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第1-3章 私は聖都に行きました
私は王子に叱られました
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私は聖域の境界を超えた辺りで立ち止まり、振り返りました。私達の逃げ道を塞ぐように展開していた教国の兵士達はまさかの事態に騒然となりますが、すぐさま後を追うように突撃してきます。剣を一様に構えて迫りくる様子はさすがに恐怖以外の何物でもありませんでした。
「がっ!?」
「ごぇっ!?」
「あぐっ!」
しかし、その刃が私達に届く事はありません。何故なら皆さん聖域の奇蹟に阻まれ、壁に激突したようになった為です。更に突撃してきた部隊は何列にもなっていたため、兵士が兵士に次々とぶつかっていく始末。先頭列にいた方が潰れてしまいそうな程にすし詰めでした。
兵士達に混乱が広がります。それはそうでしょう。教会への侵入者が聖域を易々と通り、教会を守護する自分達が逆に聖域から締め出されたのですから。中には現実が認められなくて聖域の壁を何度も叩く者まで現れる程でした。
「何故だ!? 何故我々がここを通れないのだ!?」
「在り得ん! 貴様ぁ、一体何をしたのだ!?」
「聖女様の奇蹟は神へ背く者を例外なく排除する筈なのに!」
予想通りの素敵な結果に私はほくそ笑みました。このまま眺めるのも面白そうですが今は時間との勝負。先を急がねばなりませんね。私は踵を返していち早く開口部を抜けて向こう側にいるチェーザレ達に追いつこうとして……、
「そうか、貴様が逃げ出した魔女だな!? 神に逆らう売女め、地獄に落ちろ!」
足が止まりました。
些事と聞き流すには少し頭に来た単語を耳にしてしまったので。
私は臆することなく振り返ります。そして殺意と怒気を漲らせた者達を嘲笑してやりました。
「私が魔女ですか。面白い主張ですね。どのような教義を基準に仰っているのですか?」
「はあ?」
「私共は聖域の境界を潜り、貴方達には聖女の奇蹟が壁となって立ちはだかった。神に仇名す愚者は貴方達の方ではありませんか」
「なっ……!?」
実に愉快この上ないですね。だって神の代理人として我が物顔に振舞う者達が神より授かりし奇蹟によって阻まれているのですから。彼らがどんなに歯を食いしばった所でその手は決して私には届きやしませんよ。こちらに敵意を抱く限りは、ね。
こうなった原因は彼らの勘違いにあります。確かに誰かが仰ったとおり聖域の奇蹟は神に背く者、害を成す者、罪深き者を通しません。しかし、それは決して教会による都合の良い定義には即しません。
そう、あくまでの絶対の基準は神。その御心のままなのです。
「私共は神の御導きによりこちら側へ誘われた。貴方方はそんな私共を神の敵だと罵りながら襲うものですから神より見限られたのではありませんか?」
「そんな筈はない! 我らに限って神が見捨てるなど――!」
「く、そおお! 何故だ、何故通れん!?」
それを認められない愚か者達はなおも足掻きますが、そうやって認めないから状況は改まらないのでしょう。あまりに滑稽なものですから思わず笑いがこぼれてしまいます。それが彼らの怒りを更に燃え上がらせるのも承知で。
「神の名においてどう行動しようが私は結構ですが、本当に神の声に従っているかはご自分でもう一度考え直すのですね」
「待て! 進むんじゃない! これ以上罪を重ねる気か――……!?」
私は失礼、と各々に優雅に一礼すると今度こそ進み始めました。後方から聞こえる罵声や慟哭、更には嗚咽には何の感慨も湧きません。彼らが悔い改めるかは彼らの心がけ次第ですね。勿論私は常に正しいなどとおこがましく主張する気はありませんよ。
気分よくチェーザレ達と合流しましたが、チェーザレは腕を組んでむすっとした表情で私を見つめてきました。確かに時間を浪費したのは申し訳ありませんでしたが、興が乗ってしまったのですから仕方が無いでしょう。
「違う。そんな事はこの際どうでもいい。それより俺怒ってるんだけど?」
「どうしてですか?」
「何であそこで立ち止まったんだ?」
「ですから彼らが聖域の奇蹟に引っかかるかの確認を――」
「無茶すんなよ! どれだけ危険だったか分かってんのか!?」
怒鳴られ、いえ、違う、叱られた?
