一家で異世界に引っ越ししたよ!

シャア・乙ナブル

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47話 シロッコ、アリマを技で翻弄し 正和、覚悟を以て本心を隠す

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「ひええ! こ、こんなのありなの? お兄ちゃん?」
「さ、さすがにこれは...... ありじゃない」
「まさか...... 力の根源が闇などとはありえん。 ありえんが......」

 ブゥゥン、ブゥゥゥン。 不快な音が辺りに響く。 姿を変貌させたアリマには、すでに最初の少女だった頃の面影は見受けられない。 蟻でいう一番前足にあたる部分が、アリマの腕の形を残していた。

「お、お兄ちゃん。 あのアリマお姉ちゃんの姿って...... 蜂?」
「う、うん。 蜂と蟻が混ざった感じだ」
「ど、どうして蜂がでてくるの? 赤蟻がいるんだから、でてきても白蟻とかじゃないの?」
「今調べた。 蟻は他の虫と比べると蜂とかなり近い位置にいるみたいだ。 身体の構造や生態系などに多くの共通点があるようだから、そのへんが関係してるのかも。 ちなみに華音の言った白蟻は蟻よりもゴキブリに近く、別種扱いだった」

 正和は並列思考で得た情報を華音に伝える。

「白蟻はゴキブリに近いんだ。 しぶとそうでなんか嫌だね」
「いや、むしろ白蟻は黒蟻に捕食される側。 種としてはかなり弱いようだよ」
「そうなんだ。 じゃあこのアリマお姉ちゃんはどうなのかな?」
「蟻と蜂の良いとこどりなら、攻撃力と速度上昇、加えて羽による飛行の可能性が考」
「っ! 来るよ!」

 ブン! すでに巨大な蜂の姿に近くなったアリマが羽を鳴らした瞬間、離れた位置にいたアリマが華音と正和の眼前にいる。

「フキ...... トベ」
「え!? きゃあ!」
「くっ!? わぁっ!」

 華音はアリマの蜂の大顎と右手による攻撃を棒で捌き、正和はアリマの左手による攻撃と蜂特有の針の攻撃を盾で受けたのだが、二人とも突然何かの衝撃により弾きとばされた。 ダメージはないが結界部分にぶつかり停止している。

「ぬ! 今のは!」 

 シロッコが何かに気付いたが、二人に説明するよりはやくアリマがシロッコに襲いかかる!

「次は儂か。 節操がないの」
「ギ...... ガ!」
「知性を捨てて本能に頼ったか?」

 アリマの空中からの大顎、手足、針の攻撃をシロッコは素手で捌く。 捌いている様に見える。

「おじいちゃんすごい!」
「ふぉふぉ。 可能性のある皆に囲まれて、儂だけ成長せぬ訳にもいくまいて」
「はー......。 それはじいちゃんにしかできないね」
「正和君に影響を受けてな? アイディアの応用じゃよ。 アリマよ、見た目老人と思うて儂を侮るなよ?」

 シロッコは手のひらに沿って小さな障壁を展開していた。 シロッコの動きにあわせてそれは移動し、アリマの攻撃を防ぐ。

「世界によっては神は最初からすでに完全な存在じゃから成長せぬ。 などと言われておるようじゃが...... それは間違いじゃ」
「ガ......! フキ......」
「それはさっき見たわい。 ほれ、とぶのはお主じゃ!」
「グッ!?」

 アリマは華音と正和にしたように、近距離から風の魔法を発生させシロッコを弾き飛ばそうとしたのだが、魔法の力場を自身に向けられた上に魔法の発動タイミングまで狂わされた。 自分の魔法を自身に当てられ、反対側に吹き飛びつつも羽で体勢を立て直し空中に静止する。

「ゴ...... ア...... ア?」

 アリマは自分に何が起きたのか理解できていない。
 
「学習する神は成長もする。 逆に学習せずに何度も同じ失敗ばかりする輩が成長せんのであって、そこに神だの人だのといった種の違いや、年齢、性別は関係ない。 と、今の儂は考えておる」
「え? おじいちゃん今何したの?」
「そうじゃな......。 華音ちゃんに影響を受けて考えたものなんじゃが、名付けるなら『合魔道』とでもしておこうかのぅ」

 右手で顎髭をしごきながら得意そうに言うシロッコ。

「合魔道?」
「......相手の完成させようとしている魔法の、不足している部分を自分の魔力で補い相手の意図よりはやく完成させ、自分の魔法として相手に放つ術法...... いや、技術の方がふさわしいかも。 合気道の魔法版とでも言うのかな」

 正和が推測して出した結論を話す。
 
「そう、どちらかで言うなら技術じゃな。 華音ちゃんの影響で閃いたものじゃったんじゃが...... 初見でからくりを見抜く正和君も末恐ろしいわい。 味方で安心じゃ。 もし二人が協力して神に相対すれば『ゴッドスレイヤー』の称号を得られるやもしれん。 これは将来が楽しみじゃ」
「いや、今の相手がまさに神なんだけどね」
「おぅ、そうじゃった」
「お兄ちゃん! 二人だけで納得してないで華音にも分かりやすく教えてよ!」

