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25話 オープンキャンパス・ラブレッスン
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経済学部棟へ続く坂道は、人の波であふれていた。
高校生らしい緊張した顔、保護者と一緒に資料を眺める親子、
そしてキャンパスを颯爽と歩く学生スタッフたち。
中でも、大学のTシャツを着た女子学生たちはとにかく華やかだった。
なんならかわいい子ばかりを集めているのではと思えるくらいだった。
髪を染めている人、コスプレ?を着ている人、Tシャツを巻いておへそを出してくびれを見せている人まで、
明るい声で案内をしながら、パンフレットを配る。
その笑顔や立ち振る舞いがどこか洗練されていて、
高校生の俺からすると「別世界の人」に見えた。
(……やっぱ、大学生って大人っぽいな)
気づけば視線がそちらに向いてしまっていた。
中にはTシャツの胸元がゆるく、かがんだ瞬間――
ほんの一瞬だが、谷間が見えそうになって思わず目を逸らす。
「……ふぅん」
低い声が隣から聞こえた。
振り向くと、美優さんが少しだけ笑っている――が、笑顔が怖い。
「目のやり場に困ってるのかしら? それとも……困らないのかしら?」
「い、いやっ! 別にそんなつもりじゃ!」
「ふふ、冗談よ。男の子なんだから、見ちゃうのは仕方ないわね」
そう言いつつ、美優さんはふっと腕を絡めてきた。
柔らかい感触が、ぴたりと伝わる。
「……っ!!」
頭の中で警報が鳴る。
すぐ横にある香り――いつもの香水ではない、ほんのり甘い匂い。
そして、体温。
腕に伝わるやわらかさが理性を削っていく。
(沙耶香さんほどではないが大きい、やばい……これ、落ち着けるわけがない……!)
美優さんはそんな俺の動揺を楽しむように、口角を上げた。
「どう? 大学の雰囲気は。刺激が強すぎたかしら?」
「……っ、い、いや! 全然!」
「そう。じゃあ、もっと刺激的な“学問”にも触れてもらわないとね」
「は、はい?」
「模擬授業の話よ。経済学部の体験授業、そろそろ始まるみたい」
――完全に遊ばれてる。
そのまま美優さんに手を引かれ、講義室へと入った。
経済学部棟の教室は、広くて綺麗だった。
スクリーンにスライドが映し出され、教授がマイクを調整している。
「今日のテーマは、『お金と感情の不思議な関係』です」
軽快な声で講義が始まる。
周囲の高校生たちは真剣にメモを取り出した。
「たとえば皆さん。『セールだから買った』って経験、ありますよね?」
教授の言葉に、教室がくすっと笑いに包まれる。
「でも、よく考えると“必要じゃないもの”を買ってるんです。
これは経済的には非合理的。でも――“気持ちいい”んです」
教授はジェスチャーを交えながら、まるで漫談のように語っていく。
数字の話かと思いきや、人間の心理や恋愛の話まで出てくる。
「恋愛も似ています。理屈ではなく“感情”で動く。
つまり、人の行動はすべて“心の経済”で説明できるんですよ」
講義室の空気が少し和んだ。
俺は思わず笑ってしまう。
(この教授……話うまいな。経済って、もっと堅いと思ってた)
「ふふっ」
隣で美優さんが小さく笑う。
「経済って、人間臭いでしょ?」
「……確かに。数字の世界かと思ってました」
「でも、数字の奥には“人の気持ち”があるの。
買う・選ぶ・好きになる――ぜんぶ、感情が動かすこと」
その声が不思議と優しく響く。
講義の途中なのに、俺の視線はスクリーンではなく美優さんに向かっていた。
(……なんか、今日の美優さん、いつもより大人っぽい)
横顔に光が差し込んで、髪が金色に透けて見える。
大人の女性って、こういう瞬間なんだと思った。
講義が終わると、学生スタッフが出口でパンフレットを配っていた。
その中の一人が、にこやかに話しかけてくる。
「模擬授業、どうでした? 面白かったですか?」
「あ、はい! すごく勉強になりました!」
「よかった~! 経済学、意外と面白いでしょ? がんばってね!」
明るい声と笑顔。
距離が近くて、自然と頬が熱くなる。
(うわ、近い……! 大学生ってやっぱ距離感が違う……!)
