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七話

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 目の前が真っ暗になった。せっかく聖女様のおかげで調合学園に入ったのに、退学なんてそんなのないよ……。

 自分の心配をしつつも、聖女様が指名手配にされていることの方が気になってしまう。

 まずは何としてもこの学園に残る方法を考えないと。頭を巡らせる。運のいいことに私のクラス担任は校長先生だ。授業もしっかり真面目に受けてるし、情にもろい校長なのだから、泣き落とすしかない。

「何とかなりませんか? 私の夢なんです。あのピンクのお姉さんみたいになりたいのです」

「メアリ? 何を言ってるの? お姉さんってなんです? あなたの推薦者はかなりの高齢の方なのよ! 伝説の調合師と言われる私の唯一のライバルで聖女。うーん。ほんとに、どうしましょうか。推薦者不在となると、もうここを出ていくしかないわ。困ったわね……」

 待ってよ。聖女様、70歳くらいなんだ……。驚きつつも、ライバルってことは、もしかしたら校長が推薦することもできるってことなんじゃないの? ポケットから涙草(なみだそう)の粉を指につけると、手を覆い隠してしゃがみこみぺろりと舐めた。

「伝説の調合師として有名な先生と巡り会えて私はなんて幸運なんでしょう。必ず私っ、ここで学べば、絶対に聖女様よりも遥かに凄い調合師になれるのに……。先生、何とか、何とか……なりませんか……」

 涙草の効果で涙が止まらない。口に出すうちにこの薬いらなかったと思えるぐらい凄い勢いで涙が流れ落ちる。上目遣いで先生の瞳を見ながら追い込みに入ることにした。

 それにここで、『はい、そうですか』とは引けない。お母さんが、あんなに感激して自分のほっぺを痛いぐらい引っ張らせ、二人してボロボロの服で抱き合った記憶が昨日のことのように思い出される。だから私は。

「私、学校で他の生徒よりもしっかりと学んでいましたよね? 手を抜いた事もありません。校長のような世界一の立派な調合師になりたいのです!」

 私の言葉が校長の乾いた心を貫く。それと共に顔が赤く染まり、照れくさそうに長い髪を指でクルクルと遊ばせる校長。それから少し沈黙の中。

 いけるかな。私の心臓の鼓動がどんどん早くなる。そんな上手いこといかないのかもしれない。でも、やれることはやったよ。

 不安が募る。そもそも、推薦は学校外の人じゃないと駄目な様な気もする。このままだとまた振り出しに戻ってしまう。お母さんや幼なじみのジャックの顔も浮かんでくる。もしこれで退学ならどんな顔で戻ればいいのだろう。

 私が心配そうに脚を内股にしてモジモジしていると、先生の瞳がふっと優しくなり微笑んでくれた。

「そうね。伝説の調合師と言われた私から、あなたへのプレゼントよ! この学校で真面目に勉強に励んでいるのも知っているし、私についてこれば、聖女にも負けないという言葉も気に入ったわ。私があんなキャピキャピ女に負けるはずないもの」

 校長は昔、聖女になりたかったけど、国王陛下はピンクの髪のお姉さんの方が容姿もよく、性格もキャピキャピしてたから選ばれたとか噂で聞いたことがある。噂じゃなくて本当の話だったんだ。

「伝説の調合師様……」

 私は両手を組み、膝でたち、祈るポーズをとる。

「いいですか? こんなことは前代未聞ですよ。私が推薦します。それにしても私が書くなんて何十年ぶりでしょう。いいこと、メアリ…しっかり勉強して必ず一流の調合師になるのよ! 分かったわね?」

「は、はい……」

 涙草なんていらなかった。声にならない。胸が熱くなり、こういう時は本当に声が出ないものなんだ。

「それでは、授業がありますから、教室へ急ぐのよ」

 校長は私を抱きしめると背中をさすってくれた。嗚咽が止まらない。校長先生ありがとうございます。




 校長に推薦されてから数日後。

 今日も校長は張り切って授業を進めている。70代ぐらいなのに耳に水色の宝石のピアスをしてるし服も真っ赤なドレスを着こなして、オシャレだ。お母さんにもこういった洋服やアクセサリーを買ってあげれる日が来るといいな。

「今日は回復薬(小)の作り方を教えていきますね。これは回復薬の中でも基本中の基本なのでしっかり学んでくださいね! まず素材は、ヨモギの葉っぱを使います。これは、葉緑素を多分に含んでいるので、飲むと身体中の血行が良くなり風邪防止にもなるんですよ。お風呂の入浴剤として湯船に入れれば、ポカポカします」

 校長も聖女様と同様に見た目は10代にしか見えない。初日は老婆の格好だったのが、薬を飲むことですぐに若返った。飲んでも見た目しか変わらないようで体力は歳相応なのだとか。

