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① 三沢 昭人
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最初の依頼人は、三沢昭人という、三十代前半ほどのサラリーマンだった。
三沢の正面に座っている唯は、言葉に詰まっていた。仕事内容は分かるのだが、何から進めていいから分からない。
「ええと……私はこの郵便局の局員、日坂唯です」
「局員なんですか?日坂さんは、まだ、中学生くらいなんじゃ……」
「あはは、まぁ……。今回はどのようなご用件で……」
悩んでも仕方が無いと唯が切り出すと、三沢はゆっくりと口を開いた。
「僕、小さい頃からずっと虐められてきたんです」
「いじめ……」
「はい。どうやら、鈍臭いのが誰にの目にもウザったく映るらしくて……小学校の頃から、ずっと」
ミユが唯の隣に座り、口を開く。
「それが、心の傷なんですね」
ミユが聞くと、三沢は苦笑いして頷き、はぁ、とため息をつく。
「今でも時々思い出すんです。落書きだらけの机、なくなった上履き、破られている教科書……それで、時々眠れなくて」
それからも三沢は、いじめを受けていた頃のことを話した。どれも耳を塞ぎたくなるような酷いものだ。三沢が一通り話し終えた後、唯は沈んだ声で言った。
「酷いですね……。どうしてそんな酷いこと平気でできるんだろう」
唯は三沢の気持ちを想像し、胸がちくりと痛む。三沢は静かに笑うと、続けた。
「いっそその記憶を忘れてしまいたい、消してしまいたいと思っていたら、突然目の前にこの子が現れて……傷と向き合って、乗り越える方法があると言ってくれたんです」
三沢はミユに目を向ける。どうやらミユは三沢の意思を受け取り、案内することにしたようだ。
「じゃあその傷を消すために、誰を何に伝えたいですか?」
ミユが問う。恐らく、初めて仕事をする自分にに、具体的な仕事を見せてくれているのだろう、と唯は思う。
「あっ、今日中に決める必要はないですよ!数日考える時間を作り、考えが決まったようなら私が迎えに行きますから!」
ミユが慌てて手を振ると、三沢は安心したように微笑んだ。やはり考えはすぐにまとまらないのだろう。
「このまま郵便局を出れば、三沢さんのお家に繋がってるので、大丈夫ですよ!」
「ありがとう。じゃあ……ミユちゃん、日坂さん、また来ます」
「はい!」
郵便局を去る三沢に、ミユが手を振る。唯も真似るように手を振ると、三沢は来た時よりも少し明るい顔で帰っていった。
「ここ私が来る時は学校の裏庭なのに、依頼人は違うんだ……」
「この郵便局は今と過去と未来の間にあるって感じだから」
「なんか、ごめんねミユちゃん。私が引き受けるって決めたのに結局何もしてないや……」
「ううん。いきなり頼んだんだからしょうがないよ!」
ミユは無邪気に笑いながら、さっき自分でいれていた麦茶を飲む。ミユはどうやらこの郵便局が家のようなものらしく、郵便局なのに生活用品が揃っている。唯も奥の冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップについだ。
「ねぇ、伝えたいものを届けるって…具体的にどうするの?」
「うーん、傷を消すために必要なのは、過去に行って、その原因を解決するか本人が乗り越えるチャンスを作る…っていうのが多いかなぁ」
「他にもあるの?」
「時々だけど、未来の誰かに伝えたいって人もいるよ……例えば、未来の自分に、傷を乗り越えるよう伝えて欲しいって人とか」
「原因を解決したりするんじゃなくて、未来の自分に、乗り越えさせるんだ……なんかそれって、自分をちゃんと信じれてるみたいですごいなぁ」
そう言い、唯は麦茶を飲み干した。ミユはやはり幼い容姿に反し冷静で落ち着いてる。
