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グランディ帝国編-第二章
第四話 「騎士の終焉」
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セリーヌが勝利を宣言した瞬間、凍りついていた空気が、轟音と共に爆ぜた!
「セリーヌ様!セリーヌ様!」
地鳴りと津波を合わせたような大歓声が、宮殿全体を席巻する。若い妖狼族の戦士たちは熱狂し、蒼月魔導団の魔導師たちさえも、興奮に顔を赤く染め、その眼差しには奇跡を目撃したかのような崇拝の念が輝いていた。
「統帥様……なんて、お強い……!!」
「ええ!さすがは我らが統帥様!いとも容易く、敵の隊長を……!」
万雷の歓声と賛美の中、ただ一人、カイエンの顔にだけ、全てを理解した笑みが浮かんでいた。
(座興に過ぎん。セリーヌ様の御力は……こんなものではない)
キャロラインは、その場に、身じろぎもせず立っていた。
勝者の歓声が、まるで数多の、赤熱した鋼の針のように、彼女の鼓膜を、そして、その誇りを、貫いた。
◇◆◇
彼女は玉座の前に跪き、かつて姉妹とまで思った女王に、この国を万劫不復の淵へと追いやる、あの法令を撤回するよう、懇願した、あの午後を、思い出していた。
「無礼者!キャロライン、貴様、あまりに無礼だぞ!己が国の大元帥だからといって、君主の決定に口出しできるとでも思うたか!?朕の前から失せよ!」
かつて聞き慣れた、銀の鈴を転がすような声は、今や、猜疑心と狂気に満ちている。かつて互いの笑顔を映し合ったその瞳には、今、邪魔な道具でも見るかのような、冷たい光しか宿っていなかった。
あの日から、彼女は宮廷という名の孤島になった。女王の周りに群がるハイエナどもが、最も悪辣な言葉で彼女を誹謗し、最も冷たい視線で彼女を孤立させた。
もし、彼女がその手に握る、血を啜った長剣と、今の「親衛隊長」という肩書きに、彼らがまだ幾ばくかの畏怖を抱いていなかったなら、とうの昔に、この「邪魔者」を、完全に排除していただろう。
かつて、親密で、言葉を尽くして語り合った少女は、権力と欲望に蝕まれ、次第に見知らぬ他人となり、やがて、赤の他人となった。
裏切られ、罵られ、排斥され、誹謗され、そして、無情にも、貶められようと、キャロラインの胸の奥、その骨の髄まで刻まれた忠誠心と、一人の軍人としての、真っ直ぐな信念への固執は、しかし、一度として揺らぐことはなかった。
(それでも……あの方は、私の女王なのだ)
キャロラインは、心の中で、自らに言い聞かせた。
(私が守ると決めたのは、もはや変わり果てたあの人ではない。グランディ女王親衛隊長としての、我が職責。神々の前で立てた、我が誓い。そして、私が、無条件に身を捧げると決めた、信仰と、栄光なのだ……)
◇◆◇
彼女は、長く、そして、この上なく疲憊した息を一つ吸い込むと、魂さえも圧し潰すほどのその記憶を、再び心の牢獄へと封じ込めた。そして、もう一度、その両目を開き、この、敗戦の現実と、向き合った。
そよ風が、キャロラインの柔らかな金髪を、ふわりと撫でた。彼女は振り返り、僅かな哀しみを、しかし、まるで千鈞の重荷を下ろしたかのような眼差しで、静かにセリーヌを見つめていた。
やがて、その口元に、極めて微かだが、格別に晴れやかな笑みが浮かんだ。
「......セリーヌ統帥,貴殿の麾下は」
彼女の声は軽く、まるで旅人が終着点に着いたかのような、不思議な静けさを帯びていた。
「……信頼に足る、優れた戦士たち、だな」
セリーヌは、そのような言葉をかけられるとは全くの予想外で、一瞬、戸惑うばかりだった。彼女は軽く頬を掻き、謙遜と自嘲の入り混じった笑みを浮かべた。
「はは……ただの、躾のなっていない野生児の集まりですよ。お見苦しいところを」
キャロラインはふふ、と笑い、その安堵の笑みは、先程よりも少しだけ、はっきりとしたものになった。まるで、最後の安心を得たかのように。
そして、彼女は、囁くような口調で言った。
「構わん……それならば……私も、安心して逝ける」
セリーヌの笑みが、まだ完全に消えぬうち、彼女の脳が「安心して逝ける」という言葉の重い意味を完全に理解する、その前に――キャロラインは、ぐっと、手を上げた。
最後の力を振り絞り、己が物であったはずのその剣を、決然と、一片の未練もなく、自らの、首へと、引き抜いた。
セリーヌの笑みが、顔に張り付いたように固まる。瞳孔が、急激に収縮し、その両目は、カッと見開かれた!
本能的に、セリーヌは手を伸ばし、なりふり構わず前へと突進し、その喉から、魂を引き裂くような、驚愕と、後悔を帯びた、絶叫を上げた――
「やめろ―――!!!」
冷たく、鋭利な長剣が、キャロラインによって、躊躇いなく、横一文字に引かれる——
そよ風に揺れる金髪の下、キャロラインの、最後の安らかな微笑みを乗せて、その刃は、容赦なく、彼女の白い首筋を、薙いでいった。
ブシュッ!
鮮血が、まるで、満開の、この上なく艶やかな赤い花のように、彼女の金髪の下から、一瞬にして、迸った。
支えを失い、力なく倒れゆくキャロラインの体と共に、その悲壮な花はゆっくりと萎んでいき、やがて、ただ、雪花石の床の上に、見る者の胸を打つ、血の染みを、残すだけだった。
「セリーヌ様!セリーヌ様!」
地鳴りと津波を合わせたような大歓声が、宮殿全体を席巻する。若い妖狼族の戦士たちは熱狂し、蒼月魔導団の魔導師たちさえも、興奮に顔を赤く染め、その眼差しには奇跡を目撃したかのような崇拝の念が輝いていた。
「統帥様……なんて、お強い……!!」
「ええ!さすがは我らが統帥様!いとも容易く、敵の隊長を……!」
万雷の歓声と賛美の中、ただ一人、カイエンの顔にだけ、全てを理解した笑みが浮かんでいた。
(座興に過ぎん。セリーヌ様の御力は……こんなものではない)
キャロラインは、その場に、身じろぎもせず立っていた。
勝者の歓声が、まるで数多の、赤熱した鋼の針のように、彼女の鼓膜を、そして、その誇りを、貫いた。
◇◆◇
彼女は玉座の前に跪き、かつて姉妹とまで思った女王に、この国を万劫不復の淵へと追いやる、あの法令を撤回するよう、懇願した、あの午後を、思い出していた。
「無礼者!キャロライン、貴様、あまりに無礼だぞ!己が国の大元帥だからといって、君主の決定に口出しできるとでも思うたか!?朕の前から失せよ!」
かつて聞き慣れた、銀の鈴を転がすような声は、今や、猜疑心と狂気に満ちている。かつて互いの笑顔を映し合ったその瞳には、今、邪魔な道具でも見るかのような、冷たい光しか宿っていなかった。
あの日から、彼女は宮廷という名の孤島になった。女王の周りに群がるハイエナどもが、最も悪辣な言葉で彼女を誹謗し、最も冷たい視線で彼女を孤立させた。
もし、彼女がその手に握る、血を啜った長剣と、今の「親衛隊長」という肩書きに、彼らがまだ幾ばくかの畏怖を抱いていなかったなら、とうの昔に、この「邪魔者」を、完全に排除していただろう。
かつて、親密で、言葉を尽くして語り合った少女は、権力と欲望に蝕まれ、次第に見知らぬ他人となり、やがて、赤の他人となった。
裏切られ、罵られ、排斥され、誹謗され、そして、無情にも、貶められようと、キャロラインの胸の奥、その骨の髄まで刻まれた忠誠心と、一人の軍人としての、真っ直ぐな信念への固執は、しかし、一度として揺らぐことはなかった。
(それでも……あの方は、私の女王なのだ)
キャロラインは、心の中で、自らに言い聞かせた。
(私が守ると決めたのは、もはや変わり果てたあの人ではない。グランディ女王親衛隊長としての、我が職責。神々の前で立てた、我が誓い。そして、私が、無条件に身を捧げると決めた、信仰と、栄光なのだ……)
◇◆◇
彼女は、長く、そして、この上なく疲憊した息を一つ吸い込むと、魂さえも圧し潰すほどのその記憶を、再び心の牢獄へと封じ込めた。そして、もう一度、その両目を開き、この、敗戦の現実と、向き合った。
そよ風が、キャロラインの柔らかな金髪を、ふわりと撫でた。彼女は振り返り、僅かな哀しみを、しかし、まるで千鈞の重荷を下ろしたかのような眼差しで、静かにセリーヌを見つめていた。
やがて、その口元に、極めて微かだが、格別に晴れやかな笑みが浮かんだ。
「......セリーヌ統帥,貴殿の麾下は」
彼女の声は軽く、まるで旅人が終着点に着いたかのような、不思議な静けさを帯びていた。
「……信頼に足る、優れた戦士たち、だな」
セリーヌは、そのような言葉をかけられるとは全くの予想外で、一瞬、戸惑うばかりだった。彼女は軽く頬を掻き、謙遜と自嘲の入り混じった笑みを浮かべた。
「はは……ただの、躾のなっていない野生児の集まりですよ。お見苦しいところを」
キャロラインはふふ、と笑い、その安堵の笑みは、先程よりも少しだけ、はっきりとしたものになった。まるで、最後の安心を得たかのように。
そして、彼女は、囁くような口調で言った。
「構わん……それならば……私も、安心して逝ける」
セリーヌの笑みが、まだ完全に消えぬうち、彼女の脳が「安心して逝ける」という言葉の重い意味を完全に理解する、その前に――キャロラインは、ぐっと、手を上げた。
最後の力を振り絞り、己が物であったはずのその剣を、決然と、一片の未練もなく、自らの、首へと、引き抜いた。
セリーヌの笑みが、顔に張り付いたように固まる。瞳孔が、急激に収縮し、その両目は、カッと見開かれた!
本能的に、セリーヌは手を伸ばし、なりふり構わず前へと突進し、その喉から、魂を引き裂くような、驚愕と、後悔を帯びた、絶叫を上げた――
「やめろ―――!!!」
冷たく、鋭利な長剣が、キャロラインによって、躊躇いなく、横一文字に引かれる——
そよ風に揺れる金髪の下、キャロラインの、最後の安らかな微笑みを乗せて、その刃は、容赦なく、彼女の白い首筋を、薙いでいった。
ブシュッ!
鮮血が、まるで、満開の、この上なく艶やかな赤い花のように、彼女の金髪の下から、一瞬にして、迸った。
支えを失い、力なく倒れゆくキャロラインの体と共に、その悲壮な花はゆっくりと萎んでいき、やがて、ただ、雪花石の床の上に、見る者の胸を打つ、血の染みを、残すだけだった。
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