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第二部
揺れ動く気持ちⅤ
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「ローラおねえちゃん。こっちだよ。早く来てー」
西の宮の庭園。いち早く飛び出していったリッキー様が手招きしています。
おやつを食べ終わったリッキー様の次の興味は庭で遊ぶこと。ケーキを二個も平らげたのですから、運動も必然でしょう。
それはよかったのですが、帰る素振りを見せた私を見逃さず、リッキー様に「一緒に遊ぼう。ローラおねえちゃんと遊びたい」と強請られて、懇願を振り切ることが出来ずに庭園に来てしまいました。
こんな時、割り切れる性格だったらよかったのにと、優柔不断な自分が恨めしくも思ってしまいます。
隣にはレイ様。
呼ばれたのを幸いに私はリッキー様の元へと足早に歩いていきました。
「ローラ。あまり急ぐと転ぶよ。気をつけて」
背後から気遣う声が聞こえます。
振り切れずとどまることを選んでしまったのは、レイ様に未練があるから。ここにいてはいけないと思うのに、隣で微笑んでいるレイ様が好きだから。ローラと呼んでくれる愛称が特別だから。
「大丈夫です」
いつもと変わらない態度に安心して嬉しくて、でも、どこかもの悲しくて……
「ほら、見て。お魚がいっぱい」
リッキー様が興味津々に川を覗き込んでいます。幾種類もの魚たちが縦横無尽に泳ぎ回っている様は壮観です。マロンも川の淵に来てジーと眺めている姿はリッキー様と同じ。動き回る姿を目で追っています。
「マロン。魚はお前の獲物じゃないからな。獲るなよ」
いつの間にか追いついたレイ様が注意をしていますが、当のマロンは聞こえていない様子。物珍しいのか魚たちに目が釘付けになったまま、その場を動こうとしません。
「やっぱり、猫だなあ」
ちょっと、困ったようにつぶやいたレイ様は
「レイお兄ちゃん。この魚、なんという名前?」
次々と指さすリッキー様に答えていました。
川に沿って場所を変えて歩きながら、ポツリポツリと話をします。ローラと呼ばれるたびに胸が熱くなって恋しさがこみ上げてきます。
プロポーズを断ってしまった私が今更と思う気持ちもあって、遠慮がちになってしまう。相応しい方は他にもいる。そう思う自分もいて、頭の中が混沌としている。
「うわっ」
不意にレイ様のひときわ大きな叫び声が聞こえたと思ったら、一目散にマロンがレイ様の身体を駆け上り肩に乗っていました。おっかなびっくりといった体で目の前を凝視しています。
「でっかいの釣り上げたな」
「マロン、すごーい」
感心した声に振り向けば、大きな鯉がぴちぴちと尾びれを動かして陸の上で跳ねています。勢いで水滴が飛び散っていますが、お構いなしに目を輝かせて鯉を眺めているリッキー様。マロンは早々に避難して、レイ様の肩の上で怯えています。
そばで控えているエイブや護衛騎士達の忍び笑いが漏れ聞こえて、思わぬ愉快なハプニングに笑いの輪が広がって、和やかな雰囲気になりました。
「早く水に戻してやらないとかわいそうだぞ」
「うん。わかった」
そういわれてリッキー様とエイブが、袖をめくります。跳ね回る鯉を捕まえるのに少々手こずりながら、川へと戻しました。
水を得た魚というのはこういうことを言うのでしょう。本来の居場所に戻った鯉は水の中を確かめるように数回ゆっくりと旋回して、やがて川の奥へと消えていきました。
「ふう」
大仕事を終えたとばかりにリッキー様が額を手で拭っていました。その仕草が愛くるしくて笑みを誘います。
「リッキー、頑張ったな」
レイ様から労いの言葉をもらったリッキー様は満足そう。目を白黒させていたマロンはまだレイ様の肩の上。
「まったく。マロンも油断ならないな。興味津々だったし、ちょいちょい、水をつついてたのは見ていたから、悪い予感はしてたんだ」
マロンの頭を撫でるレイ様。高みにいるマロンは何事もなかったかのように、手のひらに頭をスリスリして気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしています。
「マロンすごかったね。あんなに大きい魚を捕まえるなんて思わなかったもん」
「そうだな。本人が一番びっくりしてるんじゃないか。こいつの驚きようを見たら捕まえるつもりはなくて、運よく爪に引っかかって釣り上げた形になったのかもな」
未だに下りないところをみるとその通りなのかもしれません。興味本位での行動が思いがけず大物を釣り上げてしまった。マロンより大きかったから手に負えなくて逃げ出したのでしょう。
「マロン、もう大丈夫よ。鯉は川に戻ったわ。だから、下りておいで」
「ニャーン」
甘えた声で鳴いたかと思うとやっと地に下りてきました。そして、先程の騒ぎはどこ吹く風でさっそく散策を始めました。
リッキー様を真ん中に挟んで手をつないで歩いていきます。川の生き物たちに興味をそそられ、花の匂いを嗅いだり、名前を教えたりとリッキー様のおしゃべりにつきあいました。
最初はぎこちなかった空気もリッキー様のおかげで緩和されて、話がスムーズにできるようになりました。静穏な雰囲気に浸っている時でした。
「レイおにいちゃん。僕のこと好き?」
何を思ったのか、リッキー様の唐突の問いかけに足が止まりました。レイ様を見上げ首を傾げて答えを待つリッキー様。一瞬、目を瞬かせて驚いた様子のレイ様でしたが
「好きに決まってるだろう。愛してるぞ」
おどけた顔でリッキー様の頭をわしゃわしゃと撫で回しました。
「うん。僕もレイおにいちゃん大好きー。ねっ、ローラおねえちゃんは僕のこと好き?」
「はい。大好きですよ」
レイ様に倣って私も答えました。
「うん、僕もローラおねえちゃんのこと大好き―」
満面の笑顔を向けたリッキー様がかわいくて、私も笑顔になります。無邪気な愛情表現がなんとも愛らしくて、それに、子供がいるだけでハッピーオーラが溢れて幸せな気持ちにさせてくれます。子供って、時には突拍子のないことを言って驚かせますものね。そんな類かと思い聞き流して、また三人で歩き始めました。
しばらくすると、リッキー様が口を開きます。
「ねえ、ねえ。レイおにいちゃん。レイおにいちゃんは、ローラおねえちゃんのこと、好き?」
瞬間、呼吸が止まりました。何を言い出すのか、リッキー様の無邪気すぎる天真爛漫な笑顔と問いかけに、緊張が全身を襲いました。
「大好きだよ。愛している」
口元を綻ばせ、真剣な瞳で愛しさを滲ませて答えるレイ様にどくんと大きく胸が高鳴りました。顔が赤く染まっているのが自分でもわかります。
「ローラおねえちゃん。よかったね。ねっ、ローラおねえちゃんもレイおにいちゃんのこと、好き?」
たぶん聞かれるだろうなと話の流れから予想はついていましたが、どう答えればいいのでしょう? 返答に困って俯き、黙っていると
「ローラおねえちゃん、どうしたの? レイおにいちゃんのこと嫌いなの?」
顔を覗き込むリッキー様の邪気のない表情に
「いえ、そういうわけでは……」
目を泳がせて口ごもりました。
今、レイ様はどんな表情をしているのでしょう? 想像するのも怖くて顔を上げられませんでした。
子供の言うこと。深い意味はないのかもしれません。いつまでも口を閉ざしていてはお二人にも悪い気がしてきます。好きにも色々あるわ。男女の愛情だけではないわ。自分に言い聞かせました。
「ローラおねえちゃん? レイおにいちゃんのこと、好き?」
再びの問い。リッキー様の純真さに絆されたけれど
「好、き……です」
男女の愛情だけではないと意気込んでみたのに、出てきたのはごにょごにょと、か細い声。俯いて途切れ途切れに言うのがやっと。
そんな曖昧な答えでも、顔を上げてみればレイ様の朱に染まった顔が目に映って、動揺してしまいました。
勘違いされているような、本当は勘違いではないのだけれど、でも、好きと言ったのは、そんな意味ではなくて……こんがらがる頭で必死に心の中で言い訳する私。
「あ、あの、いえ……」
どう説明しようかと狼狽えていると
「よかったね。レイおにいちゃん。ローラおねえちゃんはレイおにいちゃんのことが好きなんだって。じゃ、僕、帰るね」
ごにょごにょと途切れ途切れの言葉を拾ったリッキー様は、満足した面持ちでスッキリとした口ぶりで告げると、鮮やかに踵を返して駆け出していきました。
あっという間の出来事について行けず、立ち尽くすしか術がありません。
「おい、リッキー。ちょっと、待て」
「いやだよー。ローラおねえちゃん。また、遊ぼうね」
リッキー様が手を大きく左右に振りました。それからもう一度、くるりと向きを変え走っていきます。
「リチャード殿下。お待ちください」
マロンを抱き上げたエイブが慌てて後を追いかけていきました。
残されたのはレイ様と私。
一陣の風が吹き抜けたようなリッキー様の行動に呆然として、しばらく動けませんでした。
西の宮の庭園。いち早く飛び出していったリッキー様が手招きしています。
おやつを食べ終わったリッキー様の次の興味は庭で遊ぶこと。ケーキを二個も平らげたのですから、運動も必然でしょう。
それはよかったのですが、帰る素振りを見せた私を見逃さず、リッキー様に「一緒に遊ぼう。ローラおねえちゃんと遊びたい」と強請られて、懇願を振り切ることが出来ずに庭園に来てしまいました。
こんな時、割り切れる性格だったらよかったのにと、優柔不断な自分が恨めしくも思ってしまいます。
隣にはレイ様。
呼ばれたのを幸いに私はリッキー様の元へと足早に歩いていきました。
「ローラ。あまり急ぐと転ぶよ。気をつけて」
背後から気遣う声が聞こえます。
振り切れずとどまることを選んでしまったのは、レイ様に未練があるから。ここにいてはいけないと思うのに、隣で微笑んでいるレイ様が好きだから。ローラと呼んでくれる愛称が特別だから。
「大丈夫です」
いつもと変わらない態度に安心して嬉しくて、でも、どこかもの悲しくて……
「ほら、見て。お魚がいっぱい」
リッキー様が興味津々に川を覗き込んでいます。幾種類もの魚たちが縦横無尽に泳ぎ回っている様は壮観です。マロンも川の淵に来てジーと眺めている姿はリッキー様と同じ。動き回る姿を目で追っています。
「マロン。魚はお前の獲物じゃないからな。獲るなよ」
いつの間にか追いついたレイ様が注意をしていますが、当のマロンは聞こえていない様子。物珍しいのか魚たちに目が釘付けになったまま、その場を動こうとしません。
「やっぱり、猫だなあ」
ちょっと、困ったようにつぶやいたレイ様は
「レイお兄ちゃん。この魚、なんという名前?」
次々と指さすリッキー様に答えていました。
川に沿って場所を変えて歩きながら、ポツリポツリと話をします。ローラと呼ばれるたびに胸が熱くなって恋しさがこみ上げてきます。
プロポーズを断ってしまった私が今更と思う気持ちもあって、遠慮がちになってしまう。相応しい方は他にもいる。そう思う自分もいて、頭の中が混沌としている。
「うわっ」
不意にレイ様のひときわ大きな叫び声が聞こえたと思ったら、一目散にマロンがレイ様の身体を駆け上り肩に乗っていました。おっかなびっくりといった体で目の前を凝視しています。
「でっかいの釣り上げたな」
「マロン、すごーい」
感心した声に振り向けば、大きな鯉がぴちぴちと尾びれを動かして陸の上で跳ねています。勢いで水滴が飛び散っていますが、お構いなしに目を輝かせて鯉を眺めているリッキー様。マロンは早々に避難して、レイ様の肩の上で怯えています。
そばで控えているエイブや護衛騎士達の忍び笑いが漏れ聞こえて、思わぬ愉快なハプニングに笑いの輪が広がって、和やかな雰囲気になりました。
「早く水に戻してやらないとかわいそうだぞ」
「うん。わかった」
そういわれてリッキー様とエイブが、袖をめくります。跳ね回る鯉を捕まえるのに少々手こずりながら、川へと戻しました。
水を得た魚というのはこういうことを言うのでしょう。本来の居場所に戻った鯉は水の中を確かめるように数回ゆっくりと旋回して、やがて川の奥へと消えていきました。
「ふう」
大仕事を終えたとばかりにリッキー様が額を手で拭っていました。その仕草が愛くるしくて笑みを誘います。
「リッキー、頑張ったな」
レイ様から労いの言葉をもらったリッキー様は満足そう。目を白黒させていたマロンはまだレイ様の肩の上。
「まったく。マロンも油断ならないな。興味津々だったし、ちょいちょい、水をつついてたのは見ていたから、悪い予感はしてたんだ」
マロンの頭を撫でるレイ様。高みにいるマロンは何事もなかったかのように、手のひらに頭をスリスリして気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしています。
「マロンすごかったね。あんなに大きい魚を捕まえるなんて思わなかったもん」
「そうだな。本人が一番びっくりしてるんじゃないか。こいつの驚きようを見たら捕まえるつもりはなくて、運よく爪に引っかかって釣り上げた形になったのかもな」
