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蛍の観賞会Ⅳ
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「そろそろ、外に出てみようか」
レイ様の声に窓に目を向けました。外は太陽が沈む頃でしょうか。夕闇が迫っていました。
隣に座っていたレイ様が立ち上がります。
あれから、膝の上から下ろしてもらえたのはお茶が準備が整ってからでした。そのあとは隣同士で紅茶を頂くというこの前と同じシチュエーション。
レイ様って私の隣に座りたがるのですね。テーブル越しの前方のソファはゆったりとくつろげる一人用の物。大の大人が座ってもゆとりがありますから、レイ様にぴったりだと思うのですけれど。
そう説明しても隣がいいとの一点張りで動こうとはしませんでした。
どなたか注意してくださらないかと期待してチラチラと見ましたけれど、どなたとも目が合わず。そば付きの方々も無表情でしたものね。心の内はわかりませんが、皆さんはどう思っていらっしゃるのでしょう?
私はエルザに靴を履き替えてもらいながら、そんなことを考えていました。
靴を履き終えて立ち上がるとレイ様が手を差し出しました。
エスコートをして下さるのかしら?
一人で歩けますし必要なこととは思えないのですけれど、断る術はないのでしょう。相手は王子殿下ですものね。
私はレイ様の手のひらに手をのせました。
ゆっくりと握られた手にドキリと一つ鼓動が大きく跳ねます。大きな手に包まれるようにして廊下を歩き、やがて外へと出ました。
「夕焼けがきれい」
開け放たれた扉の前景が目に飛び込んできます。
蜃気楼のようにゆらゆらと太陽が揺れて、周りの空は真っ赤に染まり夜を告げる紺色の空が交わる時間帯。オレンジ色の太陽が少しづつ大地に沈んでいきました。
「さあ、行こうか」
しばらくの間、目の前の景色に見惚れていた私にレイ様が先を促します。
「はい」
頷くとレイ様は私の手を引いて庭園へと連れて行ってくれました。
陽も沈みかけて日も暮れつつある外は薄暗くなってきています。そのためか、所々に篝火が灯され視界を補ってくれていました。
渓流を模した庭園からサラサラと川のせせらぎの音が聞こえます。王都で暮らしていると自然に出会えるのはごく稀ですから、たとえ模倣であっても心が落ち着きますね。
自分の庭園にも取り入れようかしら? 渓流は無理でも池だったら作れそうだわ。
「レイ様、池を作るのは難しいのでしょうか?」
「池?」
私の唐突な質問にびっくり眼で見つめたレイ様の顔が、思いがけなく可愛らしく見えてしまって動けなくなりました。私より年上のはずなのに、時折少年のような雰囲気を醸し出すレイ様の姿に気持ちが混乱してしまいます。
「ローラ?」
私を呼ぶ声にふと我に返りました。気が付くと覗き込むように顔を見られていました。
意識した途端、顔がかあっと熱くなりました。
「あっ……すみません。ぼーとしていました」
ドキドキと脈打つ鼓動がレイ様に聞こえはしないかとはらはらしながら適当にごまかします。
不意打ちで至近距離のレイ様の顔は反則です。いつになったら慣れるのでしょう。
呼吸を整えるために深呼吸をしました。顔を覗かれたくらいで動揺していては心臓が持ちません。もう少し精神を鍛えなくては。淑女たるものいついかなる時も冷静に、感情をむやみに他人に見せてはいけないと習ったはず。
そうです。ここは冷静に、冷静に。
「レイ様、例えば小さな庭園に池を作ることは可能でしょうか?」
私の質問に不思議そうな顔をしながらも
「規模にもよるけれど、庭園に相応しい大きさであれば作れるんじゃないかな?」
優しく答えてくれました。
「そうなのですね」
小さくてもよいから欲しいわ。なるべく自然のままを生かした私の庭園は噴水よりも池の方が似合うと思うのよ。
「何? 池が欲しいの?」
「はい。私専用の庭園があるのですけど、そこに池を作って魚とか育てたら癒しにもなって楽しいのではないかと思ったのです」
「へえ。ローラ専用の庭があるんだね。協力しようか?」
レイ様の顔がぱあと明るくなって瞳が輝いています。薄明りの中なのに、はっきりと表情が見て取れるのはなぜでしょう?