そこに――ふっと、腕に柔らかい感触。
美優さんがまた腕を絡めていた。
「うちの“教え子”なんです。頑張ってるんですよ」
「あっ、そうなんですか! 優しそうな先生ですね!」
「ふふ、ありがとうございます」
その笑顔の裏で、美優さんの指先にほんの少しだけ力がこもる。
(……完全に牽制された!)
スタッフの女子が去ると、美優さんはいつもの微笑みに戻った。
「……大学って、刺激が多いでしょ?」
「……っ、はい。色々と……勉強になりました……」
俺は思わず、真顔で答えるしかなかった。
目の前の“経済よりも難しい”女の心理に、今日も翻弄される。
模擬授業が終わると、大学の中庭はすっかり昼下がりの空気に包まれていた。
行き交う高校生たちは皆、パンフレットを片手に笑顔で話している。
俺と美優さんも、キャンパスを出て駅へと向かっていた。
「せっかくだから、少し休憩しようか」
そう言って、美優さんが立ち寄ったのは、大学のすぐそばにある落ち着いたカフェだった。
白い壁と観葉植物に囲まれた空間。BGMは小さなピアノの音。
窓際の席に座ると、ウエイトレスがメニューを持ってきた。
俺はアイスコーヒーを、美優さんはカフェラテを注文する。
「……なんか、大学の帰りって感じがしますね」
「ふふ、懐かしいわ。講義のあとに友達とここで勉強したり、恋バナしたり」
「恋バナ、ですか?」
「ええ。大学生は忙しいけど、恋愛の話は別腹なのよ」
そう言って笑う美優さんは、もう“先生”ではなく、一人の“大学のお姉さん”のようだった。
さっきまで講義中に見せていた知的な顔とはまた違う。
柔らかい微笑みに、俺はまた心臓が落ち着かなくなる。
ラテが運ばれてくる。
美優さんがスプーンで泡を軽く混ぜ、口元に運ぶ。
カップの縁に残った泡を、指先で拭って、ふっと笑う。
「ねえ、健斗くん。今日の授業、どう思った?」
「えっと……思ってたよりも、面白かったです。数字だけじゃなくて、人の気持ちもあるっていうか」
「うん、それが経済の面白いところ。人の行動に“正解”なんてないの。
だからね――どんな答えを出すかより、“どう考えたか”を見られるの」
その言葉に、思わずうなずく。
彼女の声には、講義よりもずっと説得力があった。
「……俺、少し経済に興味出てきました」
「ふふ、よかった。じゃあ、私の勝ちね」
「勝ち?」
「ええ。だって、今日ここに来たの、健斗くんのやる気を上げるためだったでしょ?」
そう言ってウインクをする。
不意打ちの一撃。
心臓が跳ねて、言葉が出ない。
(……反則だろ、それ……)
「まあ、私としては“先生”っていうより、“先輩”くらいの気持ちだけど」
「……美優さん、やっぱり大人ですね」
「そんなことないわよ。私だって、いまだにテスト前は泣きそうになるもの」
「え、そんな顔、想像つかないです」
「ふふ、泣き顔は生徒には見せられないでしょ?」
カップを置きながら、彼女は軽く頬杖をついた。
視線が合う。
柔らかい灯りの中で、彼女の瞳が少し潤んで見えた。
「……でもね、健斗くん」
「はい?」
「今日、大学を見てどう思った?」
「うーん……なんか、自分もここに通いたくなりました」
「そっか。じゃあ、そのときは一緒に通えるかもしれないね」
さらっと言って、またラテを飲む。
その一言に、頭が真っ白になった。
(……それって、どういう意味?)
