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第五章
……の丘
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体が引っ張られたと思った瞬間だった。
薄暗い人ごみの中にいた。落ち着かない喧騒、あちらこちらで大音響の音楽が鳴り響いていた。どこかのレイブ・パーティの中にいるようだ。たった今まで孤独の白い闇の世界にいたランは耐えきれず思わず肩をすぼめて耳を塞いだ。
外だ。ここは室内ではない。見上げると、空は西日なのか、朝焼けの光なのか、ほのかなオレンジの光を帯びている。そして、その人ごみの中に五十メートルほどの間隔で、二メートル四方の立方体の建造物が並んでいる。そられは、黒いもの、白いもの、グレーのもの、赤色、青色、黄色、スプレーで落書きがなされているものなど様々だ。ここがどこで、あの建造物が何か、ランにはまったく見当がつかなかった。
しばらくして場に慣れてくると、ランは冷静に状況を確認した。
薄明るい中に人、人、人…あたり一面人々に埋め尽くされている。そして、好き勝手に四方八方から、派手な音楽が流れてくる。人々は踊っている者、騒いでいる者、話し込んでいる者…様々だ。ランは人々の顔を見た。みんな別の顔だ。同じ顔の者はいない。派手な化粧の者、黒く日焼けしている者、青白く不健康な者など。ただ、共通しているのは若い連中ばかりであるということだ。学校の制服を着ている者、派手なラッパーのような格好の者、黒い革ジャンのグループ、水着の者、浴衣を着ているカップルなど、まったく統一性がない。みんな好き好きな格好で楽しげにしている。しかし、その中に時々、目の焦点が合わずに、じっとその場で宙を見ている者も見かける。まるで魂が抜けてしまったかのようだった。その若者をランは麻薬中毒者に違いないと思った。
ランが騒々しい人ごみの中をウロウロ歩き回っていても、だれも気に掛けない。ときどき、肩がぶつかるが、軽く「あっ、ゴメン」と返事もかえってくる。それほど秩序が悪いわけでもなさそうだった。
ランは比較的おとなしそうに立ち話をしている女性三人のグループを見つけて、話しかけてみた。
「あのー」
「なに?」
「ここはどこですか?」
「はい?」
音楽がうるさくて、お互いの話しがよく聞こえない。自然と話し声も大きくなる。
「実は、わたし、ここがどこか分からないんです」
ランは怒鳴り気味の声で尋ねた。三人グループは顔を見合わせた。
「いつ来たの?」一人が尋ねた。やはり相手も声を張り上げた。
「多分、ほんの五分くらい前に……」
「あなた、名前は?」
「如月ランです」
「かっこいい名前ね。わたしはエリカ」
三人の中のリーダー格だろうか。
「リホよ」
「わたし、ユイ」
三人とも同じ高校の制服らしきものを着ていた。
「ここは『……の丘』っていうフィ……よ」
周りの音楽がうるさくてランは聞き取れなかった。
「はい?」
エリカと名乗った女性は、埒が明かないと思ったのか、顔を傾け、自分たちについてくるように合図した。エリカを先頭に、リホ、ユイが歩き出し、そのあとにランもついた。
一つの立方体の前に立った。そこにはドアノブがついていた。ランはそこで初めて、この『箱』のような建造物の中に入れることが分かった。しかし、ドアノブには赤くロックの合図が出ていた。
「使用中よ」
そこをあきらめて、次の『箱』に移った。人ごみの中をかき分けるように二分ほど歩いて新たな箱の前までくると、ちょうどドアが開いて、中から若い男女が出てきた。二人はランたちの方を気にも掛けず、雑踏の中に消えた。
「ラッキー!ちょうど空いたわ」
三人のうちのだれかが言ったが、周りの音楽がうるさすぎてランには分からなかった。
ドアを開け、三人は臆することなく平気で入っていった。しかし、ランは中に入ることを一瞬躊躇った。その躊躇しているランを見ると、リホと名乗った女性は、「さあ!」と言ってドア口から体を半分出して、手を差し出した。
「心配しなくていいわよ。食べたりしないわよ」
ランはリホの手を取り、『箱』の中に入った。
中に入ると、ランは周りを見渡した。室内は明るく、壁紙、テーブル、それを囲むソファーもすべて白を基調としていたからであろうか、思ったより狭くは感じられず、きれいで居心地が良さそうだった。
「ここは?」ランは珍しそうに中を見渡したままだった。
「わたしたちは庵と呼んでいるワ。さあ、座って」
「いおり?」ランは腰を降ろしながら、尋ねた。
「外うるさいでしょ? だから、話しをしたいときとか、静になりたいときに、ここを利用するのよ。」
「さあて、迷子の子猫ちゃんの話しを聞いてあげないとね」
薄暗い人ごみの中にいた。落ち着かない喧騒、あちらこちらで大音響の音楽が鳴り響いていた。どこかのレイブ・パーティの中にいるようだ。たった今まで孤独の白い闇の世界にいたランは耐えきれず思わず肩をすぼめて耳を塞いだ。
外だ。ここは室内ではない。見上げると、空は西日なのか、朝焼けの光なのか、ほのかなオレンジの光を帯びている。そして、その人ごみの中に五十メートルほどの間隔で、二メートル四方の立方体の建造物が並んでいる。そられは、黒いもの、白いもの、グレーのもの、赤色、青色、黄色、スプレーで落書きがなされているものなど様々だ。ここがどこで、あの建造物が何か、ランにはまったく見当がつかなかった。
しばらくして場に慣れてくると、ランは冷静に状況を確認した。
薄明るい中に人、人、人…あたり一面人々に埋め尽くされている。そして、好き勝手に四方八方から、派手な音楽が流れてくる。人々は踊っている者、騒いでいる者、話し込んでいる者…様々だ。ランは人々の顔を見た。みんな別の顔だ。同じ顔の者はいない。派手な化粧の者、黒く日焼けしている者、青白く不健康な者など。ただ、共通しているのは若い連中ばかりであるということだ。学校の制服を着ている者、派手なラッパーのような格好の者、黒い革ジャンのグループ、水着の者、浴衣を着ているカップルなど、まったく統一性がない。みんな好き好きな格好で楽しげにしている。しかし、その中に時々、目の焦点が合わずに、じっとその場で宙を見ている者も見かける。まるで魂が抜けてしまったかのようだった。その若者をランは麻薬中毒者に違いないと思った。
ランが騒々しい人ごみの中をウロウロ歩き回っていても、だれも気に掛けない。ときどき、肩がぶつかるが、軽く「あっ、ゴメン」と返事もかえってくる。それほど秩序が悪いわけでもなさそうだった。
ランは比較的おとなしそうに立ち話をしている女性三人のグループを見つけて、話しかけてみた。
「あのー」
「なに?」
「ここはどこですか?」
「はい?」
音楽がうるさくて、お互いの話しがよく聞こえない。自然と話し声も大きくなる。
「実は、わたし、ここがどこか分からないんです」
ランは怒鳴り気味の声で尋ねた。三人グループは顔を見合わせた。
「いつ来たの?」一人が尋ねた。やはり相手も声を張り上げた。
「多分、ほんの五分くらい前に……」
「あなた、名前は?」
「如月ランです」
「かっこいい名前ね。わたしはエリカ」
三人の中のリーダー格だろうか。
「リホよ」
「わたし、ユイ」
三人とも同じ高校の制服らしきものを着ていた。
「ここは『……の丘』っていうフィ……よ」
周りの音楽がうるさくてランは聞き取れなかった。
「はい?」
エリカと名乗った女性は、埒が明かないと思ったのか、顔を傾け、自分たちについてくるように合図した。エリカを先頭に、リホ、ユイが歩き出し、そのあとにランもついた。
一つの立方体の前に立った。そこにはドアノブがついていた。ランはそこで初めて、この『箱』のような建造物の中に入れることが分かった。しかし、ドアノブには赤くロックの合図が出ていた。
「使用中よ」
そこをあきらめて、次の『箱』に移った。人ごみの中をかき分けるように二分ほど歩いて新たな箱の前までくると、ちょうどドアが開いて、中から若い男女が出てきた。二人はランたちの方を気にも掛けず、雑踏の中に消えた。
「ラッキー!ちょうど空いたわ」
三人のうちのだれかが言ったが、周りの音楽がうるさすぎてランには分からなかった。
ドアを開け、三人は臆することなく平気で入っていった。しかし、ランは中に入ることを一瞬躊躇った。その躊躇しているランを見ると、リホと名乗った女性は、「さあ!」と言ってドア口から体を半分出して、手を差し出した。
「心配しなくていいわよ。食べたりしないわよ」
ランはリホの手を取り、『箱』の中に入った。
中に入ると、ランは周りを見渡した。室内は明るく、壁紙、テーブル、それを囲むソファーもすべて白を基調としていたからであろうか、思ったより狭くは感じられず、きれいで居心地が良さそうだった。
「ここは?」ランは珍しそうに中を見渡したままだった。
「わたしたちは庵と呼んでいるワ。さあ、座って」
「いおり?」ランは腰を降ろしながら、尋ねた。
「外うるさいでしょ? だから、話しをしたいときとか、静になりたいときに、ここを利用するのよ。」
「さあて、迷子の子猫ちゃんの話しを聞いてあげないとね」
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