なんとかやれそうだ、と唯は意気込み、三沢が来るのを待つことにした。
三沢が来た時に一緒に呼んでくれるらしく、唯は一旦帰宅した。
自室のベッドに倒れ込み、天井を見上げ、傷を話した時の三沢の表情を思い出した。
「苦しかったんだろうなぁ……」
訳の分からないまま始めた心傷配達屋だが、もし三沢のような人がこれからもあの郵便局を頼りにして来るのなら、それはどれだけ大切な仕事なのだろう。唯は拳を握り、覚悟を決めた。
「私は、私に出来ることをしよう」
傷を背負って生きることは、大切な事なのかもしれない。だが、三沢が語ったように、忘れてしまいたい傷だってあるのだ。
唯があの日からずっと逃げ続けている過去のように。
ミユが唯を迎えに来る時は、思っていたよりも早かった。三沢が帰った翌朝、ミユは唯を迎えに来た。
「ねぇミユちゃん。迎えに来てくれたのは嬉しいんだけど……」
唯は今だ布団にくるまったまま、苦笑する。
「ベッド脇に無言で立っとくのはやめようよっ、怖いよ!」
「スヤスヤと寝てるから、起こしたら悪いなーって」
「むしろ迎えに来てくれたなら起こそうよ、起こしていいんだよ!?」
「私がなんで部屋にいるか気にならない?」
「ミユちゃん自身が不思議な存在だから、そこはもうなんか驚かないかな」
唯は起き上がり、時計を見た。午前八時半。今日は日曜日なので予定もない。私服に着替え、顔を洗いに洗面台へ向かう。部屋に戻ると、ミユがベッドに座り部屋を見回していた。
「じゃあ行こう、唯。三沢さんはもう局に行って待ってるよ」
「うん。思ったより早くてびっくりした」
「一晩中悩んだんだろうなぁ……」
話していると、いつの間にか部屋が郵便局の中へ変化していた。ミユが座っていた唯のベッドは、郵便局の椅子になっている。
昨日の場所に、三沢が座っていた。昨日とは違い、三沢も私服だ。唯は駆け寄り、昨日と同じく正面に座る。
「おはようございます!」
「おはよう、日坂さん……日曜の朝にわざわざありがとう」
「気にしないでください、私がやりたいと思ってやってる仕事ですから!」
唯が言うと、三沢はほっとしたように笑った。そして笑顔が薄れ、口を開いた。
「誰に何を伝えるか、決めたんです」
「……はい」
「過去の僕に、伝えて欲しいんです……負けるな、と」
「応援、ですか」
三沢は優しく笑う。優しい笑顔なのに瞳には強い意志があるようで、唯は目を逸らしてはいけないような気がした。
「最初は、いじめっ子に僕がトラウマになっていることを伝えようかと思ったんです。……でも、そんなこと言ったってその人達が変わるかは分からない。なら、自分を変えようと思ったんです」
ミユが用意したのであろう麦茶を一口飲み、三沢は静かに言った。
「あの時の僕が少しでも強く前向きになれれば、きっと乗り越えられると思って。……これで良いですか?」
「凄く、素敵な考えだと思います。私が必ず伝えて来ます」
「お願いします、日坂さん。過去の僕が少しでも前を向けるように」
またいつの間にか唯の隣に座っていたミユが、唯の肩をつついた。
「はい、これ」
「これは……制服と帽子……それと、鞄?」
「伝えに行く時は、これ着てね」
「わかった。あ、じゃあ、着替えてくるね」
「奥に小さな部屋があるから、そこで着替えるといいよ!」
「ありがとう!」
唯が立ち去ると、ミユは三沢に向き直った。
「伝えたいことを、この紙に書いてください。思いを過去や未来へ繋ぐための、特別なペンと便箋です」
「分かりました。伝えるのは手紙なんですね」
「ここは、心傷配達屋。思いを届けるための、郵便局ですから」
ミユが言うと、三沢はふっと笑った。よく笑う人だ、とミユは思う。だがその柔らかな雰囲気とは違う、深い深い傷を三沢は負っているのだ。三沢は真剣な顔で手紙に字を綴っている。
「ミユちゃん、着替えてきたよ!」
