狩りの時間

ビター

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グロース・ファミーリア 1

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 中央政府標準時間で金曜日に一番近い日の夕食は、住人はみな食堂でするようにという決まりがコロニーにはある。
 女性が極端に生まれなくなり、人が人工的に造られるようになって家族という形が消えた。
 けれども、コロニーなどのような小さな社会では、連帯感が不可欠だ。そのため、中央政府は週に一度の集会を推奨している。
 ゲームのタイトルと同じ『グロース・ファミーリア大家族』政策と呼ばれている。
 けれども、実際に行っているコロニーはほぼないに等しい。いくつもの辺境のコロニーを回ってきたルキノにも初めてのことだった。
 ルキノはふだん人前にあまり姿を表さないようにしていた。ほかのカラーたちのように、同業なかまがいるわけでなし、特殊な業務ゆえ、利用者たる住民とは距離を置きたいという考えから。
 金曜日にはほかにも特別な意味が二・三あった。
 ジムと『グロース・ファミーリア』以外に、これといった娯楽のないコロニーの単調な生活にアクセントをつけるべく、金曜の夕食は少しばかりだが豪華だった。また、セントラルからの重要なニュースが流れるのもこの日。そのため、部屋に食事を持ち帰る者も、こもって酒をあおる者も、この日ばかりは食堂へでむくよう、施設長が言い渡していたのだ。
 もっとも、二百を越える人が一気に集まれるほど、座席に余裕はない。決められた時間内に混み具合を見計らってそれぞれ食事をとるのだ。
 ルキノは終わり間近の、座席に余裕が生まれた時間帯に食堂へ出向くことにしていた。
 食堂の隅の席までトレイを運び、天井から吊り下げられた大型のモニターでニュースを見ながら食事する。できるだけひっそりと、一人で。
「このたびセントラルでは、ビアンカさまが女児をご出産され本日お披露目の会見が行われました」
 本星の地球とこことでは時差があるが、ほぼリアルタイムのニュースだ。食堂に座る者たちはみな上を見ている。
「いつも思うが、女ってのはアレだな」
 フォークに刺した鶏肉を口元まで運んで手を止めてブルーカラーが言う。
「人形のほうがよほど美人じゃないか」
 室内に密かな笑いがあふれる。白いレースの豪華なベビードレスの赤ん坊を抱くビアンカは年齢的にも五十近く、でっぷりと肥え、肌の衰えも目立つ。小さい目に低い鼻、お世辞にも美人とはいえない容姿だ。けれど、どうだろう。人類に百人といない『母』としての自信に満ちた表情は。彼女は十代から今までに八人ほど出産していたはずだ。
「ブライトさまの誕生ってわけだな」
 ブライトは最上階級だ。人から生まれ落ちたものだけの称号。
「大人になるまで二十年以上かかるんだろ? ご苦労なこって」
「俺たちみたいに大人で生まれりゃ手間なしなのにな」
 ブルーカラーは肉体労働に従事するため、年齢体十八で生まれる。グリーンは十六、ホワイトは三才。そしてブライトだけは、零歳から丁重に育てられるのだ。ルキノは短い間、セントラルにいたけれど女性は見たことが無かった。女性は、大切に扱われ特別な施設の奥深くで暮らしているのだ。しかるべき相手の子どもを産むために。
「アレッシオ、こっちにパンを」
「今日は金曜日なんですからね、ご自分で」
 アレッシオと呼ばれたグリーンカラーのまだ年若い青年がきっぱりと答えた。
 ふだん給仕をしているグリーンカラーも金曜の夜は役職から解放されて、皆とテーブルを共にする。
 対してヴァイオレットのルキノは、要請には最高で週三日応える。人形のメンテナンスは毎日だが月に一度だけ人形を休みにする日がある。一人での仕事だ。気が抜けない。
「こちら、よろしいですか」
「事務長。どうぞ」
 白髪をオールバックにした老年男性がルキノの向かい側に座った。事務長兼施設長のギルだ。
「どうですか、こちらはに慣れましたか」
 ゆっくりとした動作でギルはナイフとフォークを扱った。メインは魚のムニエルをえらんでいる。
「思ったより、みな大人しくて助かっています。人形たちを傷つけずに済んでいますから」
「あなたは?」
 ギルは何気ない口調でさらりと聞いてくる。肉用にくらべて幅の広いフォークに乗せた白身の魚をギルは口に入れた。
「大丈夫です」
 ロベルトは無骨な外見に反して、ルキノに優しく接してくれる。以前のところのように、最中に殴られたり変なプレーを要求することもない。
「ならば良かったです」
 ギルは何度もうなずきながら、魚を噛んだ。まるで牛のような噛み方だ。
 会話がそこで途切れた。ルキノは食堂を見渡した。ほとんど部屋から出ることもないルキノの顔見知りといえば、ロベルトとガンダロフォくらいだ。ガンダロフォは少し離れた場所にいて、古風なことに手元に紙の束を持ち、それを眺めながら食事をしていた。
「そういえば、ガンダロフォが失礼なことをした。申し訳ない。わたしの監督が行き届かずに」
「いいえ、気にしておりません」
 ルキノはギルに視線を戻した。
「誰かがやらなければならない仕事とはいえ、ヴァイオレットのストレスを思うと、すまない気持ちになりますよ」
「前任のジュリオには、なにかそういったストレスがありましたか」
 ギルは手を止めて、どこか戸惑うような仕草で口元をナプキンで拭いた。
「急な異動でしたからな。そのことに関しては……」
 不意にガンダロフォが振り返り、ギルとルキノを見た。いつもより鋭いまなざしで一瞥すると、頬がぴくりと動くのが見えた。それをきっかけにしたように、ギルは食事の大半を残したままで、席を立った。
「あの」
 ルキノの声には振り返らず、トレイを返却して食堂を出ていった。ガンダロフォはにやつきながらそれを見送っている。
 中途半端で投げ出されたように感じながら、ルキノも席を立つ。なるべくガンダロフォのそばを通らぬようにして。
「あんなのより、アレッシオが女のかっこうした方がよほど美人だよな」
 グリーンカラーの席から、そんな会話が聞こえてきた。アレッシオはまだ二十歳前だろう。華奢な体つきに黒の巻き髪がはねている。長いまつげ、大きな瞳。たしかに女顔だ。
 からかわれ、恥ずかしがるアレッシオは時おり食堂の奥のほうへ視線を送る。その先にはガンダロフォがいるだけだ。
 女に必要なのは、姿の美しさではなく、子を産むための卵巣と子宮だ。
 カタチばかりの女は、いらないのだ。
 アレッシオの横を通りながら、ルキノは自分の腹の底に冷たさを感じた。
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