狩りの時間

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霜魚(そうぎょ)の遊泳 2

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 深夜に雨は雪に変わった。
 ヴァイオレットが造られたのは効率の問題だ。男性型の人形は要望が少ない。稼働率の低い人形をおくよりも、メンテナンスもできる者にその時々に応じて兼任させればよいと、中央政府セントラル最上階級ブライトは考えたのだ。

 ルキノは今夜もロベルトのベッドの中にいた。
 前任者不在の間に、どれほどため込んでいたのか。底なしかと思えるような体力でルキノを抱いた。
 人形たちも今頃はまだ、奉仕中かも知れない。
 ルキノに出された精液は、回収されない。ルキノ自身の精液もまた同じく。
 この行為には意味はない。ただの性衝動解消だ。
 そのために生まれた。遺伝子的に操作され、ヴァイオレットの感受性は抑制されている。
 悲しくも空しくもない。遠からず訪れる死も。
 窓に目をやると、昨夜同様に霜魚が来ていた。外をゆったりと泳いで、ときおり窓辺に寄ってくる。
 ロベルトは慣れているのか、シェードも降ろさず気にする様子もない。
 ひととおりロベルトの欲求にこたえ行為が終わると、ルキノは起きあがり身支度を始めた。
「帰るのか」
「自室で休ませていただきます。今夜も人形はすべて出払ってますから。明日もメンテに時間がかかるでしょう」
 ロベルトはルキノの背中でけだるそうに、ため息をついた。
「そのへんは、ジュリオとちがうな」
 ロベルトは前任者の名前を言った。振り返ると、ロベルトは懐かしげに天井を見上げていた。
「あいつは、朝までいたぞ。ここに」
 ジュリオ、か。面識はないが。仕事は堅実にしていたようだ。今日みた作業レポートもしっかりと入力されていた。
「そういえば、あなたはゲームを使ってはいないのですか?」
「あ、あの家族育成のやつ……『グロース・ファミーリア』? やってられるか、バカらしくて」
 家族育成ゲームのグロース・ファミーリアは政府が支給したゲームだ。バーチャルなネット界で家族を作ることが出来る。シナリオは無限にあり、のめり込むと文字通り一生続ける。幻の妻と子どもとマイホーム。働いて貯めたポイントをつぎ込んで仮の人生を構築していく。
「ぜんぶウソだろうが」
「連動させて、ラブドールも抱けるのに?」
 ゲームのデータを使い顔を差し換えて、自分の『妻』を抱くことも可能だ。
「人形より俺は生身のほうがいい」
 皮肉なものだ。マジョリティーの男はヒトのまがい物の人形しか抱くことができず、マイノリティーは生身の男を抱く。
「なあ、ジュリオはどこへ行った?」
「ライティネン・ステーションへ配置転換されました。実際会ったわけではないですが。そのように人事異動が出されていました」
「そうか。別れも言わずに急に居なくなったから、てっきり……」
「てっきり?」
 そこでロベルトは言葉を切った。ルキノはジュリオの配置転換の意味を察した。特定の人物と親しくなりすぎたのだ。ヴァイオレットカラーは、性サービスをする。それは人形と同じだ。
 人形たちは、相手を一律「マスター」と呼ぶ。個別のデータは蓄積しない。何度体を交わそうと、いつでも初回なのだ。客に特定の感情や執着をもたせないように。
 閉鎖空間での色恋沙汰・感情のもつれはコロニーの崩壊を招きかねない。ロベルトの伸ばしかけた手をルキノはやんわりと受け流した。
「おやすみなさい」
 ルキノはできるだけ、平板に声をかけるとロベルトの部屋を後にした。

 コロニーの廊下は静まりかえっていた。居住区の個室は完全防音がほどこされているし、深夜の時間帯にわざわざ動く者もいない。
 廊下に灯る昼光色の明かりが、かつて存在した家族の団らんというものを思い起こさせる。それらはゲームの中にいけば体感することはできる。けれど、すべては幻想だ。少なくともこのコロニーにいる者は伴侶はおろか、父も母も知らないのだ。……もちろん、ルキノもだけれど。
 霜魚がときおり窓を横切る。
 ルキノは足を止めて窓の外を眺めた。
 霜魚は、いわゆる人魚の姿をしている。長く白い髪、肌も白く青い輪郭の鱗があるのは、腰から下。大きなひれがあり、それを上下左右にゆらして虚空を泳ぐように移動する。
 むき出しの胸にはかすかな二つの膨らみ……これは胸なのだろうか。くびれた腰などと併せて考えると、霜魚は雌か。けれど、人類の常識がすべて適応するというわけでもないだろう。
 目がない不気味さを差し引き、泳いでいる後ろ姿を遠目にながめるぶんには、幻想的だ。雪原の中の森はぼうっと明るく、たくさんの霜魚が泳いでいるのが見えた。大きい影ばかりではない。幼体だろうか、小さな影が寄り添うようにいる。
「熱心だな」
 声に振り向くと、ガンダロフォがラフなシャツとパンツという格好でルキノの後ろに立っていた。
 体を窓から離すより早く、ガンダロフォは左腕を窓枠に付けて、ルキノを窓と自分の体に挟むようにして顔をぐっと近づけてきた。
「霜魚は、雌しかいないらしい」
「そう、ですか」
 不意にガンダロフォはルキノのうなじに顔を寄せた。熱い息が首筋にかかる。ルキアはガンダロフォの胸を押し返した。
「雌だけで、どうやって増えるんだろうな」
 わざとだろうか、ガンダロフォはルキノの耳元で囁く。
「酔ってるんですか」
 息がかすかに酒臭い。なにか生ものでも 食べていたのだろうか。生臭さも感じてルキノは眉をしかめた。
「拒否?」
「予約を」
 ははは、とガンダロフォは笑ったが、目は怪しく光った。
「今から頼もうか」
 ルキノを強引に引き寄せ抱きすくめると、服の裾から手を入れてきた。肌に鳥肌が立つ。
「訴えますよ」
 声が震えないように、ルキノは腹に力を入れていった。
「ご自由に。おれは……イトだからな」
 聞き取れない声でささやくと、ルキノを廊下に押し倒し、服を脱がせにかかる。ルキノは厄介ごとに巻き込まれたことに舌打ちした。レイプは身分的に上位のホワイトカラーだとて処罰を受ける。ヴァイオレットのあるかなきかの『人権』というやつだ。
 腹を蹴りあげたが、がっしりとしたガンダロフォには燈籠の斧、まったく通用しない。胸のボタンが引きちぎられて床に飛んだ。カツンという硬い音を立てて落ちたボタンを蹴る靴先が突然視界をよぎった。
 ガンダロフォも焦ったように顔をあげる。
「こんばんは、マスター。お休みなさい」
 背中が大きくあいたスカーレットのカクテルドレスの裾をひるがえし、優美な笑顔で会釈して通りすぎる人形ドールをルキノは床に組み敷かれたままで見送った。
 寝乱れたブラウンのセミロングの髪、笑った口の紅は落ちて端には乾いた精液がこびりついていた。かすかに残る塩素に似た匂い。きっと腹部のアンプルはたっぷりの精液で満たされているだろう。
 突然笑だしたルキノをガンダロフォは不気味に思ったのか押さえていた手首を離した。
「あれと同じですよ、今のわたしは」
「なに?」
「使用済み。腹のなかにはロベルトが出したものが入ったまま。キスしますか? さっきまでロベルトのをくわえてましたが。それでよければお相手致しますよ」
 こんどこそ、ガンダロフォはルキノから離れて立ち上がった。
「予約さえ入れて頂けたなら、わたしはいつでもお相手いたします」
 ルキノも立ち上がり、落ちたボタンを拾うとそのまま自室へと足を進めた。
 早くシャワーを浴びたい。体内から精液をかきだして……メンテナンスしなければ。
 ルキノはガンダロフォの呼び掛けには振り返らなかった。
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