聞き返せず、ただストローをいじって時間を稼ぐ。
「……健斗くん、顔が赤い」
「っ、あ、いや……気のせいです!」
「そう? ふふ、やっぱりかわいい」
からかうような口調に、完全にペースを崩される。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「……ねえ、健斗くん」
「はい?」
「大学受験ってね、長い戦いだから。
ちゃんと息抜きしたり、自分に“ご褒美”をあげたりしないと、もたないの」
「ご褒美、ですか?」
「そう。頑張った分だけ、自分を甘やかすの。
……でも、健斗くんの場合は“甘やかし方”を間違えそうね」
「ど、どういう意味ですか!?」
「ふふっ、想像にお任せするわ」
そう言って小さく笑う。
どこまでが冗談なのか、まったくわからない。
だけど、彼女の声のトーンが少し柔らかくなっていて、
からかいの中に“優しさ”が混じっているのを感じた。
「……もし、誰かに頼りたくなったら。ちゃんと、頼ってね。沙耶香さんでもいいけど、私を頼ってくれると嬉しいな。」
「え?」
「勉強でも、悩みでも。ひとりで抱えないで。健斗くんなら、もっと頑張れるから。」
言葉の途中で、少しだけ微笑む。
それがまるで――“頑張りすぎる彼”を労わるような、
年上の女性らしい優しい笑顔だった。
「私にできることなら何でも言ってね。エッチなご褒美でも張り切っちゃうから。」
訂正、もてあそんでいる笑顔だった。
店を出る頃には、日が傾き始めていた。
街の通りにはオレンジ色の光が差し、風が少し涼しくなっている。
並んで歩く俺たちの影が、アスファルトの上に並んで伸びた。
「……ねえ、健斗くん」
「はい?」
「今日、楽しかった?」
「……はい。正直、めちゃくちゃ楽しかったです」
「それならよかった。私も楽しかったわ」
美優さんはそう言って、小さく息をついた。
「でも、健斗くんってほんとに素直。見ててわかるくらい」
「え……ど、どういう意味ですか」
「好きなものを見つめるとき、目がまっすぐなの。
さっきも講義中、スクリーンより私の方を見てたでしょ?」
「っ……!」
心臓が止まりそうになる。
言葉が出ずに、ただ前を向いて歩くしかなかった。
「……そんな顔しないの。ちょっと嬉しかっただけ」
美優さんの声が、夕暮れの風に溶けるように柔らかかった。
そのとき、不意に風が吹き抜け、髪がふわりと揺れた。
長い黒髪が俺の肩にかかって、ほんの少しだけ、彼女の香りがした。
夕焼けに染まったその瞬間、
彼女が微笑んだのがやけに鮮明に焼きついた。
(……この人の隣で、もう少し頑張ってみたい)
そう思ったとき、遠くで電車のベルが鳴った。
俺たちは駅に向かって歩き出した。
今日の風は、どこか心地よかった。
高校生らしい緊張した顔、保護者と一緒に資料を眺める親子、
そしてキャンパスを颯爽と歩く学生スタッフたち。
中でも、大学のTシャツを着た女子学生たちはとにかく華やかだった。
なんならかわいい子ばかりを集めているのではと思えるくらいだった。
髪を染めている人、コスプレ?を着ている人、Tシャツを巻いておへそを出してくびれを見せている人まで、
明るい声で案内をしながら、パンフレットを配る。
その笑顔や立ち振る舞いがどこか洗練されていて、
高校生の俺からすると「別世界の人」に見えた。
(……やっぱ、大学生って大人っぽいな)
気づけば視線がそちらに向いてしまっていた。
中にはTシャツの胸元がゆるく、かがんだ瞬間――
ほんの一瞬だが、谷間が見えそうになって思わず目を逸らす。
「……ふぅん」
低い声が隣から聞こえた。
振り向くと、美優さんが少しだけ笑っている――が、笑顔が怖い。
「目のやり場に困ってるのかしら? それとも……困らないのかしら?」
「い、いやっ! 別にそんなつもりじゃ!」
「ふふ、冗談よ。男の子なんだから、見ちゃうのは仕方ないわね」
そう言いつつ、美優さんはふっと腕を絡めてきた。
柔らかい感触が、ぴたりと伝わる。
「……っ!!」
頭の中で警報が鳴る。
すぐ横にある香り――いつもの香水ではない、ほんのり甘い匂い。
そして、体温。
腕に伝わるやわらかさが理性を削っていく。
(沙耶香さんほどではないが大きい、やばい……これ、落ち着けるわけがない……!)
