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八話

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 自宅に戻った私はその日の夜、犯人探しを決行する事にした。

 誰かがやらないと、いつまで経っても私が疑われる。クラスメイトは嘘つきアミの話を信じてはいないと思うけど、犯人扱いされたまま学園生活を送るのは耐えられない。

 家の窓から外を見ると粉雪がチラついていた。箪笥から赤いマフラーを取り出し首に巻く、ついでに毛糸の手袋もはめた。

 ――誰なのよ! 見つけたら、ただじゃおかないんだから! 外は絶対寒い。冷え性でかじかむ手を擦りながら鞭をブンブン振り回す。

 気合を入れて玄関のノブを回すと、冷気が全身を襲いかかり、身体が氷のように固まってしまう。

 丁度、隣の家のジャックが玄関から出てきたところだった。

「あ、あれっ、メアリ。久しぶり! メアリが転校したから、学校が最近つまらないぞ」

 いつもなら、冗談ばかり言うジャックが眉毛を八の字の形にして、情けない顔になっていた。私が転校してから三ヶ月。寂しかったのかな?

「え? 何言ってんのよ。いなくてせいせいするとか言ってたのどこのどいつなのよ」

「そんなこと忘れた。それはそうと、こんな時間にどこ行くんだよ」

 ジャックは、私をジロジロ見てくる。前はボロボロの服を着て学校に通っていたけど今は綺麗な紺の制服姿にコートを羽織っている。少し恥ずかしくなってくる。

「別にいいでしょ。夜の八時にあんたこそ、どこ行くのよ?」

「まあ、あれだ。ランニングだよ。丁度、家の周りを走るとこだ」

 そう言うと、道端で準備運動をし始めた。なんか白々しい。嘘だ。こんな寒い時間に走るわけがない。

「それより、メアリは?」

「私はこれから犯人探しに行くんだけど」

「は、犯人探し? 何の? 危険なことはやめた方がいいんじゃないのか?」

「学校で私が泥棒だって目をつけられてるの。絶対犯人捕まえてやるんだから」

「こんな時間に? メアリ言っても聞かないからなあ。 しょうがないなあ。夜道は危ないからついていこうか?」

「なんであんたが付いてくるのよ?」

「何で行くの? 馬車? 城下町は酒場もあるし、よった冒険者に絡まれたりするかもしれないし、でもまー、メアリが襲われることは無いか」

 ジャックは私の胸を凝視してニッコリする。なんなのよ一体。そうですよ。私は胸なんてありませんよ。

「しょうがないわね……」

 と言いつつも、心細かったから、正直嬉しかった。そんな二人を夜空の三日月がぼんやり見つめていた。

 そして、学校から貸出中の馬車に乗り込むと、手網を握り鞭を構える。

「馬車も覚えたの?」

「そうよ! 自宅から学園が遠い子は貸出もしてるの! でも、半年もすれば、学生寮が借りられるからそれまでは辛抱してるの、というか、最近は馬の扱いにも慣れてきて楽しくなってきたところよ」 

「えー! いいなー! 今度教えてくれよ」

「嫌よ! あんたが操作したら谷底に落ちていくわ……」

 私らしくない。どうしてジャックの前だとこんなにも素直になれるのか……。

 それから15分ぐらい走らせたところで、沼のようなところで馬車の車輪が埋まってしまい。いくら鞭を叩いても進むなくなってしまった。

「どうしよう」

 二人して馬車から降りて荷台を持ち上げようとするけれども、ビクともしない。

「俺が走って家まで戻って応援呼んでこようか?」

 困った。まさかハマるなんて。もしかしたら、地面が柔らかいから進めないのかも。だったら周りの草を抜いて車輪の下に草をかませたらいけるかもしれない。今は冬で草も枯れてて調度良い。

「辺りの草を抜いて! 下に敷いたら大丈夫かもしれないわ」

 私たちは雪の中、枯れ草を集めていた。

 すると、城下町の方から馬車が向かってきて、私達の馬車が傾いているのを見ると、とまってくれた。

 手を振る貴族の様な出で立ちの男性と隣には見たことの無い女神様の様な方が馬車の窓から見えた。

 そして手網を握る騎士が、

「どうされました? あー、荷台が落ちてますね! レオン様ー」

 私たちはせっせと草を集めていたら、人の良さそうな騎士が話しかけてきた。

「おお! これは大変だ。アリス悪いが少し待っててくれないか。荷台を押してくる」

 そんな言葉が聞こえた。嘘でしょ。このアップル王国の人っていい人多い?

 私とジャックで車輪の下に草を敷き、レオンとその従者っぽい騎士が荷台を押してくれて何とか沼から出すことが出来た。

「ふー! 久しぶりに良い仕事をした」
「ありがとうございます。私調合学園の生徒で今から城下町に戻るところでした」

「こんな夜更けに? まあ何かあるのだろう」


「あなたっ、そんな人の事詮索なさらなくても宜しくてっ! 私たちは、この辺りに美味しいパン屋さんがあると聞き、探していたのです」

「まさか王族の方ですか?」

 着ている服があまりにも高価なのでその辺の市民でないことは、私にも分かる。

「いえいえ、元貴族の方ですよ。今は旅行を楽しんでいるとか……」

「セバスチャンっ。無駄口挟まないで」

「シャルロット、従者にあまりキツくしないでくれよ」

 この辺りでパン屋を営んでいるのを私の家ぐらいしかない。もしかしてそんなに有名なの?

「すまない、聖女様に教えて貰ったパン屋はこの辺りのはずなんだが、分かれ道が多くて分かりにくい。もう少し奥かもしれない」

「もうっ、夜ご飯抜いているんですから、不味かったら容赦しませんよ」

 お姫様のような綺麗なドレスを身に纏うシャルロットがいきり立っている。
これ以上このままだとやばい雰囲気になりそう。

「もしかしたら、私の家かもしれません。クリームメロンパンの有名な店なんですけど……」

「お嬢さん。そうなんです。聖女様が、あんなクリームメロンパン食べたことないから、死ぬまでに一度は食べてご覧なさいなんて仰るものですから、うちのアリスはメロンパンに目がないもので、本当にありがとう。して道は……」

 私は行き先を教えてあげて、代わりに変なお守りを頂いた。なんでもこれを持っておけば幸運が舞い込むとか。あまり信じてないけど好意で頂いたのだから持っておこう。

「シャルロット……じゃない。アリスっ。行こうか! やっと君の念願が叶いそうだ」

 感じの良さそうな夫婦だと思った。シャルロットってなんか聞いたことある名前だけど、今は気にしてる場合じゃない。

 手を振り、レオンさん達と別れて、城下町にある調合学園へと急いだ。
 学校の倉庫を監視すれば、誰が犯人なのか突き止めることができるはず。
 昼間は学生や教師がいるから、事件が起こるのは夜しかないし。

 隣にいるジャックは目を輝かせて、私の隣にいられるのを喜んでいるような感じだった。

「凄いぞ! 今から俺もアップル調合学園の生徒だっ!」

「違うわよ。内緒で入って朝みんなが来る頃にはあなただけ歩いて村に帰ってもらうわよ!」

「なんでそうーなるのっ!」

 冗談を言い合っているうちに、城下町が見え、私たちは、学園の庭に馬車を停めると、校門をくぐっていく。

 ジャックは私が初めてここを訪れた時と同じような表情をしていた。まるで夢の国に足を運んだかの様なイキイキとした顔を。

 だから私は、つい彼の手を握ってあげて、手を繋ぎながら校門をくぐった。
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