「いえ、いえ。ちょっと聞いてみただけですから。それにお忙しいレイ様の手を煩わせるわけにはまいりません」
これは失言? 墓穴を掘った? えっ? えっ?
「大丈夫、大丈夫。うん、近いうちにローラの邸にお邪魔することにしよう。庭園、見てあげるよ」
ええっ……私はそんなつもりで聞いたわけではなかったのですけど。
「レイ様、そんなお手間をかけさせるのは失礼になるかと思いますし、作るかどうかもわかりませんし、業者を教えて頂ければこちらで手配しますから、お気を使われなくてもよろしいですよ」
王子殿下が一貴族の元へ私的な用事で訪問することなどほとんどありませんよね。国王両陛下も許可をくださらないとは思いますが……
「ここの庭園は俺も携わっているんだ。まずは見てみてそれから業者に連絡したらいいと思うよ。相談に乗ってあげるからね」
声がルンルンと弾んでいるように感じるのですけれども。取り返しのつかないことを言ったわけではありませんよね? ちょっと、不安になってきました。
「あの……やっぱりいいです。すみません、間違いでした。うちには池は必要ないようですので、前言撤回します」
レイ様が歩みをピタッと止めました。
「ここから先は足元が暗くなるから気をつけて」
「? はい」
納得してくださったのよね? この話はお終いよね?
「やっぱり、これが安全かな」
という間に、体が宙に浮いて抱きかかえられていました。何度目かのパターン。これも外せないシチュエーションなのでしょうか。
「レイ様、歩けますから。私は子供ではありませんよ」
お姫様抱っこされながら抵抗しますが、レイ様には全然響いていない様子で、ずんずんと歩いて行きます。
「池の件はあとでゆっくり話そうか? 訪問の日にちも決めないといけないしね」
「ですから、前言撤回といいましたよ。レイ様、聞いてください」
私お断りしましたよね? どこで言葉の使い方を間違ったのかしら?
「だから、あとでね。今は二人で蛍を見ようね」
そんな、そんな、にっこりと微笑みかけられましても……
どうしましょう。
レイ様の前では、うっかりとはいえ、うかつなことを言えないと悟った夜でした。
レイ様の声に窓に目を向けました。外は太陽が沈む頃でしょうか。夕闇が迫っていました。
隣に座っていたレイ様が立ち上がります。
あれから、膝の上から下ろしてもらえたのはお茶が準備が整ってからでした。そのあとは隣同士で紅茶を頂くというこの前と同じシチュエーション。
レイ様って私の隣に座りたがるのですね。テーブル越しの前方のソファはゆったりとくつろげる一人用の物。大の大人が座ってもゆとりがありますから、レイ様にぴったりだと思うのですけれど。
そう説明しても隣がいいとの一点張りで動こうとはしませんでした。
どなたか注意してくださらないかと期待してチラチラと見ましたけれど、どなたとも目が合わず。そば付きの方々も無表情でしたものね。心の内はわかりませんが、皆さんはどう思っていらっしゃるのでしょう?
私はエルザに靴を履き替えてもらいながら、そんなことを考えていました。
靴を履き終えて立ち上がるとレイ様が手を差し出しました。
エスコートをして下さるのかしら?