美優さんはそんな俺の動揺を楽しむように、口角を上げた。
「どう? 大学の雰囲気は。刺激が強すぎたかしら?」
「……っ、い、いや! 全然!」
「そう。じゃあ、もっと刺激的な“学問”にも触れてもらわないとね」
「は、はい?」
「模擬授業の話よ。経済学部の体験授業、そろそろ始まるみたい」
――完全に遊ばれてる。
そのまま美優さんに手を引かれ、講義室へと入った。
経済学部棟の教室は、広くて綺麗だった。
スクリーンにスライドが映し出され、教授がマイクを調整している。
「今日のテーマは、『お金と感情の不思議な関係』です」
軽快な声で講義が始まる。
周囲の高校生たちは真剣にメモを取り出した。
「たとえば皆さん。『セールだから買った』って経験、ありますよね?」
教授の言葉に、教室がくすっと笑いに包まれる。
「でも、よく考えると“必要じゃないもの”を買ってるんです。
これは経済的には非合理的。でも――“気持ちいい”んです」
教授はジェスチャーを交えながら、まるで漫談のように語っていく。
数字の話かと思いきや、人間の心理や恋愛の話まで出てくる。
「恋愛も似ています。理屈ではなく“感情”で動く。
つまり、人の行動はすべて“心の経済”で説明できるんですよ」
講義室の空気が少し和んだ。
俺は思わず笑ってしまう。
(この教授……話うまいな。経済って、もっと堅いと思ってた)
「ふふっ」
隣で美優さんが小さく笑う。
「経済って、人間臭いでしょ?」
「……確かに。数字の世界かと思ってました」
「でも、数字の奥には“人の気持ち”があるの。
買う・選ぶ・好きになる――ぜんぶ、感情が動かすこと」
その声が不思議と優しく響く。
講義の途中なのに、俺の視線はスクリーンではなく美優さんに向かっていた。
(……なんか、今日の美優さん、いつもより大人っぽい)
横顔に光が差し込んで、髪が金色に透けて見える。
大人の女性って、こういう瞬間なんだと思った。
講義が終わると、学生スタッフが出口でパンフレットを配っていた。
その中の一人が、にこやかに話しかけてくる。
「模擬授業、どうでした? 面白かったですか?」
「あ、はい! すごく勉強になりました!」
「よかった~! 経済学、意外と面白いでしょ? がんばってね!」
明るい声と笑顔。
距離が近くて、自然と頬が熱くなる。
(うわ、近い……! 大学生ってやっぱ距離感が違う……!)
そこに――ふっと、腕に柔らかい感触。
美優さんがまた腕を絡めていた。
「うちの“教え子”なんです。頑張ってるんですよ」
「あっ、そうなんですか! 優しそうな先生ですね!」
「ふふ、ありがとうございます」
その笑顔の裏で、美優さんの指先にほんの少しだけ力がこもる。
(……完全に牽制された!)
スタッフの女子が去ると、美優さんはいつもの微笑みに戻った。
「……大学って、刺激が多いでしょ?」
「……っ、はい。色々と……勉強になりました……」
俺は思わず、真顔で答えるしかなかった。
目の前の“経済よりも難しい”女の心理に、今日も翻弄される。
模擬授業が終わると、大学の中庭はすっかり昼下がりの空気に包まれていた。
行き交う高校生たちは皆、パンフレットを片手に笑顔で話している。
俺と美優さんも、キャンパスを出て駅へと向かっていた。
「せっかくだから、少し休憩しようか」
そう言って、美優さんが立ち寄ったのは、大学のすぐそばにある落ち着いたカフェだった。
白い壁と観葉植物に囲まれた空間。BGMは小さなピアノの音。
窓際の席に座ると、ウエイトレスがメニューを持ってきた。
俺はアイスコーヒーを、美優さんはカフェラテを注文する。
「……なんか、大学の帰りって感じがしますね」
「ふふ、懐かしいわ。講義のあとに友達とここで勉強したり、恋バナしたり」
「恋バナ、ですか?」
「ええ。大学生は忙しいけど、恋愛の話は別腹なのよ」
そう言って笑う美優さんは、もう“先生”ではなく、一人の“大学のお姉さん”のようだった。
さっきまで講義中に見せていた知的な顔とはまた違う。
柔らかい微笑みに、俺はまた心臓が落ち着かなくなる。
ラテが運ばれてくる。
美優さんがスプーンで泡を軽く混ぜ、口元に運ぶ。
カップの縁に残った泡を、指先で拭って、ふっと笑う。
「ねえ、健斗くん。今日の授業、どう思った?」