未だに下りないところをみるとその通りなのかもしれません。興味本位での行動が思いがけず大物を釣り上げてしまった。マロンより大きかったから手に負えなくて逃げ出したのでしょう。
「マロン、もう大丈夫よ。鯉は川に戻ったわ。だから、下りておいで」
「ニャーン」
甘えた声で鳴いたかと思うとやっと地に下りてきました。そして、先程の騒ぎはどこ吹く風でさっそく散策を始めました。
リッキー様を真ん中に挟んで手をつないで歩いていきます。川の生き物たちに興味をそそられ、花の匂いを嗅いだり、名前を教えたりとリッキー様のおしゃべりにつきあいました。
最初はぎこちなかった空気もリッキー様のおかげで緩和されて、話がスムーズにできるようになりました。静穏な雰囲気に浸っている時でした。
「レイおにいちゃん。僕のこと好き?」
何を思ったのか、リッキー様の唐突の問いかけに足が止まりました。レイ様を見上げ首を傾げて答えを待つリッキー様。一瞬、目を瞬かせて驚いた様子のレイ様でしたが
「好きに決まってるだろう。愛してるぞ」
おどけた顔でリッキー様の頭をわしゃわしゃと撫で回しました。
「うん。僕もレイおにいちゃん大好きー。ねっ、ローラおねえちゃんは僕のこと好き?」
「はい。大好きですよ」
レイ様に倣って私も答えました。
「うん、僕もローラおねえちゃんのこと大好き―」
満面の笑顔を向けたリッキー様がかわいくて、私も笑顔になります。無邪気な愛情表現がなんとも愛らしくて、それに、子供がいるだけでハッピーオーラが溢れて幸せな気持ちにさせてくれます。子供って、時には突拍子のないことを言って驚かせますものね。そんな類かと思い聞き流して、また三人で歩き始めました。
しばらくすると、リッキー様が口を開きます。
「ねえ、ねえ。レイおにいちゃん。レイおにいちゃんは、ローラおねえちゃんのこと、好き?」
瞬間、呼吸が止まりました。何を言い出すのか、リッキー様の無邪気すぎる天真爛漫な笑顔と問いかけに、緊張が全身を襲いました。
「大好きだよ。愛している」
口元を綻ばせ、真剣な瞳で愛しさを滲ませて答えるレイ様にどくんと大きく胸が高鳴りました。顔が赤く染まっているのが自分でもわかります。
「ローラおねえちゃん。よかったね。ねっ、ローラおねえちゃんもレイおにいちゃんのこと、好き?」
たぶん聞かれるだろうなと話の流れから予想はついていましたが、どう答えればいいのでしょう? 返答に困って俯き、黙っていると
「ローラおねえちゃん、どうしたの? レイおにいちゃんのこと嫌いなの?」
顔を覗き込むリッキー様の邪気のない表情に
「いえ、そういうわけでは……」
目を泳がせて口ごもりました。
今、レイ様はどんな表情をしているのでしょう? 想像するのも怖くて顔を上げられませんでした。
子供の言うこと。深い意味はないのかもしれません。いつまでも口を閉ざしていてはお二人にも悪い気がしてきます。好きにも色々あるわ。男女の愛情だけではないわ。自分に言い聞かせました。
「ローラおねえちゃん? レイおにいちゃんのこと、好き?」
再びの問い。リッキー様の純真さに絆されたけれど
「好、き……です」
男女の愛情だけではないと意気込んでみたのに、出てきたのはごにょごにょと、か細い声。俯いて途切れ途切れに言うのがやっと。
そんな曖昧な答えでも、顔を上げてみればレイ様の朱に染まった顔が目に映って、動揺してしまいました。
勘違いされているような、本当は勘違いではないのだけれど、でも、好きと言ったのは、そんな意味ではなくて……こんがらがる頭で必死に心の中で言い訳する私。
「あ、あの、いえ……」
どう説明しようかと狼狽えていると
「よかったね。レイおにいちゃん。ローラおねえちゃんはレイおにいちゃんのことが好きなんだって。じゃ、僕、帰るね」
ごにょごにょと途切れ途切れの言葉を拾ったリッキー様は、満足した面持ちでスッキリとした口ぶりで告げると、鮮やかに踵を返して駆け出していきました。
あっという間の出来事について行けず、立ち尽くすしか術がありません。
「おい、リッキー。ちょっと、待て」
「いやだよー。ローラおねえちゃん。また、遊ぼうね」
リッキー様が手を大きく左右に振りました。それからもう一度、くるりと向きを変え走っていきます。
「リチャード殿下。お待ちください」
マロンを抱き上げたエイブが慌てて後を追いかけていきました。
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