11 / 36
秋の章
ケークサレを焼く
しおりを挟む
九月を迎えた。日中は相変わらずの暑さだが、夏の道具は少しずつ片付け始めた。葦簀やすだれ、そうめん用のガラスの器を手入れをしてから。玄関では真夏の靴と秋の靴が一緒に並ぶ。
スーパーで、初もの秋の果物や茸が棚にお目見え出したが、高くてさすがに手が出ない。
代わりに風は、枝豆やトウモロコシといったピークを過ぎた野菜を手に取る。まだ昼間は暑いから、冷たいスープにして出すのもいいし、お惣菜ケーキのケークサレにしてもいい。
スーパーからの帰り、家の方角から来た車とすれ違った。風は先に進路を譲り、何気に後部座席を見て心臓が止まりそうになった。
竜幸が乗っていた。そして、あきらかに風と目を合わせた。
思わずハンドルを強く握る。
すれ違ってもしばらくは、風の車はその場にとどまっていた。数分後、呼吸を整えようやく風は車を家の敷地に止めた。
「おじい、竜幸さんが来なかった?」
家に上がると、おじいは昼寝をしていた。玄関の鍵はかけて行ったから、勝手に上がられたりはしていないのは確かだ。
風は買い物袋をキッチンへ運んだ。冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぐと、一気に飲み干す。それほど暑くもない天候なのに、額に汗が浮かんでいた。
今日は、単なる冷やかしだったのかも。
風はおかわりの麦茶をもって、テーブルに移動した。
太田に、竜幸と戦うと威勢のいいことを言いはしたが、頼りにするのは父だ。むろん父の凪とも打ち合わせをした。
竜幸が来たら、まず凪に知らせること。凪は土地建物の取引に強い部下数名に事情を話して、出来るかぎり同席してもらえるよう、お願いをしてくれた。
実際、顔を合わせた父の部下たちは、とても親切だった。その人がもらした一言が胸に引っかかっている。
—-なぜ、執着するんでしょうね。
父も言っていた。この家の立地は条件が良くないと。それなのに、なぜ竜幸はこだわるのだろう。
二年前に風がおじいと同居することになり、風が土地と家を生前贈与されることになった。そのとき、親族一同から遺産放棄の書類を書いてもらった。
そのとき珍しいほどおとなしく、竜幸は書類にサインしたはずなのに。
風の思い出のなかの竜幸は、いつもどこか物騒だった。
たとえば、風が覚えている一番古い竜幸の姿だ。
ちょうど今くらいの季節。日曜日だったのだろうか。まだ幼稚園児だった風は父親と一緒におじいの家に遊びに訪れた。
縁側に腰かけていた竜幸を見るなり、風は大泣きした。
顔に貼られた大きなガーゼ、右腕は骨折して首から布で吊るし、足にも包帯が巻かれていた。恐怖のあまり、風は父親に抱きついて泣き叫んだ。
その後、いつ会っても竜幸はケガをしていたので、いつしか見慣れたものとなったが。
竜幸はその時、三十代半ばだったが、定職にもつかず喧嘩っ早いわりには腕っぷしは弱くてケがばかりしていたという。
竜幸は父親とはそりが合わず、おじいの家に身を寄せていたらしい。
風のことは可愛がってくれていたように思う。親子ほど年の離れた、おじいの最初と最後の孫だ。
「風、知ってるか。おじいが名前を付けた孫は、俺たちだけなんだぜ」
いつだったか、そんな話をしてくれたのも覚えている。どこか気難し気で、それでも妙に優しくて。風は、竜幸を嫌いではなかった。
ただ、その後に起きたことで、竜幸は親族から離れていく。
竜幸の父親・竜吾が過労の末、交通事故で亡くなった。それに心を痛めたせいかストレスのせいなのか、祖母が病で臥せって短い間に他界した。
竜幸なりに生活を改めたいと思ったのか、誘われて不動産会社で働き始めた。しかし、数年後に土地の取引で詐欺まがいのことを起こしてあわや逮捕とまでになった。
おじいも親戚も、竜幸から距離を置くようになった。
「そうだよ、こどものころは」
まだそんなに嫌いじゃなかった。風は汗をかいたグラスを握ったままだ。
竜幸への印象が最悪になったのは、風が大学進学前に顔を見せに来た時だ。
「いいな末っ子、おまえは大学生になるのか」
竜幸は玄関先に出た風の胸元へ祝儀袋を叩きつけるようにして、去っていった。
祝いの一言もなく。
それも十年前か。風はひとりごちした。
あの時、竜幸はどんな顔をしていたのか、風はあまり思い出せない。
うっすら、笑っていたようにも思う。
風は麦茶の残りを飲み干すと、ケーキを焼くことにした。ケーキサレ、トウモロコシを入れれば、ほんのりと甘くていいだろう。
スーパーで、初もの秋の果物や茸が棚にお目見え出したが、高くてさすがに手が出ない。
代わりに風は、枝豆やトウモロコシといったピークを過ぎた野菜を手に取る。まだ昼間は暑いから、冷たいスープにして出すのもいいし、お惣菜ケーキのケークサレにしてもいい。
スーパーからの帰り、家の方角から来た車とすれ違った。風は先に進路を譲り、何気に後部座席を見て心臓が止まりそうになった。
竜幸が乗っていた。そして、あきらかに風と目を合わせた。
思わずハンドルを強く握る。
すれ違ってもしばらくは、風の車はその場にとどまっていた。数分後、呼吸を整えようやく風は車を家の敷地に止めた。
「おじい、竜幸さんが来なかった?」
家に上がると、おじいは昼寝をしていた。玄関の鍵はかけて行ったから、勝手に上がられたりはしていないのは確かだ。
風は買い物袋をキッチンへ運んだ。冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぐと、一気に飲み干す。それほど暑くもない天候なのに、額に汗が浮かんでいた。
今日は、単なる冷やかしだったのかも。
風はおかわりの麦茶をもって、テーブルに移動した。
太田に、竜幸と戦うと威勢のいいことを言いはしたが、頼りにするのは父だ。むろん父の凪とも打ち合わせをした。
竜幸が来たら、まず凪に知らせること。凪は土地建物の取引に強い部下数名に事情を話して、出来るかぎり同席してもらえるよう、お願いをしてくれた。
実際、顔を合わせた父の部下たちは、とても親切だった。その人がもらした一言が胸に引っかかっている。
—-なぜ、執着するんでしょうね。
父も言っていた。この家の立地は条件が良くないと。それなのに、なぜ竜幸はこだわるのだろう。
二年前に風がおじいと同居することになり、風が土地と家を生前贈与されることになった。そのとき、親族一同から遺産放棄の書類を書いてもらった。
そのとき珍しいほどおとなしく、竜幸は書類にサインしたはずなのに。
風の思い出のなかの竜幸は、いつもどこか物騒だった。
たとえば、風が覚えている一番古い竜幸の姿だ。
ちょうど今くらいの季節。日曜日だったのだろうか。まだ幼稚園児だった風は父親と一緒におじいの家に遊びに訪れた。
縁側に腰かけていた竜幸を見るなり、風は大泣きした。
顔に貼られた大きなガーゼ、右腕は骨折して首から布で吊るし、足にも包帯が巻かれていた。恐怖のあまり、風は父親に抱きついて泣き叫んだ。
その後、いつ会っても竜幸はケガをしていたので、いつしか見慣れたものとなったが。
竜幸はその時、三十代半ばだったが、定職にもつかず喧嘩っ早いわりには腕っぷしは弱くてケがばかりしていたという。
竜幸は父親とはそりが合わず、おじいの家に身を寄せていたらしい。
風のことは可愛がってくれていたように思う。親子ほど年の離れた、おじいの最初と最後の孫だ。
「風、知ってるか。おじいが名前を付けた孫は、俺たちだけなんだぜ」
いつだったか、そんな話をしてくれたのも覚えている。どこか気難し気で、それでも妙に優しくて。風は、竜幸を嫌いではなかった。
ただ、その後に起きたことで、竜幸は親族から離れていく。
竜幸の父親・竜吾が過労の末、交通事故で亡くなった。それに心を痛めたせいかストレスのせいなのか、祖母が病で臥せって短い間に他界した。
竜幸なりに生活を改めたいと思ったのか、誘われて不動産会社で働き始めた。しかし、数年後に土地の取引で詐欺まがいのことを起こしてあわや逮捕とまでになった。
おじいも親戚も、竜幸から距離を置くようになった。
「そうだよ、こどものころは」
まだそんなに嫌いじゃなかった。風は汗をかいたグラスを握ったままだ。
竜幸への印象が最悪になったのは、風が大学進学前に顔を見せに来た時だ。
「いいな末っ子、おまえは大学生になるのか」
竜幸は玄関先に出た風の胸元へ祝儀袋を叩きつけるようにして、去っていった。
祝いの一言もなく。
それも十年前か。風はひとりごちした。
あの時、竜幸はどんな顔をしていたのか、風はあまり思い出せない。
うっすら、笑っていたようにも思う。
風は麦茶の残りを飲み干すと、ケーキを焼くことにした。ケーキサレ、トウモロコシを入れれば、ほんのりと甘くていいだろう。
11
あなたにおすすめの小説
下宿屋 東風荘 7
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。
狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか!
四社の狐に天狐が大集結。
第七弾始動!
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる