チャッピー&せんせ

文字の大きさ
1 / 1

しおりを挟む
 大学への入学をきっかけに始めた一人暮らし。卒業後も、そのまま東京で就職したので、上京して、もう六年になる。2DKの間取りは快適そのもの。私は密かにここを『別荘』と呼んでいる。六年も独り暮らしをしていると、生きていく上での知恵や裏技も身に付き、いろいろな能力も培うことができた。

 学生のころは、夏休み、冬休みなどになる毎に実家に戻ったものだが、今ではすっかり億劫になってしまい、よほどのことがない限り帰省することはない。
 休日も『別荘』の中でゴロゴロと過ごすのが結構な幸せ。今日のような雨の強い日は、特に……。
こんな日は、朝からネットの掲示板に書き込みしたり、ブログを書いたりして過ごす。

『あさから(変換:朝から)あめ(変換:雨)。
きが(変換:気が)めいります(変換:滅入ります)。
きょうは(変換:今日は)ながい(変換:長い)ひとりぐらしで、(変換:独り暮らしで、)つちかった(変換:培った)わたしの(変換:私の)とくぎを(変換:特技を)おつたえしたいとおもいます。(変換:お伝えしたいと思います。)』

「ねえ、春奈!」
 カツカツとキーボードを叩いていると、突然声が掛かった。
 せっかくブログを書き始めたのに!
 同居人(?)の楓がダイニング・キッチン(DK)のテーブルから声をかけてきた。
「また、ネット? 不健康ね」
「ブログ書いてんの」
「誰かが見るの?」
「別に誰かに見せるために書いてるんじゃないの。ブログなんて日記みたいなものだから」
「日記を外に向けて書く意識が私には分かんないわ」
「ほっといてよ。別に人様に迷惑を掛けているわけじゃないんだから」
「まあ、そうだけど。ねえ、そんなことより、出掛けようよ。せっかくの休日なんだから」
 窓越しに外を見たら、先ほどよりも雨が強くなっている。
「イヤだよ。こんなに雨降ってるんだし、せっかくの休日だからこそ、家でゴロゴロしたいんだから」
 楓はプッと頬を膨らませた。
 私はブログの書き込みを中断して、DKに移動した。ビールを取り出すために冷蔵庫を開ける。
「楓も飲む?」
「ううん、私はいらない」
 私もテーブルについた。楓の向かいに腰を下ろし、ビールの栓を開ける。心地いい音がした。ひと口飲み、リビング越しに改めて外を眺める。
「それにしてもよく降るわね」
「せっかくの休みなのにね」
「だからっ! 休みは家でゴロゴロがいいの」
「はい、はい」
 楓はつまらなそうに頬杖をついた。
「もう何年になる?」
 ムスッとしている楓に唐突に聞いてみた。
「何が?」
「あなたがウチに来てから」
「春奈が二十歳のときの十二月からだから、もうすぐ四年かな」
「そう。もう四年か」
 楓は少し不安そうに上目遣いで私を見つめ返してきた。
「いつまで居るの?」
「えっ?」
 わざとちょっと意地悪に聞いてみた。
 楓はさらに不安そうに私を見つめ返し、子猫のようになっている。そんな仕草が可愛くてしょうがない。
「居ちゃダメ?」
「そんなことないよ。ずっと居ていいよ」
 楓はニコッと愛らしい笑顔を向けた。
「でも、いつか春奈だって、彼氏ができて、結婚するってなったら、私居られないよね」
「そういう願望は、私にだってあるよ、女なんだから。でも、残念ながら、すぐにはなさそうだけどね」
 二人で笑い合った。
「でも、もし仮に結婚できたとしても、いつ来てもいいよ」
「ほんと?」
 楓は嬉しそうにはにかんだ。





 私が六年間の独り暮らしで培った能力。

 あれは、二十歳の師走。街はクリスマス一色で賑わっていた。
 そのころの私は大学の勉強とアルバイトに明け暮れていた。地方出の私には特別仲のいい友達もいない、彼氏と呼べる相手もいない。なぜかここに戻ると寂しくて泣けてきた。そんなとき、楓は現れた。唐突に……。
「なぜ泣いているの?」
 独り床で膝を抱えている私の横に同い年くらいの女の子が立っていた。
「あなた、誰?」
 そのときは恐怖もなかった。突然、目の前に見知らぬ彼女が現れても……。
 彼女は首を振った。
「わかんない」
「名前は?」
「わかんない」
 そんなやり取りが続いて、あぁ、この子は私にとって必要な子なんだ、っていう感覚があった。
 そのころ、部屋の窓から見える紅葉を眺めるのが好きだったから、彼女の名前を私が決めた。
「楓って名前はどう?」
 彼女は愛くるしい笑顔で答えた。
「素敵」
 それ以来、寂しくなるといつでもどこでも現れてくれる親友。
 でも、最近では、楓の方が寂しそうにすることもある。
 私の空想が創り上げた親友。
 そう、楓は、エア・フレンド。

『わたしが(変換:私が)ろくねんかんの(変換:六年間の)ひとりぐらしで(変換:独り暮らしで)つちかった(変換:培った)のうりょくは、(変換:能力は、)さみしくなったら、(変換:寂しくなったら、)えあ・ふれんどが(変換:エア・フレンドが)あらわれること。(変換:現れること。)』

 私が六年間の独り暮らしで培った能力は、寂しくなったら、エア・フレンドが現れること。





「うん。本当だよ。いつでもおいでよ。友達なんだから」
「ありがとう。春奈大好き!」
 可愛い笑顔でそう言って、楓は消えた。

 さて、『別荘』の掃除でもするか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

処理中です...