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第二部
揺れ動く気持ちⅠ
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「フローラ、卒業後はどうするつもりだね」
休日の午後、居間で家族団らん中にお父様に尋ねられました。
最終学年である私はあと数ヶ月で卒業を迎えます。以前なら結婚することが決まっていたので、考えることはなかったのかもしれません。
今は、婚約者もいない、結婚の予定もありませんから、身の振り方を考えなくてはいけないのでしょう。一瞬、レイ様が思い浮かびましたが、頭から振り払いました。私からお断りしたのに、心の内に思いを秘めることさえ烏滸がましいことでしょう。
「出来れば、このまま研究を続けたいと思います。ダメでしょうか?」
「ダメではないよ。フローラの思うようにしたらいい」
お父様の言葉にホッと胸を撫で下ろしました。お父様の隣ではお母様が微笑んでいます。
卒業すれば研究にもっと時間を費やせるし、文献なども読む時間が増えます。人の役に立ちたいと思う気持ちは変わりませんから、両親が賛成してくれるのはとてもありがたいことです。
「それでなんだが、研究をするにしても、うちでは手狭だと思うのだが、どう思う?」
「手狭、ですか?」
敷地内に温室と研究棟ですから、ある程度やりたいことも限られてくると言えばそうなのですが、それもやり方次第だと思って今日までやってきました。
広ければ、研究の幅は広げられるとは思いますが。
「ああ、これからも研究を続けたいというのであれば、場所を移してはどうかと思ってな」
「場所を移す?」
「そうだ。広い土地に研究所を建てて研究員を雇うというのもどうだろう? 今まで一人でやってて来て成果もこれ以上ないくらい出している。これからは研究員と共に、さらに国の発展に寄与するというのはどうだろうか?」
「研究員?」
思いもかけない話が飛び出してきて目を丸くしました。
今までは一人で自分のペースで頑張ってきましたが、確かに一人ではすることが限られてしまいます。学生だから無理のない範囲で続けてきましたが、卒業すればもっと効率の良いやり方に変えることが必要かもしれません。
もっと研究をするには施設の充実した整備が不可欠ですから、実現すればと胸が躍りますが。
「とても良い案だとは思いますが、それはどのように決めるのですか? お金もかかると思いますし、広い土地を探すのも、研究員を募集するのも大変ではありませんか? 私の力では何年もかかってしまうかもしれません」
土地の購入から研究棟などの建設、研究員の人件費なども考えると莫大な費用になります。自分もいくらかの財産は持っていますが、それらを賄うだけの財力があるかというと否です。
「もう、フローラったら。何のために親がいると思っているの? わたくしたちがいるのだから、頼っていいのよ」
「お母様」
「そうだ。一人でなんでもやる必要はない。土地もいくつか候補があるし、相応しい物件を選んで決めればいい。人選も募集をかければ集まってくるだろうし、面接して決めればいい。お金の事なら研究が軌道に乗れば利益も生むだろうから、気にせずに自分のやりたいことをすればいいんだよ」
「そうよ。お父様の言う通りだわ。わたくしも応援するわよ。あなたの研究がどれだけこの国の役に立っていることか。あなたがとても誇らしいわ。わたくしたちの援助はあなたの功績に比べればほんの一助。この国に生まれた人間として少しでもあなたの研究の役に立てたら嬉しいのよ」
「お父様、お母様。ありがとうございます」
両親の愛情に包まれて胸が熱くなります。泣きたくなるのをこらえて笑顔を向けました。
私の思うままの気持ちを汲み取って協力してくれる両親に頭が上がりません。
「結婚、とかはいいのですか?」
恐る恐る尋ねました。
貴族の令嬢として生まれたならば、政略だろうと結婚は必須。当たり前の事です。親に決められても文句は言えません。
「結婚したいのかい? もしかして誰か相手がいるのかい?」
お父様が目を見開いて驚いたような問いかけに
「い、いえ……そういうわけでは……」
私はあたふたと否定しながら頭を左右に振ります。語尾はごにょごにょと濁してしまいましたが。自分で話を出したとはいえ、顔が微かに熱を持ったのがわかりました。
「まあ、結婚は無理にとは言わないよ。ゆっくりと考えればいい」
「わたくしもそう思うわ。好きな人と添い遂げる方が幸せだと思うもの。ねっ、あなた?」
お母様はお父様を見つめてにっこりと微笑みました。お父様も照れ隠しなのか、ゴホンと咳ばらいをしつつもなんだか嬉しそう。耳が赤くなっているような。両親の仲の良さを見ていると私まで幸せな気持ちになります。
レイ様とだったらこんな家庭が築けるのかしら?
