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グランディ帝国編-第二章
第三話 「女帝の舞」
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「キャロライン!——」
玉座の上の女王ベレーラは、喉を締め上げられたかのような、絶望的な悲鳴を上げた。
キャロラインは呻き声を一つ漏らすと、魂さえ凍てつかせるかのような冷たい痺れが背骨を駆け上がるのを感じた。
彼女はよろめきながら五歩踏み出し、ようやくその勢いを殺す。だが、固く歯を食いしばり、込み上げる血の気を無理やり抑えつけると、鋭く身を翻し、再び防御の構えを取った。その不屈の炎を燃やす瞳には、強敵に対する最大限の警戒が満ちていた。
意外にも、セリーヌは追撃してこなかった。彼女はただその場に立ち、両の腕を空にしたまま、静かにこちらを見ている。
キャロラインは視線の端で玉座を捉え、ベレーラの、恐怖と憂いに満ちた瞳と視線を交わした。彼女はありったけの力を込め、女王の方へ、ほとんど気づかれぬほど僅かに頷いた。――必ずや、お守り致します、と。
キャロラインは即座に戦術を切り替えた。もはや極限の速さを求めず、長剣を振り回し、疎にして漏らさぬ剣の網を織り上げ、広範囲の斬撃と薙ぎ払いによって、セリーヌの回避空間を絶えず圧縮していく。剣の光は銀色の嵐と化し、四方八方からセリーヌへと殺到した。
セリーヌは内心で相手の対応能力を称賛しながら、その身は風に舞う落ち葉のように、素早くしなやかに、狭い空間の中を飛び回っていた。
突如、セリーヌの足捌きに、ほとんど感知できぬほどの「停滞」が見えた。まるで力が尽きたかのように、上半身の門が、大きく開かれている!
罠か、真の好機か!?
キャロラインの脳裏に一瞬の躊躇いがよぎる。だが、軍人としての本能が、この刹那の好機を掴ませた!彼女は怒号を発すると、全身の力を剣の身に注ぎ込み、セリーヌが無防備に晒した頭部へと、石破天驚の一太刀を、斬り下ろした!
だが、彼女が勝利を確信した、その時――悪夢が始まった。
セリーヌは退かなかった。逆に、地を滑る影のように、唸りを上げる剣の光の下を潜り抜けてきた!
(速い!だが、懐に入った以上、避けられぬ!)
キャロラインがそう判断し、防御を固めようとした瞬間、彼女の全ての予測が裏切られた。
陽動であったはずの右の掌が、彼女の注意を引きつける!
真の殺招は、影に潜んでいた左手!
それは全く予測不能な角度から、下から上へと、「パッ!」という乾いた音を立て、刃と化した掌の縁が、キャロラインが剣を握る右手首の関節へと、容赦なく叩きつけられた!
「あっ――!」
鋭い痛みが電流のように迸り、右手の力が、ふっと抜けた。剣の柄が、滑り落ちそうになる!
だが、悪夢はまだ終わらない。
左手の手刀が成功したその千分の一秒後、セリーヌの右の掌が、螺旋を描く錐のように、キャロラインの長剣の鍔を正確に打ち据えた!
「キンッ!」という甲高い音と共に、長剣は悲鳴を上げ、宙高く舞う!
(剣が――!?)
思考が追いつかない。武器を失った、その刹那。
セリーヌの全身が、もはや防ぐことのできぬ破城槌と化し、肩を先端に、がら空きになった胸の真芯へと、容赦なく突っ込んできた!
「ぐ……はっ――!」
鈍い打撃音と共に、キャロラインは苦悶の声を漏らす。
鈍い打撃音と共に、キャロラインは苦悶の声を漏らす。山津波のような力が鎧を貫き、彼女の全身を十数メートル後方まで吹き飛ばした!
彼女は必死に足を踏ん張り、両足が滑らかな雪花石の床に二筋の深い溝を刻み、辛うじて倒れるのを堪えたが、口の端からは一筋の血が滲み出ていた。
だが、彼女が激痛から完全に立ち直るより早く、その瞳孔が、ぐっと収縮した――視界の果てに、天から真っ直ぐに降ってくる銀色の光。それは、己が剣!
セリーヌの姿は、熟練の舞踏家のように、優雅な半回転の中、その右手を完璧なタイミングで差し伸べる。まるで、あの剣が自らその手に飛び込んできたかのように、軽々と、そして、確かに、受け止められた。
手首への一撃から、打撃、そして、剣を奪うまで、その全工程は、流れる水のごとく滑らかで、一気呵成に行われた。電光石火の攻防は、その場にいた全ての者を、死のような沈黙へと陥れた。
キャロラインは衝撃に眩暈を覚え、呼吸さえままならない。彼女は顔を上げ、苦痛の中、どうにか再び視点の焦点を結ぶ。そして、己が魂さえ凍てつかせる光景を目にした。
セリーヌが、彼女自身の剣を、その手にしていた。
かの魔族の統帥の顔に嘲りや狂喜の色はなく、ただ、太陽が昇り、月が沈むが如き、当然の、静けさがあるだけだった。
瞬く間に、彼女はキャロラインの眼前へと歩み寄り、先程までキャロラインのものであったはずのその剣で、あたかも騎士を叙するかの如き、荘厳にして、この上なく屈辱的な仕草で、その冷たい切っ先を、そっと、彼女の右肩へと、乗せた。
「勝負は、決した!」
セリーヌの声は、平坦で、一片の揺らぎもなかったが、さながら天地創造の理のように、一切の反駁を許さない。その一言は、この短くも凄絶な決闘に、そして、グランディ帝国のかつての栄光に、最終的な、そして、覆すことのできぬ、終焉を、告げたのだった。
玉座の上の女王ベレーラは、喉を締め上げられたかのような、絶望的な悲鳴を上げた。
キャロラインは呻き声を一つ漏らすと、魂さえ凍てつかせるかのような冷たい痺れが背骨を駆け上がるのを感じた。
彼女はよろめきながら五歩踏み出し、ようやくその勢いを殺す。だが、固く歯を食いしばり、込み上げる血の気を無理やり抑えつけると、鋭く身を翻し、再び防御の構えを取った。その不屈の炎を燃やす瞳には、強敵に対する最大限の警戒が満ちていた。
意外にも、セリーヌは追撃してこなかった。彼女はただその場に立ち、両の腕を空にしたまま、静かにこちらを見ている。
キャロラインは視線の端で玉座を捉え、ベレーラの、恐怖と憂いに満ちた瞳と視線を交わした。彼女はありったけの力を込め、女王の方へ、ほとんど気づかれぬほど僅かに頷いた。――必ずや、お守り致します、と。
キャロラインは即座に戦術を切り替えた。もはや極限の速さを求めず、長剣を振り回し、疎にして漏らさぬ剣の網を織り上げ、広範囲の斬撃と薙ぎ払いによって、セリーヌの回避空間を絶えず圧縮していく。剣の光は銀色の嵐と化し、四方八方からセリーヌへと殺到した。
セリーヌは内心で相手の対応能力を称賛しながら、その身は風に舞う落ち葉のように、素早くしなやかに、狭い空間の中を飛び回っていた。
突如、セリーヌの足捌きに、ほとんど感知できぬほどの「停滞」が見えた。まるで力が尽きたかのように、上半身の門が、大きく開かれている!
罠か、真の好機か!?
キャロラインの脳裏に一瞬の躊躇いがよぎる。だが、軍人としての本能が、この刹那の好機を掴ませた!彼女は怒号を発すると、全身の力を剣の身に注ぎ込み、セリーヌが無防備に晒した頭部へと、石破天驚の一太刀を、斬り下ろした!
だが、彼女が勝利を確信した、その時――悪夢が始まった。
セリーヌは退かなかった。逆に、地を滑る影のように、唸りを上げる剣の光の下を潜り抜けてきた!
(速い!だが、懐に入った以上、避けられぬ!)
キャロラインがそう判断し、防御を固めようとした瞬間、彼女の全ての予測が裏切られた。
陽動であったはずの右の掌が、彼女の注意を引きつける!
真の殺招は、影に潜んでいた左手!
それは全く予測不能な角度から、下から上へと、「パッ!」という乾いた音を立て、刃と化した掌の縁が、キャロラインが剣を握る右手首の関節へと、容赦なく叩きつけられた!
「あっ――!」
鋭い痛みが電流のように迸り、右手の力が、ふっと抜けた。剣の柄が、滑り落ちそうになる!
だが、悪夢はまだ終わらない。
左手の手刀が成功したその千分の一秒後、セリーヌの右の掌が、螺旋を描く錐のように、キャロラインの長剣の鍔を正確に打ち据えた!
「キンッ!」という甲高い音と共に、長剣は悲鳴を上げ、宙高く舞う!
(剣が――!?)
思考が追いつかない。武器を失った、その刹那。
セリーヌの全身が、もはや防ぐことのできぬ破城槌と化し、肩を先端に、がら空きになった胸の真芯へと、容赦なく突っ込んできた!
「ぐ……はっ――!」
鈍い打撃音と共に、キャロラインは苦悶の声を漏らす。
鈍い打撃音と共に、キャロラインは苦悶の声を漏らす。山津波のような力が鎧を貫き、彼女の全身を十数メートル後方まで吹き飛ばした!
彼女は必死に足を踏ん張り、両足が滑らかな雪花石の床に二筋の深い溝を刻み、辛うじて倒れるのを堪えたが、口の端からは一筋の血が滲み出ていた。
だが、彼女が激痛から完全に立ち直るより早く、その瞳孔が、ぐっと収縮した――視界の果てに、天から真っ直ぐに降ってくる銀色の光。それは、己が剣!
セリーヌの姿は、熟練の舞踏家のように、優雅な半回転の中、その右手を完璧なタイミングで差し伸べる。まるで、あの剣が自らその手に飛び込んできたかのように、軽々と、そして、確かに、受け止められた。
手首への一撃から、打撃、そして、剣を奪うまで、その全工程は、流れる水のごとく滑らかで、一気呵成に行われた。電光石火の攻防は、その場にいた全ての者を、死のような沈黙へと陥れた。
キャロラインは衝撃に眩暈を覚え、呼吸さえままならない。彼女は顔を上げ、苦痛の中、どうにか再び視点の焦点を結ぶ。そして、己が魂さえ凍てつかせる光景を目にした。
セリーヌが、彼女自身の剣を、その手にしていた。
かの魔族の統帥の顔に嘲りや狂喜の色はなく、ただ、太陽が昇り、月が沈むが如き、当然の、静けさがあるだけだった。
瞬く間に、彼女はキャロラインの眼前へと歩み寄り、先程までキャロラインのものであったはずのその剣で、あたかも騎士を叙するかの如き、荘厳にして、この上なく屈辱的な仕草で、その冷たい切っ先を、そっと、彼女の右肩へと、乗せた。
「勝負は、決した!」
セリーヌの声は、平坦で、一片の揺らぎもなかったが、さながら天地創造の理のように、一切の反駁を許さない。その一言は、この短くも凄絶な決闘に、そして、グランディ帝国のかつての栄光に、最終的な、そして、覆すことのできぬ、終焉を、告げたのだった。
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