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第1-3章 私は聖都に行きました

私は復活の神秘を披露してしまいました

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「な、なな、何をするですか許しませんよ!」

 かつての私とわたしの人生全てを含めても家族以外で初めてした口付けは情緒的はなく、驚愕一色に彩られていました。しかも唇と唇が触れ合う程度ではなく思いっきり貪られましたし。歯と歯が何回か当たったのはご愛嬌と言う事で。
 やっとの思いで解放された後は顔が燃えるように熱くなってきました。混乱する頭を駆使してやっとの思いで口にした言葉は変な具合でしたし声が裏返っていましたし散々です。思わず彼に良いように味わわれた口元を手で覆い隠しますが、不思議と拭おうとは思いません。

「キアラがくだらない事言おうとしたからだろ」
「くだらない事って、私は……!」
「第一、今はそんな事話してる場合じゃないだろ?」
「じ、自分の大それた真似を棚上げしていけしゃあしゃあと……っ!」

 チェーザレにはもっと言ってやりたい事は沢山ありましたが、確かにもっと頭を冷やしてから批難するのが賢い選択だと自分に言い聞かせます。何度か深呼吸して今にも飛び出そうなぐらい高鳴る心臓の鼓動を抑え、ゆっくりと辺りを見渡します。

 私を殺そうとしたスペランツァは身体を痙攣させて倒れていました。彼女の傍にはジョアッキーノが付けていた腕輪が転がっていて、鮮血で染まっています。スペランツァは頭部から血を流していたので、彼が腕輪を投擲して彼女を倒したのでしょう。
 ジョアッキーノは咄嗟とは言えスペランツァに頭部死球をしてしまった重大さに手を震わせて衝撃を受けているようでした。そんな彼をコンチェッタが心配そうに寄り添い、小さな両手で彼の大きくなった手を覆いました。自分を見つめる彼に彼女は僅かにはにかみます。

 トリルビィはメイド服のスカートを払って服を正していました。彼女の傍では女神官が気を失って伸びています。外傷は見られないのでおそらく絞め技で相手の意識を刈ったのでしょう。そうしながらも彼女は心配そうに私を見つめていました。

 そしてその他観衆こと衛兵達は……いつの間にか全員倒されていました。まさかの聖女による大立ち回りで時代劇の終盤よろしくな展開になるなんて想像もしていませんでしたよ。気を失っていたり痛みで呻いていたりとこちらには気付いていない様子でした。

「……まさか、そんな」

 だから私が行使した復活の奇蹟の新たな目撃者はルクレツィアだけになります。彼女はすぐ傍で目撃したにも拘らず未だに現実が信じられないようです。いえ、正確には常識から逸脱していて理解出来ない、でしょうか。

「分かりましたか? これが私が聖女になりたくない理由です」
「……っ!」

 私が言葉を投げかけるとルクレツィアは身体をびくっとさせました。私は彼女が何か言いだす前に言葉を並べ立てていきます。

「そもそもこの復活の奇蹟は教会で認められるのですか? 異端審問を受けた挙句に魔女として裁かれる未来しか見えません。ルクレツィア様に教会の教えを覆す権限はございますか?」
「神は、どうしてキアラ様にそのような奇蹟を……」
「知りませんし知りたくもありません。大事なのは、教会に籍を置けば私に待ち受けるのは破滅だけ、という一点に尽きます」
「……そう、ね。残念だけど、きっと認められないと思う」

 ルクレツィアはエレオノーラ達と違って私の意思を尊重してくださいましたが、目の前に提示された理由がよほど衝撃だったのでしょう。彼女は物悲しげな笑みをこぼしました。そして優しく私の頭を撫でてくれました。

「大丈夫。キアラ様の奇蹟は私の胸の内にしまっておくから。エレオノーラ様方には私から説得して貴女を諦めてもらうようにするよ」
「そうしていただけると助かります。何しろそろそろ聖都の学院に通わねばならない年になりますので、遭遇する頻度も増すでしょうから」
「あー、そうか。分かった。援助が必要ならそっち方面にも働きかけを……」
「必要ありません。私には信用の置ける……いえ、心を許せる方々がもういますから」

 私は自分の傷跡を確認するチェーザレを見やりました。トリルビィやジョアッキーノを差し置いて彼を真っ先に視線を送った理由は自分でも分かりません。ただ、頼れる人と考えた時にまず思い浮かべたのが彼だったとは確信を持って言えます。

 ルクレツィアは「そっか」とつぶやきながら立ち上がりました。軽く伸びをしながら痙攣すらしなくなったスペランツァへと歩み寄ります。脈を計って瞳孔を覗いてから傷口を確認、「癒しを」との優しくも力強い言葉と共に手当てします。

「復活の奇蹟が教会で認められるようになるには相当な根回しが必要だと思う。年単位は待ってもらいたいんだけれど、構わない?」
「復活の奇蹟は……秘匿されるべきです」

 死を超越出来ると知れ渡ったら最後、私はあらゆる所から引っ張りだこになるに違いありません。そしていつしか死の概念が安くなり、助けられて当然、間に合わなかったら何故救わなかったんだと罵倒を浴びる未来が簡単に想像出来ます。
 神の都合で、人の身勝手で振り回される人生なんてもう沢山です。
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