大人しい村娘の冒険

茜色 一凛

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私が働かないといけないの?

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 アップル王国の南に位置するウォレット山脈。ここは王国の生ゴミを捨てるゴミ集積所となっている。

 そのためそれを餌にするゴキリンが大量に発生しているらしい。黒光りのフォルムで2足歩行。背中には二枚の羽があり嫌悪感のある羽音をたてる。

 普段パン屋で小麦の焼けるいい匂いを嗅いでいるので、この場所は苦手だ。


 一度家に戻り準備してから行くことにした。
 家に戻るともうお昼前でお母さんはカウンターでせっせとお客さんのパンを袋に入れていた。

「いつもありがとうございます」

「ここのパンほんと美味しいわ! 王都のパン屋とは比べて具がたっぷり入ってるし。ここに来たら他のパン屋なんて行けなくなるわ」

 お母さんは頬を赤くして照れくさそうにしてる。そんな二人の横を会釈して通り、キッチンでコーヒーを入れてマイと飲もうとしてたらお母さんが「ふう」とため息をつきながら入ってきた。

「ツグミ、学校ちゃんと行ってるの? 学校のある日にあなたを街中で見かけたってお客さんから聞いたのよ」

「行ってる……」

 今は学校は休学にしてる。そんなことはお母さんには迷惑がかかるというか不安な気持ちにさせるから言えない。

「マイちゃん悪いんだけど、少しだけ外に出てもらっててもいい? あなた卒業できるの?」

「もうっ、そんなの知らないよ。わたし、学校行っても薬師になれるかどうかなんて分からないし、あんたがお金払ってくれてるわけじゃないじゃない。なんでそんなこと言われなきゃいけないのよ」

 話し終えてハッとした。なんでそんなこと言ったのか分からない。あんたなんてと、人は思ってもみないことを口を滑らせてしまうことだってある。それに気づいたのは少し遅かった。

 言い訳になるかもしれないけど、朝早くマイに起こされて図書館いったり公園で悩んでピンクの髪のお姉さんにアドバイスもらったりと、さらには、この後ゴキリン退治に向かうことを考えていたら、心に余裕がなかったんだと思う。

 その直後、お母さんは右手を振りかぶると私の頬をビンタした。

 どうしようもなくて目から涙だけが流れ落ちていく。

「あなた分かってるの? チャンスなのよ? あなたが頑張れば生活が楽になるの。ツグミの為に言っているのよ」

「どういうことなの? お金が目当てなんでしょ」
 
 お母さんも朝の4時から起きてパン屋の仕込みをしてて、お昼前にはその疲れがピークに達している。

 お互いに本当にストレス溜まってて心にも思わないことをぶつけ合ってしまう。

「もういい。家出するから!」

 私は服と図書館の本、小さな銃と薬草や粉を入れた瓶をピンクのリュックに詰めていく。

「あなた何言ってるか分かってるの?」

「ごめん。分かんない。マイ待たしてるから……もう行く」

「ツグッ、待ちなさい!」

 早足で玄関の扉を開ける。お母さんが私の腕を掴んできたけど、振り払ってしまった。

「なんで……」
 
 振り返ると、お母さんが床に蹲り、小さく泣き声の交じった声がした。

「マイ、行こう……」

 早くアキラを救って私の学園生活も戻さないといけない。これ以上迷惑をかける訳にはいかない。でも普通ってなんだろう。分からなくなってくる。私はどんな顔をしていたんだろう。酷い顔をしてたんだろう。

 だって、マイの目が左右に小刻みに揺れていたのだから。他人の目がそんな状態の時は心配して言葉を探っていることが多い。

「聞いたよ。ツグミらしくないじゃない。どうしたんだよ」

「もういいから行こ」

「ちょっとまてよ。こんなの良くないから、アタシがカタつけてくる」

 カタをつけるってなんなの。そう言うとマイは玄関を開けて入っていく。

 家の中から、マイの大きな声が聞こえる。

「ツグの事なんですけど、あの子は親友を助けるために必死で頑張っているんです。何をしてるのか詳しいことは話すことができませんけど、本来なら胸を張れるようなことしてるんです。普通に考えたら何もしないで学校に通って普通に卒業して普通に就職したら幸せなのかもしれませんど。それより、もっと大切なことあると信じてるから、アタシが友達として手伝せてもらってます」

「えっ、うちのツグミっ、何かに巻き込まれてるの?」

 お母さんの心配そうな嗚咽混じりの声がドア越しに聞こえてくる。

「違うんです。少し待って欲しいんです。決して悪いことしてる訳じゃないです」

 マイ言わないで。お母さんにだけは心配かけたくないのに……。

 少しの沈黙の後。

「そう? わかったわ。あなたの目良いわね。私は他人が嘘をついてるかどうか何となく商売してたから分かるの。ツグミの場合娘だから少し私の目が曇ってたのかもしれないわ。マイさんツグミのことよろしくお願いします。私も分かってるのよツグミが人様に迷惑かけるような子じゃないってことぐらい」

「アタシがついてますから大丈夫です」

「ちょっとまってて」

「これっ。ツグと二人で食べなさい。でもこれだけは言わせて危険なことだけはしちゃダメよ」

「はい。ツグミに伝えますから」

「いつでも好きな時に帰って来ればいいから」

 私は玄関前で二人のやり取りをこっそり聞いていて、力が抜けて座り込む。そう言えば朝からご飯食べてない。

 ガラッとドアが開きマイが来る。

「ツグミのお母さんにパン貰ったよ。まあ行こうか」

 私達はゴキリンの巣食うウォレット山脈へと向かうことにした。
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