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第二部
卒業パーティーⅡ
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お土産を広げてお茶を満喫した後は皆張り切って仕事へと戻っていきました。
「気持ちがいいですね」
日差しが柔らかくなりそよ風が適度な涼を運んできて肌に心地よくて、バルコニーから見る緑の景色も目に潤いを与えてくれます。
「そうだね」
隣にいるレイ様がにっこりとした微笑みにつられて私も笑顔になりました。
今日の仕事は終わったそうでゆっくりと過ごせるそう。
ディアナと出かけている間、猛烈に仕事をしていたらしく「殿下とゆっくりとお過ごしくださいませ」とセバスにこっそりと言われてしまったわ。
レイ様、どれほど頑張って下さったのかしら。
風になびく髪をかきあげる仕草が優美できれいな横顔に見惚れてしまいました。この方が私の婚約者だなんて、もしかしたら夢を見ているのではないかしらと朝が来るたびに思ってしまう。
「どうしたの?」
「……何でもありません。いい天気だなあと思いまして」
レイ様の怪訝そうな顔。見つめすぎてしまったみたい。慌てて私は気を逸らすように外の景色に目を移しました。
「まあ、確かに」
レイ様は空を見上げました。少し傾いた太陽の眩しさとぽっかりと浮かぶ白い雲。どこまでも蒼い空は長閑で平和そのもの。私も同じように空を眺めました。
レイ様の隣にいられる幸せを噛みしめながら。
「レイ様、お願いがあるのですが」
「お願い?」
ここ最近、考えていた事。
「宮を出てて家にへ帰りたいのです」
「えっ!」
レイ様はギョッとした顔をして私を見つめました。
「ちょっと待って、いったいどうしたの? お、俺の事が嫌いになった?」
サーと顔色が悪くなって慌てふためくレイ様。動揺が激しい。
あの……私、言葉を間違ったかしら?
「いえ、そうではなくて」
「うん。ちゃんと話し合おう。何か気に入らないことがあったら、正直に言って。直すから」
私の手を握るとベンチへと座らせました。レイ様の手が微かに震えています。酷く真剣な顔が目の前にあってトクッと跳ねる心臓の鼓動。
「嫌いになったとかではなくて」
「嫌われたわけではないんだね?」
「はい」
大きく胸を撫で下ろすレイ様。
「それでは、何か気に入らないことがあったとか? 愛情が足りないとか、甘やかし方が足りないとか、愛し方が足りないとか、それとも……」
レイ様の言葉を聞いているうちにどんどんと顔が赤くなっていきました。真剣に考えているレイ様ですが、思考が斜めにいっているような。
「レイ様。身に余るほど、愛情も十分に頂いていますし、これ以上はないくらいに甘やかして頂いていますから、不足などありません。安心してくださいね」
不満があって帰りたいと言ったわけではないので、レイ様の早とちりです。
「本当に? 俺に不満があるとかではなくて?」
ジッと私の瞳を覗き込むレイ様の憂いを纏った表情に胸がキュウと締めつけられるように切なくなりました。愛おしさがこみ上げてきて知らずにレイ様を抱きしめていました。
「毎日が幸せですから不満なんてありません」
レイ様の艶やかなバーミリオンの髪を撫でます。気持よいというかすごく安心するというか、温かな情愛が芽生えるというか不思議な感覚。いつもは私が撫でられる側なので気がつきませんでした。そして撫でられるままになっているレイ様が何だか可愛くて、なお一層、愛しさが胸いっぱいに広がっていきます。
「本当に? ローラは幸せ?」
「はい。幸せですよ。私が家に帰ると言ったのは両親と過ごす時間も欲しいと思ったからです」
おもむろに顔を上げたレイ様の表情には、心配が杞憂に終わった安堵感とどことなく寂しさを含んだような複雑な感情が見え隠れしてしています。
「両親と過ごす……」
