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かわいい妹
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コンコン。
執務室のドアの音がする。クリスティアは時計に目をやり時刻をすばやく確認すると「どうぞ」と返事をした。
「お姉さま、ただいま帰りました」
現れたのは制服姿の妹のフロレンティーナ。学園から帰宅すると、姉の部屋を訪ね挨拶をするのが習慣になっていた。クリスティアたっての願いだった。
「おかえりなさい」
クリスティアは仕事の手を止め椅子から立ち上がり、ぎゅっとフロレンティーナを抱きしめる。少しばかりまろやかになった体と微かに香る甘い匂いがとても心地よい。
フロレンティーナが生まれた時から、朝な夕なに、子供ながらにかいがいしく世話をしてかわいがり、母に「どちらが母親なのかわからないわね」と苦笑されたほど、愛情を注いできた妹だった。
「お姉さま」
ハニーボイスで呼ぶ声にとろけそうになるクリスティア。
(なんて、かわいいのかしら)
妹の柔らかな体を堪能して、力を緩めると顔をジッと見つめる。
「学園はどう? もう慣れたかしら?」
この国の王族・貴族は16歳から18歳まで学校に通うことが義務付けられているので、フロレンティーナも今年から通っている。入学してから3か月経とうとしている頃だった。
「はい。だいぶ慣れました」
少しはにかみながら微笑む仕草がかわいい。
プラチナブロンドの背中の真ん中まで伸びたまっすぐな髪、陽に透かしたようなアメジストの瞳。スッと通った鼻筋に桜色の艶やかな唇。まだ発達途上のスレンダーな体つきは、華奢で庇護欲をそそる。
(はあ……かわいい)
フロレンティーナは美少女である。天使か妖精かと見紛うほどの人外の美しさ。今はまだ幼さのほうが勝っているが、大人になるにつれ、さらに美しさに磨きがかかっていくだろう。将来が楽しみとクリスティアは、何度も心の中で感嘆のため息をもらす。ここまでは概ねいつもの日課である。
「そう、よかったわ。お友達はどう?」
「クラスメートの名前も覚えましたし、何人かの方とは親しくさせて頂いております」
貴族ばかりの学園。ここでは勉強だけでなく、次代の貴族たちが交流を深めたり、お見合いの場や婚約者達の交際の場であったりと令息や令嬢たちの社交の場でもある。
「ふふっ、安心したわ」
明るい表情で答えるフロレンティーナを微笑ましく見つめていると「コホン」とクリスティアの背後から咳ばらいが聞こえた。
「姉妹の抱擁も眼福だけれど、そろそろ僕のことも思い出してくれないかい?」
(あら、すっかり忘れておりましたわ)
銀色の髪にペリドットの瞳。美麗な顔立ちで穏やかな雰囲気を纏った男性が、ちょっと眉尻を下げてクリスティアの隣に立っていた。隣国のカルトナージュ王国第二王子殿下シフォナード。クリスティアの夫である。アイスバーグ公爵家に婿入りしているので、今は公爵邸で暮らしている。
「申し訳ありません。ただいま帰りました。お義兄さま」
フロレンティーナは気さくなシフォナードにカテーシーをする。
「お帰り。ティーナ」
シフォナードはやっと自分の出番が来たとばかりに、やさしい笑みであいさつを返す。フロレンティーナと一緒の時は時折、存在感が迷子になってしまうため、こうやって自己主張をするのだ。
「あの、お姉さま。今日お時間あられますか? ご相談したいことがあるのです」
「よいわよ。着替えたらまたこちらにいらっしゃい。一緒にお茶をしましょう」
「はい。すぐに着替えてまいります」
(何かしら?)