一人で歩けますし必要なこととは思えないのですけれど、断る術はないのでしょう。相手は王子殿下ですものね。
私はレイ様の手のひらに手をのせました。
ゆっくりと握られた手にドキリと一つ鼓動が大きく跳ねます。大きな手に包まれるようにして廊下を歩き、やがて外へと出ました。
「夕焼けがきれい」
開け放たれた扉の前景が目に飛び込んできます。
蜃気楼のようにゆらゆらと太陽が揺れて、周りの空は真っ赤に染まり夜を告げる紺色の空が交わる時間帯。オレンジ色の太陽が少しづつ大地に沈んでいきました。
「さあ、行こうか」
しばらくの間、目の前の景色に見惚れていた私にレイ様が先を促します。
「はい」
頷くとレイ様は私の手を引いて庭園へと連れて行ってくれました。
陽も沈みかけて日も暮れつつある外は薄暗くなってきています。そのためか、所々に篝火が灯され視界を補ってくれていました。
渓流を模した庭園からサラサラと川のせせらぎの音が聞こえます。王都で暮らしていると自然に出会えるのはごく稀ですから、たとえ模倣であっても心が落ち着きますね。
自分の庭園にも取り入れようかしら? 渓流は無理でも池だったら作れそうだわ。
「レイ様、池を作るのは難しいのでしょうか?」
「池?」
私の唐突な質問にびっくり眼で見つめたレイ様の顔が、思いがけなく可愛らしく見えてしまって動けなくなりました。私より年上のはずなのに、時折少年のような雰囲気を醸し出すレイ様の姿に気持ちが混乱してしまいます。
「ローラ?」
私を呼ぶ声にふと我に返りました。気が付くと覗き込むように顔を見られていました。
意識した途端、顔がかあっと熱くなりました。
「あっ……すみません。ぼーとしていました」
ドキドキと脈打つ鼓動がレイ様に聞こえはしないかとはらはらしながら適当にごまかします。
不意打ちで至近距離のレイ様の顔は反則です。いつになったら慣れるのでしょう。
呼吸を整えるために深呼吸をしました。顔を覗かれたくらいで動揺していては心臓が持ちません。もう少し精神を鍛えなくては。淑女たるものいついかなる時も冷静に、感情をむやみに他人に見せてはいけないと習ったはず。
そうです。ここは冷静に、冷静に。
「レイ様、例えば小さな庭園に池を作ることは可能でしょうか?」
私の質問に不思議そうな顔をしながらも
「規模にもよるけれど、庭園に相応しい大きさであれば作れるんじゃないかな?」
優しく答えてくれました。
「そうなのですね」
小さくてもよいから欲しいわ。なるべく自然のままを生かした私の庭園は噴水よりも池の方が似合うと思うのよ。
「何? 池が欲しいの?」
「はい。私専用の庭園があるのですけど、そこに池を作って魚とか育てたら癒しにもなって楽しいのではないかと思ったのです」
「へえ。ローラ専用の庭があるんだね。協力しようか?」
レイ様の顔がぱあと明るくなって瞳が輝いています。薄明りの中なのに、はっきりと表情が見て取れるのはなぜでしょう?
「いえ、いえ。ちょっと聞いてみただけですから。それにお忙しいレイ様の手を煩わせるわけにはまいりません」
これは失言? 墓穴を掘った? えっ? えっ?
「大丈夫、大丈夫。うん、近いうちにローラの邸にお邪魔することにしよう。庭園、見てあげるよ」
ええっ……私はそんなつもりで聞いたわけではなかったのですけど。
「レイ様、そんなお手間をかけさせるのは失礼になるかと思いますし、作るかどうかもわかりませんし、業者を教えて頂ければこちらで手配しますから、お気を使われなくてもよろしいですよ」
王子殿下が一貴族の元へ私的な用事で訪問することなどほとんどありませんよね。国王両陛下も許可をくださらないとは思いますが……
「ここの庭園は俺も携わっているんだ。まずは見てみてそれから業者に連絡したらいいと思うよ。相談に乗ってあげるからね」
声がルンルンと弾んでいるように感じるのですけれども。取り返しのつかないことを言ったわけではありませんよね? ちょっと、不安になってきました。
「あの……やっぱりいいです。すみません、間違いでした。うちには池は必要ないようですので、前言撤回します」
レイ様が歩みをピタッと止めました。
「ここから先は足元が暗くなるから気をつけて」
「? はい」
納得してくださったのよね? この話はお終いよね?
「やっぱり、これが安全かな」
という間に、体が宙に浮いて抱きかかえられていました。何度目かのパターン。これも外せないシチュエーションなのでしょうか。
「レイ様、歩けますから。私は子供ではありませんよ」
お姫様抱っこされながら抵抗しますが、レイ様には全然響いていない様子で、ずんずんと歩いて行きます。
「池の件はあとでゆっくり話そうか? 訪問の日にちも決めないといけないしね」
「ですから、前言撤回といいましたよ。レイ様、聞いてください」
私お断りしましたよね? どこで言葉の使い方を間違ったのかしら?
「だから、あとでね。今は二人で蛍を見ようね」
そんな、そんな、にっこりと微笑みかけられましても……
どうしましょう。
レイ様の前では、うっかりとはいえ、うかつなことを言えないと悟った夜でした。
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