29 / 45
26話 勉強会①
しおりを挟む
放課後の教室は、夏前のぬるい空気がこもっていた。
ノートの擦れる音と、誰かの溜め息が入り混じる。
期末前の“勉強しなきゃモード”が、教室全体を包んでいた。
「……健斗くん」
前の席から声をかけてきたのは、白石透子。
黒髪をまとめて、いつもより少しだけ真剣な目をしている。
「期末、いっしょに勉強しませんか? 前回、健斗くんに教えてもらったところ、テストに出たんです。
だから今回も……お願いできたらって」
「あ、うん。別にいいけど――」
言い終わる前に、後ろの方から明るい声が飛んできた。
「なにそれ! ズルくない? あたしも混ぜてよ!」
振り返ると、そこには橘玲奈。
明るい茶髪をゆるく巻いて、制服のリボンを少し崩した“ちょうどいい”おしゃれ感。
ギャルっぽいけど、派手じゃない。
育ちの良さが、隠しきれずににじみ出てるタイプだ。
「橘さん……あなた、前の小テストギリギリだったじゃない」
白石が少しだけ眉を寄せる。
すると橘は、にやりと笑って片手を腰に当てた。
「うっわ、言うねぇ。でもギリギリでも合格は合格ってやつでしょ? ね、健斗くん?」
「え、あ、うん……まぁ、そうだけど……」
「ほら見て? 味方いるし~」
白石が「健斗くんは優しいからそう言うだけ」と言い返そうとしたそのとき、橘が両手を軽く叩いた。
「で、どこで勉強すんの? 学校じゃうるさいし、カフェも混んでるし~」
白石がちょっと考えるように視線を落とす。
「じゃあ……健斗くんの家とか?」
「えっ?」
「えっ?」
橘は一瞬ぽかんとしたあと、悪戯っぽく笑った。
「へぇ~。健斗くんちって、たしかお屋敷ってやつ? お嬢様学校の合宿みたいで楽しそう~!」
「屋敷って言うなよ! 普通の家だから!」
「はいはい。普通の屋敷ね~」
「普通の家!」
白石が少し呆れたように息をついた。
「……じゃあ、決まりですね。
健斗くん、あなたの家で勉強会、よろしくお願いします」
「は、はい……?」
(なんで俺が一番振り回されてるんだよ……)
白石と橘が健斗の家を勉強場所に決めようとした、その瞬間。
橘が健斗の机に肘をついて、すっと顔を寄せてきた。
息がかかる距離。耳のすぐそばで、小さく囁く。
「ねぇ、お願い。お礼に――いーっぱいサービスしてあげるから、ね?」
「……っ!」
思わず変な声が出そうになった。
甘い声と、近すぎる距離。理性が一瞬でショートしかける。
(サ、サービスって何の!? いや、想像するな俺!)
鼻の奥がむず痒くなって、頬が勝手に熱を帯びた。
それを見た白石が、じとっとした目を向けてくる。
「……健斗くん。いま、橘さんになんて言われたんですか?」
「な、なにも!?」
「ふぅん……」
透子は無表情のまま一歩前へ出ると、橘の真似をするように健斗の横顔へ身を寄せた。
唇が耳の近くで止まり、わざとらしく囁く。
「じゃあ私も……負けません。
今度2人で会うときに"とくべつな"コスプレを用意しておきますね。記憶に焼き付くような、健斗くんが"オオカミさん"になってしまうようなものです。健斗くん、楽しみにしててください」
「え、ええと、それって――」
「内緒です」
さらりと微笑む白石。
その表情があまりに真面目で、逆に頭が追いつかない。
(な、なんだこの緊張感……! 女子怖い!)
