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第二部
卒業パーティーⅠ
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「フローラ。さっきの毅然とした態度はとても良かったわよ」
馬車を走らせて少し経った頃、ディアナが顔を綻ばせて私を見ていました。
「いつまでも怯えていてはダメだと思ったの。自分の気持ちをハッキリと言わないと伝わらないと思って」
「その通りよ。わたしもスカッとしたわ。フローラの気持ちが相手に響いているといいけども」
出会った時から高圧的な態度で何か言われるたびにビクビクとしていたから、いつの間にか令息の顔を見ると身構えてしまっていました。
「怒っていたから、響いていないかもしれないわ。元から私の話を聞く気はなさそうだったもの」
私は諦めにも似た気持ちで小さく溜息をつきました。
一緒に勉強をと言えばそんなもの一人で出来ないのか、人を頼るな、お前はバカなのかと罵られ、仕事の話ならいいだろうと思って、試食用のお菓子を差し出せば、侯爵令嬢のくせに使用人同然の事をさせられているのか、ブルーバーグ侯爵家も落ちぶれたものだなと我が家を堕とされる。
何を言っても何をしても悪く捉えられてしまって、私の顔を見ると機嫌が悪くなるのは日常茶飯事。
歩み寄ろうにも結界でも張っているのかと思うほど近づけなかったわ。
「私って彼に嫌われていたから」
容姿が好みでないのが大きかったのかもしれない。性格も。何もかも気に入られず。これでは上手くいくはずがないものね。
「コンプレックスが刺激されるからじゃないの? 一応、彼も幼少期は神童ともてはやされていた時期があったみたいだし、神童も大人になれば只の人ってケースもあるようだから、彼はそれに当てはまったのではないかしらね」
「そうなのかしら?」
「学園の成績を見れば一目瞭然よ。それでも努力を怠らなければ、天才ではなくても秀才にはなれたんじゃないのかしらね。器の小さい者ほど自分より優れた人間を認められないものよ。金紫珠褒賞を授与したフローラと張り合おうなんて百万年早いんじゃないかしらね。実力を認め慈しみ協力していくことの方が賢い選択よ。それにフローラは性格も良いしとても可愛いわ」
自信たっぷりに話すディアナに少し赤面してしまいました。最後の言葉は、ちょっと恥ずかしい。馬車に同乗しているケイトとルーシーもうんうんと首肯しているので、ますます恥ずかしさが増していきます。
例えお世辞であっても、ディアナに褒められると嬉しくて元気が出てきました。
「ディアナありがとう。彼にも婚約者がいるのだし、気にしないようにするわ」
「そうよ。フローラには無関係な人間よ。捨て置きなさい」
「そうするわ」
ずっとつかえていたものを本人に吐き出せたから、スッキリとした気分。
けじめをつけるために呼び方も変えたわ。もう関係のない赤の他人ですものね。
今日テンネル侯爵令息に出会えたことは僥倖だったのかもしれないわ。窓越しに流れゆく景色を清々しい気持ちで眺めました。
♢♢♢♢♢♢
「ただいま、戻りました」
西の宮に到着して、いつもの部屋のドアを開けるといきなりレイ様に抱擁を受けました。温かな温もりとシトラスの香りに心が満たされます。
「遅かったから、迎えに行こうと思ってたんだ」
遅い?
肩越しに時計に目をやれば約束の時間よりも二十分は早いのですが。
「やっぱり俺もついて行けばよかった。何度後悔したことか」
抱きしめる腕に力がこもります。
「大袈裟ですよ。それに予定の時刻よりも二十分早いです」
「体感時間では一時間は遅かった」
体感時間って、わけのわからないことをいうレイ様。言いたいことはわからないでもなく、一日千秋の思いで待っていたとの意味合いなのでしょう。
送り出す時も渋々でしたし、自分も一緒に行くと出発するまで粘っていらっしゃったわ。けれど仕事が立て込んでいたから断念するしかなかったのですよね。
もしもレイ様が街に出たら目立つのではないかしら。たとえ変装しても高貴なオーラは隠せないと思うわ。
事件も解決して身辺も静かになってきたので、たまには街で買い物はどうかとディアナに誘われての今日の外出でした。華美なドレスは目立つからと裕福な平民を装ったワンピースを着て、髪も化粧も抑えめにしてもらい、ケイトとルーシーも連れて出かけました。
貴族街もありますが下町が貴族の間で人気だということでちょっと足を延ばしたのです。思いがけない出会いもありましたが、とても楽しかったわ。
また行きたいと言ったら、レイ様はどんな顔をするかしら?
