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いつもより、濃密に交わった後、ロベルトはルキノを背中から長いあいだ抱いた。
素足をからめ、ルキノはロベルトの腕枕でまどろんだ。
月が変わり、労働への対価のポイントが回復し、ルキノはロベルトに呼ばれた。 現金を持っているのはブライトとセントラルに住むことを許された一部のホワイトだけだ。マネーを持たない階級がセントラルに足を踏み入れても、何も買えない。そのため生活そのものが成り立たない。
そうやって外部からの流入を阻止している。
あれから十日あまり。ジュリオのことは何も分からないままだった。アレッシオとガンダロフォが親しげに食堂で話している光景は何度か見かけた。まるで周りに見せつけるかのように、アレッシオはガンダロフォにしなだれかかったり……。あれは自分への挑発だろうか。ルキノは少し迷惑そうな表情のガンダロフォを見逃しはしなかったが。
エーレからは、先日の通話について詫びのメールが届いた。
……それでも、開発へ来ることを望んでいます……
そんな一文で結ばれたメールはルキノの気持ちを重くした。
精神的に疲れるようなことばかりだったルキノに、ロベルトの率直な要望はむしろ心地よかった。
先日の食堂でのこともあり、いつもより長くロベルトとつきあった。積極的に動き、演技と悟られない程度によがってみせた。
そのためか、ロベルトは満足した様子だ。
この社会が健全なのかどうかルキノには分からない。生まれてこのかた、これが普通だと言われて暮らして身に染みついた基準以外のものは持ち合わせない。
再生。
なにを? 映画や物語のなかにしかないような、かつての世界を地上に再生させることだろうか。
ぼんやりと目を開けたルキノは窓の外に霜魚の幾層にも重なる尾びれが揺れるのを見た。
「あなたはシェードをおろさないんですね」
「ん、変か?」
「いいえ。肝が据わっていると思って。霜魚を気味悪いと感じませんか」
「前も言ったが、あれは鳥や虫みたいなもんだ」
それがどうした、とでも言うようにロベルトはこともなげに答えた。ルキノはロベルトの腕から体を離し、着替えた。立ち上がると、軽いめまいを感じ再びベッドに座ってしまった。
「なんだ、腰が抜けたか」
にやけた顔でロベルトがルキノの体を支えた。体の疲れともう一つ。ルキノは薄暗い廊下を思うと薄ら寒いものを感じた。もしも、またガンダロフォがいたら……。
今はアレッシオという恋人がいるのだ。わざわざルキノを待ち伏せして襲うわけはないだろうが。
それでも自室までのわずかの距離を、一人で行くことが心細かった。
「すみませんが、部屋まで送ってもらえませんか」
「なごり惜しいのか?」
「お願いします」
ルキノははぐらかすように答えたが、瞳を伏せてしおらしくして見せた。ロベルトはすぐに着替えを始めた。ルキノの思惑どおりに。
夜の廊下は相変わらずしんとしていた。ルキノはロベルトと並んで歩いた。
今夜は雪は降っていないようだ。木立が半分の月に照らされ、黒々と雪原に影を落とす。
夜行性の霜魚が何匹もコロニーの周りを泳いでいる。廊下の小さく続いた窓を、コマ落としのように霜魚が横切っていく。空間にたなびく、白く長い髪はエーレを思わせた。足を止めると、窓の外に霜魚が寄ってきた。
「見えてるはずはないと思うけど」
ルキノが一歩窓に近づいたとき、不意に霜魚が唇の両端をつり上げて笑った。
「っ!」
めくれた唇から、鋭い歯がぞろりと並んでいるのが見え、後ずさってよろけたルキノをロベルトは抱きかかえた。
「は、歯が……!」
ああ、とロベルトはルキノを抱いたまま答えた。
「雪上車で移動するときに、食い散らかされた生き物の死骸をたまに見かけるぜ。こいつらが食ってるのかどうかは分からんけどな」
ルキノの体がぞくりと震えた。
「怖いか?」
「気味が悪い」
「もう窓のほうは見るな。オレに掴まってればいい」
ルキノはロベルトの腰に掴まり、胸に顔を押しつけるようにして窓から顔を背けた。
「ありがとうございました」
ルキノは部屋の前までくると、自然と頭を下げてロベルトに礼を言った。
「今夜は特別なんだろ」
「え?」
ロベルトは上着のポケットに両手を突っ込み、横を見た。
「あんまり、なれなれしくしないから。だから、急にいなくなったりしないでくれ、ジュリオみたいに。もう食堂で会っても声をかけないから」
ロベルトの声には切実さがにじんでいるように感じた。
「まだ任期はあります」
ルキノはロベルトの肩に手をかけると、背伸びして軽く口づけた。
「あなたがいい子にしていれば、だいじょうぶです」
ベッドでルキノを抱くときとはまた違う、素朴な顔でロベルトはルキノを見た。そのまま照れくさそうにそそくさと、ロベルトは廊下を帰っていった。
その背中を見送ってからルキノは部屋に入った。
ロベルトはあんなふうに何度も何度もヴァイオレットと恋愛めいたことをこの先もするのだろう。
ジュリオがいなくなったらルキノ。ルキノがいなくなったら、次のヴァイオレットへ。
悪いことではない。
ゲームのグロース・ファミーリアで仮想の家族と暮らす、酒でうさを晴らす、ヴァイオレットと疑似恋愛をする……。そうやって生きることをどうして批難したり見下すことができるだろう。
ただ一度限りの命を生きていることに変わりはない。たとえそれが人工的に作られたものであっても。
「付き合いますよ」
自分が去ったあとは、忘れてくれてかまわない。ルキノはロベルトの利用履歴を見た。
……六月以降、ロベルトの予約はジュリオからすべて拒否されていた。
『あんただって』
あのときガンダロフォに言ったロベルトの言葉がルキノの胸につかえた。
素足をからめ、ルキノはロベルトの腕枕でまどろんだ。
月が変わり、労働への対価のポイントが回復し、ルキノはロベルトに呼ばれた。 現金を持っているのはブライトとセントラルに住むことを許された一部のホワイトだけだ。マネーを持たない階級がセントラルに足を踏み入れても、何も買えない。そのため生活そのものが成り立たない。
そうやって外部からの流入を阻止している。
あれから十日あまり。ジュリオのことは何も分からないままだった。アレッシオとガンダロフォが親しげに食堂で話している光景は何度か見かけた。まるで周りに見せつけるかのように、アレッシオはガンダロフォにしなだれかかったり……。あれは自分への挑発だろうか。ルキノは少し迷惑そうな表情のガンダロフォを見逃しはしなかったが。
エーレからは、先日の通話について詫びのメールが届いた。
……それでも、開発へ来ることを望んでいます……
そんな一文で結ばれたメールはルキノの気持ちを重くした。
精神的に疲れるようなことばかりだったルキノに、ロベルトの率直な要望はむしろ心地よかった。
先日の食堂でのこともあり、いつもより長くロベルトとつきあった。積極的に動き、演技と悟られない程度によがってみせた。
そのためか、ロベルトは満足した様子だ。
この社会が健全なのかどうかルキノには分からない。生まれてこのかた、これが普通だと言われて暮らして身に染みついた基準以外のものは持ち合わせない。
再生。
なにを? 映画や物語のなかにしかないような、かつての世界を地上に再生させることだろうか。
ぼんやりと目を開けたルキノは窓の外に霜魚の幾層にも重なる尾びれが揺れるのを見た。
「あなたはシェードをおろさないんですね」
「ん、変か?」
「いいえ。肝が据わっていると思って。霜魚を気味悪いと感じませんか」
「前も言ったが、あれは鳥や虫みたいなもんだ」
それがどうした、とでも言うようにロベルトはこともなげに答えた。ルキノはロベルトの腕から体を離し、着替えた。立ち上がると、軽いめまいを感じ再びベッドに座ってしまった。
「なんだ、腰が抜けたか」
にやけた顔でロベルトがルキノの体を支えた。体の疲れともう一つ。ルキノは薄暗い廊下を思うと薄ら寒いものを感じた。もしも、またガンダロフォがいたら……。
今はアレッシオという恋人がいるのだ。わざわざルキノを待ち伏せして襲うわけはないだろうが。
それでも自室までのわずかの距離を、一人で行くことが心細かった。
「すみませんが、部屋まで送ってもらえませんか」
「なごり惜しいのか?」
「お願いします」
ルキノははぐらかすように答えたが、瞳を伏せてしおらしくして見せた。ロベルトはすぐに着替えを始めた。ルキノの思惑どおりに。
夜の廊下は相変わらずしんとしていた。ルキノはロベルトと並んで歩いた。
今夜は雪は降っていないようだ。木立が半分の月に照らされ、黒々と雪原に影を落とす。
夜行性の霜魚が何匹もコロニーの周りを泳いでいる。廊下の小さく続いた窓を、コマ落としのように霜魚が横切っていく。空間にたなびく、白く長い髪はエーレを思わせた。足を止めると、窓の外に霜魚が寄ってきた。
「見えてるはずはないと思うけど」
ルキノが一歩窓に近づいたとき、不意に霜魚が唇の両端をつり上げて笑った。
「っ!」
めくれた唇から、鋭い歯がぞろりと並んでいるのが見え、後ずさってよろけたルキノをロベルトは抱きかかえた。
「は、歯が……!」
ああ、とロベルトはルキノを抱いたまま答えた。
「雪上車で移動するときに、食い散らかされた生き物の死骸をたまに見かけるぜ。こいつらが食ってるのかどうかは分からんけどな」
ルキノの体がぞくりと震えた。
「怖いか?」
「気味が悪い」
「もう窓のほうは見るな。オレに掴まってればいい」
ルキノはロベルトの腰に掴まり、胸に顔を押しつけるようにして窓から顔を背けた。
「ありがとうございました」
ルキノは部屋の前までくると、自然と頭を下げてロベルトに礼を言った。
「今夜は特別なんだろ」
「え?」
ロベルトは上着のポケットに両手を突っ込み、横を見た。
「あんまり、なれなれしくしないから。だから、急にいなくなったりしないでくれ、ジュリオみたいに。もう食堂で会っても声をかけないから」
ロベルトの声には切実さがにじんでいるように感じた。
「まだ任期はあります」
ルキノはロベルトの肩に手をかけると、背伸びして軽く口づけた。
「あなたがいい子にしていれば、だいじょうぶです」
ベッドでルキノを抱くときとはまた違う、素朴な顔でロベルトはルキノを見た。そのまま照れくさそうにそそくさと、ロベルトは廊下を帰っていった。
その背中を見送ってからルキノは部屋に入った。
ロベルトはあんなふうに何度も何度もヴァイオレットと恋愛めいたことをこの先もするのだろう。
ジュリオがいなくなったらルキノ。ルキノがいなくなったら、次のヴァイオレットへ。
悪いことではない。
ゲームのグロース・ファミーリアで仮想の家族と暮らす、酒でうさを晴らす、ヴァイオレットと疑似恋愛をする……。そうやって生きることをどうして批難したり見下すことができるだろう。
ただ一度限りの命を生きていることに変わりはない。たとえそれが人工的に作られたものであっても。
「付き合いますよ」
自分が去ったあとは、忘れてくれてかまわない。ルキノはロベルトの利用履歴を見た。
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