橘が腕を組んで、呆れたように笑う。
「なにその顔。きも~。
健斗くん、完全ににやけてるし。思春期男子、正直すぎ」
「ち、違う! なんか空気が勝手にそうさせただけで!」
「ふふ、いいわねぇ。じゃあ決まり~! 屋敷で勉強会!」
ぱん、と橘が手を叩く。
白石も負けじと小さく頷き、戦う前の笑みを見せた。
こうして、俺の家での“勉強会”が正式に決定した。
……ただし、どう見ても勉強より修羅場の予感しかしなかった。
――だが、本当の火種は、その後すぐに灯る。
放課後、昇降口。
白石が靴を履き替えていると、後ろから足音。
橘が笑いながら隣に立った。
「ねえ、白石さん。さっきの、わざとでしょ?」
「……何が?」
「“健斗くんの家”ってとこ。ちょっと、攻めた言い方だったよね」
白石は一瞬、表情を変えなかった。
けれど、ほんの一拍の間を置いて――笑った。
「攻めるくらいじゃないと、勝てませんから」
「ふぅん……なるほどね」
橘は小さく頷き、わざとらしくお嬢様口調で返す。
「では、こちらも受けて立ちますわ。
勝負、いたしましょうか――期末テストで」
白石の目が細くなる。
「いいですよ。どっちが健斗くんを“夏祭り”に誘うか」
橘は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから笑った。
「おっけ~。でも言っとくけど、あたし負けないよ?
“勉強は戦略とタイミング”ってね。お嬢様の社交界でも同じでしょ?」
「……ふふ。負け惜しみは点数が出てから聞きます」
二人の会話は静かなのに、空気だけが熱い。
夕焼けの光が昇降口のガラスを通して二人の横顔を照らしていた。
そして――
二人の間に小さく交わされた“言葉にならない約束”。
「テストで勝った方が、健斗くんを夏祭りに誘う。いい?」
「もちろん」
白石が手を差し出す。
橘は笑いながら、軽くその手を打った。
「勝負、成立」
手の音は小さかったのに、
それが妙に大きく響いた気がした。
帰り道。俺はそんなことを知る由もなく、
カバンに教科書を詰めながら独り言を漏らしていた。
「……勉強会かぁ。平和に終わるといいんだけどな」
夕日が窓ガラスに反射して、教室の床に赤い線を引いた。
その赤が、まるで火花みたいに見えた。
ノートの擦れる音と、誰かの溜め息が入り混じる。
期末前の“勉強しなきゃモード”が、教室全体を包んでいた。
「……健斗くん」
前の席から声をかけてきたのは、白石透子。
黒髪をまとめて、いつもより少しだけ真剣な目をしている。
「期末、いっしょに勉強しませんか? 前回、健斗くんに教えてもらったところ、テストに出たんです。
だから今回も……お願いできたらって」
「あ、うん。別にいいけど――」
言い終わる前に、後ろの方から明るい声が飛んできた。
「なにそれ! ズルくない? あたしも混ぜてよ!」
振り返ると、そこには橘玲奈。
明るい茶髪をゆるく巻いて、制服のリボンを少し崩した“ちょうどいい”おしゃれ感。
ギャルっぽいけど、派手じゃない。
育ちの良さが、隠しきれずににじみ出てるタイプだ。
「橘さん……あなた、前の小テストギリギリだったじゃない」
白石が少しだけ眉を寄せる。
すると橘は、にやりと笑って片手を腰に当てた。
「うっわ、言うねぇ。でもギリギリでも合格は合格ってやつでしょ? ね、健斗くん?」
「え、あ、うん……まぁ、そうだけど……」
「ほら見て? 味方いるし~」
白石が「健斗くんは優しいからそう言うだけ」と言い返そうとしたそのとき、橘が両手を軽く叩いた。
「で、どこで勉強すんの? 学校じゃうるさいし、カフェも混んでるし~」
白石がちょっと考えるように視線を落とす。
「じゃあ……健斗くんの家とか?」
「えっ?」
「えっ?」
橘は一瞬ぽかんとしたあと、悪戯っぽく笑った。
「へぇ~。健斗くんちって、たしかお屋敷ってやつ? お嬢様学校の合宿みたいで楽しそう~!」
「屋敷って言うなよ! 普通の家だから!」
「はいはい。普通の屋敷ね~」
「普通の家!」
白石が少し呆れたように息をついた。
「……じゃあ、決まりですね。
健斗くん、あなたの家で勉強会、よろしくお願いします」
「は、はい……?」
(なんで俺が一番振り回されてるんだよ……)
白石と橘が健斗の家を勉強場所に決めようとした、その瞬間。
橘が健斗の机に肘をついて、すっと顔を寄せてきた。
息がかかる距離。耳のすぐそばで、小さく囁く。
「ねぇ、お願い。お礼に――いーっぱいサービスしてあげるから、ね?」
「……っ!」
思わず変な声が出そうになった。
甘い声と、近すぎる距離。理性が一瞬でショートしかける。
(サ、サービスって何の!? いや、想像するな俺!)
