公爵令嬢の結婚

きさらぎ

文字の大きさ
2 / 21

王太子殿下の懇願Ⅱ

しおりを挟む
 クリス。
 ラフェールの口から久しぶりに聞く呼び名だった。学園でも、同じクラスで毎日のように顔を合わせていた同い年の幼馴染。しかし、相手は王太子殿下なのだ。

「臣下に易々と頭を下げるものではありませんわ。ましてや、土下座など、王太子殿下のふるまいではございません。さあ、顔をあげてくださいませ」

 クリスティアはそばまで来るとしゃがみこむ。この行動も公爵家令嬢としてどうなのかとは思ったが。気配に気づいたのか、恐る恐る顔を上げたところに、クリスティアの顔があった。びっくりしたように目を見開いて、ばつが悪そうに俯いた。けれど、いつまでも二人、この格好ではみっともないので、お互いソファに座りなおす。

「私達は幼馴染だろう? だったら、私の味方をしてくれてもいいと思うのだが?」

 幼馴染と婚約は関係ないかと思いますが……

「それに、フロレンティーナは君の妹だし」

(身内だから、応援しろと……政治より身内の情を優先しろと……)

 甘いですわね。まったくこの王太子殿下は。クリスティアはまた一つため息をこぼす。
 こちらに頼むくらいだから、相当切羽詰まっているのだろう。幼馴染としてはどうにかしてあげたいのはやまやまなのだが、ここで絆されてはいけない。

「はっきり申し上げますと、わたくしにできることはございません。まずは、国王陛下の許可をお取りくださいませ。それが筋というものではありませんか?」

「それができれば苦労はしない」

 ラフェールが苛立ちを含ませてポツリと呟く。

 問題なのは公爵家の立ち位置なのだ。
 アイスバーグ家が国庫の三分の一を収め、公爵は宰相をつとめている。その上に王太子妃ともなれば、権力が公爵家に集中してしまう。それが一部の有力貴族から強固に反対されている原因でもある。反対を無視すれば、王家と貴族間で不協和音をもたらす原因にもなりかねない。国王陛下としてもそれは避けたい。だからこの件はすんなりと解決とはいかないのだ。
 どんなに考えても、でもこれ以上は堂々巡りで解決する術もない。

「それでは、わたくし失礼いたしますわ」

 クリスティアは退室しようと席を立って、礼をする。

「えっ。今来たばかりでは?」

「もうお話はすんだようですし」

「クリスは私達の結婚には反対なのか?」

(今更ですか?) 

「はい。反対です」

(当たり前でしょう。わたくしは怒っているのですから。あの愚行はありえませんからね)

 クリスティアは、握りこんだこぶしに怒気を隠してにっこりと微笑んだ。清々しいほどに即答された言葉に、ラフェールの肩ががくっと落ちてしまい、盛大に落胆した様子が丸わかりだった。

(感情出しすぎですから。もう少しコントロールしてください)

 部屋を出ようと扉の前に立った時、大事なことを思い出す。クリスティアはくるりと王太子殿下のほうを振り向き、重要案件を口にする。

「王太子殿下。一応確認ですが、最終手段とばかりに、既成事実を作ろうなどと思われませんように」

「なっ……」

 顔が赤くなって言葉に詰まってらっしゃいますが。まさかですよね? あわあわしているように見えるのは、まさか図星だったとか?

「そんな……こと……考えたことも……ない……」

(本当ですか? その割には声が震えているような。顔も引きつっているような。なぜ目を合わせないのでしょう?)

「そうですか。安心しました。もしも事実が発覚したら、妹は修道院に入れるつもりでしたから」

「それは……ちょっと重すぎるのではないかな」

(顔引きつったままですよ。既成事実を盾に二人の仲を承認してもらおうなんて、言語道断ですからね)

「アイスバーグ家は筆頭公爵家。国にも多大なる貢献もしておりますし、影響力もございます。貴族として模範にもならなくてはいけません。その家の娘が結婚どころか婚約もしていないうちから、男性と交渉があったと発覚したら、大スキャンダルになります。公爵家にも落ち度があったと何かしらお咎めがあるかもしれませんし、信用も失くすでしょう。妹のフロレンティーナもふしだらな娘だとレッテルを貼られ、社交界に出ずらくなるでしょうし、その責を負う形で罰を受けることは必須になるでしょう」

「そんな大袈裟な……」

(これだから、男性は……物事を軽く考えてもらったら困るのですわ)

「こんな時、リスクを負うのは女性なのですよ。フロレンティーナを悲しませてもよいなどとは、思っていらっしゃらないでしょう? もしもの時にはこちらにも考えがありますからね」

 彼女の剣幕に押されたのかコクコクと頷く王太子殿下。

(わかってくださったようで、なにより)

「ああ、でも一番良いのは王太子殿下が、フロレンティーナを諦めることですわ。それが一番の解決方法ですわね」

 クリスティアは、これ以上はない満面の笑みで王太子殿下を見つめた後、捨て台詞のような言葉を残し部屋を出た。

 
「クリスー。待ってくれー。私を見捨てないでくれー」


(部屋の中から絶叫にも似た叫び声が聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいでしょう)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

処理中です...