狩りの時間

ビター

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リナッシメントの歯車 3

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 アレッシオの言葉はルキノの胸を少なからずえぐった。
 ヴァイオレットの出生直後のことを、アレッシオはガンダロフォから聞いたのだろう。ホワイトとブライトしかしらないはずだから。
 作業室へ戻ると、椅子に座らずルキノは体を動かした。こんなときには無理にでも働いた方がいい。ルキノはいつものようにマスクと手袋をすると人形たちのメンテナンスをした。
 前夜の男たちとの行為を洗い流し、今夜のために飾りつける。上等の快楽を提供するため。
 ルキノ自身も、誰かの快楽のために使われる。

 生まれ出たとき、まだろくに体の自由のきかない状態で女の服を着せられた。
「白の総レースの、それがいいかな。胸元が透けて見えて」
「ピジョンブラッドのルビーを。チョーカーだな。瞳の色に合わせるといい」
「鑞細工の人形みたいなしあがりだ」
「エーレの……今夜のメイン確定だな」
 思い出される、ランダムな声や会話。
 肩と腰を固定されてマネキンのように立たされた。足が痛かった。柔らかい皮膚にハイヒールは苦行でしかない。ルキノをはじめとした生まれたてのヴァイオレット十数人はお披露目を迎えた。
 目の前には卑しからぬ身分の方々がところ狭しと立っていた。
 さながらオークションにかけられるように、『紳士』たちが数字を口にして手をあげる。つりあがる数字に何の意味があるか。ルキノたちは知らない。羊水のなかでインプットされていない情報があることを。
 そして、最後の入力は落札者がにやりと笑ってから始まるのだ。


 ルキノは一通りの仕事をすませると、マスクをはずして眉間をもんだ。無意識に食いしばっていた口の中が乾いている。クーラーから水の容器を取り出してキャップを開き口に含んだ。
 コンピュータから通話の着信を告げる音が響いた。
「ルキノ、起きていましたか」
 エーレがモニターの向こうから呼びかけてきた。
「ああ」
「疲れてませんか?」
 ふだんよりも低い声に不調さを感じ取ったのかエーレが聞いてきた。
「疲れてない。用件だけ話してくれ」
 エーレは眉を曇らせた。これ以上強く言ったら、ゴーグルの奥の瞳は悲しげに潤んでしまうに違いない。またやってしまった。エーレにはできるだけ優しく接していこうと思うのに、いつも苛ついてしまう。
「何か分かったことがあるなら、教えてほしい」
 ルキノは言葉を変えてゆっくりめの口調でエーレに問いかけた。
「ジュリオのことですが、知り合いにも調べてもらいました。セントラルのカノン療養所にいるようです」
「そこは、再教育リセットするところ?」
「いいえ、心身の病気のための大きな施設です。わたしもいたことがあります」
 再教育ではなく、入院なのだろうか。ルキノは今日調べたことをエーレに手短に話した。もちろん、アレッシオのことは除いてだが。
「何か急な体調の変化で、ライティネンへ送ったのかもしれませんね。そしてカノンに移送。連絡が取れないのは入院中、もしかしてコールドスリープか隔離ということなのかも」
「その割には、作業場はきれいなものだった。私物のひとつもなかった」
 あの箱はジュリオの私物なのだろうか。たんなる自分の思い込みということも考えられる。
「実はね、この情報がどこまで信憑性があるか疑問なのです」
「どういうこと」
「ジュリオのプロフィールは凍結されてます」
 ルキノも確認した。ヴァイオレットの名簿には記載されてあるが詳細を開けない。
「いまセントラルでは、不穏な動きをするグループがいるらしいのです」
 初耳だった。ルキノは椅子に座りなおした。
「ヴァイオレットの生産の失敗にも関係しているらしくて、セントラルから追放された者がいると聞きました。相手はブライトだから罪に問うことも難しく、身分変更クラスチェンジと財産を没収して。もっともこれも噂の域を出ないのですが。彼も詳しくは分からないと言っていましたし」
 エーレは困惑ぎみの顔で話している。ルキノも同じような表情をしていると思った。
「エーレの彼にも分からないのか。そのグループの目的は?」
「リナッシメントだとか」
「リナッシメント、再生? 何を再生するっていうんだ」
「人類が太陽系外の宇宙に進出して隆盛を極めていたころのような時代を、かな」
 エーレはかすかに首をかしげた。小粒のルビーが耳で揺れた。
「二千年以上前のことを、今さら?」
 荒唐無稽だ。だいいち、開拓時代は良いことばかりではなかったはずだ。惑星開発に伴う事故や奇病も多発して発展は苦難と共にあった。
「それに比べると、今は平穏です。でもこの静けさを停滞と捉えるものたちも存在するということなのでしょうね」
 安定したグラスを揺すって水をぶちまけたい輩がセントラルにいるのか。
 不意にエーレが笑い声をもらした。
「なんだよ、きゅうに」
「ルキノは素直だと思って。人形たち、みんなきれいにしてますね。この間わたしが指摘した箇所が直されて」
 ルキノは腕組みをし、エーレに皮肉めいた視線を送った。
「あれはイヤミでしょう、お兄さま」
「そんなふうに受け取られるとは心外ですよ。わたしはよかれと思って……」
 エーレは柔和な笑顔を浮かべた。
「髪をのばせばいいのに」
 ルキノは短くした自分の髪に触れた。これでも伸ばしきりなのだが。
「ルキノ、開発に来ませんか? 彼に頼めば私の後継者としてセントラルで暮らせますし」
「最後にはいつもその話しになるんだな。わたしはこの仕事を辞めるつもりはないよ」
 そう答えると、エーレはゴーグルを外して目元をぬぐうようなしぐさを見せた。ルキノは深いため息をついた。
「また連絡する」
 ルキノはモニターのエーレに挨拶を送ると通話を切った。
 エーレの繊細な心には耐えられないのだ。
『自分』が人形と同列のことをしていることに。
 同じ遺伝子でできていようと、エーレと自分は違うのだとルキノはきっぱり区別をつけている。実際、エーレは視力が衰える病をかかえるが、ルキノには発病していない。
「わたしはエーレじゃないのに」
 エーレは後継者にというけれど、その役職に就くべきホワイトもブライトも人材には事欠かない。それが分からないエーレではないだろうに。ルキノのこととなると、限度を失う。
 ルキノはクローゼットの奥から見つけた箱を吊戸棚の中から出してみた。これがもしジュリオの置き土産だとしたら、暗証番号はジュリオのID番号だろうか。
 ルキノはジュリオの番号を打ち込んでみた。小さな電子音はエラーを告げた。
「そんなに単純じゃないか」
 ルキノは作業台に突っ伏して目を閉じた。

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