狩りの時間

ビター

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リナッシメントの歯車 2

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 人事からきた返答も『休暇中』とあった。話を聞きたい相手と連絡が取れない。ルキノは質問を数えあげてみた。
 医療キットがなくなっていること、アレッシオに化粧品や人形の服を貸していたこと、鍵のかかった箱のこと、そしてなによりジュリオが異動になった理由……。
 整合性が取れていないように感じる。
 ジュリオを隠そうとしている何者かの存在があるのだろうか。
 年若い、ただのヴァイオレットのジュリオを?
 意味がわからない。ただルキノには不協和音しか聞こえない。
 ルキノは頬杖をつき、モニターを見つめた。
 やはりジュリオの痕跡を探すしかない。人一人がいたということは必ず何かしら足跡が残るということだ。
 ルキノはジュリオの在籍を確認した。
 着任は標準暦四五七八年、今年の一月二日。当初の任期は十八ヶ月とされていた。しかし半年あまりの六月二十日に離任、ルキノがイゴールへ到着したのは七月一日だ。
「六月二十日に船は出てる?」
 ルキノはコンピュータからコロニーの運営にアクセスしようとしたがデータは記載されていなかった。
 これからの発着予定はわかるが、過去のぶんは見当たらない。
 ルキノはライティネンのデータを検索した。六月二十日にライティネンへ到着したイゴールの船が一機記されていた。
 ライティネンまでの所要時間は六時間ほどだ。
 矛盾はないが。確かめてみたほうがいい。
 ルキノは立ち上がり、上着を羽織ると作業室から廊下へ出た。
 コロニーは上空から見れば左右に翼を広げた鳥のような形をしている。左の端に宇宙船の発着所、すぐとなりに二重扉の雪上車の出入口。中央部に共有スペースである食堂やジム、それから居住棟。統括事務局を挟んで反対の右端では確か野菜を栽培していたはず。
 今はブルーの大半は鉱山で作業中だ。廊下で出会うのはハウスキーパーのグリーンたち。洗濯物を回収や掃除中だ。
 ルキノはすれ違うときに軽く会釈をする程度にして、左翼へ向かって行った。空調が効いていても徐々に体感気温が下がっていく。微かにオイルの混ざった臭いがして、廊下にはめられた大きな窓から発着所が見えた。
 二艘の宇宙船と、自動航行の小型ポットが三隻、整然とシャッターの内側に並んでいる。
 ガレージではメンテナンスのブルーカラーが働いている。ルキノは事務室をのぞいてみた。入り口の扉上半分が素通しになっており、中にいたブルーと目があった。
 うっすらと髭が浮いた頬をこすってブルーは立ち上がると大きな体を揺らして歩みより、扉を開けた。
「何かご用で?」
 老境に差しかかったブルーはぬっと顔をつきだし、ぎょろりとした目でルキノをいぶかしげに見た。
「今年の六月二十日の使用記録を見せて欲しいのですが」
「何のために?」
「その日に前任のヴァイオレットがここを出ているはずで……その、その証明書を人事に提出するため、です。引き継ぎが急だったので」
 少し強引な言い訳だろうか。ルキノは作り笑いを顔に張りつかせ、冷や汗をかいた。
「……ああ、さようで。あの日は予定にないことだったから、わしも驚きましたです」
 男は事務室に一端引き返すと、中からプリントアウトした紙束を持ってきた。
「六月二十日、日の出前。急に船の準備をさせられて、ライティネンに向けて自動航行のポッドを一隻出しましたです」
 これです、と男は指し示した。
 記録には確かにそう書かれてあった。
 出発の許可をした人物のサインは、事務局長のギルの名が書かれてあった。
「直接、だれか来ましたか」
「あー、ガンダロフォさんが来たです」
 うんうんと男は数度うなずいた。まだ一月ほど前の出来事だから覚えていたのだろう。
「ポットに誰か乗るのを見ましたか」
「いや、なんせ夜勤がわし一人で。だもんでわしは準備に追われましたです。ガンダロフォさんの確認の合図があったですから船を出したです」
 ルキノは情報を吟味した。船が出た、そしてステーションに到着している。けれど作業員は誰が乗ったのか見はていない。
 急な出発、許可は事務局長、やって来たのはガンダロフォ。解任は電撃的だったのか……。
「あのう」
 男の遠慮がちな声にルキノは我に返った。
「ああ、すみません。これ、いただいてもかまわないでしょうか?」
「かまわんです」
 ルキノは飛行記録の一枚を抜き取ると二つに折り、残りの紙束を男に返した。
「あ……そのぅ」
 口ごもったブルーをルキノは首をかしげて見た。ブルーは大きな体を丸めて油染みのついた作業着でさかんに手をこすっている。
「なにか?」
「わしは、大きなのが好きだすて。できたら、もちょいと体の大きい人形があればなあと……」
 ルキノは吹き出しそうになった。まるで熊がささやかなお願いをしているようで、滑稽だがかわいらしい。
「ええ、わかりました。次の補給のときに注文しておきますから」
 男は照れ笑いをしてルキノを見送った。

 いつかの金曜日にギルと同席して話がジュリオに及んだとき、なぜかギルは慌てた様子でそそくさといなくなった。近くにはガンドロフォがいて……。
 そんなことに気をとられて前をよく見ていなかった。ルキノは洗濯物を抱えて個室から出てきたグリーンと出会い頭にぶつかった。
「すみません」
 慌てて洗濯物をかき集めていたのはアレッシオだった。
「あ」
 アレッシオはルキノを認めてわずかの間、口を開けたがすぐに取り繕った顔をした。
 会釈ひとつで立ち去ろうとするアレッシオの肘をルキノは掴んだ。
「聞きたいことがある」
「仕事中です」
 アレッシオはそっけなく答え、洗濯物を抱えなおした。
「ジュリオのことを教えてほしい」
「なにも……お教えすることなんかありませんよ」
「いや、あるだろう。あの画像が何よりの証拠だ」
 アレッシオはルキノをまじまじと見た。そして鼻で笑った。
「あなたも女装したんですよね、初めてのときには」
「な……」
 ルキノがいいよどむと、アレッシオはその変化を楽しむようににやりと笑った。
「痛くて泣きわめいた? 聞きたいなあ。こんど教えてください。そしたらぼく、話してもいいですよ」
 ルキノは手のひらに汗を感じた。手は熱いのに、胸は氷柱を押しつけられたように冷たくしびれた。
「ぼくは、もうただのグリーンカラーじゃないんです」
 勝ち誇ったようにアレッシオは余裕の笑みを浮かべた。
 棒のように立ち尽くすルキノの耳もとにアレッシオは口を寄せてささやいた。
「ぼく、ガンドロフォさんの恋人になりました」
 昨日の今日でガンドロフォの寝床に潜り込んだのか。
「ね、ジュリオのことをあれこれ詮索しないのに、こしたことはないですよ」
 そして、ぼくのこともね……。
 アレッシオの目は雄弁に語りかけてきた。
 ルキノは手にした書類を握りつぶしていた。
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