スリーピング・サーガ~世界が眠りに堕ちる前に~

秋月流弥

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第1章:グゥスカ王国の薬剤師

3.城を出る

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ダミ子とマースが旅に出ることを聞いて王室薬剤研究所の人たちは笑顔で手を振った。
「いいよー行ってきな」
「ダミ子さんがいなくなると寂しいねぇ」
「あの爆発が聞けなくなると思うと物足りないようなほっとするような……」
本音だだ漏れの意見もあった気もするが、皆二人の身を案じてくれた。

「ええ!?  あれだけやる気なかったあんたが治療薬を開発する気になるなんてどういう風の吹き回しよ!?」
カモミールだけ目を皿のようにして驚いていた。
王室にも治療薬開発のため旅に出る許可をもらいにいった。

玉座にて。
王様はにこやかに頷くと、
「じゃあ有給にしとくねー」
簡単に許可をくれた。いいのか王室、そんなゆるゆるで。
あまりにもあっさり許可がおりたのでダミ子は肩から力が抜けた。
「厄介払いもかねているのでは?」
「どういう意味だマースくん」
隣でそうぬかす助手の脇腹をつねる。
ちくしょう、なら旅の遠征費も貰っておけばよかった。
資金ゼロなんて、ケチ王め。
ダミ子は心中で呟いた。
「まあ有給にしてくれたぶんはありがたいじゃないですか」
「……なんで心が読めるんだ君は」
「一応魔法使いですから」
ドヤる助手。
「あぁそう」
魔法使いって便利だなー。


城を出て城下町へ来ると、賑やかな喧騒が鼓膜を刺激する。
久しぶりの城外。
色彩豊かな農産物売り場、食べ物の香り、人々の笑い声。

「こう見るとまだ平和って思っちゃうよなぁ」
最近はずっと研究所に泊まり込みだったからこの賑やかさが懐かしい。
「人混みを歩いていると、ここも立派な王国なんだなーって実感するよ」
「研究所は人の出入りが少ないですからね。人酔いしそうです」

ダミ子の言葉にマースが苦笑まじりに返事をする。その返事はダミ子の右肩から聞こえた。
マースは現在魔法でネズミの姿に変身している。
ただいま助手が右肩に乗っている状態。

「にしても懐かしいね。その姿」
「僕は研究所に泊まらせてもらってますから、必要以上の外出をしないかぎりこの姿にならないですしね」
「人間の姿で歩けたらよかったんだけど」
「仕方ないですよ。僕はネムーニャ帝国の人間ですから」

彼の出身国である【ネムーニャ帝国】はグゥスカ王国と敵対関係にある。

敵対関係といっても戦争を起こすといった武力干渉はしていない。

ただ、物凄く仲が悪い。

何故仲が悪いかといえば実にくだらないもので、こちらの方が土地が大きいだの、国民の幸福度が高いだの、崇高な歴史が多いだの云々。

挙げ句の果てには国際会議に出す会食の料理をどちらの国にするかで絶交したらしい。

見栄の張り合いで戦火を交えることがないよう祈るばかりだ。

「おかげで国民同士も仲が悪いし」
「僕は気にしてないですけどね。上が勝手に小競り合いしてるだけですし」
「私もそう思うんだけどね。実際皆ネムーニャ国民を見ると石を投げてくる」
「僕の国もまた然りです」

上がそうだとそれにならうのか、両国民も互いに互いを嫌いあっている。
ちなみにネムーニャ帝国の人間は全員瞳の色が紅色という特徴がある。
そのため一目でネムーニャ国民だとわかる。

マースが人間の姿で歩いていれば、すぐ彼がネムーニャ国民だとバレてしまうだろう。

だからネズミに変身。

「その姿を見ると、当時の出会いを思いだすよ」
「やめてください……黒歴史なんですよあれ」

はにかむネズミ。

そもそもなぜ敵国出身のマースが肩身の狭い思いをしながらグゥスカ王国に滞在しているのか。
それは彼がネムーニャ帝国の元スパイだからだ。
マースはネムーニャ帝国の技術発展のため、隣国で敵国のグゥスカ王国の王室研究所へスパイとして潜入した。

二つある研究所のうち、彼が先に忍び込んだのは薬剤研究所の方だった。
魔法でネズミとして研究所に潜入したものの、普通のネズミ捕りに捕まり、普通に任務に失敗した。

「間抜けだよね」
「チーズの香りが良すぎたんです!」

再び回想。

このまま研究所の人間に見つかって殺されるのか。
絶望状態だったマースを拾い助けたのは、ミルクティー色の髪に眼鏡の薬剤師……ダミ子だった。
『お、ネズミ』
ダミ子はネズミ姿のマースを発見すると、彼をネズミ捕りから外してあげた。
両手で小さな身体を包み込むように持ち上げると、優しい指つきで毛並みを撫でた。
『よしよし』
『チュウ……』
人差し指で頭をちょんちょんと撫でてくれる。

助かった。
この人に殺されることはなさそうだ。

慈愛に満ちた瞳が眼鏡の奥で輝いている。ハーフアップにした癖のあるセミロングは軽くウェーブがかっていて柔らかそう。ほのかに良い匂いもする。
まさに女神。自分は女神に命を救われたんだ!
彼女の手のひらの上で極上の気分を味わっていると、部屋のドアから新たに別の女性が入ってきた。

『ダミ子それ、ネズミじゃん!』
『カモミール。うんラッキー。ちょうど欲しかったんだよね』

ちょうど欲しかった?  女神が?

たしか今、ダミ子さんと呼ばれていたな。じゃあ、ダミ子さんと僕は相思相愛!?
天にも昇る気持ちでうっとりと我が女神・ダミ子さんを見上げると彼女もこちらを見てニコリと笑った。
そして言った。
『ちょうど薬の実験体が欲しかったんだよね』

回想終了。

「……あの時は身体が凍りましたよ。女神の微笑みが狂気に満ちたマッドサイエンティストの笑みにしか見えなくなりましたもん」

「なんだよ。そのあと君がネズミに化けた魔法使いってわかって実験体は諦めたじゃんか。そのかわり元スパイの優秀な助手をゲットできたけどね」

「おかげで毎日こき使われてますけど。助かってよかったのかよくなかったのか」
「そんなこと言って恩人のダミ子さんと働けて嬉しいんだろう?」
「自分で言わないでくださいよ……まぁそうですけれど」

ネズミは赤くなった頬を見られないようにそっぽを向く。

「そういえば、旅に出る前に寄りたいところがあるって言ってましたよね」
「ああ、なんせ遠征費が出なかったからね。私のポケットマネーじゃ少々心細い」

王室薬剤研究所、ロイヤルと名前についてもダミ子たち薬剤師の給料はそんなに高くない。
むしろ王室に関わる人間と一般市民との間に格差が生まれないようにと給料は仕事量に比べて少なめに設定されている。

さらにダミ子は趣味の研究に給料を注ぎ込みがちなので懐が涼しかった。

「だから行くぞ。小遣いをせびりに我が家へ」

困った時は家族の援助だ。

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