 華音が口をとがらせて言う。 アリマは先程の件で警戒したのか、距離を取ったまま動きはない。

「うーん、そうだな。 僕と華音が同じ空のコップを持っているとするだろ?」
「うん」
「これに同時に水をいれはじめて、いっぱいになったら魔法が完成って事にする」
「うん」
「で、この場合、水を同じはやさでいれるとすると、魔法の発動は二人同時になるじゃない?」
「ふんふん、そうだねー」
「そこで華音のコップに水が半分以上たまったところで、僕が自分のコップの水を華音のコップに入れちゃう! これで一回分の魔法が完成」
「あ!?」
「さらに華音のコップを下から手で叩いて中の水を華音にかかるようにする」
「ちょっと何するの! 華音びしょびしょになったじゃん!」

 華音はそこまで想像して顔をしかめている。

「じいちゃんがさっきアリマさんにやった事がこんな感じ」
「おじいちゃんひどいよ!」 
「「え゛?」」

 華音はアリマがびしょびしょになったところまで想像したようだった。
 
「......あ、戦ってる相手だからひどくはないね、すごいんだ。 おじいちゃんすごい!」
「よく出来ておるじゃろ? 自分の消費魔力を抑え、相手の魔力は消費させた上にダメージはあちらじゃ」
「うんうん!」

 シロッコが自慢気に語る。

(じいちゃんは簡単に言ってるけど、華音はこれがどれくらい難度が高い技かわかってないだろうな......)

 正和は並列思考で必要な要素を改めて推測してみた。

(相手の放つ魔法の属性、種類を見抜き、完成から逆の術式の構築をしつつ、術と術の繋ぎ目を完全に重ねる必要がある)

「......そうか、僕は華音に同時に水をいれるって説明したけど、完璧に相手の術式を逆から読みきれてタイミングまで重ねられるなら、魔法構築速度は相手より遅ければ遅いほど効果が出る訳だ...... 遅れすぎたりしたら意味ないだろうけど、まさに神業じゃないか!」

 正和は驚愕する。 自分でも活かせる技術かと考えたものの、

「現段階で照明魔法しか使えない僕じゃ最初から無理な話だった」

 と、諦めた。

「でもアリマお姉ちゃん、さっきの時ですらこっちの攻撃全然当たらなかったのに、更に素早くなって空まで飛び出したら手に負えないよー」
「そうじゃのう、結界を破壊する力にまではまだ至っておらぬようじゃが、何かしてくるかもしれんな......」
「そうだね、決着をつけるためにはどうしても捕まえる必要があるんだけど......」

 狭い空間ではあるが、この条件でも捕まえるとなると難しい。 だが外に出られたら捕まえる事など不可能に近くなる。 なんとしてもこの場所で決着をつける必要があると正和は考えていた。

「おじいちゃんの雷の魔法でドカーン! シビシビー! とかは?」

 華音が痺れさせるアイディアを擬音で説明する。

「ここでは狭すぎて皆にも影響が出るじゃろうし、それでもし向こうに回避されておればこっちがピンチじゃな」
「だめかー」
「ゲーム風に言えば空の適性S、地上、地中の適性までがSなユニットじゃからなぁ...... 思ったよりも長丁場になるかも知れん(まずいのう、そうなるとこちらが不利になる可能性もありそうじゃ)」

 華音とシロッコの会話をきいて正和が突然閃いた。

「それだ! 弱らせる方法があった!」
「え? どんな方法?」
「じいちゃん、華音、協力して。 名付けて...... 『強制出撃大作戦!』」

 正和と華音はシロッコにこの場を任せ、天上で待つ朋広と幸依のところに戻った。

「ただいま!」
「お、正和。 終わったのか?」
「ううんまだ! それより母さん、力を貸して!」
「急になぁに?」
「説明は後で! とにかくここから手だけ出して、向こうに水をたくさん出して。 急いで!」
「お願いママ!」
 
 幸依も子供達の真剣な表情におされて、すぐさま言われた行動をとる。

 
「あれで良かったの?」
「うん、後はじいちゃんに任せて待機かな」
「いったい向こうで何やったんだお前達......」

 朋広の問いに正和と華音は簡単に事情を説明するが、二人が覚醒して力を発揮した部分などは内緒にしたままだ。

「で、アリマさんに水中適性がないなら、現場を水中にして強制的に出撃させちゃおうかなって」
「結界の水槽だねー。 それで完全防水のおじいちゃんに残ってもらったんだよー」
「爺さまの扱いひどいなおい!」

 現場をみてない朋広が呆れている。

「おじいちゃん凄かったよ? ママは水を出してくれたけど、パパは何かやったの?」
「うぐっ! ま、正和君、父さんにも何かやる事を指示していただけませんでしょうか?」
「え...... 華音に頼んだ事なら父さんにも出来るけど......」
「よし! それでいい。 父さんに任せろ!」

