公爵令嬢の結婚

きさらぎ

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結婚の事情

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『クリス。そなたの結婚相手が決まった』

 父親のクロードと母親のテレジアも同席した執務室で、何の前置きもなく聞かされたのはクリスティアの結婚話だった。
 クリスティアは十八歳、学園の卒業まであと半年という頃。この時期になると、卒業生の貴族達はたいてい結婚相手が決まっている。彼女の友人達も婚約済みであとは結婚を待つばかりとなっていた。
 その中でも筆頭公爵家の彼女の結婚相手はなかなか決まらないので、いろいろな噂が飛び交っていたらしい。本人の耳には入らなかったようだが。

 クリスティアは公爵家の後継者。
 その自覚もあり婿入りするであろう結婚相手は慎重に選ぶつもりだった。家柄や次男、三男といった婿入りに最適な条件だけではなく、人柄も堅実さや優秀な頭脳も必要不可欠な要素。一生添い遂げるには尊敬できる相手がよい。今のところ妥協する気はなかったので、たくさんの釣り書が届いても条件が合わず、ずっと見送られていた。
 
 学園を卒業すれば領地経営に専念するのだから、むしろ好都合、慣れるまでは独身でもいいだろうと、お相手は二、三年のうちにゆっくり探そうと鷹揚に構えていたのだった。両親にも相談し、承諾を得ていたはずなのだが……

 そのつもりだったクリスティアは突然の話に目を瞬かせた。
 
『お父様、結婚が決まったっていうのはどういうことなのですか?』

『王命だ。相手はカルトナージュ王国のシフォナード第二王子殿下だということだ。元々友好国ではあるが、さらに親睦を深めたいとの相手国からの申し入れで決まったものだ』

『決まったのですね』

 王命であれば従うしかない。

『ああ、決定事項だ。こちらの王家は王子ばかりだし、高位貴族の中でも婿入りを希望してるのはうちだけだから、条件的にも合ったのだろうな』

 そう言ってクロードは大きく息を吐いた。

『でも、あちらには王女がいらっしゃったはずですが』 

 確か第三王子と同い年だったはず。クリスティアは頭の中で両王家の系譜をたどる。二か国間の絆を深めたいのであれば王家同士の婚姻の方がより強固になると思うのだが、なぜ王子と公爵令嬢なのか。

『そうだが、婚姻の申し込みはうちに来ている。王命である限り色々詮索しても無駄なことだ。王子殿下に会ったことがあるが温厚そうな方だったから大丈夫だと思う』

 多方面に思いを巡らしているであろう娘に、安心するように言葉をかける。

『わかりましたわ。謹んでお受けいたします』

 了承をすると両親の顔に安堵の表情が浮かんだ。
 二、三年は独身のつもりだったが、降ってわいたような婚姻話に多少の混乱はあるものの覚悟を決めた。

『一か月後に顔合わせをして婚約式を行い、クリスの卒業式の一か月後に結婚式をする。もちろんこれは王家の主導のもとに行われるそうだ』

『さあ、これから忙しくなるわね。イングリット様も楽しみにしてらっしゃるのよ。一緒に準備しましょうね』

 二人のやり取りが終わったのを見計らって、嬉しそうに語るテレジアの顔が輝いている。

 一か月後? 結婚式? もうすでにスケジュール組まれていたのね。準備に一年もないなんて早いわ。それに王家主導? 王妃陛下も加わるのね。お相手は隣国の王子殿下。地味になんてできるわけはないですわよね。密かに地味婚を夢見ていたクリスティアは諦めの境地に入った。



***

 シフォナードに包み込むように抱きしめられて、クリスティアは数カ月前のことを思い出していた。
 公爵邸に住むことになったので、必要なものはこちらで揃え従者もつけず、身一つで婿入りした形になった。気心の知れた者がいないのは寂しいのではないかと時々思う。
 それもいつか時が解決するだろうか。家族が増えればまた違うのかもしれないけれど……

 コンコン。
 ドアの音が聞こえた。

「シフォナード様、お嬢様、夕食の準備が整いました」

 プルナの声にハッと現実に引き戻される。

「わかりました」

 やっと抱擁から解かれてシフォナードの顔を見上げた。唇がいつもより赤い。

「シフォン様、口紅が……」

 さっきまでのキスの名残が残っている唇をジッと見つめてしまう。お互いほんのり顔が赤い。

「クリスは口紅が落ちてる。すまない、無茶なことをしてしまった」

 クリスティアの唇は色を失くしていた。仕事を放りっぱなしで唇を貪るという愚行を犯してしまい、己の理性のなさに恥ずかしくなってしまう。

「ふふっ。仕事中はもうちょっと控えた方がよいでしょうね」

 頭を下げるシフォナードにクリスティアは茶目っ気のある笑顔で微笑んだ。うなだれたワンコみたいでちょっぴりかわいい。

「それと食事の前にお互い身支度を整えた方がよさそうですわ。プルナ、ちょっといいかしら。お願いがあるの」

 クリスティアはドアの外で控えているであろう侍女に声をかけた。

 

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