131 / 195
第二部
揺れ動く気持ちⅥ
しおりを挟む
そうよ。こんなことをしている場合ではないわ。正気に返った私はリッキー様の後を追うことにしました。彼についてきたのだもの。いつまでもレイ様の元にいるわけにはいかないわ。
「レイ様、私も帰ります。長々、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
礼をして帰ろうとすると呼び止められました。
「ローラ、もうしばらく、ここにいてほしいんだ」
「でも、リッキー様もいらっしゃいませんし、私の役目も終わったと思うのですが」
招待されたわけではなく、勝手に連れてこられたようなもの。とどまる理由もありません。それに、さっきの発言もあって、早くこの場から離れたい気持ちもあります。恥ずかしくて、レイ様にどう接していいのかわからない。
リッキー様がいなくなった途端に居場所をなくしてしまったかのようで居た堪れないわ。
「本……図書室に新しい本が入ったから見てみない?」
急な申し出に目をぱちくりとさせました。
「リッキーにも役に立ちそうなのがあるかもしれないから。よければ、教材に使ってほしいんだ」
「図書室……」
リッキー様のため? 教材を探していたことを覚えて下さっていたのかしら? 使わせていただけるのは嬉しいけれど。レイ様を頼っていいの? 甘えていいの?
断る理由。承諾する理由。私はどちらを探しているの? 逡巡する頭の中。
「ローラ、そんなに難しく考えなくていいと思うよ。リッキーのために本を選びに行く。それでいいんじゃないかな」
「レイ様」
難しくって、顔に出ていたのかしら。ややこしく考えすぎなのかしら。決めかねている私にレイ様がくれたのは承諾する理由でした。迷って考えあぐねていたけれど。レイ様は割り切っていらっしゃるようにも見えました。あくまでも仕事の内だと。教材を提供するために案内するのだと。
「わかりました。よろしくお願いします」
義務的な物言いに寂しさも感じたけれど、けじめはつけないといけませんものね。
何にも知らなかったあの頃に帰りたいと思ってしまいました。何のためらいもなく手を委ね、体を委ねられたあの頃に……
♢♢♢♢♢♢
「使えそうな本があったら、テーブルの上に置いておいて。届けておくから」
図書室に入るとそう言ったレイ様は、私から離れて窓際のソファに腰かけると本を開いていました。すでに読みかけの本があったのでしょう。栞がローテーブルの上に置いてありました。
本来の目的はリッキー様に適した本を探すこと。レイ様がそばにいないことにガッカリしている場合ではないわ。私は気持ちを切り替えて本を探すことにしました。
絵本や児童書のコーナーには、たくさんの本が並んでいました。以前よりもかなり増えています。言葉を覚えるのに役立つ本があればと話したことがあるので、レイ様が取り寄せて下さったのでしょう。
取り出してペラペラとめくりながら、良さそうなものを何冊か多めに抜き出しました。
椅子に腰かけてリッキー様の興味を引きそうなものをと思って内容を確認していきます。何冊もの本に目を通している間、レイ様はずっと本を読んでいました。
レースのカーテン越しに差し込んでくる陽の光で横顔が縁どられ淡く光っているよう。神聖な宗教画を見ているかのような神々しさにしばらく目が離せませんでした。
誰もいない二人だけの空間。
パラパラとページをめくる音が微かに聞こえます。会話はないけれど、同じ時を過ごす贅沢な時間。それだけで自分の心が満たされているように感じました。
五冊ほど良さそうな本を選び出し、残りの本を書架に返して閲覧室へ戻ってくると、ゴトッと物音がしました。静寂な室内に殊の外大きく響いて、音のした方に目を向けると本が床に落ちていました。
いつの間にか寝てしまったのか、ソファに横たえたレイ様。睡魔に襲われ力の抜けた手から本が零れ落ちてしまったのでしょう。
私は本を拾い上げてテーブルの上に置きました。
日が傾き始めたのか深く差し込んだ日差しを浴びてレイ様は眠っています。暖かいとはいえ、こんなところでうたた寝をしていたら風邪をひいてしまうかもしれません。
「レイ様、起きてください。ここで、寝てはダメですよ」
跪き、声をかけます。
「……」
返事はありません。微動だにしないレイ様。ぐっすりと寝ていらっしゃるみたい。
「レイ様。レイ様」
声をかけても起きる様子はないので、仕方なく肩に手をかけて少しだけ揺さぶってみましたが、熟睡しているのか瞼一つ動きません。疲れていらっしゃるのかもしれません。
閉じた瞳には長いまつ毛。スッとした鼻梁。弧を描いた艶のある唇。精巧なお人形のように整った容姿は寝顔も美しい。起こすことを諦めてしばし見つめてしまいました。
頬にかかった髪の毛をもとに戻そうとそっと触れると頬の滑らかな感触に心が震えドキドキしてきました。
今日に限って人払いされたのか誰もいない室内。
今だけ……
起きる気配のないレイ様に魔が差したのかもしれません。
呼んでも聞こえるのは規則正しい呼吸だけ。
震える手で頬に触れる。いけないことをしているのはわかっているのに、止められなくて。
『大好きだよ。愛している』
先ほどのレイ様の言葉が甦りました。真剣で熱を孕んだ瞳が忘れられなくて、伝えられずにはいられませんでした。今だからこそ言える。自分の本当の気持ちを……熟睡している彼はきっと知らない。だから、今だけ。私の気持ちをのせて。
「レイ様が好き。大好き」
レイ様の寝顔を見つめながら、そして、吸い寄せられるように彼に口づけました。
重ねた唇はほんの刹那。シトラスの香りが鼻を掠めていきました。
大それたことをしてしまったと気づいた時には唇を重ねたあと。柔らかな感触がいつまでも私の唇に残っていました。
「レイ様、私も帰ります。長々、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
礼をして帰ろうとすると呼び止められました。
「ローラ、もうしばらく、ここにいてほしいんだ」
「でも、リッキー様もいらっしゃいませんし、私の役目も終わったと思うのですが」
招待されたわけではなく、勝手に連れてこられたようなもの。とどまる理由もありません。それに、さっきの発言もあって、早くこの場から離れたい気持ちもあります。恥ずかしくて、レイ様にどう接していいのかわからない。
リッキー様がいなくなった途端に居場所をなくしてしまったかのようで居た堪れないわ。
「本……図書室に新しい本が入ったから見てみない?」
急な申し出に目をぱちくりとさせました。
「リッキーにも役に立ちそうなのがあるかもしれないから。よければ、教材に使ってほしいんだ」
「図書室……」
リッキー様のため? 教材を探していたことを覚えて下さっていたのかしら? 使わせていただけるのは嬉しいけれど。レイ様を頼っていいの? 甘えていいの?
