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その日の夜、雄高は史彦の部屋にいた。
広い敷地をぐるりと塀で囲まれた、その中の離れに史彦は寝起きしている。離れといっても、母屋とは渡り廊下でつながっていて半独立の構造だ。
離れの庭には趣味のよい立ち木が数本か植えられてある。以前は史彦の祖父の書斎だったと聞いた。今も重厚な作りつけの書棚が残っている。もっとも中身は史彦のコンピュータ関連の本が大半を占めているが、古めかしい装丁のものが何点かまざっている。
立ち木に囲まれているせいか、夕刻に打ち水をまくという古風な風習のせいか、部屋はエアコンを必要とせず、窓を開けているだけで、夏の宵とは思えないほどの心地よい風が吹き込んでくる。
雄高と史彦はならんで絨毯のうえに座り、写真を見ている。
史彦の以外に、八枚の写真があった。写された顔や体から推測すると、少なくとも四・五人の男子学生が安騎野にレイプされたことになるようだ。
何枚かの写真を見比べていた史彦が、中の一枚を指さして言った。
「今年卒業した、美術部の先輩……だと思う」
そう一言だけ口にすると、また考えごとにふけるように、史彦は黙った。
雄高はただぼうっと座っていた。様々な思いが胸の中で渦巻く。
「もしかして、雄高は安騎野がこれだけ他の生徒とやってたってことがショック?」
弾かれたように顔をあげると、どこか冷ややかに雄高を見つめる史彦がいた。
「俺は、予想していたよ。きっと、俺たちだけじゃないって」
悲しげな雄高の表情を哀れんだのか、史彦の眉間から力が抜けた。
「安騎野は自分の立場を利用している。生徒は暴行されたって、誰にも打ち明けられないよ。ましてや訴えられたりしないっていう確信があるから……そう考えれば、俺たち以外にも被害者はいるって、そう思ってた」
被害者、なのか。雄高は自分がその立場にいることも忘れるほど、安騎野に溺れていた。史彦がそんな思いを巡らせている間、雄高は安騎野と肉体関係を重ねていた。
なにも考えずに、与えられる肉の温かさに驕り、自分は安騎野の恋人だと、うぬぼれていたのだ。
史彦は、自分の写真を抜き取ると細かくちぎり、クリスタルの灰皿の上で火をつけた。フィルムが焼けただれ、縮んでいく。史彦は、雄高に手を差し出した。
「雄高のも燃やす。よこしてくれ」
雄高はのろのろとポケットのなかから、写真を取り出し眺めた。
あの日に受けた傷や痛みをそのまま写し取っている。泣き顔の自分、腹に白いものをまかれ、ひどく汚れている自分……。
痺れを切らしたように、史彦は雄高から写真を取りあげると同じようにしてー自分のものよりも念入りに引きちぎり火の中にほうりこんだ。白く細い煙をたてながら、あの日の出来事は雄高の前から消え去った。
残りの写真は史彦の手で封筒にしまい込まれた。
「どうするんだ、それ」
「俺は、安騎野に復讐する」
意味が分からず、雄高は史彦の顔を見やった。史彦はいつになく、硬い表情で雄高を見返した。元来色白の肌がさらに青ざめ、紙のように白く見える。まるで貧血で倒れる一歩手前のようだ。
「雄高や俺の写真は使いたくない。でも、これがあれば安騎野をクビとまではいかなくても、不利な立場に追い詰められる」
雄高は耳を疑った。
「なんだって?」
「写真に撮られていた生徒は、うちの奴らだよ。ほら、このシャツの胸ポケットの刺しゅうはうちの校章だ」
一度しまった写真を取り出すと、史彦は雄高に指さして教えた。確かに、床に落ちているシャツがわずかだが見て取れる。
「それと、この現場はきっとあの準備室だ。第二校舎の市松の木目タイル。こんなの今どきあんまり見かけない。雄高、安騎野って教師になってからうちの学校は何校目か知らないか?」
「俺たちが入学したときにはもういた。私立だから、公立のように転勤なんてないだろうけど……」
そうだな、と史彦も同意した。
「多分、うちの前にもどこかにいたと思う。こっちの写真だけど」
と、別のものを雄高に見せた。そこには、詰め襟の制服の前をはだけた学生が下半身剥き出しで写っていた。
「うちの制服はブレザーだから、これは別の学校の生徒だろう。もし、これが安騎野が前にいた学校の制服だとしたら……あくまで推理だけど」
史彦は確信に満ちた瞳で雄高を見つめた。
「これを学校宛に、『安騎野が持っていた』って無記名でたれこむだけで、なんらかの処分は期待できる、必ず」
雄高は史彦を見誤っていたのか。事件の前まで、雄高は史彦の性格をおとなしく誰からも嫌われないように気を配る繊細な、逆から言えば小心者だと思っていた。けれど、いま目の前にいる史彦は安騎野に復讐を誓っている。それも確実な方法を使って。
「どうして……」
史彦は写真を再び封筒に入れると、祖父譲りの年代物の机の引き出しにしまった。雄高の質問に史彦は答えず、机の電源を落としたままのパソコンのキーボードを所在なさげにたたいた。