制服を着た唯が戻ってくる。ワイシャツと落ち着いた緑のジャケット、同じ色の帽子。手紙を入れるためのショルダーバック。唯によく似合っている。
「どこからどう見ても配達屋さんだね!」
「配達屋さんだからね!」
笑い合っていると、三沢はどうやら書き終えたようで、紙を封筒に入れ唯に渡した。唯は丁寧に受け取り、鞄に入れる。
「このまま外へ出たら、傷がついた頃の三沢さんの生活地域に繋がるからね。三沢さんを見つけて、その手紙を読んでもらって!」
「ミユちゃんは行かないの?」
「ここで三沢さんと待ってる」
「……分かった。行ってくる」
唯は緊張しながらも玄関へ向かう。外へ出ると、そこは見知らぬ街だった。三沢が学生の頃住んでいた地域なのだろう。辺りを見渡してもどこも知らない道、知らない人ばかりだ。
とにかく歩かなければ届けられない。唯は知らない土地を歩きながら、三沢を探す。三十分ほど歩き、唯は立ち止まった。
公園のベンチに、学ランの少年が項垂れて座っている。その表情は暗く、目には光がない。
──三沢だった。
唯は三沢に近付き、声をかけた。
「三沢さん、ですよね」
「……君は?」
「日坂唯です。心傷配達屋として、未来のあなたの手紙を届けに来ました」
「未来の僕の手紙……?」
唯は鞄から未来の三沢の手紙取り出し、渡した。三沢は怪訝な顔をしながら受け取る。
「未来の僕が、僕に手紙を書いたのか」
「はい。だから、未来で心傷配達屋という仕事をしている私が、届けに来たんです」
三沢はまだ怪訝な顔をしているが、手紙を開き、読み始めた。表情が段々と変わっていく。
三沢の瞳から、涙が零れた。
唯はそれを、目を逸らすことなく見ていた。見届けなければいけない。三沢が、過去の自分に伝えたかったことを。
「……未来の僕からの手紙というのは、本当みたいだ」
「伝わりましたか?」
「うん。……ありがとう、唯さん」
三沢は手紙を大事そうに握りしめ、涙ぐんだ瞳で唯を見た。唯はその瞳を真っ直ぐに見返し、微笑んだ。三沢の思いはちゃんと、伝わったのだろう。
「負けないでください、未来のあなたは笑顔が素敵な優しい人でしたから」
「……それは楽しみだな。本当に、ありがとう。僕は負けないよ。たとえいじめが途絶えなかったとしても、自分を諦めることだけはしない」
三沢は手を伸ばした。唯はその手を握り、強く握手を交わす。手を離し、三沢が、帰っていくのを見届け、唯も公園をあとにした。
唯は一つ、気付いたことがある。どれだけ酷いいじめを受けていても、三沢は自分の命を投げ出すことはしなかった。どれだけ辛くても、生きてくれていた。それはきっと三沢の芯の強さなのだろう。
来た道を真っ直ぐ戻ると、郵便局が見えた。やはり他の人には見えておらず、誰もが通り過ぎていく。
郵便局へ帰ると、ミユと三沢が待っていた。三沢の瞳は潤んでいる。
「ありがとう、日坂さん。届けてくれたんですね」
「唯、お疲れ様!」
「過去の三沢さんが、言ってました。諦めることだけはしないって」
「そうですか……。僕の記憶の中に、いじめを受けても何度でも立ち直った自分がいるんです。そのうちいじめは途絶え、いじめっ子が謝ってきてくれて」
三沢はまた笑った。今までで、一番曇りのない明るい笑顔だった。
「前を向いて生きているんですね、僕は」
唯はその笑顔に、何だか泣きたくなった。三沢が生きていてくれてよかったと、心から思う。
昨日よりもずっと明るい顔で、三沢は帰っていった。三沢は自分の言葉で傷を乗り越えた。
「ねぇミユちゃん、私やっぱり配達屋の仕事受けてよかったよ。今、すごく思う」
「よかった。無理に誘っちゃったから何も分からないまま仕事させちゃって申し訳なかったの」
「これからも続けたい。傷ついた人が自分の過去を乗り越えれるように」
「うん、私も案内人の仕事、ずっと続けたい」
ミユがに笑う。やはり年相応の無邪気な笑顔だ。