また、ありえないことを考えてしまって、そんな邪な想像を打ち消しました。
消しても消してもレイ様が頭から消えてくれない。
いつまでたっても、レイ様の事が忘れられない。どうすれば忘れられるのかしら。
「ずっと、独身でもいいのですか?」
「それで、フローラが幸せならいいと思うよ」
結婚を強制されなくてよかったとは思いますが、独身が幸せかというと疑問も残ります。でも、私の気持ちを尊重してくれている両親には感謝しかありません。
「ありがとうございます」
まだまだ私にはハードルが高いのかもしれません。憧れはあるのに一歩を踏み出せない。相手がレイ様だからなおさら。きっと、断ってよかったのだと自分に納得させて、両親と研究所について話を続けました。
休日の午後、居間で家族団らん中にお父様に尋ねられました。
最終学年である私はあと数ヶ月で卒業を迎えます。以前なら結婚することが決まっていたので、考えることはなかったのかもしれません。
今は、婚約者もいない、結婚の予定もありませんから、身の振り方を考えなくてはいけないのでしょう。一瞬、レイ様が思い浮かびましたが、頭から振り払いました。私からお断りしたのに、心の内に思いを秘めることさえ烏滸がましいことでしょう。
「出来れば、このまま研究を続けたいと思います。ダメでしょうか?」
「ダメではないよ。フローラの思うようにしたらいい」
お父様の言葉にホッと胸を撫で下ろしました。お父様の隣ではお母様が微笑んでいます。
卒業すれば研究にもっと時間を費やせるし、文献なども読む時間が増えます。人の役に立ちたいと思う気持ちは変わりませんから、両親が賛成してくれるのはとてもありがたいことです。
「それでなんだが、研究をするにしても、うちでは手狭だと思うのだが、どう思う?」
「手狭、ですか?」
敷地内に温室と研究棟ですから、ある程度やりたいことも限られてくると言えばそうなのですが、それもやり方次第だと思って今日までやってきました。
広ければ、研究の幅は広げられるとは思いますが。
「ああ、これからも研究を続けたいというのであれば、場所を移してはどうかと思ってな」
「場所を移す?」
「そうだ。広い土地に研究所を建てて研究員を雇うというのもどうだろう? 今まで一人でやってて来て成果もこれ以上ないくらい出している。これからは研究員と共に、さらに国の発展に寄与するというのはどうだろうか?」
「研究員?」
思いもかけない話が飛び出してきて目を丸くしました。
今までは一人で自分のペースで頑張ってきましたが、確かに一人ではすることが限られてしまいます。学生だから無理のない範囲で続けてきましたが、卒業すればもっと効率の良いやり方に変えることが必要かもしれません。
もっと研究をするには施設の充実した整備が不可欠ですから、実現すればと胸が躍りますが。
「とても良い案だとは思いますが、それはどのように決めるのですか? お金もかかると思いますし、広い土地を探すのも、研究員を募集するのも大変ではありませんか? 私の力では何年もかかってしまうかもしれません」
土地の購入から研究棟などの建設、研究員の人件費なども考えると莫大な費用になります。自分もいくらかの財産は持っていますが、それらを賄うだけの財力があるかというと否です。
「もう、フローラったら。何のために親がいると思っているの? わたくしたちがいるのだから、頼っていいのよ」
「お母様」
「そうだ。一人でなんでもやる必要はない。土地もいくつか候補があるし、相応しい物件を選んで決めればいい。人選も募集をかければ集まってくるだろうし、面接して決めればいい。お金の事なら研究が軌道に乗れば利益も生むだろうから、気にせずに自分のやりたいことをすればいいんだよ」
「そうよ。お父様の言う通りだわ。わたくしも応援するわよ。あなたの研究がどれだけこの国の役に立っていることか。あなたがとても誇らしいわ。わたくしたちの援助はあなたの功績に比べればほんの一助。この国に生まれた人間として少しでもあなたの研究の役に立てたら嬉しいのよ」
「お父様、お母様。ありがとうございます」
両親の愛情に包まれて胸が熱くなります。泣きたくなるのをこらえて笑顔を向けました。
私の思うままの気持ちを汲み取って協力してくれる両親に頭が上がりません。
「結婚、とかはいいのですか?」
恐る恐る尋ねました。
貴族の令嬢として生まれたならば、政略だろうと結婚は必須。当たり前の事です。親に決められても文句は言えません。
「結婚したいのかい? もしかして誰か相手がいるのかい?」
お父様が目を見開いて驚いたような問いかけに
「い、いえ……そういうわけでは……」
私はあたふたと否定しながら頭を左右に振ります。語尾はごにょごにょと濁してしまいましたが。自分で話を出したとはいえ、顔が微かに熱を持ったのがわかりました。
「まあ、結婚は無理にとは言わないよ。ゆっくりと考えればいい」
「わたくしもそう思うわ。好きな人と添い遂げる方が幸せだと思うもの。ねっ、あなた?」
お母様はお父様を見つめてにっこりと微笑みました。お父様も照れ隠しなのか、ゴホンと咳ばらいをしつつもなんだか嬉しそう。耳が赤くなっているような。両親の仲の良さを見ていると私まで幸せな気持ちになります。
レイ様とだったらこんな家庭が築けるのかしら?
また、ありえないことを考えてしまって、そんな邪な想像を打ち消しました。
消しても消してもレイ様が頭から消えてくれない。
いつまでたっても、レイ様の事が忘れられない。どうすれば忘れられるのかしら。
「ずっと、独身でもいいのですか?」
「それで、フローラが幸せならいいと思うよ」
結婚を強制されなくてよかったとは思いますが、独身が幸せかというと疑問も残ります。でも、私の気持ちを尊重してくれている両親には感謝しかありません。
「ありがとうございます」
まだまだ私にはハードルが高いのかもしれません。憧れはあるのに一歩を踏み出せない。相手がレイ様だからなおさら。きっと、断ってよかったのだと自分に納得させて、両親と研究所について話を続けました。
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