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不器用なユノ
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一人と一機の共同生活は一か月半が経過した。
季節はゆっくりと冬へと移っていく。
「ただいま」
片桐は玄関でマフラーをはずした。ユノの出迎えがない、と足元を見るとユノの靴がなかった。
「あ、そうだった」
片桐は、ユノが定期点検で笈川のもとへ行ったことを思い出した。
玄関は暗くなると自動で灯りがつくから忘れていた。リビングへ行き、自分で照明のスイッチを入れる。
見慣れた部屋が、なんとなくがらんとして見える。泉美が亡くなった時のことを思い出して足がすくむ。
「広さは変わっていませんよ、と」
片桐はため息をひとつつくと、着替えて夕飯を作ろうと思った。
翌日、ユノを迎えに笈川のラボへ行くと、笑いをこらえている笈川が迎え出た。
「なんだよ、ユノになにかあったか」
「……ない、ない。ちゃんと正常だったわ。ここにサインね」
プルプルと体を震わせながら、専用のペンを添えてタブレットを片桐に差し出した。
「なんだよ、気持ち悪いな」
突っ返されたタブレットを胸に抱えて、笈川は堰を切ったように笑い出した。
「だから、なんだよ!」
ひとしきり笑ったあと、笈川は目じりにたまった涙を拭いた。
「ユノのこと、大切にしてくれていて、嬉しかったのよ。だって、ユノにかわいい恰好させてさ」
「それはっ」
片桐が言い返す前に、ユノが笈川の後ろからひょっこりと顔を出した。
ユノはダブルのベストに膝丈のハーフパンツ姿だった。どちらも緑をベースにしたチェック柄だ。
「こーんなの、どこから買ったのよ」
「ネットで一式セットのを買った。子供の服なんてわからん」
片桐がぷいと横を向くと、ユノは藍色のダッフルコートを羽織って帰り支度をした。
「シャツもパンツも新しいし。それに靴まで」
「靴は、片桐とみがく」
ユノの応答に、ふふふと笑いながら笈川は片桐を見た。
「あんまり変な格好で、電車に乗れないだろうが」
「だんだん可愛くなってきたでしょ?」
「そんなわけあるか。異常がないなら、さっさと帰るぞ」
笈川は含み笑いをしながら、ユノと片桐を見ている。
「そうだ、笈川。泉美の……法事とまではいかないが、春あたりにちょっとした集まりはしようと思う。泉美の仕事関係者には迷惑をかけたわけだし」
「それはいいわね」
笈川がゆったりとほほ笑むと、署名して返されたタブレットの表示を点検しながら笈川は尋ねた。
と、ユノのチョーカーが、一瞬かすかに赤くなった。片桐はユノを振り返ったが、いつもどおりの無表情だ。
「何か、要望があるなら言って欲しいわ」
見間違いだったかもしれないと、片桐は視線を笈川にもどした。口元に指を当て、片桐は少し上をみてから言った。
「あ……飲み食いできるように、ならないか」
「何で?」
「何でって、食事さ。食事するとき、おれだけ食べて向かいの椅子にユノがただ座っているっていうのは、なんだか落ち着かない」
「スリープモードにして、別室にでも片付けたらいいじゃない」
「片付けって、製作者のくせに冷たいことを言うな!」
思っていたよりドライな返答に片桐はおののいた。
「片桐はユノと一緒に食事がしたいのね。いやあ、片桐がそこまでユノを気に入ってくれてよかったわあ」
笈川はユノを背中から抱きしめた。小柄なユノは笈川の二の腕に挟まれ埋没する。
なんだか笈川の策にまんまとはまった気がして、片桐は頬が熱くなる。
「いいから、頼んだぞ」
片桐は笈川の腕の中からユノを引っ張りだし、ラボを後にした。
帰りは夕方という時間帯にあたり、電車は混んでいた。座席はすでに埋まっていて、片桐は吊革につかまりユノを隣に立たせた。
片桐はついさっき、ユノが一瞬だけチョーカーを赤く光らせたことが気になった。単なる誤作動みたいなものだったのか、確信が持てない。笈川が何にも言っていなかったから、大丈夫か。
アンドロイドが暮らしに馴染んで久しい。今、電車の中にも数体のアンドロイドがいる。視覚障がい者のサポート、老人の付き添い、確認できないがシッターのアンドロイドもいると思う。
それからすると、ユノは特殊だろう。家事代行ではなく家事支援、人が手伝わないといけないアンドロイドだ。
ずいぶん可笑しな存在だ。そんな思いを巡らせてばかりいたら、車内はいっそう込み合ってきていた。
ユノを見ると、チョーカーが赤く発光し始めていた。押し寄せる人に危険を感じているらしい。
「ユノ」
片桐は自分の体に捕まるようユノの手を引き寄せ、あいた腕でユノの背を抱いた。ユノは片桐の体に手をまわし胸に顔を埋めた。発光色が赤から徐々に青に変わってゆくのを確かめて片桐はほっとした。
満員の車内から、遊園地帰りらしい女の子の声がした。「たのしかったね。またつれてってね」
たまにはユノと遠出をしてみるのもいいかな、こんどのんびり出かけてみようと片桐は思った。
季節はゆっくりと冬へと移っていく。
「ただいま」
片桐は玄関でマフラーをはずした。ユノの出迎えがない、と足元を見るとユノの靴がなかった。
「あ、そうだった」
片桐は、ユノが定期点検で笈川のもとへ行ったことを思い出した。
玄関は暗くなると自動で灯りがつくから忘れていた。リビングへ行き、自分で照明のスイッチを入れる。
見慣れた部屋が、なんとなくがらんとして見える。泉美が亡くなった時のことを思い出して足がすくむ。
「広さは変わっていませんよ、と」
片桐はため息をひとつつくと、着替えて夕飯を作ろうと思った。
翌日、ユノを迎えに笈川のラボへ行くと、笑いをこらえている笈川が迎え出た。
「なんだよ、ユノになにかあったか」
「……ない、ない。ちゃんと正常だったわ。ここにサインね」
プルプルと体を震わせながら、専用のペンを添えてタブレットを片桐に差し出した。
「なんだよ、気持ち悪いな」
突っ返されたタブレットを胸に抱えて、笈川は堰を切ったように笑い出した。
「だから、なんだよ!」
ひとしきり笑ったあと、笈川は目じりにたまった涙を拭いた。
「ユノのこと、大切にしてくれていて、嬉しかったのよ。だって、ユノにかわいい恰好させてさ」
「それはっ」
片桐が言い返す前に、ユノが笈川の後ろからひょっこりと顔を出した。
ユノはダブルのベストに膝丈のハーフパンツ姿だった。どちらも緑をベースにしたチェック柄だ。
「こーんなの、どこから買ったのよ」
「ネットで一式セットのを買った。子供の服なんてわからん」
片桐がぷいと横を向くと、ユノは藍色のダッフルコートを羽織って帰り支度をした。
「シャツもパンツも新しいし。それに靴まで」
「靴は、片桐とみがく」
ユノの応答に、ふふふと笑いながら笈川は片桐を見た。
「あんまり変な格好で、電車に乗れないだろうが」
「だんだん可愛くなってきたでしょ?」
「そんなわけあるか。異常がないなら、さっさと帰るぞ」
笈川は含み笑いをしながら、ユノと片桐を見ている。
「そうだ、笈川。泉美の……法事とまではいかないが、春あたりにちょっとした集まりはしようと思う。泉美の仕事関係者には迷惑をかけたわけだし」
「それはいいわね」
笈川がゆったりとほほ笑むと、署名して返されたタブレットの表示を点検しながら笈川は尋ねた。
と、ユノのチョーカーが、一瞬かすかに赤くなった。片桐はユノを振り返ったが、いつもどおりの無表情だ。
「何か、要望があるなら言って欲しいわ」
見間違いだったかもしれないと、片桐は視線を笈川にもどした。口元に指を当て、片桐は少し上をみてから言った。
「あ……飲み食いできるように、ならないか」
「何で?」
「何でって、食事さ。食事するとき、おれだけ食べて向かいの椅子にユノがただ座っているっていうのは、なんだか落ち着かない」
「スリープモードにして、別室にでも片付けたらいいじゃない」
「片付けって、製作者のくせに冷たいことを言うな!」
思っていたよりドライな返答に片桐はおののいた。
「片桐はユノと一緒に食事がしたいのね。いやあ、片桐がそこまでユノを気に入ってくれてよかったわあ」
笈川はユノを背中から抱きしめた。小柄なユノは笈川の二の腕に挟まれ埋没する。
なんだか笈川の策にまんまとはまった気がして、片桐は頬が熱くなる。
「いいから、頼んだぞ」
片桐は笈川の腕の中からユノを引っ張りだし、ラボを後にした。
帰りは夕方という時間帯にあたり、電車は混んでいた。座席はすでに埋まっていて、片桐は吊革につかまりユノを隣に立たせた。
片桐はついさっき、ユノが一瞬だけチョーカーを赤く光らせたことが気になった。単なる誤作動みたいなものだったのか、確信が持てない。笈川が何にも言っていなかったから、大丈夫か。
アンドロイドが暮らしに馴染んで久しい。今、電車の中にも数体のアンドロイドがいる。視覚障がい者のサポート、老人の付き添い、確認できないがシッターのアンドロイドもいると思う。
それからすると、ユノは特殊だろう。家事代行ではなく家事支援、人が手伝わないといけないアンドロイドだ。
ずいぶん可笑しな存在だ。そんな思いを巡らせてばかりいたら、車内はいっそう込み合ってきていた。
ユノを見ると、チョーカーが赤く発光し始めていた。押し寄せる人に危険を感じているらしい。
「ユノ」
片桐は自分の体に捕まるようユノの手を引き寄せ、あいた腕でユノの背を抱いた。ユノは片桐の体に手をまわし胸に顔を埋めた。発光色が赤から徐々に青に変わってゆくのを確かめて片桐はほっとした。
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