「ありがとう、唯!」
唯は思う。この仕事は自分が思っていたよりもずっと暖かくて素敵な仕事なのだと。
三沢の正面に座っている唯は、言葉に詰まっていた。仕事内容は分かるのだが、何から進めていいから分からない。
「ええと……私はこの郵便局の局員、日坂唯です」
「局員なんですか?日坂さんは、まだ、中学生くらいなんじゃ……」
「あはは、まぁ……。今回はどのようなご用件で……」
悩んでも仕方が無いと唯が切り出すと、三沢はゆっくりと口を開いた。
「僕、小さい頃からずっと虐められてきたんです」
「いじめ……」
「はい。どうやら、鈍臭いのが誰にの目にもウザったく映るらしくて……小学校の頃から、ずっと」
ミユが唯の隣に座り、口を開く。
「それが、心の傷なんですね」
ミユが聞くと、三沢は苦笑いして頷き、はぁ、とため息をつく。
「今でも時々思い出すんです。落書きだらけの机、なくなった上履き、破られている教科書……それで、時々眠れなくて」
それからも三沢は、いじめを受けていた頃のことを話した。どれも耳を塞ぎたくなるような酷いものだ。三沢が一通り話し終えた後、唯は沈んだ声で言った。
「酷いですね……。どうしてそんな酷いこと平気でできるんだろう」
唯は三沢の気持ちを想像し、胸がちくりと痛む。三沢は静かに笑うと、続けた。
「いっそその記憶を忘れてしまいたい、消してしまいたいと思っていたら、突然目の前にこの子が現れて……傷と向き合って、乗り越える方法があると言ってくれたんです」
三沢はミユに目を向ける。どうやらミユは三沢の意思を受け取り、案内することにしたようだ。
「じゃあその傷を消すために、誰を何に伝えたいですか?」
ミユが問う。恐らく、初めて仕事をする自分にに、具体的な仕事を見せてくれているのだろう、と唯は思う。
「あっ、今日中に決める必要はないですよ!数日考える時間を作り、考えが決まったようなら私が迎えに行きますから!」
ミユが慌てて手を振ると、三沢は安心したように微笑んだ。やはり考えはすぐにまとまらないのだろう。
「このまま郵便局を出れば、三沢さんのお家に繋がってるので、大丈夫ですよ!」
「ありがとう。じゃあ……ミユちゃん、日坂さん、また来ます」
「はい!」
郵便局を去る三沢に、ミユが手を振る。唯も真似るように手を振ると、三沢は来た時よりも少し明るい顔で帰っていった。
「ここ私が来る時は学校の裏庭なのに、依頼人は違うんだ……」
「この郵便局は今と過去と未来の間にあるって感じだから」
「なんか、ごめんねミユちゃん。私が引き受けるって決めたのに結局何もしてないや……」
「ううん。いきなり頼んだんだからしょうがないよ!」
ミユは無邪気に笑いながら、さっき自分でいれていた麦茶を飲む。ミユはどうやらこの郵便局が家のようなものらしく、郵便局なのに生活用品が揃っている。唯も奥の冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップについだ。
「ねぇ、伝えたいものを届けるって…具体的にどうするの?」
「うーん、傷を消すために必要なのは、過去に行って、その原因を解決するか本人が乗り越えるチャンスを作る…っていうのが多いかなぁ」
「他にもあるの?」
「時々だけど、未来の誰かに伝えたいって人もいるよ……例えば、未来の自分に、傷を乗り越えるよう伝えて欲しいって人とか」
「原因を解決したりするんじゃなくて、未来の自分に、乗り越えさせるんだ……なんかそれって、自分をちゃんと信じれてるみたいですごいなぁ」
そう言い、唯は麦茶を飲み干した。ミユはやはり幼い容姿に反し冷静で落ち着いてる。
なんとかやれそうだ、と唯は意気込み、三沢が来るのを待つことにした。
三沢が来た時に一緒に呼んでくれるらしく、唯は一旦帰宅した。
自室のベッドに倒れ込み、天井を見上げ、傷を話した時の三沢の表情を思い出した。