断る理由。承諾する理由。私はどちらを探しているの? 逡巡する頭の中。
「ローラ、そんなに難しく考えなくていいと思うよ。リッキーのために本を選びに行く。それでいいんじゃないかな」
「レイ様」
難しくって、顔に出ていたのかしら。ややこしく考えすぎなのかしら。決めかねている私にレイ様がくれたのは承諾する理由でした。迷って考えあぐねていたけれど。レイ様は割り切っていらっしゃるようにも見えました。あくまでも仕事の内だと。教材を提供するために案内するのだと。
「わかりました。よろしくお願いします」
義務的な物言いに寂しさも感じたけれど、けじめはつけないといけませんものね。
何にも知らなかったあの頃に帰りたいと思ってしまいました。何のためらいもなく手を委ね、体を委ねられたあの頃に……
♢♢♢♢♢♢
「使えそうな本があったら、テーブルの上に置いておいて。届けておくから」
図書室に入るとそう言ったレイ様は、私から離れて窓際のソファに腰かけると本を開いていました。すでに読みかけの本があったのでしょう。栞がローテーブルの上に置いてありました。
本来の目的はリッキー様に適した本を探すこと。レイ様がそばにいないことにガッカリしている場合ではないわ。私は気持ちを切り替えて本を探すことにしました。
絵本や児童書のコーナーには、たくさんの本が並んでいました。以前よりもかなり増えています。言葉を覚えるのに役立つ本があればと話したことがあるので、レイ様が取り寄せて下さったのでしょう。
取り出してペラペラとめくりながら、良さそうなものを何冊か多めに抜き出しました。
椅子に腰かけてリッキー様の興味を引きそうなものをと思って内容を確認していきます。何冊もの本に目を通している間、レイ様はずっと本を読んでいました。
レースのカーテン越しに差し込んでくる陽の光で横顔が縁どられ淡く光っているよう。神聖な宗教画を見ているかのような神々しさにしばらく目が離せませんでした。
誰もいない二人だけの空間。
パラパラとページをめくる音が微かに聞こえます。会話はないけれど、同じ時を過ごす贅沢な時間。それだけで自分の心が満たされているように感じました。
五冊ほど良さそうな本を選び出し、残りの本を書架に返して閲覧室へ戻ってくると、ゴトッと物音がしました。静寂な室内に殊の外大きく響いて、音のした方に目を向けると本が床に落ちていました。
いつの間にか寝てしまったのか、ソファに横たえたレイ様。睡魔に襲われ力の抜けた手から本が零れ落ちてしまったのでしょう。
私は本を拾い上げてテーブルの上に置きました。
日が傾き始めたのか深く差し込んだ日差しを浴びてレイ様は眠っています。暖かいとはいえ、こんなところでうたた寝をしていたら風邪をひいてしまうかもしれません。
「レイ様、起きてください。ここで、寝てはダメですよ」
跪き、声をかけます。
「……」
返事はありません。微動だにしないレイ様。ぐっすりと寝ていらっしゃるみたい。
「レイ様。レイ様」
声をかけても起きる様子はないので、仕方なく肩に手をかけて少しだけ揺さぶってみましたが、熟睡しているのか瞼一つ動きません。疲れていらっしゃるのかもしれません。
閉じた瞳には長いまつ毛。スッとした鼻梁。弧を描いた艶のある唇。精巧なお人形のように整った容姿は寝顔も美しい。起こすことを諦めてしばし見つめてしまいました。
頬にかかった髪の毛をもとに戻そうとそっと触れると頬の滑らかな感触に心が震えドキドキしてきました。
今日に限って人払いされたのか誰もいない室内。
今だけ……
起きる気配のないレイ様に魔が差したのかもしれません。
呼んでも聞こえるのは規則正しい呼吸だけ。
震える手で頬に触れる。いけないことをしているのはわかっているのに、止められなくて。
『大好きだよ。愛している』
先ほどのレイ様の言葉が甦りました。真剣で熱を孕んだ瞳が忘れられなくて、伝えられずにはいられませんでした。今だからこそ言える。自分の本当の気持ちを……熟睡している彼はきっと知らない。だから、今だけ。私の気持ちをのせて。
「レイ様が好き。大好き」
レイ様の寝顔を見つめながら、そして、吸い寄せられるように彼に口づけました。
重ねた唇はほんの刹那。シトラスの香りが鼻を掠めていきました。
大それたことをしてしまったと気づいた時には唇を重ねたあと。柔らかな感触がいつまでも私の唇に残っていました。
3
あなたにおすすめの小説
お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる