさいね」
成功、か。
わたしの場合は何をもって成功と言えるのだろうか?
ミッシェルが、母が、そしてポーラが目指す先は一体何なのだろうか?
わたしはどうすれば幸せを感じて生涯を生きていけるのだろうか……?
まあいい。将来については後で考えることにして、今は目先のことだ。
とにかくデヴィットの動向は分かったからもうここには用もない。
出されたものは一通り堪能したのでそろそろ勘定を……、
「待ちなさいジュリーちゃん」
「クリスティンさん?」
と思ったところでクリスティンに手を取られ、彼女に連れられて私は店の奥へと案内されていく。そして店同士を繋ぐ連絡通路をくぐって隣の店へと足を踏み入れた。薄暗い廊下を通ってわたしは奥の一室に入るよう促される。
クリスティンが壁の燭台に火を灯すと、そこは妙な雰囲気を出す寝室だった。わりとしっかりとした作りの寝具が部屋の中央にあり、一人用の机と椅子が壁際に配置されている。入り口近くの小部屋には簡易的な身体洗い場があるようだ。
これはもしかしなくても、と背筋を凍らせていたら、クリスティンが真面目な顔をして首を横に振った。
「別に取って食おうってわけじゃないから安心して頂戴。けれどそろそろだと思うから、ジュリーちゃんも聞いておいた方がいいかもね」
「何をですか?」
「この壁、少し薄いのよ。向こう側で大声出したりこっちが壁に耳を近づけると、色々と聞こえちゃうの」
「つまり、今から隣を盗み聞きする、と?」
他人の情事など全く興味も無いが、クリスティンの気迫に押されて大人しく従うことにした。彼女と一緒に椅子に座って耳をすませる。すると程なくして隣の部屋にも誰かが入ったようだった。そしてその声はわたしのよく知るものだった。
得意げになる貴族様と上客に媚びる美女、二人はやがて……とこの辺りで嫌悪感が増して耳を離してしまった。クリスティンが引き続き聞き耳をたて、暇な間彼女から菓子を貰った。貴族を相手してる店が用意するのもあって結構美味しかった。
そろそろだ、とクリスティンに促されて再び壁に耳を寄せる。とりあえず二回戦ほど終わらせた後らしく、貴族様達は語り合っているようだ。欲望を吐き出した貴族様は上機嫌な様子で、口調が明るい。
「ね~え公爵様。うちのお店をご贔屓してくれますけれど、綺麗な奥さんがいるんじゃないですか~?」
「好きな料理とて毎日食べていれば飽きるものだ。どうやらアイツも察しているようだが何も言ってこないし、問題は無い」
「じゃあこれからもアタシを沢山可愛がってくれますか~? 一生懸命奉仕しますよ」
「勿論だ。お前はいい女だからな」
壁を殴りたくなる衝動を何とか堪える。こんな奴から生まれたかと思うと手首を切って己の身体に流れる血を全部抜きたくなってくる。けれどそうしたら母から受け継いだ血肉まで失ってしまう。それは嫌だ。
「公爵様の綺麗な奥さんってアタシの先輩なんですけどぉ、今は公爵夫人なんですよね~凄いですよね~」
「そうだろう。アイツは良くやっている。やはり私の目に狂いはなかった」
「昔は先輩に前の奥さんの愚痴を結構言ってたそうですけどぉ、前の奥さんはどうしたんですかぁ?」
なんだか話題がきな臭くなってきた。
「くたばったさ。あの小賢しい女のせいで私は散々苦汁を舐めさせられてきたが、神は私に微笑んだというわけだ」
「え~、もしかして公爵様がひと思いに、こう、やっちゃったんですか?」
「はははっ! 突然死として処理されたからそれが真実だ! だが、そうだな。お前には特別に教えてやろう。皆には内緒だぞ」
「なになに、教えて教えて~」
そこから貴族様が語った内容は驚くべきものだった。
目の前にいるクリスティンはそれを事細かく手帳に記していく。
「娼婦が相手だからって口を軽くする間抜けは楽勝よね」と彼女は皮肉げに笑った。
「ジュリーちゃんはもう帰りなさい。もと来た通路を戻ればいいから」
「クリスティンさん、これは……」
「ジュリーちゃんは今日ここには来なかった。いい?」
「……はい」
そうしてわたしは逃げるように店を後にし、公爵邸に戻った。
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