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不器用なユノ
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師走に入ると、片桐は仕事がたてこみ帰宅が遅くなった。加えて、ささやかだが泉美のイラスト集を作ることにした。春の集まりのときに、参加者へ配ろうと思ったのだ。
ユノは一人で出来ることが増えてきて、帰宅すると夕食が準備されていることが多くなった。とはいっても最後のひと手間は片桐がやらなければならないのだが。
少しは家事をユノに任せて、イラスト集を作る作業に帰宅後の時間をあてられた。
「片桐、もう寝る時間」
ユノに声をかけられても、泉美が描き残したものを見始めると、なかなかやめられなかった。
パステルや色鉛筆、水彩絵の具で塗られたファンタジー世界の住人たちは泉美が残していった命の証だ。
見ているうちに、片桐は涙していた。
鉛筆で描かれた下絵、下絵よりも前のアイデア段階のラフスケッチがたくさんあった。急死した泉美には、描きたいものがまだまだあったと、思ってしまうのだ。
ユノはキッチンの小さな椅子に座り、作業する片桐を見つめていた。チョーカーは紫色だった。
イラストの選定もだいぶ進んだ日のこと、片桐は夕食後、お茶をいれるユノに声をかけた。
「リビングにユノのソファを置きたいと思っている。充電やスリーブのときに、いる場所があればいいだろう」
ふだんユノはリビングのソファを定位置にしている。電源を取りやすい位置にあったソファを使っているというだけで意味はないが、そこは泉美の定位置でもあった。ユノがその場所を占領するのは、どこか抵抗があった。
それに、ユノへのクリスマスのプレゼントとして新しい居場所を設けるのは、うってつけのことだと思ったのだ。もうすでに何種類か目星もつけてある。
ユノは対面式キッチンの向こう側から片桐を見ている。
「だったら、ユノ、部屋が欲しい」
「部屋?」
年頃の子どものような返答に、片桐はおかしくて吹き出した。
「部屋って、うちには空いている部屋はないだろう。そうだな、納戸を片付ければ……」
ユノは湯呑を運んできて、片桐の前に置いた。
「リビングのとなり。部屋、使ってない」
片桐は持ち上げた湯呑を落としそうになった。
「だめだ、あそこは泉美の部屋だ」
「泉美、いない。つかってない」
片桐は不意をつかれて言葉を失った。泉美がすでにいないことを目の前に突き付けられた片桐は、いちど視線を落とした。
「いや、だめだ」
「なぜ? 使ってない」
「使ってなくてもだめだ」
「なら、いつからなら、いい?」
「いつからって……」
座ったままの片桐はユノから見下ろされて、たじろいだ。高性能とはいえ、AIは人間の心の機微までは図れないのか。
「泉美が亡くなって、まだ一年も経っていない」
「二年経てばいいか?」
片桐は頭を振った。違う、そうじゃないと、思わずユノの手を掴んで隣に座らせた。
「泉美はおれの大切な人だった。今も思い返さない日はない。それは何年経っても変わらないことなんだ」
ユノはうつむき、片桐に握られた手だけを見つめていた。
「人は、忘れる」
ふうっと片桐を見つめたユノのチョーカーは、赤く発光し、それきり首はがくりと落ちた。
「バッテリーか……」
片桐は顔を両手でおおった。
人は、忘れる。
ユノは片桐に体をあずけ、目を閉じていた。
ユノは一人で出来ることが増えてきて、帰宅すると夕食が準備されていることが多くなった。とはいっても最後のひと手間は片桐がやらなければならないのだが。
少しは家事をユノに任せて、イラスト集を作る作業に帰宅後の時間をあてられた。
「片桐、もう寝る時間」
ユノに声をかけられても、泉美が描き残したものを見始めると、なかなかやめられなかった。
パステルや色鉛筆、水彩絵の具で塗られたファンタジー世界の住人たちは泉美が残していった命の証だ。
見ているうちに、片桐は涙していた。
鉛筆で描かれた下絵、下絵よりも前のアイデア段階のラフスケッチがたくさんあった。急死した泉美には、描きたいものがまだまだあったと、思ってしまうのだ。
ユノはキッチンの小さな椅子に座り、作業する片桐を見つめていた。チョーカーは紫色だった。
イラストの選定もだいぶ進んだ日のこと、片桐は夕食後、お茶をいれるユノに声をかけた。
「リビングにユノのソファを置きたいと思っている。充電やスリーブのときに、いる場所があればいいだろう」
ふだんユノはリビングのソファを定位置にしている。電源を取りやすい位置にあったソファを使っているというだけで意味はないが、そこは泉美の定位置でもあった。ユノがその場所を占領するのは、どこか抵抗があった。
それに、ユノへのクリスマスのプレゼントとして新しい居場所を設けるのは、うってつけのことだと思ったのだ。もうすでに何種類か目星もつけてある。
ユノは対面式キッチンの向こう側から片桐を見ている。
「だったら、ユノ、部屋が欲しい」
「部屋?」
年頃の子どものような返答に、片桐はおかしくて吹き出した。
「部屋って、うちには空いている部屋はないだろう。そうだな、納戸を片付ければ……」
ユノは湯呑を運んできて、片桐の前に置いた。
「リビングのとなり。部屋、使ってない」
片桐は持ち上げた湯呑を落としそうになった。
「だめだ、あそこは泉美の部屋だ」
「泉美、いない。つかってない」
片桐は不意をつかれて言葉を失った。泉美がすでにいないことを目の前に突き付けられた片桐は、いちど視線を落とした。
「いや、だめだ」
「なぜ? 使ってない」
「使ってなくてもだめだ」
「なら、いつからなら、いい?」
「いつからって……」
座ったままの片桐はユノから見下ろされて、たじろいだ。高性能とはいえ、AIは人間の心の機微までは図れないのか。
「泉美が亡くなって、まだ一年も経っていない」
「二年経てばいいか?」
片桐は頭を振った。違う、そうじゃないと、思わずユノの手を掴んで隣に座らせた。
「泉美はおれの大切な人だった。今も思い返さない日はない。それは何年経っても変わらないことなんだ」
ユノはうつむき、片桐に握られた手だけを見つめていた。
「人は、忘れる」
ふうっと片桐を見つめたユノのチョーカーは、赤く発光し、それきり首はがくりと落ちた。
「バッテリーか……」
片桐は顔を両手でおおった。
人は、忘れる。
ユノは片桐に体をあずけ、目を閉じていた。
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