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グランディ帝国編-第二章
第十五話 「女王の慰め」
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キャロラインの寝室を後にする時、セリーヌは無意識に扉を閉めようとしたが、一陣の微風が吹き込み、淡いピンク色のカーテンを揺らす。セリーヌの動きが止まった。窓格子越しに、庭で風に揺れる数株のヴィレール草を見つめ、物思いに耽る。やがて、その白い指はドアノブからゆっくりと滑り落ち、扉を開けたままにした。
質素で静かなリビングに戻ると、セリーヌは腰のポーチから、古風で小ぶりな水晶球を取り出した。
古く難解な呪文が、彼女の唇から低く溢れ出す。詠唱と共に、水晶球は柔らかな共鳴を始め、純粋な光の柱が天へと昇り、一人の女性の姿へと凝縮していった。
セリーヌは伏し目がちになり、その神妙な面持ちは、まるで古の祭祀を執り行うかのようだ。古く難解な呪文が、奇妙な律動を帯びた音節となって、彼女の唇から低く溢れ出す。詠唱と共に、水晶球は柔らかな共鳴を始め、内部の光が心臓のようにゆっくりと脈打った。
それは……ただの光の投影であるというのに、見る者におのずと畏敬の念を抱かせるほどの、女性だった。
夜のごとく深い藍色の長髪。柔和で慈悲深い顔立ち。その優しげな眼差しの奥には、星々のように浩瀚で、山のように重々しい、至上の威厳が秘められていた。
「ご無沙汰しております、女王陛下」
セリーヌは恭しく目を伏せ、胸に手を当てて礼をした。
「構いません、セリーヌ卿」
スカロディア女王の穏やかな声が届く。その声は、まるで空間を突き抜け、魂の奥底で直接響くかのようだった。
「あなたがこの時に私に連絡してきたということは、つまり——」
女王の言葉は、その視線がセリーヌに触れた瞬間、ぷつりと途切れた。万物を見通すその瞳に、ほとんど気づかれぬほどの漣がよぎる。
「……セリーヌ、どうしました? あなたの魂が……哭いている」
女王陛下に瞬時に心の内を見抜かれ、セリーヌの背筋は無意識に微かに強張った。彼女は日記によって掻き乱された感情を無理やり抑えつけ、低い声で答えた。
「些末な事に心を乱されただけです、陛下。……グランディの親衛隊長が、自決しました。私が、止めることができなかった」
「……そう、ですか」
スカロディア女王の投影の顔に、一つの深い哀しみが浮かんだ。彼女は芸術品のように完璧な両手を胸の前で合わせ、まるで祈るかのように、静かに続けた。
「彼女もまた、この歪んだ世界に翻弄された、高潔な魂だったのでしょう。その悲しみに、囚われてはなりません、セリーヌ」
「しかし、陛下!」セリーヌの声に、抑えきれない苦痛が滲んだ。「私がもっと早く……別の方法を取っていれば、彼女は死なずに済んだのかもしれない!」
「いいえ」
女王の声は静かだったが、揺るぎなかった。
「この浩瀚で神秘的な世において、私たち一人一人の存在は、ただ、世界全体の一部に過ぎません。あなたに救える魂もあれば、あなた自身の手ではどうにもならぬ、運命もある」
彼女の声は一瞬途切れ、どこか遠い響きを帯びた。
「私たちが、光と影に満ち、美しさと苦痛を内包する、この世界に身を置く以上……私たちは、この世界が与えるすべてを、受け入れねばならないのです。喜びも、そして……この胸を抉るような、喪失も」
女王の、全てを包容する智慧に満ちた声が、セリーヌの張り詰めていた最後の理性を、優しく溶かしていく。
キャロラインの悲劇によって生まれた鬱屈、感傷、そして無力感が、その言葉の中で、まるで氷雪が解けるように消えていく。
「……はっ! 臣、女王陛下の御教え、肝に銘じます!」
セリーヌは深く頭を垂れた。その声には、ついに、抑えきれずに溢れ出した、嗚咽が混じっていた。
質素で静かなリビングに戻ると、セリーヌは腰のポーチから、古風で小ぶりな水晶球を取り出した。
古く難解な呪文が、彼女の唇から低く溢れ出す。詠唱と共に、水晶球は柔らかな共鳴を始め、純粋な光の柱が天へと昇り、一人の女性の姿へと凝縮していった。
セリーヌは伏し目がちになり、その神妙な面持ちは、まるで古の祭祀を執り行うかのようだ。古く難解な呪文が、奇妙な律動を帯びた音節となって、彼女の唇から低く溢れ出す。詠唱と共に、水晶球は柔らかな共鳴を始め、内部の光が心臓のようにゆっくりと脈打った。
それは……ただの光の投影であるというのに、見る者におのずと畏敬の念を抱かせるほどの、女性だった。
夜のごとく深い藍色の長髪。柔和で慈悲深い顔立ち。その優しげな眼差しの奥には、星々のように浩瀚で、山のように重々しい、至上の威厳が秘められていた。
「ご無沙汰しております、女王陛下」
セリーヌは恭しく目を伏せ、胸に手を当てて礼をした。
「構いません、セリーヌ卿」
スカロディア女王の穏やかな声が届く。その声は、まるで空間を突き抜け、魂の奥底で直接響くかのようだった。
「あなたがこの時に私に連絡してきたということは、つまり——」
女王の言葉は、その視線がセリーヌに触れた瞬間、ぷつりと途切れた。万物を見通すその瞳に、ほとんど気づかれぬほどの漣がよぎる。
「……セリーヌ、どうしました? あなたの魂が……哭いている」
女王陛下に瞬時に心の内を見抜かれ、セリーヌの背筋は無意識に微かに強張った。彼女は日記によって掻き乱された感情を無理やり抑えつけ、低い声で答えた。
「些末な事に心を乱されただけです、陛下。……グランディの親衛隊長が、自決しました。私が、止めることができなかった」
「……そう、ですか」
スカロディア女王の投影の顔に、一つの深い哀しみが浮かんだ。彼女は芸術品のように完璧な両手を胸の前で合わせ、まるで祈るかのように、静かに続けた。
「彼女もまた、この歪んだ世界に翻弄された、高潔な魂だったのでしょう。その悲しみに、囚われてはなりません、セリーヌ」
「しかし、陛下!」セリーヌの声に、抑えきれない苦痛が滲んだ。「私がもっと早く……別の方法を取っていれば、彼女は死なずに済んだのかもしれない!」
「いいえ」
女王の声は静かだったが、揺るぎなかった。
「この浩瀚で神秘的な世において、私たち一人一人の存在は、ただ、世界全体の一部に過ぎません。あなたに救える魂もあれば、あなた自身の手ではどうにもならぬ、運命もある」
彼女の声は一瞬途切れ、どこか遠い響きを帯びた。
「私たちが、光と影に満ち、美しさと苦痛を内包する、この世界に身を置く以上……私たちは、この世界が与えるすべてを、受け入れねばならないのです。喜びも、そして……この胸を抉るような、喪失も」
女王の、全てを包容する智慧に満ちた声が、セリーヌの張り詰めていた最後の理性を、優しく溶かしていく。
キャロラインの悲劇によって生まれた鬱屈、感傷、そして無力感が、その言葉の中で、まるで氷雪が解けるように消えていく。
「……はっ! 臣、女王陛下の御教え、肝に銘じます!」
セリーヌは深く頭を垂れた。その声には、ついに、抑えきれずに溢れ出した、嗚咽が混じっていた。
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