命を救った美女令嬢の家でVRMMOをプレイする。いつか彼女と付き合いたい。

茜色 一凛

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十二話 『イカ臭い』

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 螺旋階段の前まで来てるのに、どう足掻いても前に進めない。その場で足踏み状態になる。やはり、ボスからは逃れられない。

「許さない! 絶対に許さないわ! あなた達は信用できると思ったから、頼んだのに。毎週欠かさず見てる恋愛ドラマも我慢して、夜ご飯も食べずに待ってたんですよ!」

 どうしたらいいんだ? 顔面流血のジャンヌが目を三角に釣り上げて向かってくる。もうバナナの皮は使えない。使えるはずがない。そもそも使えたこと自体おかしい。

「エリカ何かないか? 道具屋で色々買ってただろ?」
「あれ使えるんじゃないかしら。地引き網。ユウキの袋に入れたはずよ!」
「そうか、ありがとう。ちょいまて。なんでだよ! それでやたら俺のカバンが重かったのか。勝手に入れんなよ!」
「女子に持たせるとか有り得ないでしょ。こういうのは男性が持つのが当たり前じゃない」
「何言ってんだよ。こんなもん勝手に買うなよ。そもそも何に使う気だったんだ? ん? これ磯臭っ!」

 あまりのクサさに気を失いかけた。

 ジャンヌはよく旦那と喧嘩するためか、他人の喧嘩は面白いのか。口を開けてニンマリ顔で見ている。

「それ中古品だから、こないだまで中学校の社会科実習の地引き網で使ってたらしいわよ」

 俺は鞄からボロボロで所々穴の空いた網を引っ張り出す。しかもその臭さの原因は網に絡まった数匹の手の平ぐらいのイカの死体だった。半分溶けて腐っている。耐えきれないぐらいのクサさだ。

 ちょっと待てよ。これ使えるか。

「ジャンヌさーん。近寄るとこのくっさい網を被せますよー。どうされますかー?」
「クサっ、クサいわ! なんてクサいもの持ってきてるの? こんな密閉された空間でそんなもん出さないで頂戴」

 ジャンヌはこの臭いがダメらしい。ボスの奥様ということは贅沢な暮らしをしてきたことだろう。こんな生ゴミの様な臭いを嗅ぐことは今までなかったのでは無いだろうか。

 隣のエリカを横目で見ると右手で思いっきり鼻をつまんでいる。俺は派遣会社で魚屋で働いたことがあったのでこの臭いはなんとか我慢できた。

「このくっさいイカをぶつけてもいいんですか?」

 俺は腐ってドロドロの内蔵の見えているイカを掴むと、ジャンヌに狙いをつけて投げる素振りをする。

「ぎゃー、やめてー! お願いだから辞めてくださいいいいい」

 エリカは鼻をつまみながら俺に冷たい視線を向けてきた。いやいや命の恩人だぞ。これをやらなかったら俺達もこのフロアに辿り着いたプレイヤーと同じように切り刻まれてる。

「ほんとありえない! やめなさいよ!」
「いやいや、エリカが買ったんだろこれ」
「分かったわよ。あなた達の勝ちでいいわ。頭痛いから家にかえらせてもらうわ」
「あのっ、ここのボスってジャンヌさんがいない時はどうしてます?」

 おかしい。よく考えたらジャンヌがいないならここは簡単にクリア出来たんじゃないのか? そもそもボスが居ないんだから。

「ラッキータイムにしてあるわよ。私がいない時はそのまま後の扉を開ければクリアですよ。なので、ご飯時と、就寝時はここにいませんので、プレイヤーからしたら楽かと思います」

 やっぱりおかしいと思ったんだ。一の扉のボスが十の扉の最終ダンジョンの奥さんが出てくること自体間違ってる!

「因みに、ここクリアした人います?」
「あなた達が初めてよ。私も最近家にいても旦那と喧嘩ばかりでここでストレス発散してたし。眠いしもう帰るわね。あとそのくっさいイカは片付けといて!」

 ジャンヌはゲホゲホ吐きながら、後ろの扉を開けて俺達も続いて中に入る。その瞬間、空中に高々と虹色の文字でCongratulationの文字が浮かんだ。

「やったわ! 最初のボス攻略おめでとー!」
「とりあえず何とかなった。手も洗いたい。戻ろうか」
「そうね! 戻りましょ」

 そう答えるエリカは今まで見たことないくらい自然に笑ってた。こんな穏やかな表情が本当のエリカの顔なんだと、ますます彼女の事が好きになった。
 




 やっと地上に辿り着いた。このイカの臭いは驚異的な匂いでここに来るまで敵に一匹も出会うことがなかった。

 もしかしたらこの辺の敵はこの匂いが苦手なのかもしれない。これを瓶に詰めて売り出せば『一の扉』は誰でもクリアできるのではないだろうか。

「ユウキ、そのイカ売ればいいんじゃない?」
「俺もそう思ってた。流石に体に香水みたいに振りかける訳にはいかないけど。」
「手、洗いたいわね。そういえば街の真ん中に公園があるから、そこで洗えるんじゃないかしら。あと悪いけど少し離れて歩いてくれない」