仕事はまだまだ残っていたが、休憩も必要だろう。それに妹と一緒に過ごせるのだから、何をおいても優先しなくては。学園に入学してから、慣れない課題に取り組んでいたりと余裕もなく、クリスティアのほうも結婚したばかりで、お互いゆったりとした時間が取れなかった。
「プルナ。3人分お茶を用意してもらえるかしら? お菓子もお願いね」
「かしこまりました」
そばに控えていたクリスティア付きの侍女は、お辞儀をして部屋を出て行った。
***
「それで、相談というのは何かしら?」
着替えを済ませて再び現れたフロレンティーナにお茶をすすめながら、話を聞くことにした。
「今度、うちでお茶会をしたいのです。といっても、そんな本格的なものではなくて、親しいお友達を招いて楽しくお話をしたいなあって」
「よいわよ。どんどんおやりなさいな。何人お呼びするの?」
(社交的なことはよいこと。自分から積極的に行動を起こすのは、尚よいことね)
「3人です。マリエッタ・デルパール様、ディアナ・シュミット様、プラリーヌ・バーガンディー様です」
(侯爵家がお二人に、伯爵家がお一人。よい人選ではないかしら)
「では、マナーの先生をお呼びしましょう」
「お姉さま、それはちょっと……正式なお茶会ではなく、お家でお友達とおしゃべりをするだけですよ?」
姉の提案に、慌てたようにやんわりと断ったフロレンティーナ。
「わかっております。正式であろうと、プライベートであろうとマナーは大事ですよ。あなたは公爵家の娘です。一挙手一投足を見られている自覚を持つことも必要です。どんな時でも、品位を保つことは当たり前のこと。マナーの講習といっても習ったことをおさらいするだけですからね。堅苦しく考えなくてよいわ」
緊張した面持ちで聞いていた妹の表情が緩んで、こっくりと頷いた。趣旨をわかってくれたようだ。
(そういう素直な所も、かわいいわ)
お茶会の日にちや講習などスケジュールを話し合って、ひと段落したところで、ティーブレイク。二杯目の紅茶と杏のタルトをおいしく頂いていると、フロレンティーナの声がした。
「あの……お姉さま? お尋ねしたいことが、あるのです」
「何かしら?」
顔色を窺うように姉を見るフロレンティーナ。話してもいいものか、ためらっているようにも見えたが、じっと待っていると、意を決したように話し出した。
「ラフェール様のことなのです」
執務室のドアの音がする。クリスティアは時計に目をやり時刻をすばやく確認すると「どうぞ」と返事をした。
「お姉さま、ただいま帰りました」
現れたのは制服姿の妹のフロレンティーナ。学園から帰宅すると、姉の部屋を訪ね挨拶をするのが習慣になっていた。クリスティアたっての願いだった。
「おかえりなさい」
クリスティアは仕事の手を止め椅子から立ち上がり、ぎゅっとフロレンティーナを抱きしめる。少しばかりまろやかになった体と微かに香る甘い匂いがとても心地よい。
フロレンティーナが生まれた時から、朝な夕なに、子供ながらにかいがいしく世話をしてかわいがり、母に「どちらが母親なのかわからないわね」と苦笑されたほど、愛情を注いできた妹だった。
「お姉さま」
ハニーボイスで呼ぶ声にとろけそうになるクリスティア。
(なんて、かわいいのかしら)
妹の柔らかな体を堪能して、力を緩めると顔をジッと見つめる。
「学園はどう? もう慣れたかしら?」
この国の王族・貴族は16歳から18歳まで学校に通うことが義務付けられているので、フロレンティーナも今年から通っている。入学してから3か月経とうとしている頃だった。
「はい。だいぶ慣れました」
少しはにかみながら微笑む仕草がかわいい。
プラチナブロンドの背中の真ん中まで伸びたまっすぐな髪、陽に透かしたようなアメジストの瞳。スッと通った鼻筋に桜色の艶やかな唇。まだ発達途上のスレンダーな体つきは、華奢で庇護欲をそそる。
(はあ……かわいい)
フロレンティーナは美少女である。天使か妖精かと見紛うほどの人外の美しさ。今はまだ幼さのほうが勝っているが、大人になるにつれ、さらに美しさに磨きがかかっていくだろう。将来が楽しみとクリスティアは、何度も心の中で感嘆のため息をもらす。ここまでは概ねいつもの日課である。