 華音に嫌みを言われて反論できない朋広が自信満々に名乗りをあげる。

「父さんの扱いもひどいなおい!」

 朋広は開拓村ですぐにキエルとオワタの力が必要になるかもしれないという事で、二人を呼んでおくために一言叫んで向こうへ戻った。


 しばらくして亜人領へと続く空間から大量の水が流れ出てきた。 出てきた水はあっという間に白い地面に吸い込まれて消えていく。

「じいちゃんからの合図だ。 いよいよ決戦かな」
「この消えた水ってやっぱり雨になるのかな?」
「あらあら、瞬間的で集中的なにわか雨ね」
「ママ! 華音知ってるよ! それゲリラ豪雨ってやつだよ」
 
 正和達はシロッコの元へ移動する。 幸依もついてきた。 アリマは水をしたたらせながら苦しそうに立っている。 シロッコと違い、防水などというおかしな能力はなかったようだ。

「え? あれがアリマちゃん?」

 幸依が容姿が変貌したアリマを見て驚く。
 
「ゴブッ...... オノ...... レ」
「水中への適性は全くなく、必死にもがいておったわい。 直接叩き込んだ雷の魔法も効果があったようで、動きも鈍くなっておる。 効果は抜群だってやつじゃな。 じゃがまだあの容姿を保っておるので戦意は潰えておらんじゃろうが......」

 シロッコが説明してくれるが、正和達は周囲の景色に気をとられている。

「それでこの状況ですか?」
「うむ。 アリマが呼び寄せたのか、女王の危機を自ら嗅ぎ付けてきたのかはわからんがな」
「薄暗いよねー、照明魔法使おうか」

 華音が魔法を使い明るくすると、ログハウスがあった結界の外側に沿う形で、黒蟻と赤蟻がびっしりくっついているのが明らかになった。 仲間を踏み台にして上部の方まではりついており、周囲全てからギチギチという大顎から発せられる音がきこえる。 結界を破ろうと試みている蟻もいるようだ。

「......この赤蟻が亜人さん達なのね」
「ひいぃ。 あまり長居したいとは思えないね」
「そうだね。 もう終わりにしないとね」

 正和がアリマに向かって歩き出す。 幸依からは正和の背中しか見えないので、正和の瞳に赤い光が宿っているのはわからない。

「アリマさん、あなたと亜人に起きた悲劇もこれで終わりです」
「グ...... ワラ...... ワ...... ウラミ...... コドク...... ゼツ...... ボウ...... イヤ」
「酷だとは思いますが、全てを思い出してもらいます」

 正和はアリマの前に立つ。

「アジン...... カミ...... タタカイ ヤミ...... ノ......ヤミノ...... チカラ アリア アリマ...... ヤミヒメ......」

(! なんじゃ!? 正和君から物凄く高い魔力の圧力を感じる! まさか自らの魔力を全て使う気か!)

「コワイ コワイ...... ダレ...... モ イナイ......」

「もう大丈夫です。 長い間お疲れ様でした。 後はゆっくり休んで下さい(みんな、ごめんね。 僕がこれからどうなるか誰にも話さずに秘密にしていて)」
「ヒトリハ...... サミ...... シイ」
「これからは一人じゃありません(でも言えば確実に止められるとわかっていたからどうしても言い出せなかったんだ)」
「正和......?」
「お兄ちゃん......?」
「よ、よせ! よすんじゃ正和君!」

 家族が正和の様子に違和感を感じた。 シロッコは思わず叫ぶ。

「ヒトリハ」
「母さん、華音、シロッコじいちゃん(でも僕にはアリマさんを見捨てる事がどうしてもできなかった。 だから......)」

 正和が家族の方を向かずに語りかけた。 両手を肩より高く、肩幅より広く掲げているが、その両手は眩い白い光に輝いている。

「ヒカリ ノ チカラ......? アタ タ...... カイ デモ...... デ モ......」
「ごめんね。 後の事は頼みます」
「ヒトリハ...... イヤナノ!」

 アリマの左の手のひらから針が出現し、アリマはそれを突き出す。 針は正和の右肩の付け根辺りを貫通して背面に飛び出した。 正和はひるまない。

「正和!」
「お兄ちゃん!」
「いかん! 正和君!」

 正和が針に貫かれたまま更に踏み出し、蜂にも蟻にも見えるような、変貌したアリマの頭を両手で挟んだ。

「つかまえた! ......これで一人じゃないよアリマさん」
「ア...... ア゛ア゛ア゛!!」

 アリマが叫ぶ!

「ギ! ギィィ!」
「ガ! グ...... ガ!」

 結界にはりついていた蟻達が叫びながらポロポロと地面に落ちていく。 正和はアリマの頭を離さない。 アリマが白い光と黒い光に包まれる。 正和もその光に飲み込まれた。

「ま、正和君の魔力反応が...... し、消滅......」
 
 しばらくして、周囲の蟻達が動きを完全に止め、物音ひとつたてなくなった頃に光が収まる。
 
 そこには...... 全裸ではあるが、最初に出会った時のアリマと右肩を負傷した正和が手を繋いだ姿で横たわっていた。
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