「そうなのです。結婚後は両親と会う機会はなかなかないでしょう? ですから、結婚までは両親と暮らして親孝行もしたいのです。それに温室の管理や研究の事もあります」
研究に関しては時間をいただいているので、さほど問題ではないのですが、両親が、特にお父様がとても寂しがっているのです。邸にいるのは数時間。研究室に籠れば両親に会う時間も限られてしまいます。
『もう行ってしまうのか』なんてお父様のしょんぼりした顔を見ると申し訳ない気持ちにもなってしまって、どうしようかと悩んでいました。
「それは、わかるけれど。でも、帰らなくてもここから通えばいいと思うよ。今だってそうしてるよね?」
「そうなんですけれども、親子の会話の時間もあまりとれないので、私も少し寂しくて……」
両親の顔を思い出して涙ぐみそうになる私を抱きしめて「気がつかずにごめんね」と謝ってくれました。
「守っていただきながら、わがままを言って申し訳ありません」
レイ様の宮に保護してもらっているのは私が誘拐されそうになった上に怪我をしてしまったから。それをいいことにレイ様の厚意に甘えてしまっていたから。
「ローラが謝ることはないよ。このままずっとここにとどめ置いてしまいたいけれど、ローラの両親にも寂しい思いをさせていることになるね」
私の髪を撫でながら何事か思案しているレイ様。長い指が髪を梳いていきます。もう慣れてしまった動作に心が凪いでいきました。
両親との時間を作りたい。でも、レイ様とも離れたくない。相反する気持ちがせめぎ合って、どうしようもないジレンマに陥ってしまう。
「本当はローラを離したくないけれど、譲歩に譲歩して週に半分だけ自邸にかえるのはどうかな? 王子妃教育もあるから、その前後はこちらで過ごす。それで、どうかな?」
「週の半分……それなら、いいかもしれません」
半々なら、両親とも過ごせてレイ様とも過ごせる。名案では。私の顔がぱあと輝きました。
「よろしいのですか? 私に都合の良い我儘なスケジュールで、側近の方々に迷惑をかけたりしませんか?」
「大丈夫だよ。喜んで従ってくれると思うよ。ただし、学園を卒業してからね。送迎をきちんとしたい。それまではここで過ごしてほしいんだ」
毎日、登下校の時間に送ってくださるのは有難いのですが、生徒達の視線が突き刺さって、見守られている感じとかキラキラとした羨望の眼差しとか、黄色い歓声とか。好意的なムードが気恥ずかしくて身の置き所がなくて。内心はその場からダッシュしたい気持ちを抑えて平気な顔を装っているのです。
事件も解決したことですし、これもいい機会かもしれません。
「送迎もそろそろご遠慮させて」
「俺の楽しみを奪わないでほしい」
言いたいことを察したのか、最後まで言い終わらないうちに、思いもかけない言葉を口にしたレイ様。
「楽しみ?」
レイ様の膝の上にのせられている私。いつの間に? すっぽりと腕の中に抱き込まれていました。
「そう、楽しみ。婚約者を馬車で送迎できるなんて、こんな幸せなことはないと思うんだ」
「幸せ?」
「婚約者と一緒に馬車に乗ってくる生徒達だっているよね?」
「そうですね。家が近かったり通り道だったり、理由は様々でしょうけれど、確かにいますね」
一緒に登下校する仲の良い婚約者同士を見かけると羨ましいと思っていた時もあったわ。
「ローラと一緒に暮らしているのだから、その権利は十分にあると思うんだ。ちょっと憧れてもいたしね。婚約者をエスコートするの。残念ながら一緒に学園には通えない。だから、せめて卒業まであと少しの間、送迎役を務めさせてもらえないかな?」
私の手を取ったレイ様は指先にチュッと口づけました。頬が朱に染まり胸がドキドキしてきました。哀願されては断ることは難しい。学園生活もあと少し。卒業してしまえば送迎もなくなる。それを思えば、レイ様の願いに甘えてもいいのかしら。
「これからもよろしくお願いします」
「よかった」
嬉しそう破顔したレイ様は再び私を抱きしめました。シトラスの香りが鼻を掠めていき、背中に回した腕に力を込めて私もレイ様を抱き返しました。
