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王太子殿下の懇願Ⅱ
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クリス。
ラフェールの口から久しぶりに聞く呼び名だった。学園でも、同じクラスで毎日のように顔を合わせていた同い年の幼馴染。しかし、相手は王太子殿下なのだ。
「臣下に易々と頭を下げるものではありませんわ。ましてや、土下座など、王太子殿下のふるまいではございません。さあ、顔をあげてくださいませ」
クリスティアはそばまで来るとしゃがみこむ。この行動も公爵家令嬢としてどうなのかとは思ったが。気配に気づいたのか、恐る恐る顔を上げたところに、クリスティアの顔があった。びっくりしたように目を見開いて、ばつが悪そうに俯いた。けれど、いつまでも二人、この格好ではみっともないので、お互いソファに座りなおす。
「私達は幼馴染だろう? だったら、私の味方をしてくれてもいいと思うのだが?」
幼馴染と婚約は関係ないかと思いますが……
「それに、フロレンティーナは君の妹だし」
(身内だから、応援しろと……政治より身内の情を優先しろと……)
甘いですわね。まったくこの王太子殿下は。クリスティアはまた一つため息をこぼす。
こちらに頼むくらいだから、相当切羽詰まっているのだろう。幼馴染としてはどうにかしてあげたいのはやまやまなのだが、ここで絆されてはいけない。
「はっきり申し上げますと、わたくしにできることはございません。まずは、国王陛下の許可をお取りくださいませ。それが筋というものではありませんか?」
「それができれば苦労はしない」
ラフェールが苛立ちを含ませてポツリと呟く。
問題なのは公爵家の立ち位置なのだ。
アイスバーグ家が国庫の三分の一を収め、公爵は宰相をつとめている。その上に王太子妃ともなれば、権力が公爵家に集中してしまう。それが一部の有力貴族から強固に反対されている原因でもある。反対を無視すれば、王家と貴族間で不協和音をもたらす原因にもなりかねない。国王陛下としてもそれは避けたい。だからこの件はすんなりと解決とはいかないのだ。
どんなに考えても、でもこれ以上は堂々巡りで解決する術もない。
「それでは、わたくし失礼いたしますわ」
クリスティアは退室しようと席を立って、礼をする。
「えっ。今来たばかりでは?」
「もうお話はすんだようですし」
「クリスは私達の結婚には反対なのか?」
(今更ですか?)
「はい。反対です」
(当たり前でしょう。わたくしは怒っているのですから。あの愚行はありえませんからね)
クリスティアは、握りこんだこぶしに怒気を隠してにっこりと微笑んだ。清々しいほどに即答された言葉に、ラフェールの肩ががくっと落ちてしまい、盛大に落胆した様子が丸わかりだった。
(感情出しすぎですから。もう少しコントロールしてください)
部屋を出ようと扉の前に立った時、大事なことを思い出す。クリスティアはくるりと王太子殿下のほうを振り向き、重要案件を口にする。
「王太子殿下。一応確認ですが、最終手段とばかりに、既成事実を作ろうなどと思われませんように」
「なっ……」
顔が赤くなって言葉に詰まってらっしゃいますが。まさかですよね? あわあわしているように見えるのは、まさか図星だったとか?
「そんな……こと……考えたことも……ない……」
(本当ですか? その割には声が震えているような。顔も引きつっているような。なぜ目を合わせないのでしょう?)
「そうですか。安心しました。もしも事実が発覚したら、妹は修道院に入れるつもりでしたから」
「それは……ちょっと重すぎるのではないかな」
(顔引きつったままですよ。既成事実を盾に二人の仲を承認してもらおうなんて、言語道断ですからね)
「アイスバーグ家は筆頭公爵家。国にも多大なる貢献もしておりますし、影響力もございます。貴族として模範にもならなくてはいけません。その家の娘が結婚どころか婚約もしていないうちから、男性と交渉があったと発覚したら、大スキャンダルになります。公爵家にも落ち度があったと何かしらお咎めがあるかもしれませんし、信用も失くすでしょう。妹のフロレンティーナもふしだらな娘だとレッテルを貼られ、社交界に出ずらくなるでしょうし、その責を負う形で罰を受けることは必須になるでしょう」
「そんな大袈裟な……」
(これだから、男性は……物事を軽く考えてもらったら困るのですわ)
「こんな時、リスクを負うのは女性なのですよ。フロレンティーナを悲しませてもよいなどとは、思っていらっしゃらないでしょう? もしもの時にはこちらにも考えがありますからね」
彼女の剣幕に押されたのかコクコクと頷く王太子殿下。
(わかってくださったようで、なにより)
「ああ、でも一番良いのは王太子殿下が、フロレンティーナを諦めることですわ。それが一番の解決方法ですわね」
クリスティアは、これ以上はない満面の笑みで王太子殿下を見つめた後、捨て台詞のような言葉を残し部屋を出た。
「クリスー。待ってくれー。私を見捨てないでくれー」