「えっと……思ってたよりも、面白かったです。数字だけじゃなくて、人の気持ちもあるっていうか」
「うん、それが経済の面白いところ。人の行動に“正解”なんてないの。
だからね――どんな答えを出すかより、“どう考えたか”を見られるの」
その言葉に、思わずうなずく。
彼女の声には、講義よりもずっと説得力があった。
「……俺、少し経済に興味出てきました」
「ふふ、よかった。じゃあ、私の勝ちね」
「勝ち?」
「ええ。だって、今日ここに来たの、健斗くんのやる気を上げるためだったでしょ?」
そう言ってウインクをする。
不意打ちの一撃。
心臓が跳ねて、言葉が出ない。
(……反則だろ、それ……)
「まあ、私としては“先生”っていうより、“先輩”くらいの気持ちだけど」
「……美優さん、やっぱり大人ですね」
「そんなことないわよ。私だって、いまだにテスト前は泣きそうになるもの」
「え、そんな顔、想像つかないです」
「ふふ、泣き顔は生徒には見せられないでしょ?」
カップを置きながら、彼女は軽く頬杖をついた。
視線が合う。
柔らかい灯りの中で、彼女の瞳が少し潤んで見えた。
「……でもね、健斗くん」
「はい?」
「今日、大学を見てどう思った?」
「うーん……なんか、自分もここに通いたくなりました」
「そっか。じゃあ、そのときは一緒に通えるかもしれないね」
さらっと言って、またラテを飲む。
その一言に、頭が真っ白になった。
(……それって、どういう意味?)
聞き返せず、ただストローをいじって時間を稼ぐ。
「……健斗くん、顔が赤い」
「っ、あ、いや……気のせいです!」
「そう? ふふ、やっぱりかわいい」
からかうような口調に、完全にペースを崩される。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「……ねえ、健斗くん」
「はい?」
「大学受験ってね、長い戦いだから。
ちゃんと息抜きしたり、自分に“ご褒美”をあげたりしないと、もたないの」
「ご褒美、ですか?」
「そう。頑張った分だけ、自分を甘やかすの。
……でも、健斗くんの場合は“甘やかし方”を間違えそうね」
「ど、どういう意味ですか!?」
「ふふっ、想像にお任せするわ」
そう言って小さく笑う。
どこまでが冗談なのか、まったくわからない。
だけど、彼女の声のトーンが少し柔らかくなっていて、
からかいの中に“優しさ”が混じっているのを感じた。
「……もし、誰かに頼りたくなったら。ちゃんと、頼ってね。沙耶香さんでもいいけど、私を頼ってくれると嬉しいな。」
「え?」
「勉強でも、悩みでも。ひとりで抱えないで。健斗くんなら、もっと頑張れるから。」
言葉の途中で、少しだけ微笑む。
それがまるで――“頑張りすぎる彼”を労わるような、
年上の女性らしい優しい笑顔だった。
「私にできることなら何でも言ってね。エッチなご褒美でも張り切っちゃうから。」
訂正、もてあそんでいる笑顔だった。
店を出る頃には、日が傾き始めていた。
街の通りにはオレンジ色の光が差し、風が少し涼しくなっている。
並んで歩く俺たちの影が、アスファルトの上に並んで伸びた。
「……ねえ、健斗くん」
「はい?」
「今日、楽しかった?」
「……はい。正直、めちゃくちゃ楽しかったです」
「それならよかった。私も楽しかったわ」
美優さんはそう言って、小さく息をついた。
「でも、健斗くんってほんとに素直。見ててわかるくらい」
「え……ど、どういう意味ですか」
「好きなものを見つめるとき、目がまっすぐなの。
さっきも講義中、スクリーンより私の方を見てたでしょ?」
「っ……!」
心臓が止まりそうになる。
言葉が出ずに、ただ前を向いて歩くしかなかった。
「……そんな顔しないの。ちょっと嬉しかっただけ」
美優さんの声が、夕暮れの風に溶けるように柔らかかった。
そのとき、不意に風が吹き抜け、髪がふわりと揺れた。
長い黒髪が俺の肩にかかって、ほんの少しだけ、彼女の香りがした。
夕焼けに染まったその瞬間、
彼女が微笑んだのがやけに鮮明に焼きついた。
(……この人の隣で、もう少し頑張ってみたい)
そう思ったとき、遠くで電車のベルが鳴った。
俺たちは駅に向かって歩き出した。
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