「そう、よかったわ。お友達はどう?」
「クラスメートの名前も覚えましたし、何人かの方とは親しくさせて頂いております」
貴族ばかりの学園。ここでは勉強だけでなく、次代の貴族たちが交流を深めたり、お見合いの場や婚約者達の交際の場であったりと令息や令嬢たちの社交の場でもある。
「ふふっ、安心したわ」
明るい表情で答えるフロレンティーナを微笑ましく見つめていると「コホン」とクリスティアの背後から咳ばらいが聞こえた。
「姉妹の抱擁も眼福だけれど、そろそろ僕のことも思い出してくれないかい?」
(あら、すっかり忘れておりましたわ)
銀色の髪にペリドットの瞳。美麗な顔立ちで穏やかな雰囲気を纏った男性が、ちょっと眉尻を下げてクリスティアの隣に立っていた。隣国のカルトナージュ王国第二王子殿下シフォナード。クリスティアの夫である。アイスバーグ公爵家に婿入りしているので、今は公爵邸で暮らしている。
「申し訳ありません。ただいま帰りました。お義兄さま」
フロレンティーナは気さくなシフォナードにカテーシーをする。
「お帰り。ティーナ」
シフォナードはやっと自分の出番が来たとばかりに、やさしい笑みであいさつを返す。フロレンティーナと一緒の時は時折、存在感が迷子になってしまうため、こうやって自己主張をするのだ。
「あの、お姉さま。今日お時間あられますか? ご相談したいことがあるのです」
「よいわよ。着替えたらまたこちらにいらっしゃい。一緒にお茶をしましょう」
「はい。すぐに着替えてまいります」
(何かしら?)
仕事はまだまだ残っていたが、休憩も必要だろう。それに妹と一緒に過ごせるのだから、何をおいても優先しなくては。学園に入学してから、慣れない課題に取り組んでいたりと余裕もなく、クリスティアのほうも結婚したばかりで、お互いゆったりとした時間が取れなかった。
「プルナ。3人分お茶を用意してもらえるかしら? お菓子もお願いね」
「かしこまりました」
そばに控えていたクリスティア付きの侍女は、お辞儀をして部屋を出て行った。
***
「それで、相談というのは何かしら?」
着替えを済ませて再び現れたフロレンティーナにお茶をすすめながら、話を聞くことにした。
「今度、うちでお茶会をしたいのです。といっても、そんな本格的なものではなくて、親しいお友達を招いて楽しくお話をしたいなあって」
「よいわよ。どんどんおやりなさいな。何人お呼びするの?」
(社交的なことはよいこと。自分から積極的に行動を起こすのは、尚よいことね)
「3人です。マリエッタ・デルパール様、ディアナ・シュミット様、プラリーヌ・バーガンディー様です」
(侯爵家がお二人に、伯爵家がお一人。よい人選ではないかしら)
「では、マナーの先生をお呼びしましょう」
「お姉さま、それはちょっと……正式なお茶会ではなく、お家でお友達とおしゃべりをするだけですよ?」
姉の提案に、慌てたようにやんわりと断ったフロレンティーナ。
「わかっております。正式であろうと、プライベートであろうとマナーは大事ですよ。あなたは公爵家の娘です。一挙手一投足を見られている自覚を持つことも必要です。どんな時でも、品位を保つことは当たり前のこと。マナーの講習といっても習ったことをおさらいするだけですからね。堅苦しく考えなくてよいわ」
緊張した面持ちで聞いていた妹の表情が緩んで、こっくりと頷いた。趣旨をわかってくれたようだ。
(そういう素直な所も、かわいいわ)
お茶会の日にちや講習などスケジュールを話し合って、ひと段落したところで、ティーブレイク。二杯目の紅茶と杏のタルトをおいしく頂いていると、フロレンティーナの声がした。
「あの……お姉さま? お尋ねしたいことが、あるのです」
「何かしら?」
顔色を窺うように姉を見るフロレンティーナ。話してもいいものか、ためらっているようにも見えたが、じっと待っていると、意を決したように話し出した。
「ラフェール様のことなのです」
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