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第二部

リリアside⑧

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 め、目の前に王子様がいる。
 学園の停車場で遠くから眺めるだけだった、王子様が……そう思ったら声をかけずにはいられなかった。
 全てが完璧な形をもって配置された端正な顔立ち。すらっとした長身。スマートな立ち姿。眩しいくらい光輝いているわ。
 近くで見るとなお一層、美々しさが際立っているのがわかる。こんな素敵な人と結婚できるなんてフローラさんてば、なんてラッキーな人なの。

 あたしもお近づきになりたい。

『ちょうどいいわ。レイニー殿下でしたよね? あたしとリチャード君と一緒に食事しませんか? ねっ、それならいいでしょう? フローラさん』

 フローラさんの許可があれば、王子様ともリチャード君とも仲良くできるでしょ。一挙両得。両手に花。名案よね?

『どちらのご令嬢だろうか』

 あ、そうか。王子様はあたしの名前は知らないのか。なら、自己紹介しなきゃね。まずは、あたしの名前を知ってもらわなきゃ、先に進まないもんね。
 えーと、挨拶ってどうやるんだっけ? 何度も練習したはず。えーと、思い出せない。こんな時に限ってやっと詰め込んだ知識が抜け落ちてしまって頭の中が真っ白。どうしよう。王子様はあたしの返事を待っている。もうしょうがない。
 
『あたし、リリアって言います。これからも仲良くしてくださいね』

 ニコッと笑みを作るとぺこりと頭を下げた。
 たぶん、これは違うと思ったけど、その代わり愛嬌たっぷりでごまかした。戸惑ってる感じがあったけど、怒られなかったし、これもありよね。卒業パーティーの真っ最中だし、まだ学生よ。これくらい大目に見てもらえるよね。

『ということで、レイニー殿下も一緒に行きましょう』

 気を取り直して王子様を誘ったわ。リチャード君も王子様と一緒ならついてきてくれると思ったんだよね。王子様も優しそうだし。見れば見るほど、かっこいい。ホント、フローラさんてついてるわよね。

 リチャード君を連れ出そうとした時

『ちょっと、お待ちください』

『これ以上はお止めください』

 重なった声にあたしの動きが止まった。
 何なのよもう。そして、リチャード君の前に体を滑りこませた男性。眼鏡をかけた真面目そうな男性があたしを見据えていた。

『誰?』

 もう邪魔しないでよ。時間はどんどん過ぎていくじゃないの。あたしはお腹すいてるの。三人で美味しく料理を食べたいのに、いつになったら食べられるのよ。

『リチャード殿下の侍従をしている者です。これ以上無礼な行為をなさるのでしたら狼藉と見做しますので、大事にならないうちに今すぐ手をお引きください』

 侍従って、付き人みたいなもの? うちには執事がいるけど、そんな感じ?
 お小言を言う役目の人だよね。この人は怒らせたらいけない人?

 あたしは上目遣いで目をウルウルさせてお願いしてみた。

『狼藉って、ただリチャード君の遊び相手になってあげようとしただけなのに……』

 エドガーはこれに弱いんだよね。どうだ、これでイチコロのはず。と思ったけど、反応なし、どころか睨みつけてくるし、どうすればいいの?
 思い通りにいかなくて地団太を踏みたくなる。もう、諦めた方がいいのかもしれないけど、ここまで来て引き下がるのも癪に障る。
 

『どうしたのだ』
 
 どれが最善なのか考え込んでいるとやけに威厳のある第三の声が聞こえた。
 なんなのよ。もう。

『ちちうえー』

 リチャード君が走り出して第三の声の主の懐に飛び込んでいった。

 父上? 父上ってことは、もしかして王太子殿下なの?
 うっひゃー。金髪碧眼。リチャード君が大人になった姿だ。そっくり。それから、隣は、王太子妃殿下。あっそういえば、ガーデンパーティーで見たんだった。相変わらず美しい。三人そろえば宗教画と見紛うばかりの神々しさだわ。

 見惚れているとリチャード君がグスグスと泣き始めた。なんで泣くんだろう。両親に会えたのが嬉しかったのかな? 親が恋しい年頃だもんね。しょうがないか。
 
 あら、ディアナさん。いつの間に来たんだろう?
 王太子様と親密に話してるってことは仲がいいのね。
 時々、こちらを見る王太子様の視線が気になるけど、何を話してるのかしら。

 リチャード君とは遊べなさそうだから、一人で行こうかな。早く行かないと料理がなくなっちゃうかもしれないしね。エドガーも遅いなあ。まだ、友達と一緒なのかな? とにかく料理コーナーにGOだわ。

『申し訳ございません』

 料理コーナーへいざ出発と踵を返そうとしたら、第四の不穏な声があたしの耳に入ってきた。物凄く聞き覚えのある声音。
 そろりそろりとそちらを見れば、お義父様とお義兄様が体を二つ折りにするように頭を下げる姿が目に映った。

『申し訳ございません。私はチェント男爵。隣は長男のジェフリーでございます。この度は義娘のリリアがリチャード殿下に無礼な行為を働いてしまったことお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 いったい、何が起きたの。
 なんで二人とも謝ってるの? 訳が分からず、キョトンとする。無礼な行為って? 
 お義父様達が必死に謝っている。

『リリア、こちらに来なさい』

 お義兄様に呼ばれて不承不承ながら隣に並んだ。意味が分からない。

『リリア、謝罪を』

 えっ? どういうこと? 何がいけなかったの? 

『リチャード殿下への無礼なふるまいを謝罪しなさい』

 お義兄様から耳打ちされてやっと意味が分かったけど、無礼だったの?
 何か言える雰囲気ではなかったから渋々謝った。

『子供の遊び相手をしたかっただけなんですけど、ごめんなさい』

 この時には礼儀作法なんて何もかも吹っ飛んで空のかなたに消えてしまっていた。

『リリア』

 お義父様の叱責が聞こえた気がしたけど、王太子様とお妃様の麗しい姿とリチャード君の涙に心を打たれて耳に入っていなかった。次はいつ見られるかわからないから、目に焼き付けておこう。

 やがて、三人はあたしの前からいなくなってしまった。残念。
 しっかし、眼福だったわー。ロイヤルファミリーって、貴族とは別世界ね。キラキラ度が全然違うもん。

 夢の世界に浸っていると腕を取られた。お義兄様が鬼のような形相であたしを睨んでいた。

『帰るぞ』

『へっ? まだパーティーは終わってない』

 会場では軽快な音楽が流れていた。ダンスに興じているカップル達や談笑してるグループもいるのに、それに、エドガーに会っていない。

『エドガーを見つけないと……』

『そんなことをしている場合か。人前でどれだけ恥をかいたと思っているんだ。失態を犯しておいて、よく平気でいられるな。とにかく帰るぞ』

 お義兄様の地の底を這うドスのきいた声を浴びながら、あたしは馬車に乗せられて強制的に帰宅させられたのだった。

 料理食べられなかった。お酒も飲みたかったのに。リチャード君とも遊べなかった。
 エドガーはどうしてるだろう。今頃、あたしを探してるんじゃないかな。悪いことしちゃった。誰かに伝言頼めばよかった。お義兄様がせかすから。明日、手紙を書いて謝ろう。

 仄暗い沈黙が支配した馬車の中でぐるぐるといろんな思考が回っていた。

 能天気で無知なあたしは明日もいつもと同じ朝が来ると思っていた。





 

 
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