多幸感に包まれる腕の中。私達は言葉もなくお互いの温もりに酔いしれました。
「気持ちがいいですね」
日差しが柔らかくなりそよ風が適度な涼を運んできて肌に心地よくて、バルコニーから見る緑の景色も目に潤いを与えてくれます。
「そうだね」
隣にいるレイ様がにっこりとした微笑みにつられて私も笑顔になりました。
今日の仕事は終わったそうでゆっくりと過ごせるそう。
ディアナと出かけている間、猛烈に仕事をしていたらしく「殿下とゆっくりとお過ごしくださいませ」とセバスにこっそりと言われてしまったわ。
レイ様、どれほど頑張って下さったのかしら。
風になびく髪をかきあげる仕草が優美できれいな横顔に見惚れてしまいました。この方が私の婚約者だなんて、もしかしたら夢を見ているのではないかしらと朝が来るたびに思ってしまう。
「どうしたの?」
「……何でもありません。いい天気だなあと思いまして」
レイ様の怪訝そうな顔。見つめすぎてしまったみたい。慌てて私は気を逸らすように外の景色に目を移しました。
「まあ、確かに」
レイ様は空を見上げました。少し傾いた太陽の眩しさとぽっかりと浮かぶ白い雲。どこまでも蒼い空は長閑で平和そのもの。私も同じように空を眺めました。
レイ様の隣にいられる幸せを噛みしめながら。
「レイ様、お願いがあるのですが」
「お願い?」
ここ最近、考えていた事。
「宮を出てて家にへ帰りたいのです」
「えっ!」
レイ様はギョッとした顔をして私を見つめました。
「ちょっと待って、いったいどうしたの? お、俺の事が嫌いになった?」
サーと顔色が悪くなって慌てふためくレイ様。動揺が激しい。
あの……私、言葉を間違ったかしら?
「いえ、そうではなくて」
「うん。ちゃんと話し合おう。何か気に入らないことがあったら、正直に言って。直すから」
私の手を握るとベンチへと座らせました。レイ様の手が微かに震えています。酷く真剣な顔が目の前にあってトクッと跳ねる心臓の鼓動。
「嫌いになったとかではなくて」
「嫌われたわけではないんだね?」
「はい」
大きく胸を撫で下ろすレイ様。
「それでは、何か気に入らないことがあったとか? 愛情が足りないとか、甘やかし方が足りないとか、愛し方が足りないとか、それとも……」
レイ様の言葉を聞いているうちにどんどんと顔が赤くなっていきました。真剣に考えているレイ様ですが、思考が斜めにいっているような。
「レイ様。身に余るほど、愛情も十分に頂いていますし、これ以上はないくらいに甘やかして頂いていますから、不足などありません。安心してくださいね」
不満があって帰りたいと言ったわけではないので、レイ様の早とちりです。
「本当に? 俺に不満があるとかではなくて?」
ジッと私の瞳を覗き込むレイ様の憂いを纏った表情に胸がキュウと締めつけられるように切なくなりました。愛おしさがこみ上げてきて知らずにレイ様を抱きしめていました。
「毎日が幸せですから不満なんてありません」
レイ様の艶やかなバーミリオンの髪を撫でます。気持よいというかすごく安心するというか、温かな情愛が芽生えるというか不思議な感覚。いつもは私が撫でられる側なので気がつきませんでした。そして撫でられるままになっているレイ様が何だか可愛くて、なお一層、愛しさが胸いっぱいに広がっていきます。
「本当に? ローラは幸せ?」
「はい。幸せですよ。私が家に帰ると言ったのは両親と過ごす時間も欲しいと思ったからです」
おもむろに顔を上げたレイ様の表情には、心配が杞憂に終わった安堵感とどことなく寂しさを含んだような複雑な感情が見え隠れしてしています。
「両親と過ごす……」
「そうなのです。結婚後は両親と会う機会はなかなかないでしょう? ですから、結婚までは両親と暮らして親孝行もしたいのです。それに温室の管理や研究の事もあります」
研究に関しては時間をいただいているので、さほど問題ではないのですが、両親が、特にお父様がとても寂しがっているのです。邸にいるのは数時間。研究室に籠れば両親に会う時間も限られてしまいます。
