お嬢様は今日も美しい

きさらぎ

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 なんと、くだらない。
 お嬢様は表情に乏しい方ではございますが、だからと言って全然お笑いにならないというわけではありません。
 約束の時間になっても現れない王太子を待つ時間がどれほど惨めなものか、本人にはわからないのでしょうね。
 どこで見ていたのかわかりませんが、そんなお嬢様を見物して嘲笑っていたのかもしれない。
 ホント、性格悪いわ。

 沸々と怒りが湧き上がってくる。許されるなら、思いっきりぶん殴ってやりたいところ。
 
「おっしゃっている意味が分かりませんわ」

 鈴を転がすような澄んだ声が微妙な空気を払った。

「意味が分からぬとは。お前は俺の言葉を理解できないのか?」

「いえ、そういう意味ではございません。わたくしとお話しをして下さったのは側妃様でございます。第一王子殿下もお言葉を下さいましたが、ほんの一言、二言程でした。笑いかけるといったものがどういう状況だったのかわかりかねますが、側妃様のお話がとても微笑ましい内容だったので、自然と笑みがこぼれたのかもしれません」

「そうやってごまかすのか?」

「ごまかしているわけではございません。事実を述べているだけでございます」

 動揺の欠片もなく毅然な態度で対応するお嬢様。凛としたお姿は神々しくも美しい。

「そんなわけあるか。お前たちは今もこそこそと会っているんだろう。いい加減に認めろ」

「認めるも何も、そのような事実はございません」

 流麗な声音が辺りに響く。

 感情的に喚く王太子と冷静沈着に対処するお嬢様。真逆の行為に生徒たちの王太子への眼差しが侮蔑を含んだものへと変わっていった。

「いい加減にしてくれないか。元々は、お前が約束をすっぽかしたのが原因だろう。一人で待つローシャス公爵令嬢を気の毒に思い、少しの慰めにもなればと母がお茶をともにしたのだ。俺はそれに付き添っただけのこと。それだけのことでなぜ不貞を疑われなければならない? このことが母の耳に入れば、ローシャス公爵令嬢の立場を慮り、さぞ心を痛めることだろう」

「……ぐっ」

 側妃様まで出されたら黙るしかない。側妃様を巻き込めば大事になることぐらいは察しがついたのでしょう。
 こぶしを握り締めてわなわなと震えている王太子と侮蔑の色を浮かべる殿下。
 殿下との接点は偶然とはいえあの日だけですからね。

「そんなにローシャス公爵令嬢との仲を疑うのであれば、調べてみるといい。学園から王宮まで徹底的にな。俺はいつでも協力するぞ」

 自信たっぷりに口角を上げ笑みを浮かべた殿下を睨み返すだけの王太子。
 どちらに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかではありますが。

「それに、ここは断罪の場ではないし、婚約破棄をするような場でもない。そんな分別もつかないとは、王族として恥ずかしいこととは思わないのか」

「……」

 殿下の叱責が飛ぶ。

 もっともなことなので王太子もぐうの音も出ない。奥歯を噛みしめて殿下を睨んでいるだけ。そんな二人を顔色を伺うような瞳で交互に視線を動かす男爵令嬢。
 お嬢様は相変わらずの無表情で無関心を貫いていらっしゃいます。

 
 第一王子と第二王子。
 滅多にお目にかかれないお二人の対決を生徒たちは見逃してなるものかと固唾をのんで注目している。
 政局的には第二王子である王太子のほうが上だったはずなのですが、それも今後どうなるのかといったものを含めても目を離せない出来事になるかもしれません。

「このままでは埒が明かないな。せっかくのダンスパーティーも台無しになってしまう。王太子であるベルナルド第二王子に再度聞く。ローシャス公爵令嬢との婚約を破棄する。その意志に変わりはないんだな?」

「……」

「どうしたんだ? 違うのか? もしや、その件は撤回したいと思っているのか?」

「……い、いや。こ、こ、婚約は破棄する。そう、言っただろう。何度も言わせるな」

 やや、間があっての、どもり気味な返事の上に逆ギレ……とか。
 なぜ、即答ではなかったんですかね。さっきまでの勢いはどこに行ってしまったのでしょう。お嬢様のことを嫌悪していましたよね。

「王太子はこう言っているが、ローシャス公爵令嬢はどのように思っているのか聞きたい。俺はあなたの意見を尊重する」

「お心遣いに感謝いたします。恐れながらわたくしは王太子殿下のお心に沿いたく存じます。よって、婚約破棄を謹んでお受けいたします」

 王太子に礼を取り殿下に向き直ったお嬢様の顔は、ここ数年の憂いが消えたように、晴れ晴れとして清々しく見えました。

「そうか。ローシャス公爵令嬢、もう一度聞く。その言葉に偽りはないのだな? 今ならやり直しもきくし、心が定まるまで、猶予も与えることも可能だと思うのだが、どうだろうか?」

「はい。過分なご配慮痛み入ります。先ほど申しましたように、わたくしの言葉に嘘偽りはございません。迷いもございません。わたくしの本心にございます」

「わかった。俺に今回の件での裁量権はないが、事の次第を陛下には伝えることとする。それとダウザード男爵令嬢の件は俺が預かろう。よって、ダウザード男爵令嬢の被害届の提出後、直ちに生徒会と学園とできちんと調査をし結果を踏まえ適切な処分を行う。ダウザード男爵令嬢、それでよいか?」

 王太子の背中に隠れていた男爵令嬢は顔色を悪くしながら、コクコクと頷いていた。

「皆の者、せっかくのダンスパーティーを台無しにしてすまなかった。せめてもの詫びにワインと果樹水を土産に用意させている。だから、心ゆくまでパーティーを楽しんでほしい」

 それを合図に音楽の音色が聞こえ始めた。やがて、ホールはダンスパーティーが再開され、ダンスや歓談にと場が賑やかになっていった。

 一連の采配はつけ入るスキのない殿下の独壇場。失態を犯した王太子とは雲泥の差。場を仕切るスキルがお見事過ぎました。
 皆に謝罪して土産という名の心付けまで用意する周到さ。殿下の心遣いに生徒宅でも好感度が爆上がりするのではないでしょうか。王家の評判にもかかわるような事態を逆手に取り、この機を逃さない殿下はさすがです。



「お嬢様、お疲れ様でございました。それと、なんのお力にもなれず申し訳ございませんでした」

 不用意に漏らした私の一言がお嬢様に不利益をもたらす可能性があったことは否めない。お嬢様と殿下に救われたようなもの。お嬢様に申し訳が立たない。

「何を言ってるの。わたくしの与り知らぬところで、王太子殿下に誤解を受けていたんですもの。だから、ちょうどよかったのよ。おかげであらぬ誤解も解けたのだから。それよりも疲れたわ」

 お嬢様の優しさが心に染みました。泣きそうになったけれど、そこはグッと耐えました。まだお役目が残っていますから。

「それでは、どこかで休憩を取りますか?」

「いえ、帰るわ。いつもより話をしてしまったから、横になりたいわ」

 話疲れたとおっしゃるお嬢様の瞳が眠そうにとろんとしていました。
 無口なお嬢様ですから、おしゃべりにも相当なエネルギーを使うようでお疲れになりやすい。確かに今日はいつもより饒舌でございましたから。

 一言挨拶をと思いホールを見渡したけれど、殿下の姿も王太子も男爵令嬢も見つけることができなかった。

 仕方なく、私たちはパーティー会場を退出すると帰路へとついた。

 
 
 
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