(部屋の中から絶叫にも似た叫び声が聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいでしょう)
ラフェールの口から久しぶりに聞く呼び名だった。学園でも、同じクラスで毎日のように顔を合わせていた同い年の幼馴染。しかし、相手は王太子殿下なのだ。
「臣下に易々と頭を下げるものではありませんわ。ましてや、土下座など、王太子殿下のふるまいではございません。さあ、顔をあげてくださいませ」
クリスティアはそばまで来るとしゃがみこむ。この行動も公爵家令嬢としてどうなのかとは思ったが。気配に気づいたのか、恐る恐る顔を上げたところに、クリスティアの顔があった。びっくりしたように目を見開いて、ばつが悪そうに俯いた。けれど、いつまでも二人、この格好ではみっともないので、お互いソファに座りなおす。
「私達は幼馴染だろう? だったら、私の味方をしてくれてもいいと思うのだが?」
幼馴染と婚約は関係ないかと思いますが……
「それに、フロレンティーナは君の妹だし」
(身内だから、応援しろと……政治より身内の情を優先しろと……)
甘いですわね。まったくこの王太子殿下は。クリスティアはまた一つため息をこぼす。
こちらに頼むくらいだから、相当切羽詰まっているのだろう。幼馴染としてはどうにかしてあげたいのはやまやまなのだが、ここで絆されてはいけない。
「はっきり申し上げますと、わたくしにできることはございません。まずは、国王陛下の許可をお取りくださいませ。それが筋というものではありませんか?」
「それができれば苦労はしない」
ラフェールが苛立ちを含ませてポツリと呟く。
問題なのは公爵家の立ち位置なのだ。
アイスバーグ家が国庫の三分の一を収め、公爵は宰相をつとめている。その上に王太子妃ともなれば、権力が公爵家に集中してしまう。それが一部の有力貴族から強固に反対されている原因でもある。反対を無視すれば、王家と貴族間で不協和音をもたらす原因にもなりかねない。国王陛下としてもそれは避けたい。だからこの件はすんなりと解決とはいかないのだ。
どんなに考えても、でもこれ以上は堂々巡りで解決する術もない。
「それでは、わたくし失礼いたしますわ」
クリスティアは退室しようと席を立って、礼をする。
「えっ。今来たばかりでは?」
「もうお話はすんだようですし」
「クリスは私達の結婚には反対なのか?」
(今更ですか?)
「はい。反対です」
(当たり前でしょう。わたくしは怒っているのですから。あの愚行はありえませんからね)
クリスティアは、握りこんだこぶしに怒気を隠してにっこりと微笑んだ。清々しいほどに即答された言葉に、ラフェールの肩ががくっと落ちてしまい、盛大に落胆した様子が丸わかりだった。
(感情出しすぎですから。もう少しコントロールしてください)
部屋を出ようと扉の前に立った時、大事なことを思い出す。クリスティアはくるりと王太子殿下のほうを振り向き、重要案件を口にする。
「王太子殿下。一応確認ですが、最終手段とばかりに、既成事実を作ろうなどと思われませんように」
「なっ……」
顔が赤くなって言葉に詰まってらっしゃいますが。まさかですよね? あわあわしているように見えるのは、まさか図星だったとか?
「そんな……こと……考えたことも……ない……」
(本当ですか? その割には声が震えているような。顔も引きつっているような。なぜ目を合わせないのでしょう?)
「そうですか。安心しました。もしも事実が発覚したら、妹は修道院に入れるつもりでしたから」
「それは……ちょっと重すぎるのではないかな」
(顔引きつったままですよ。既成事実を盾に二人の仲を承認してもらおうなんて、言語道断ですからね)
「アイスバーグ家は筆頭公爵家。国にも多大なる貢献もしておりますし、影響力もございます。貴族として模範にもならなくてはいけません。その家の娘が結婚どころか婚約もしていないうちから、男性と交渉があったと発覚したら、大スキャンダルになります。公爵家にも落ち度があったと何かしらお咎めがあるかもしれませんし、信用も失くすでしょう。妹のフロレンティーナもふしだらな娘だとレッテルを貼られ、社交界に出ずらくなるでしょうし、その責を負う形で罰を受けることは必須になるでしょう」
「そんな大袈裟な……」
(これだから、男性は……物事を軽く考えてもらったら困るのですわ)
「こんな時、リスクを負うのは女性なのですよ。フロレンティーナを悲しませてもよいなどとは、思っていらっしゃらないでしょう? もしもの時にはこちらにも考えがありますからね」
彼女の剣幕に押されたのかコクコクと頷く王太子殿下。
(わかってくださったようで、なにより)
「ああ、でも一番良いのは王太子殿下が、フロレンティーナを諦めることですわ。それが一番の解決方法ですわね」
クリスティアは、これ以上はない満面の笑みで王太子殿下を見つめた後、捨て台詞のような言葉を残し部屋を出た。
「クリスー。待ってくれー。私を見捨てないでくれー」
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