「お土産買ってきましたよ」
抱き合っている私達の横を素通りしてケイトとルーシーが大きな紙袋をテーブルの上にのせました。
「おー。やったー!」
「待ってたぜ」
護衛騎士達が目を輝かせて歓びの声を上げると早速お茶会の準備が始まりましたが、私達は放置です。
レイ様に抱きしめられるのはいつもの光景なので、みんなも耐性ができたのか生暖かい目で見られるか、その場を立ち去るか、無反応か、その時々で反応は様々。
私も随分慣れました。
「レイ様。お土産を一緒に食べませんか? 珍しいものをたくさん買ってきたんですよ」
「うん。でも、もう少しこのままで」
留守にしたのはほんの半日くらいなのに。約束の時間よりも早く帰ってきたのに。私の存在を確かめたいのか、心配だったのか、なかなか離して下さいません。
レイ様……
私達には目もくれず、周りはワイワイと楽しそうにセッティングが進んでいるようですが、レイ様の耳には入っていないよう。
困ったけれど、思いを寄せて下さるレイ様が愛おしくて突き放すことは出来なくて。しばらくの間、私は目を瞑り温もりを堪能するようにレイ様の腕の中に包まれていました。
馬車を走らせて少し経った頃、ディアナが顔を綻ばせて私を見ていました。
「いつまでも怯えていてはダメだと思ったの。自分の気持ちをハッキリと言わないと伝わらないと思って」
「その通りよ。わたしもスカッとしたわ。フローラの気持ちが相手に響いているといいけども」
出会った時から高圧的な態度で何か言われるたびにビクビクとしていたから、いつの間にか令息の顔を見ると身構えてしまっていました。
「怒っていたから、響いていないかもしれないわ。元から私の話を聞く気はなさそうだったもの」
私は諦めにも似た気持ちで小さく溜息をつきました。
一緒に勉強をと言えばそんなもの一人で出来ないのか、人を頼るな、お前はバカなのかと罵られ、仕事の話ならいいだろうと思って、試食用のお菓子を差し出せば、侯爵令嬢のくせに使用人同然の事をさせられているのか、ブルーバーグ侯爵家も落ちぶれたものだなと我が家を堕とされる。
何を言っても何をしても悪く捉えられてしまって、私の顔を見ると機嫌が悪くなるのは日常茶飯事。
歩み寄ろうにも結界でも張っているのかと思うほど近づけなかったわ。
「私って彼に嫌われていたから」
容姿が好みでないのが大きかったのかもしれない。性格も。何もかも気に入られず。これでは上手くいくはずがないものね。
「コンプレックスが刺激されるからじゃないの? 一応、彼も幼少期は神童ともてはやされていた時期があったみたいだし、神童も大人になれば只の人ってケースもあるようだから、彼はそれに当てはまったのではないかしらね」
「そうなのかしら?」
「学園の成績を見れば一目瞭然よ。それでも努力を怠らなければ、天才ではなくても秀才にはなれたんじゃないのかしらね。器の小さい者ほど自分より優れた人間を認められないものよ。金紫珠褒賞を授与したフローラと張り合おうなんて百万年早いんじゃないかしらね。実力を認め慈しみ協力していくことの方が賢い選択よ。それにフローラは性格も良いしとても可愛いわ」
自信たっぷりに話すディアナに少し赤面してしまいました。最後の言葉は、ちょっと恥ずかしい。馬車に同乗しているケイトとルーシーもうんうんと首肯しているので、ますます恥ずかしさが増していきます。
例えお世辞であっても、ディアナに褒められると嬉しくて元気が出てきました。
「ディアナありがとう。彼にも婚約者がいるのだし、気にしないようにするわ」
「そうよ。フローラには無関係な人間よ。捨て置きなさい」
「そうするわ」
ずっとつかえていたものを本人に吐き出せたから、スッキリとした気分。
けじめをつけるために呼び方も変えたわ。もう関係のない赤の他人ですものね。
今日テンネル侯爵令息に出会えたことは僥倖だったのかもしれないわ。窓越しに流れゆく景色を清々しい気持ちで眺めました。
♢♢♢♢♢♢
「ただいま、戻りました」
西の宮に到着して、いつもの部屋のドアを開けるといきなりレイ様に抱擁を受けました。温かな温もりとシトラスの香りに心が満たされます。
「遅かったから、迎えに行こうと思ってたんだ」
遅い?
肩越しに時計に目をやれば約束の時間よりも二十分は早いのですが。
「やっぱり俺もついて行けばよかった。何度後悔したことか」
抱きしめる腕に力がこもります。
「大袈裟ですよ。それに予定の時刻よりも二十分早いです」
「体感時間では一時間は遅かった」
体感時間って、わけのわからないことをいうレイ様。言いたいことはわからないでもなく、一日千秋の思いで待っていたとの意味合いなのでしょう。
送り出す時も渋々でしたし、自分も一緒に行くと出発するまで粘っていらっしゃったわ。けれど仕事が立て込んでいたから断念するしかなかったのですよね。
もしもレイ様が街に出たら目立つのではないかしら。たとえ変装しても高貴なオーラは隠せないと思うわ。
事件も解決して身辺も静かになってきたので、たまには街で買い物はどうかとディアナに誘われての今日の外出でした。華美なドレスは目立つからと裕福な平民を装ったワンピースを着て、髪も化粧も抑えめにしてもらい、ケイトとルーシーも連れて出かけました。
貴族街もありますが下町が貴族の間で人気だということでちょっと足を延ばしたのです。思いがけない出会いもありましたが、とても楽しかったわ。
また行きたいと言ったら、レイ様はどんな顔をするかしら?
「お土産買ってきましたよ」
抱き合っている私達の横を素通りしてケイトとルーシーが大きな紙袋をテーブルの上にのせました。
「おー。やったー!」
「待ってたぜ」
護衛騎士達が目を輝かせて歓びの声を上げると早速お茶会の準備が始まりましたが、私達は放置です。
レイ様に抱きしめられるのはいつもの光景なので、みんなも耐性ができたのか生暖かい目で見られるか、その場を立ち去るか、無反応か、その時々で反応は様々。
私も随分慣れました。
「レイ様。お土産を一緒に食べませんか? 珍しいものをたくさん買ってきたんですよ」
「うん。でも、もう少しこのままで」
留守にしたのはほんの半日くらいなのに。約束の時間よりも早く帰ってきたのに。私の存在を確かめたいのか、心配だったのか、なかなか離して下さいません。
レイ様……
私達には目もくれず、周りはワイワイと楽しそうにセッティングが進んでいるようですが、レイ様の耳には入っていないよう。
困ったけれど、思いを寄せて下さるレイ様が愛おしくて突き放すことは出来なくて。しばらくの間、私は目を瞑り温もりを堪能するようにレイ様の腕の中に包まれていました。
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