鼻の奥がむず痒くなって、頬が勝手に熱を帯びた。
それを見た白石が、じとっとした目を向けてくる。
「……健斗くん。いま、橘さんになんて言われたんですか?」
「な、なにも!?」
「ふぅん……」
透子は無表情のまま一歩前へ出ると、橘の真似をするように健斗の横顔へ身を寄せた。
唇が耳の近くで止まり、わざとらしく囁く。
「じゃあ私も……負けません。
今度2人で会うときに"とくべつな"コスプレを用意しておきますね。記憶に焼き付くような、健斗くんが"オオカミさん"になってしまうようなものです。健斗くん、楽しみにしててください」
「え、ええと、それって――」
「内緒です」
さらりと微笑む白石。
その表情があまりに真面目で、逆に頭が追いつかない。
(な、なんだこの緊張感……! 女子怖い!)
橘が腕を組んで、呆れたように笑う。
「なにその顔。きも~。
健斗くん、完全ににやけてるし。思春期男子、正直すぎ」
「ち、違う! なんか空気が勝手にそうさせただけで!」
「ふふ、いいわねぇ。じゃあ決まり~! 屋敷で勉強会!」
ぱん、と橘が手を叩く。
白石も負けじと小さく頷き、戦う前の笑みを見せた。
こうして、俺の家での“勉強会”が正式に決定した。
……ただし、どう見ても勉強より修羅場の予感しかしなかった。
――だが、本当の火種は、その後すぐに灯る。
放課後、昇降口。
白石が靴を履き替えていると、後ろから足音。
橘が笑いながら隣に立った。
「ねえ、白石さん。さっきの、わざとでしょ?」
「……何が?」
「“健斗くんの家”ってとこ。ちょっと、攻めた言い方だったよね」
白石は一瞬、表情を変えなかった。
けれど、ほんの一拍の間を置いて――笑った。
「攻めるくらいじゃないと、勝てませんから」
「ふぅん……なるほどね」
橘は小さく頷き、わざとらしくお嬢様口調で返す。
「では、こちらも受けて立ちますわ。
勝負、いたしましょうか――期末テストで」
白石の目が細くなる。
「いいですよ。どっちが健斗くんを“夏祭り”に誘うか」
橘は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから笑った。
「おっけ~。でも言っとくけど、あたし負けないよ?
“勉強は戦略とタイミング”ってね。お嬢様の社交界でも同じでしょ?」
「……ふふ。負け惜しみは点数が出てから聞きます」
二人の会話は静かなのに、空気だけが熱い。
夕焼けの光が昇降口のガラスを通して二人の横顔を照らしていた。
そして――
二人の間に小さく交わされた“言葉にならない約束”。
「テストで勝った方が、健斗くんを夏祭りに誘う。いい?」
「もちろん」
白石が手を差し出す。
橘は笑いながら、軽くその手を打った。
「勝負、成立」
手の音は小さかったのに、
それが妙に大きく響いた気がした。
帰り道。俺はそんなことを知る由もなく、
カバンに教科書を詰めながら独り言を漏らしていた。
「……勉強会かぁ。平和に終わるといいんだけどな」
夕日が窓ガラスに反射して、教室の床に赤い線を引いた。
その赤が、まるで火花みたいに見えた。
51
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる