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不器用なユノ
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その日の夕方、帰宅した片桐はユノと上がり框に並んで座り、靴を磨いていた。
靴クリームを塗っただけの靴が三足、並べてあったからだ。笈川の助言に従い、ユノの不手際にイラつく前に、一緒にやってみようと思ったのだ。
「ユノ、おにぎりごちそうさま」
ユノはきょとんとした表情で片桐を見た。その表情は少年少女そのもので、片桐は見つめられると気恥ずかしくなったが、思い切って礼を言った。
「ありがとう」
頬の熱さや、やたらと跳ね回る心臓に片桐自身がうろたえた。たかが、機械人形に五文字を言うだけだというのに。
「……はい」
ユノはいたって冷静で、片桐に教わったとおりに靴を磨いている。ありがとうなんて、泉美にだって言ったことなかったんじゃないか。
片桐は記憶をたどった。家にいる泉美が家事をやって当たり前、泉美より収入の多い自分はやらなくてあたりまえ。あたりまえだと、疑問にすら思わなかった。
結果、残された片桐は家事がまともにできなかったのだ。笈川が心配して、ユノのモニターを押し付けてきたのも、仕方ないと言えば仕方ないことなのだ。
そういえば、ユノが来る前の室内はずいぶんと荒れていたことを片桐は思い出した。持ち帰り弁当やコンビニ弁当の箱や、ビールの空き缶がテーブルや床に散乱し、クリーニングから帰ってきたシャツやズボンがソファの上に投げ出されていた。
できない、できないとユノを責めていたが、今は以前より数段片付いている。
――できないのは、自分のほうじゃないか。
片桐は唇をかみしめて、ユノと一緒に靴を磨き上げた。
靴磨きを終えたあとに、片桐はユノと一緒にキッチンへ立った。包丁を手に、先日ユノが失敗した親子丼を作ってみた。やったことがないだけで、きっとできるだろうと片桐は卵を割った。
「片桐、へた」
「うるさい」
ユノが作った親子丼と、五十歩百歩の出来栄えだった。
それからの片桐は、ユノとまさに二人三脚で家事を進めるようになった。
土曜日か日曜日には、ユノと大物の洗濯をした。
ベッドのシーツやバスタオルを、ユノと天気の良い日には外に干す。
秋晴れの小春日和、夕方までにはだいぶかわくだろう。それでも湿気は残るだろうから仕上げに乾燥機を使うことを教えないと、と片桐は思った。
風にゆれる真っ白いシーツの横に、四階のベランダの手すりにつかまって目をつぶるユノがいる。
「きもちいい」
何気ない言葉に片桐は思わずユノを振り返って見た。AIには、感覚的なことがわかるのだろうか。
「こういうの、きもちいいって片桐は言う」
「まだ言っていないけどな」
ユノの頭をひとなでして、洗濯カゴをかかえて室内に戻る。そういえば、ベランダで遠くを見ている泉美を覚えている。
こんな秋の日に。休日、いつまでも寝ている片桐を起こしに来た。散歩に行こう、と。片桐が断ると、泉美はベランダへ出てしばらく室内へ戻ってこなかった。
泉美の希望に何回応えただろうか。半分もあっただろうか。
ユノの姿が泉美と重なる。片桐は不意にこぼれた涙をぬぐった。今日は掃除もユノとやろう。それから散歩に行こうか。
「ユノ、もう入れよ」
ユノは風に乱れた髪を結いなおしながら、うなずいた。
「今夜はシチューを作ってみよう」
片桐がウィンナーを炒めながらユノに話しかけた。ユノと片桐は朝食と弁当を作っている。
「シチュー、こないだ焦がした」
ユノが卵をそっと器のへりにぶつけて、殻にヒビを入れる。慎重になりすぎているのか、より目になっているし、チョーカーは赤く光っている。
片桐がハラハラしながら見守っていると、ユノは器に卵を割り入れた。
「片桐、できた」
ユノが自慢げに卵を入れた器を片桐に見せる。それを受け取り、片桐は玉子焼きを作る。
「よくできた。えらい」
褒められるとユノは得意げに笑い、チョーカーは青く澄む。
「材料の買い物、行って来てくれ。こんどは成功させよう」
ユノは大きくうなずいた。
一緒にキッチンに立つうち、片桐の料理の腕は少しずつ上がっていった。今では、手作り弁当持参で出勤する日が多くなった。弁当はユノの不格好なおにぎりのときもある。
もうユノが来る以前のように、外食やコンビニ弁当に頼ることはめっきりと減った。
ユノは生乾きの洗濯物を、乾燥機に入れるようになった。
そうじのとき、ユノはなんでも水拭きにするのはやめて、モップや掃除機を扱えるようになった。毎日の整頓やモップかけはユノが担当し、高いところの埃を落としたり、水回りは片桐が受け持った。
「あんまり作りすぎないようにしないと」
食べるのは片桐一人だ。作りすぎると、何日も同じ料理を食べるはめになる。
「ユノも食べられたら、いいんだけどな」
食事の時、ユノがただ向かいの席に座るだけでなく、と片桐は思った。
靴クリームを塗っただけの靴が三足、並べてあったからだ。笈川の助言に従い、ユノの不手際にイラつく前に、一緒にやってみようと思ったのだ。
「ユノ、おにぎりごちそうさま」
ユノはきょとんとした表情で片桐を見た。その表情は少年少女そのもので、片桐は見つめられると気恥ずかしくなったが、思い切って礼を言った。
「ありがとう」
頬の熱さや、やたらと跳ね回る心臓に片桐自身がうろたえた。たかが、機械人形に五文字を言うだけだというのに。
「……はい」
ユノはいたって冷静で、片桐に教わったとおりに靴を磨いている。ありがとうなんて、泉美にだって言ったことなかったんじゃないか。
片桐は記憶をたどった。家にいる泉美が家事をやって当たり前、泉美より収入の多い自分はやらなくてあたりまえ。あたりまえだと、疑問にすら思わなかった。
結果、残された片桐は家事がまともにできなかったのだ。笈川が心配して、ユノのモニターを押し付けてきたのも、仕方ないと言えば仕方ないことなのだ。
そういえば、ユノが来る前の室内はずいぶんと荒れていたことを片桐は思い出した。持ち帰り弁当やコンビニ弁当の箱や、ビールの空き缶がテーブルや床に散乱し、クリーニングから帰ってきたシャツやズボンがソファの上に投げ出されていた。
できない、できないとユノを責めていたが、今は以前より数段片付いている。
――できないのは、自分のほうじゃないか。
片桐は唇をかみしめて、ユノと一緒に靴を磨き上げた。
靴磨きを終えたあとに、片桐はユノと一緒にキッチンへ立った。包丁を手に、先日ユノが失敗した親子丼を作ってみた。やったことがないだけで、きっとできるだろうと片桐は卵を割った。
「片桐、へた」
「うるさい」
ユノが作った親子丼と、五十歩百歩の出来栄えだった。
それからの片桐は、ユノとまさに二人三脚で家事を進めるようになった。
土曜日か日曜日には、ユノと大物の洗濯をした。
ベッドのシーツやバスタオルを、ユノと天気の良い日には外に干す。
秋晴れの小春日和、夕方までにはだいぶかわくだろう。それでも湿気は残るだろうから仕上げに乾燥機を使うことを教えないと、と片桐は思った。
風にゆれる真っ白いシーツの横に、四階のベランダの手すりにつかまって目をつぶるユノがいる。
「きもちいい」
何気ない言葉に片桐は思わずユノを振り返って見た。AIには、感覚的なことがわかるのだろうか。
「こういうの、きもちいいって片桐は言う」
「まだ言っていないけどな」
ユノの頭をひとなでして、洗濯カゴをかかえて室内に戻る。そういえば、ベランダで遠くを見ている泉美を覚えている。
こんな秋の日に。休日、いつまでも寝ている片桐を起こしに来た。散歩に行こう、と。片桐が断ると、泉美はベランダへ出てしばらく室内へ戻ってこなかった。
泉美の希望に何回応えただろうか。半分もあっただろうか。
ユノの姿が泉美と重なる。片桐は不意にこぼれた涙をぬぐった。今日は掃除もユノとやろう。それから散歩に行こうか。
「ユノ、もう入れよ」
ユノは風に乱れた髪を結いなおしながら、うなずいた。
「今夜はシチューを作ってみよう」
片桐がウィンナーを炒めながらユノに話しかけた。ユノと片桐は朝食と弁当を作っている。
「シチュー、こないだ焦がした」
ユノが卵をそっと器のへりにぶつけて、殻にヒビを入れる。慎重になりすぎているのか、より目になっているし、チョーカーは赤く光っている。
片桐がハラハラしながら見守っていると、ユノは器に卵を割り入れた。
「片桐、できた」
ユノが自慢げに卵を入れた器を片桐に見せる。それを受け取り、片桐は玉子焼きを作る。
「よくできた。えらい」
褒められるとユノは得意げに笑い、チョーカーは青く澄む。
「材料の買い物、行って来てくれ。こんどは成功させよう」
ユノは大きくうなずいた。
一緒にキッチンに立つうち、片桐の料理の腕は少しずつ上がっていった。今では、手作り弁当持参で出勤する日が多くなった。弁当はユノの不格好なおにぎりのときもある。
もうユノが来る以前のように、外食やコンビニ弁当に頼ることはめっきりと減った。
ユノは生乾きの洗濯物を、乾燥機に入れるようになった。
そうじのとき、ユノはなんでも水拭きにするのはやめて、モップや掃除機を扱えるようになった。毎日の整頓やモップかけはユノが担当し、高いところの埃を落としたり、水回りは片桐が受け持った。
「あんまり作りすぎないようにしないと」
食べるのは片桐一人だ。作りすぎると、何日も同じ料理を食べるはめになる。
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