「苦しかったんだろうなぁ……」
訳の分からないまま始めた心傷配達屋だが、もし三沢のような人がこれからもあの郵便局を頼りにして来るのなら、それはどれだけ大切な仕事なのだろう。唯は拳を握り、覚悟を決めた。
「私は、私に出来ることをしよう」
傷を背負って生きることは、大切な事なのかもしれない。だが、三沢が語ったように、忘れてしまいたい傷だってあるのだ。
唯があの日からずっと逃げ続けている過去のように。
ミユが唯を迎えに来る時は、思っていたよりも早かった。三沢が帰った翌朝、ミユは唯を迎えに来た。
「ねぇミユちゃん。迎えに来てくれたのは嬉しいんだけど……」
唯は今だ布団にくるまったまま、苦笑する。
「ベッド脇に無言で立っとくのはやめようよっ、怖いよ!」
「スヤスヤと寝てるから、起こしたら悪いなーって」
「むしろ迎えに来てくれたなら起こそうよ、起こしていいんだよ!?」
「私がなんで部屋にいるか気にならない?」
「ミユちゃん自身が不思議な存在だから、そこはもうなんか驚かないかな」
唯は起き上がり、時計を見た。午前八時半。今日は日曜日なので予定もない。私服に着替え、顔を洗いに洗面台へ向かう。部屋に戻ると、ミユがベッドに座り部屋を見回していた。
「じゃあ行こう、唯。三沢さんはもう局に行って待ってるよ」
「うん。思ったより早くてびっくりした」
「一晩中悩んだんだろうなぁ……」
話していると、いつの間にか部屋が郵便局の中へ変化していた。ミユが座っていた唯のベッドは、郵便局の椅子になっている。
昨日の場所に、三沢が座っていた。昨日とは違い、三沢も私服だ。唯は駆け寄り、昨日と同じく正面に座る。
「おはようございます!」
「おはよう、日坂さん……日曜の朝にわざわざありがとう」
「気にしないでください、私がやりたいと思ってやってる仕事ですから!」
唯が言うと、三沢はほっとしたように笑った。そして笑顔が薄れ、口を開いた。
「誰に何を伝えるか、決めたんです」
「……はい」
「過去の僕に、伝えて欲しいんです……負けるな、と」
「応援、ですか」
三沢は優しく笑う。優しい笑顔なのに瞳には強い意志があるようで、唯は目を逸らしてはいけないような気がした。
「最初は、いじめっ子に僕がトラウマになっていることを伝えようかと思ったんです。……でも、そんなこと言ったってその人達が変わるかは分からない。なら、自分を変えようと思ったんです」
ミユが用意したのであろう麦茶を一口飲み、三沢は静かに言った。
「あの時の僕が少しでも強く前向きになれれば、きっと乗り越えられると思って。……これで良いですか?」
「凄く、素敵な考えだと思います。私が必ず伝えて来ます」
「お願いします、日坂さん。過去の僕が少しでも前を向けるように」
またいつの間にか唯の隣に座っていたミユが、唯の肩をつついた。
「はい、これ」
「これは……制服と帽子……それと、鞄?」
「伝えに行く時は、これ着てね」
「わかった。あ、じゃあ、着替えてくるね」
「奥に小さな部屋があるから、そこで着替えるといいよ!」
「ありがとう!」
唯が立ち去ると、ミユは三沢に向き直った。
「伝えたいことを、この紙に書いてください。思いを過去や未来へ繋ぐための、特別なペンと便箋です」
「分かりました。伝えるのは手紙なんですね」
「ここは、心傷配達屋。思いを届けるための、郵便局ですから」
ミユが言うと、三沢はふっと笑った。よく笑う人だ、とミユは思う。だがその柔らかな雰囲気とは違う、深い深い傷を三沢は負っているのだ。三沢は真剣な顔で手紙に字を綴っている。
「ミユちゃん、着替えてきたよ!」
制服を着た唯が戻ってくる。ワイシャツと落ち着いた緑のジャケット、同じ色の帽子。手紙を入れるためのショルダーバック。唯によく似合っている。
「どこからどう見ても配達屋さんだね!」
「配達屋さんだからね!」