 それでも若く見える校長が飛びっきりの笑顔で楽しく教えてくれるものだから、私のやる気スイッチは、はいりっぱなしだ。

「本格的な調合が始まるっ!」

 私は一人教室でテンションが爆上がりしていた。
 カティを治してくれた聖女様は回復薬を使ったのかもしれない。あの時は、骨も折れていたからもっと効力の高いものを、早くそれぐらいの物を作れるようになりたい。

 そんなことを思いながら期待で胸を膨らませていたのに、周りの子達はこないだもやったと、面倒くさそうにぶうぶう文句を言いだす。

「文句言わないの! 基本が大事です! それでは早速、倉庫にヨモギの粉を取りに行きましょうか」

 先生を先頭にゾロゾロと生徒たちは隣の倉庫へ入る。私も慌てて後ろからついていく。

「おかしい。校長! 一ヶ月前あんなにあったヨモギの乾燥粉が全く見あたりません」

 先に入ったアミが突如騒ぐと、先生もヨモギの入っていた木箱を見て、首を傾げる。

「あらっ、おかしいですね。あれから使ってないはずなのに、何で空っぽなの?」

 不思議そうな顔で生徒の顔を順番に見ていく。

 まさか私たちを疑ってるの? そんなわけないよね? 先生は聖職者なんだから人を疑ったりはしないはず。

「先生、最近入った生徒が怪しいんじゃない?」

 アミのせいで、皆の視線が私に集中した。

 ――え? 私?

 意地悪なアミがまたしても私のことを犯人だと決めつけて変な言いがかりをつけてきた。

 でも、アミの言葉に呆れる生徒が大半いる中、アミと仲の良いサユリが口を開いた。

「私見たんです。こないだの放課後、メアリさんが沢山の薬草の粉をカバンに入れてる姿を!」

 え? 何言ってんの? 私、ヨモギの粉初めて触るのに。心臓を締め付けられる思いがした。どこからそんな嘘つけるのよ。アミがニヤつきながら私をビシッと指す。

「そう。そうだわ。メアリさん家が貧乏だから、晩御飯のオカズに持って帰ったんだわ。これだから貧乏な生徒と一緒にお勉強なんてしたくないのに。そのうち私の私物や他の生徒の物も盗まれるんじゃないのかしら」

 ありもしないことを平気で口走ってくる。先生はアミの事は信用してないけど、サユリは先生の前ではいつもいい子ちゃんキャラを演じてるからまずい。

「メアリ! 本当のことを言ってください。サユリが言ってることは本当なの?」

 なんでよ……先生。私を責めないでよ。

「あの……僕も見ました。メアリさんが野草を食べながら下校してるのを」

 コラコラ。コイツはいつもアミに虐められてるアーサーじゃないの。アミに点数稼ぎしてんじゃないわよ? そっか私を追い詰めてターゲットを私にしようと企んでるな……。

 校長は穏やかな表情が一変して険しい表情に変わる。

「それにしてもおかしいですね。他の薬草の粉や動物の骨粉、土や金属粉を調べたけど、食べられるものだけが無くなってるわけじゃ無いみたいですね。それとアーサーの話は無理があるわ。ヨモギの粉はそのまま食べるものでは無いし。どうしてそんな嘘をつくの?」

 先生に責められた大人しいアーサーは視線を逸らし、窓から外を眺めて関係ないとでもいう素振りをする。

「メアリがそんなことをするはずがありません」

 唐突に、マーガレットが私を庇った。私の唯一人の親友。あれからお弁当を一緒に食べたりしてる間に仲良くなった。マーガレットはスタイル抜群のモデル体系なので、嫉妬したアミたちから嫌がらせを受けていた。

「そうね。人を疑うのは良くないわね。この話はここまでにしましょう。みんな。胸に手を当てて考えてみて、もし心当たりがあれば、こっそり先生に教えてくださいね。もちろん犯人が分かっても内緒にしますから」

 先生はそう言っていつもの優しい表情に変わる。でも、私はハッキリさせたかった。人のせいにしたアミが許せないし、犯人が誰なのかも知りたい。そこで、先生の前にいくと。

「先生! このまま黙っていたら、私が怪しまれますし。私盗みなんてやってません。そもそも、お母さんから家が貧しくても人のものを盗むなんて恥ずかしいことだって小さい頃から習ってます。誰がやったんですか?」

 大人しいマーガレットまでもが、クリっとした大きな目をさらに大きく見開いて手をギュッと握ると。

「そうよ。メっ、メアリさんはいつも私と一緒に帰ってるからそれはないよ……」

 と、頑張って震える声で援護してくれる。そうして二人で手を握りしめて頷いていると、アミが立ち上がり、腕を組んで鋭い目で私たちを睨みつけてきた。
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