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五話 ジャックは単なる友達!
しおりを挟む日が暮れるまで山で薬草を採取してヘトヘトになって家に帰ると布団に倒れ込むようにして寝てしまった。
☆
何かが引っ張られるような感覚がして、目を開けるとそこには凄い形相で私を見る母の姿があった。
どうやら布団を母にめくられて、起こされたらしい。
「メアリっ、何してんの! 早く起きなさい。この手紙は何? あんた調合師に推薦されたのよ!」
嘘でしょ? 何が起こったの?
アップル学園と言えば、この王国でも随一のエリート調合学園だ。そんなとこに願書を出した覚えは無い。そもそもレベルが高すぎて、恐れ多いと言ったところ。
封を切られた手紙を目の前で広げ私に見せると、私の頬をツネってきた。
「いたっ。いたいったらああああーっ!」
――まさか、まさかだよね……ピンクの髪のお姉さんが推薦してくださった? ありえない。早すぎでしょ。しかも王国一のアップル調合学園なんて敷居が高すぎる。分不相応で頭がクラクラする。
眠気が一気に吹き飛んだ。
「どう? 夢じゃないでしょ。やっぱりメアリの柔らかいほっぺをツネっても全くもって実感湧かないわ。もういいわ。私の頬をツネりなさい。はっ、早くっ、早くしてちょうだい!」
なんなの? ついていけないし。いつからお母さんはこれほどまでにドMになったの? あれほどあなたにはムリ。諦めなさいと諭していたのに変わり身の速さに嫌気がしてきてしまう。
私は呆れながらも手を伸ばす。私が入れると本当に思っているとしたらめでたいよ。
季節は秋の終わりで、早朝は寒い。窓ガラスに霜が張り付いている。私は寒さで、かじかんだ手を伸ばすとお母さんのほっぺを掴み、強く真横に引っ張りあげる。
「よ、弱いわ! そんなんじゃ分からないわ。お願いだから、もっと強く。そ、そうよ。もっと、お願いだから、もっと強くして頂戴!」
もう完全に変態だよ!
「あー、もうっ、力入れるよ!」
「痛いっ! 痛いわ! 夢じゃない! 夢じゃなかったのね! うちの子が、うちのメアリが、薬師になれるんだわ! あー、神様感謝いたします。
でもどなたが推薦してくださったのかしら。しかも手紙を読むと授業料まで出してくださるって。どうしてもお礼したいけど、一体誰なの? あんた知ってるんでしょ。早く言いなさい」
お母さんのスカートのポケットから封筒が落ちる。送り先の宛名を見て。
――お姉さんの名前だ。
私はさらに力を込めてお母さんの頬を引っ張る。お母さんの瞳に涙が溢れ、それを見ると恥ずかしい様な気持ちになる。
私はただ運が良かっただけだと思う。あのお姉さんの気まぐれだと……。お母さん勘違いしないでね。いつやめさせられてもしょうがないんだから。本当に優しい人なんて世の中いないの。
完全にこの手紙を信じきっている母を見ると私もつられて目頭が熱くなってくる。お母さんごめんね。確実なものじゃないのに。
お母さんは分かってるみたいな目をして私を抱きしめる。目がごめんねと言っているような気がした。
もう気まぐれで入学でもかまわない。
正直ピンクの髪のお姉さんに頼んでみたものの入学できるなんて思ってなかった。授業料は高額で、あまり私の事知らないのにどうして出してくれたんだろう。お金が有り余ってる? それとも何か裏があるのかな?
「聖女様。本当になんて素敵な日なのかしら。いいこと、入学したら聖女様に恥ずかしい思いさせたらダメよ。 胸張ってしっかりやりなさい」
「分かってるわ。世界一の調合師になるから!」
こんなチャンス二度と来るわけない。
「今日の夜はお祝いしないとね! うちはお父さんが亡くなってから苦しい生活が続いてたけど……あなたのおかげで何とかなりそうね」
母はしめしめといった悪い顔を一瞬した。何とかってどういうこと? あまり深く考えないようにしないと……。
それから朝食を済ませて、学校へ向かい、担任の先生に今日届いた封筒を見せると、クラスでお祝いしてくれることになった。それぐらいアップル学園というものは入学することが名誉があるらしい。
「メアリ! おめでとう。この村から調合師の卵として推薦されるなんて20年振りらしいぞ! 国からは年に数人しか選ばれないって先生が言ってた。かなりの難関らしいじゃん! 厳しいらしいから泣き虫メアリが無事卒業できるか見ものだわ」
意地悪を言うキノコヘアーの男子はジャック。
ついつい言い返してしまう。私に気がある男子なのに事ある毎にちょっかいをかける。でも、私の方はそんな感情なんてこれっぽっちもない。
そもそも好きなら優しくしないと、やり方根本的に間違えてる。
ふうとため息をつきながら、
「まっ、そういうことだから、ジャックとはお別れになるわ! もう二度と会うこともないし、今日でお別れよ」
「はい? 酷くないか? 小さい頃、女子に虐められた時に助けてあげたのも忘れたのかよ?」
「そんな十歳くらいの話、出されても困るし。しかもあの時は、ジャックも女の子に追いかけ回されて鼻の下伸ばして楽しんでなかった?」
「そ、それじゃ、学校の遠足っ。メアリがお昼に弁当を落としてしょんぼりうずくまって泣いていた時、俺が特大おにぎりを半分あげたことは? あん時は二日目のカレーをお袋が米と炒めた俺のお気に入りのおにぎりだったんだぞ」
「んー。あの時は確か……。ジャックがお腹壊して、いらないって言ってたよね? 体調が悪いから半分やるって。ダイエットしてたのに無理やり食べたのよ。ほんとそういうことやめて」
「そ、そっか……それなら、ま、まあいいや」
何か嬉しそうな顔をしてジャックは頭をかく。
正直めんどくさいと思うことがしばしばある。でもピンチの時はいつも助けてくれて相談に乗ってくれた。家が隣ということもあり、親同士が仲が良く、小さい頃からいつも一緒だったから性格は分かる。
だからこの人には、恋愛感情なんて生まれないし、いつまでも友情が永遠に続いてしまうのは仕方の無いことだと思う。
さっきまでのふざけたジャックが肩を落として自分の席へと戻っていく。
──ほんと、こいつ変なやつ……。ん……。なんか目が熱い。こんなところで涙なんて流したくないのに。なんだっていうの。
しばらく涙を我慢していたら、だんだん頭が痛くなってきた。
遠足なんて、懐かしい。まさか蓋を開けたら手が滑って全部落とすとは思わなかった……。
ほんと惨めだった。ショックでお腹も空かないし、一人体育座りしてみんなが食べるとこ見てたのかもう覚えてないけど、ジャックがニヤけて来たのは覚えてる。私は勝手にカレーマンとあだ名をつけてた。
「勇者が来たから安心しな! おにぎり半分やるよ!」
ジャックは勇者に憧れてた。誰よりも優しく強い者になりたがってた。勇者の家来でもいいからなりたいとか普段口にしていたのを何度も聞かされた。あー、めんどい。
ほんっと、なんなのよ、こいつは。
それから一ヶ月が経ち季節は冬を迎える。雪がしとしとと降る中、私のアップル学園の入学式の日がやってきた。
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