 夜の公園はロマンチックだ。彼女が出来たら行ってみたいと何度妄想したことだろう。何年ぶりだ? 街灯の明かりに照らされたブランコや滑り台がなんだか懐かしく見える。

 エリカは相変わらず鼻をつまみながら俺の後ろを歩いてくる。

 滑り台は下にコロコロが付いており、かなり長い。恐らく全長100メートルぐらいあるのではないか? 高さも10mぐらいあり、カーブが何ヶ所もあるから大人でも楽しめそうだ。

「ユウキー、こっちで洗いなさいよ!」

 視線の方を見ると小さな噴水があった。

「ふぅー! ん? あれ? あーっ! これ循環式か?」

 噴水で手を洗うと茶色の液体が流れ、それは噴水の吸水口に吸い込まれたと思ったら上から茶色のくっさい液体が噴き出してきた。

「まずいことになった」

 公園の綺麗な水の湧き出る噴水がイカの腐った水を循環させる。

「仕方ないわよ。些細なことなんて気にしなくていいわよ! 手洗い場そこにあるからしっかり洗いなさいよ!」

「あ、うん。あのさ、手洗ったら滑り台でもしてみる?」

「なんであんたと滑り台なんてやんなきゃいけないの!」
「まぁ、いいじゃない? 意外と楽しいかもしれないし、そもそもゲームなんだから楽しもう!」

 手を洗ったけど、まだ少し臭うな。ホントこのゲーム、臭いまで再現度高すぎだろ。

 洗い終わると、エリカはすでに滑り台の階段に向かって歩き始めている。足取りは軽くルンルン気分なのが伝わってくる。
 何やかんや滑りたかったんだろ? 夜だし人も居ない。誰に気兼ねすることもないしな。

「早くー!」

 エリカは滑り台の上に登りきっていた。先に滑ればいいのに。

「一緒に滑るよー」
「子供みたいだな」

 俺はエリカの後ろに座る。

「あのさ、触らないで。臭いから! さっきはダサいけどカッコよかったわよ」

 俺は両手を上げる。

「いい?」
「あ、うん」

 股間にエリカのおしりの感覚を味わいながら滑り出す。

 ご、ごごごーーーっ、

 「エリカごめん、俺っ・・・・・・もうダメだぁーー!」


 俺は自分が軽い『痔』であることを忘れていた。

「うわぁぁぁーーーっ、イタタタタッ・・・・・・」

 100mもの長距離をケツから火を噴きながら悶絶して地面に到達した。エリカのおしりの感覚を味わう暇もなかった。

「折角、ロマンチックだったのに!」
「ごめん!」

 エリカは小刻みにぴょんぴょんジャンプする。こういった仕草も可愛らしい。

 ん、何かあの隅の方に人影が見えたような。ウェーブの髪? 

「あらっ、めぐニャンじゃない? ユウキ隠れて見に行くわよ!」
「ホント趣味悪いな」
「いいじゃない。早く!」

 公園の片隅の暗がりにめぐニャンとドラゴがいる。盛り上がってるのか、ドラゴの手がめぐのブラウスのボタンを外そうとしてるのが目に入る。

 二人は軽いバードキスを行い、薄暗い中でもその吐息と顔が火照っているのが感じられた。

「やってるわねー! 面白そうだからもう少し見てよ! どうせまた鼻血ブーだろうけど」

「うっ!」
「ドラゴまた鼻血出てきた。どうしよう。ティッシュもないし」
「あら、奇遇ね! 噴水があるわよ!」

 隣にいたエリカが二人の前に現れる。慌ててドラゴはめぐニャンのボタンから手を離す。
 めぐニャンに手を引かれながらドラゴは噴水の水で顔をバシャりと洗うと、 

「ぐっぜっーーーーー!」

 その場で目がクルンと回転し、意識を失い、後頭部から倒れ込み、噴水の縁石に頭を打ち付けた。

 ズゴーン!

 縁石が割れ、噴水の水が周りに流れ出す。

「これで証拠隠滅ね!」

 空中には、『二の扉 Congratulation』の文字。まさかドラゴが二の扉のボスだとは!

 エリカは俺の方をちらりと見て舌をぺろっと出した。
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