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第二部

穏やかな日々Ⅴ

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「どこ見ているの?」

 私の視線の先を感じ取ったのかニッと笑みを深めたレイ様。
 見透かされているのを認めたくなくて

「どこも、見ていませんけど」

 ごまかしてみたけれども説得力はないわ。声が震えて視線が泳いでしまったもの。

「そう? で、あのあと、ローラは何をしたんだっけ?」

「えーと。何も……」

 首の両脇に手を置かれて逃げるに逃げられない状況。あれを再現するのはハードルが高すぎる。
 こんな見え透いた言い訳さえも面白いというように私を見下ろすレイ様に何とかこの状況から逃げ出そうと考えてみるものの、いい案なんて思い浮かぶはずもなくて。

「まだ、とぼけるの?」

「これ以上は、もう……」

 蛇に睨まれた蛙のごとく、動けない。ジリジリと追い詰められていく獲物みたいだわ。いつもは甘くて優しいレイ様なのに……涙が滲んできたみたい。

「一度、やっちゃったんだから、二度目は簡単なはずだよね?」

 やっちゃったって、やっちゃ……。
 イヤー。レイ様、生々すぎるわ。レイ様の唇の感触が甦ってきて、思わず顔を両手で覆いました。耳たぶまで真っ赤なのが自分でもわかって、ますます羞恥で居た堪れなくなってしまった。

「そんなに恥ずかしがらなくても。あの日のローラは大胆だったなあ」

 思いを馳せるようなレイ様の物言いになんとも身の置き所がなくて身が縮みあがってしまいました。
 これは、どうしたらいいの? 反応を楽しんでいるのは明らか。
 だからといって堂々とキスしましたなんて言えるわけもないし、もう一度、自分からなんてできるはずもない。

 まともにレイ様の顔が見れないわ。
 はあー。私、とんでもないことをやってしまったのね。
 ここに来て何度目かの後悔。私の黒歴史になりそうだわ。

「しょうがないなあ」

 仕方なさそうでいて愉悦を含んだレイ様の声がしたと思ったら、ゆっくりと抱き起されました。顔を覆っていた両手もはがされて

「ローラの顔、真っ赤」

 クスリと笑ったレイ様をまともに見ることができなくて、下を向くとレイ様の手が伸びてきて膝に置いていた手に触れたと思ったら、私の指を自分の唇に持ってきました。

 柔らかい唇の感触にビクッと指が震えて咄嗟にひっこめようとしたけれど、強く掴まれた手を振りほどくことはできません。

「覚えてる?」

「あっ……」

 レイ様の唇を私の指がなぞっていく。自分の意思ではないのに。滑らかで柔らかな感触が指に伝わって体の奥がきゅんと締めつけられる。自分の唇を触ってもなんともないのに。どうして?

「思い出した?」

 尚も楽し気に微笑むレイ様は今度は私の唇に指を這わせました。長くて白い指が半開きの唇をなぞっていくと痺れにも似た得体の知れない感覚が全身を襲ってきて、思わず目を瞑りました。

「指だけではわからないよね? 唇の感触って」

 なんて返せばいいの? 徐々に崖っぷちに追い詰められている気分だわ。後ろはまさしく崖の下。

「認めるよね? 俺の唇に触れたこと」

「!……」

 ああ。
 もう、ダメだわ。

「はい。申し訳ありません」

 往生際悪く抗ってみたけれど、いつまでもごまかせるわけもなくて。

「やっと、認めたね。うん。よかった」

 なぜか独りごちるレイ様。

「謝らなくてもいいのに。俺は嬉しかったんだから」

 反応する暇もなく、唇に柔らかなものが触れました。すぐに離れたけれど。
 えっ? もしかして、キスされたの?

「まだ、足りなさそう?」

 何が起きたのか理解できなくて何度も瞬きをする私にレイ様の顔が近づいてきて唇が重なりました。さっきよりも息をするのも忘れるくらいにじっくりと触れ合う口づけ。
 やっと、唇が離れた時には息も絶え絶え。何度も深呼吸を繰り返して呼吸が正常さを取り戻した私を待ち構えたように腕の中に抱き込みました。

「やっぱり、夢じゃなかったんだね」

「?」

「実は半信半疑だったんだ」

 えっ? どういうこと?

「あの時はまだ覚醒してなくて、意識がハッキリしているわけではなかったんだよね」

 ちょっと、待って。

「ローラの声が聞こえてきた時、これは夢を見ているのかなってぼんやりと思っていて、自分の願望がとうとう夢になって現れたのかもしれないって。そしたら、唇に何かが触れた感覚があって、でもこれも夢なんだろうなって思っていたんだよね」

 今、その告白をします? ということは、キッパリハッキリ否定すれば誤魔化せたってこと? えっ?

 有無を言わせないようにか、しっかり抱きしめられて身動きが取れない。

「一応、念のため? 唇の感触がわりとリアルだったから、聞いてみたほうがいいかなと思って。でも、あれもこれも夢じゃなかったんだね。よかった。本人の口から真相が聞けて、すっきりした」


 すっきりしたのはレイ様だけでは? 本当の事とはいえ、羞恥心にまみれて身悶えしていた私は何だったのかしら?

「俺のこと嫌いになった?」

 何かを嗅ぎ取ったのか、ご機嫌を窺うように聞いてくるレイ様。その言い方はずるいわ。
 嫌いになんてなるわけないことを知っているくせに。

「ローラがわりと積極的だったとわかったから、俺も遠慮しなくてもいいよね?」

「積極的って、あれは……そんなんではなくて」

 って反論しようにも適切な言葉が思い浮かばない。

「眠っている無防備な俺にキスしたのは事実だよね?」

 確かにそうなのだけれども、何かこれって、弱みを握られた感じなの? 

「レイ様、忘れてください」

 涙目で懇願してみたけれど、返事の代わりに腰に腕を回して密着度が増してしまったわ。懐に抱かれると身を委ねてしまう自分もいて少し奇妙な感覚に戸惑ってしまう。

 やがて、腕の力を抜いたレイ様は私の頬を包んでこつんと額を合わせました。レイ様の瞳がぼやけて見えるほど間近にレイ様がいて、顔が火照ってきました。

「ローラ、愛してる」

 甘い言葉と共にもう一度重なった唇。
 角度を変えて何度も重なる口づけ。口づけの合間に囁かれる愛の言葉。
 
「んっ……あ……んっ」

 レイ様の口づけが額に頬に、首筋に落ちるたびに漏れる甘ったるい吐息が理性を奪っていく。レイ様の情欲に濡れた眼差しに体の奥が熱くなる。初めての感覚に惑いながらもレイ様の恋情を受け止めて、はらりと伝う涙。これは幸せの涙。

「レイ様、私もレイ様を愛しています」

 自然と零れた言葉が劣情を誘ったのか、さらに激しくなった口づけ。視線が交わるたびに重なる唇。

 頭の芯が蕩けるような舌が絡み合う深い口づけに翻弄されて、そのうちに何も考えられなくなりました。

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