笑い合っていると、三沢はどうやら書き終えたようで、紙を封筒に入れ唯に渡した。唯は丁寧に受け取り、鞄に入れる。
「このまま外へ出たら、傷がついた頃の三沢さんの生活地域に繋がるからね。三沢さんを見つけて、その手紙を読んでもらって!」
「ミユちゃんは行かないの?」
「ここで三沢さんと待ってる」
「……分かった。行ってくる」
唯は緊張しながらも玄関へ向かう。外へ出ると、そこは見知らぬ街だった。三沢が学生の頃住んでいた地域なのだろう。辺りを見渡してもどこも知らない道、知らない人ばかりだ。
とにかく歩かなければ届けられない。唯は知らない土地を歩きながら、三沢を探す。三十分ほど歩き、唯は立ち止まった。
公園のベンチに、学ランの少年が項垂れて座っている。その表情は暗く、目には光がない。
──三沢だった。
唯は三沢に近付き、声をかけた。
「三沢さん、ですよね」
「……君は?」
「日坂唯です。心傷配達屋として、未来のあなたの手紙を届けに来ました」
「未来の僕の手紙……?」
唯は鞄から未来の三沢の手紙取り出し、渡した。三沢は怪訝な顔をしながら受け取る。
「未来の僕が、僕に手紙を書いたのか」
「はい。だから、未来で心傷配達屋という仕事をしている私が、届けに来たんです」
三沢はまだ怪訝な顔をしているが、手紙を開き、読み始めた。表情が段々と変わっていく。
三沢の瞳から、涙が零れた。
唯はそれを、目を逸らすことなく見ていた。見届けなければいけない。三沢が、過去の自分に伝えたかったことを。
「……未来の僕からの手紙というのは、本当みたいだ」
「伝わりましたか?」
「うん。……ありがとう、唯さん」
三沢は手紙を大事そうに握りしめ、涙ぐんだ瞳で唯を見た。唯はその瞳を真っ直ぐに見返し、微笑んだ。三沢の思いはちゃんと、伝わったのだろう。
「負けないでください、未来のあなたは笑顔が素敵な優しい人でしたから」
「……それは楽しみだな。本当に、ありがとう。僕は負けないよ。たとえいじめが途絶えなかったとしても、自分を諦めることだけはしない」
三沢は手を伸ばした。唯はその手を握り、強く握手を交わす。手を離し、三沢が、帰っていくのを見届け、唯も公園をあとにした。
唯は一つ、気付いたことがある。どれだけ酷いいじめを受けていても、三沢は自分の命を投げ出すことはしなかった。どれだけ辛くても、生きてくれていた。それはきっと三沢の芯の強さなのだろう。
来た道を真っ直ぐ戻ると、郵便局が見えた。やはり他の人には見えておらず、誰もが通り過ぎていく。
郵便局へ帰ると、ミユと三沢が待っていた。三沢の瞳は潤んでいる。
「ありがとう、日坂さん。届けてくれたんですね」
「唯、お疲れ様!」
「過去の三沢さんが、言ってました。諦めることだけはしないって」
「そうですか……。僕の記憶の中に、いじめを受けても何度でも立ち直った自分がいるんです。そのうちいじめは途絶え、いじめっ子が謝ってきてくれて」
三沢はまた笑った。今までで、一番曇りのない明るい笑顔だった。
「前を向いて生きているんですね、僕は」
唯はその笑顔に、何だか泣きたくなった。三沢が生きていてくれてよかったと、心から思う。
昨日よりもずっと明るい顔で、三沢は帰っていった。三沢は自分の言葉で傷を乗り越えた。
「ねぇミユちゃん、私やっぱり配達屋の仕事受けてよかったよ。今、すごく思う」
「よかった。無理に誘っちゃったから何も分からないまま仕事させちゃって申し訳なかったの」
「これからも続けたい。傷ついた人が自分の過去を乗り越えれるように」
「うん、私も案内人の仕事、ずっと続けたい」
ミユがに笑う。やはり年相応の無邪気な笑顔だ。
「ありがとう、唯!」
唯は思う。この仕事は自分が思っていたよりもずっと暖かくて素敵な仕事なのだと。
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