『もう行ってしまうのか』なんてお父様のしょんぼりした顔を見ると申し訳ない気持ちにもなってしまって、どうしようかと悩んでいました。
「それは、わかるけれど。でも、帰らなくてもここから通えばいいと思うよ。今だってそうしてるよね?」
「そうなんですけれども、親子の会話の時間もあまりとれないので、私も少し寂しくて……」
両親の顔を思い出して涙ぐみそうになる私を抱きしめて「気がつかずにごめんね」と謝ってくれました。
「守っていただきながら、わがままを言って申し訳ありません」
レイ様の宮に保護してもらっているのは私が誘拐されそうになった上に怪我をしてしまったから。それをいいことにレイ様の厚意に甘えてしまっていたから。
「ローラが謝ることはないよ。このままずっとここにとどめ置いてしまいたいけれど、ローラの両親にも寂しい思いをさせていることになるね」
私の髪を撫でながら何事か思案しているレイ様。長い指が髪を梳いていきます。もう慣れてしまった動作に心が凪いでいきました。
両親との時間を作りたい。でも、レイ様とも離れたくない。相反する気持ちがせめぎ合って、どうしようもないジレンマに陥ってしまう。
「本当はローラを離したくないけれど、譲歩に譲歩して週に半分だけ自邸にかえるのはどうかな? 王子妃教育もあるから、その前後はこちらで過ごす。それで、どうかな?」
「週の半分……それなら、いいかもしれません」
半々なら、両親とも過ごせてレイ様とも過ごせる。名案では。私の顔がぱあと輝きました。
「よろしいのですか? 私に都合の良い我儘なスケジュールで、側近の方々に迷惑をかけたりしませんか?」
「大丈夫だよ。喜んで従ってくれると思うよ。ただし、学園を卒業してからね。送迎をきちんとしたい。それまではここで過ごしてほしいんだ」
毎日、登下校の時間に送ってくださるのは有難いのですが、生徒達の視線が突き刺さって、見守られている感じとかキラキラとした羨望の眼差しとか、黄色い歓声とか。好意的なムードが気恥ずかしくて身の置き所がなくて。内心はその場からダッシュしたい気持ちを抑えて平気な顔を装っているのです。
事件も解決したことですし、これもいい機会かもしれません。
「送迎もそろそろご遠慮させて」
「俺の楽しみを奪わないでほしい」
言いたいことを察したのか、最後まで言い終わらないうちに、思いもかけない言葉を口にしたレイ様。
「楽しみ?」
レイ様の膝の上にのせられている私。いつの間に? すっぽりと腕の中に抱き込まれていました。
「そう、楽しみ。婚約者を馬車で送迎できるなんて、こんな幸せなことはないと思うんだ」
「幸せ?」
「婚約者と一緒に馬車に乗ってくる生徒達だっているよね?」
「そうですね。家が近かったり通り道だったり、理由は様々でしょうけれど、確かにいますね」
一緒に登下校する仲の良い婚約者同士を見かけると羨ましいと思っていた時もあったわ。
「ローラと一緒に暮らしているのだから、その権利は十分にあると思うんだ。ちょっと憧れてもいたしね。婚約者をエスコートするの。残念ながら一緒に学園には通えない。だから、せめて卒業まであと少しの間、送迎役を務めさせてもらえないかな?」
私の手を取ったレイ様は指先にチュッと口づけました。頬が朱に染まり胸がドキドキしてきました。哀願されては断ることは難しい。学園生活もあと少し。卒業してしまえば送迎もなくなる。それを思えば、レイ様の願いに甘えてもいいのかしら。
「これからもよろしくお願いします」
「よかった」
嬉しそう破顔したレイ様は再び私を抱きしめました。シトラスの香りが鼻を掠めていき、背中に回した腕に力を込めて私もレイ様を抱き返しました。
多幸感に包まれる腕の中。私達は言葉もなくお互いの温もりに酔いしれました。
応援ありがとうございます!
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