どうして? 勿論、突撃する兵士達の前で無防備に身を晒したから。
聖域の奇蹟だって万能じゃない。私の想定通りにいかなかったかもしれない。
そうなったら? 決まっています。
この身体に無数の刃が突き立てられていたに違いありません。
チェーザレの声は私の身をすくませるには十分でした。彼はその手で私の両肩を抱えると自分の方へと引き寄せ、私の両方の頬に手を持ってくると、自分の方へと顔を向かせました。彼はとても真剣に私を見つめていました。深い色を讃える瞳に吸い込まれそうなぐらいに。
「もう危ない橋は渡らないでくれ。俺はキアラが傷つく所なんて見たくない」
「ですが、時には危険を承知でも選択しなければいけない場面も……」
「キアラ。分かったな? 頼む」
「……はい」
折れてしまいました。その有無を言わさない迫力に。
しかし不思議と納得いかない部分はありませんでした。
「……優しいのですね、チェーザレは」
「別に。誰に対してもこうな訳じゃない」
だって、それだけチェーザレは私の事を考えてくれたのでしょう? そんな心を無碍にするなど私には出来ません。
「がっ!?」
「ごぇっ!?」
「あぐっ!」
しかし、その刃が私達に届く事はありません。何故なら皆さん聖域の奇蹟に阻まれ、壁に激突したようになった為です。更に突撃してきた部隊は何列にもなっていたため、兵士が兵士に次々とぶつかっていく始末。先頭列にいた方が潰れてしまいそうな程にすし詰めでした。
兵士達に混乱が広がります。それはそうでしょう。教会への侵入者が聖域を易々と通り、教会を守護する自分達が逆に聖域から締め出されたのですから。中には現実が認められなくて聖域の壁を何度も叩く者まで現れる程でした。
「何故だ!? 何故我々がここを通れないのだ!?」
「在り得ん! 貴様ぁ、一体何をしたのだ!?」
「聖女様の奇蹟は神へ背く者を例外なく排除する筈なのに!」
予想通りの素敵な結果に私はほくそ笑みました。このまま眺めるのも面白そうですが今は時間との勝負。先を急がねばなりませんね。私は踵を返していち早く開口部を抜けて向こう側にいるチェーザレ達に追いつこうとして……、
「そうか、貴様が逃げ出した魔女だな!? 神に逆らう売女め、地獄に落ちろ!」
足が止まりました。
些事と聞き流すには少し頭に来た単語を耳にしてしまったので。
私は臆することなく振り返ります。そして殺意と怒気を漲らせた者達を嘲笑してやりました。
「私が魔女ですか。面白い主張ですね。どのような教義を基準に仰っているのですか?」
「はあ?」
「私共は聖域の境界を潜り、貴方達には聖女の奇蹟が壁となって立ちはだかった。神に仇名す愚者は貴方達の方ではありませんか」
「なっ……!?」
実に愉快この上ないですね。だって神の代理人として我が物顔に振舞う者達が神より授かりし奇蹟によって阻まれているのですから。彼らがどんなに歯を食いしばった所でその手は決して私には届きやしませんよ。こちらに敵意を抱く限りは、ね。
こうなった原因は彼らの勘違いにあります。確かに誰かが仰ったとおり聖域の奇蹟は神に背く者、害を成す者、罪深き者を通しません。しかし、それは決して教会による都合の良い定義には即しません。
そう、あくまでの絶対の基準は神。その御心のままなのです。
「私共は神の御導きによりこちら側へ誘われた。貴方方はそんな私共を神の敵だと罵りながら襲うものですから神より見限られたのではありませんか?」
「そんな筈はない! 我らに限って神が見捨てるなど――!」
「く、そおお! 何故だ、何故通れん!?」
それを認められない愚か者達はなおも足掻きますが、そうやって認めないから状況は改まらないのでしょう。あまりに滑稽なものですから思わず笑いがこぼれてしまいます。それが彼らの怒りを更に燃え上がらせるのも承知で。
「神の名においてどう行動しようが私は結構ですが、本当に神の声に従っているかはご自分でもう一度考え直すのですね」
「待て! 進むんじゃない! これ以上罪を重ねる気か――……!?」
私は失礼、と各々に優雅に一礼すると今度こそ進み始めました。後方から聞こえる罵声や慟哭、更には嗚咽には何の感慨も湧きません。彼らが悔い改めるかは彼らの心がけ次第ですね。勿論私は常に正しいなどとおこがましく主張する気はありませんよ。
気分よくチェーザレ達と合流しましたが、チェーザレは腕を組んでむすっとした表情で私を見つめてきました。確かに時間を浪費したのは申し訳ありませんでしたが、興が乗ってしまったのですから仕方が無いでしょう。
「違う。そんな事はこの際どうでもいい。それより俺怒ってるんだけど?」
「どうしてですか?」
「何であそこで立ち止まったんだ?」
「ですから彼らが聖域の奇蹟に引っかかるかの確認を――」
「無茶すんなよ! どれだけ危険だったか分かってんのか!?」
怒鳴られ、いえ、違う、叱られた?
どうして? 勿論、突撃する兵士達の前で無防備に身を晒したから。
聖域の奇蹟だって万能じゃない。私の想定通りにいかなかったかもしれない。
そうなったら? 決まっています。
この身体に無数の刃が突き立てられていたに違いありません。
チェーザレの声は私の身をすくませるには十分でした。彼はその手で私の両肩を抱えると自分の方へと引き寄せ、私の両方の頬に手を持ってくると、自分の方へと顔を向かせました。彼はとても真剣に私を見つめていました。深い色を讃える瞳に吸い込まれそうなぐらいに。
「もう危ない橋は渡らないでくれ。俺はキアラが傷つく所なんて見たくない」
「ですが、時には危険を承知でも選択しなければいけない場面も……」
「キアラ。分かったな? 頼む」
「……はい」
折れてしまいました。その有無を言わさない迫力に。
しかし不思議と納得いかない部分はありませんでした。
「……優しいのですね、チェーザレは」
「別に。誰に対してもこうな訳じゃない」
だって、それだけチェーザレは私の事を考えてくれたのでしょう? そんな心を無碍にするなど私には出来ません。
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