「……もう、ただ手をこまねいて見ているのが辛くなったから」
史彦は手を止めて、うつむいた。
「大切なものを失うことに、もう我慢したくないんだ」
史彦は唇を引き結んで、まるで痛みをこらえるような表情をした。子どものころ何度も見た、泣き出す前の史彦の表情だ。
「母さんのときは、病気だったから俺にはどうすることも出来なかった。だから我慢した。新しい義母さんが来て、妹も生まれて父親を取られたときも、俺は我慢した。だってそうしないと家族がばらばらになりそうで。俺一人が我慢すればそれでいいって思った」
見る間に史彦の瞳に大粒の涙があふれ始める。雄高は史彦の手を取って隣に座らせた。
「だけど、だから、もう大切な人を誰にもやりたくない。雄高を……安騎野にも、誰にも渡したくない」
雄高は愛しさで胸が詰まった。史彦を抱き寄せると、子どものように泣きじゃくる背中を優しく撫でた。
「だから、俺は闘うことにしたんだ。もう傷つけられるだけなんてうんざりだ。傷つけた奴には倍にして返してやる!」
いいから、もうわかったから、と雄高は史彦をなだめた。ここまで史彦を追い詰めたのは雄高だ。それがわかっているからなおさら、雄高の胸は痛んだ。
「俺には雄高さえいれば、もう何もいらないから……」
史彦が涙で濡れた目で雄高を見あげた。雄高はその瞳に吸い寄せられた。
何もいらない、そう、雄高もそうだ。
雄高と史彦はそのまま自然に唇を重ねた。
お互いをいたわりあうような、優しい口づけだった。雄高は史彦のTシャツの裾から手を入れ、胸に触れた。史彦のうっすらと汗をかいた体に雄高はたまらず欲情した。唇をそのままずらして、首筋から鎖骨までキスをした雄高は、ふと戸惑った。
史彦の肩がかすかにふるえている。
「……」
「約束しただろう、あのとき。させるって」
いくらか頬を紅潮させながら史彦は雄高を促した。しかし雄高には分かっている。史彦はきっとあのときのことを思い出すだろう。それに史彦は耐えられるだろうか。いくら強気に見せても、史彦の繊細な神経は根本から失われたわけではない。
「約束とかそんなの気にするな。無理しなくていいんだ、史彦。嫌だったら……」
「なんで、そんなこと言うんだよ。無理なんかしてない」
史彦はいきなり雄高のシャツのボタンを外し始めた。
「やめろよ」
史彦の手を押し返した雄高は思わず声を荒らげた。
「俺のことが嫌いなのか、雄高……。安騎野とはできても、俺とはできないって言うのか。俺がアパートの窓をどんな気持ちで見あげていたと思うんだよ!」
あの街灯の下に史彦が立ち尽くしていた……声もなにもかも聞こえていたのかもしれない。雄高の胸がずきりと痛んだ。
返事を待たず、史彦は立ち上がると部屋の灯を消した。そして戸惑う雄高の前で服を次つぎと脱ぎ捨て、窓際のベッドに腰かけた。
「こいよ、雄高……俺が嫌いじゃないなら」
月の明かりにほのかに浮かび上がる史彦の躯と正面から向かい合い、雄高はまだ逡巡していた。嫌いじゃない。安騎野にもそう話したじゃないか。けれど、肉体関係を結ぶことで、失う物もあるような気がする。史彦に抱いている純粋な想いは、そうすることで壊れてしまいそうで雄高は怖かった。
だいいち、自分に史彦を抱く資格などあるのだろうか。なんども安騎野に抱かれ、さんざん汚れ切った体だ。さっき見た写真の中の自分のような汚れを史彦につけてしまう……それが怖かった。
ほんの数歩先にいる史彦がゆっくりと両手を差し伸べる。
「好きだって、言ってくれよ」
潤んだ瞳が暗闇なかで月光を集めかすかにきらめいた。乞うように史彦が差し出したその手を、雄高はたまらず取った。
「好きだ、好きだよ、史彦」
史彦は雄高を引き寄せ、二人はベッドの上で堅く抱き合った。雄高の胸には狂おしいまでの愛しさが押し寄せてくる。
ずっと、こうしたかった。
史彦を抱きしめたかった。
壊れるなら、なにもかも壊れてしまえ。
雄高は夢中で史彦の胸に口づけた。わずかに声をあげて史彦の体がのけぞった。徐々に息を荒くしながら、もどかしげに服を脱ぐ雄高を史彦は手伝った。
雄高は、すでに堅くなりつつある史彦自身を掌に包むと、そのまま口に含んだ。
「やっ……」
史彦の口から声がもれた。瞬間雄高を押し返そうとした史彦の手は、そのまま両手で雄高の頭を抱きしめた。足に力が入ってる。史彦の内股に挟まれながら雄高は夢中で史彦を舌で弄んだ。
「くっ」
史彦が涙声で快感をこらえている。雄高はそのまま史彦を極みまで導く。
「あっ」
がくん、と体をのめらせて史彦は雄高の口の中に放出した。それを喉をならして飲み込むと、史彦は自分の行為に放心したように雄高を見た。
「好きだよ……」
雄高は史彦の耳たぶに口を寄せると、低くささやいた。もうこれだけでも十分に感じる。史彦に無理をさせてはいけない。雄高はすでに満ち足りた気持ちでいた。
腕の中の史彦が雄高に話しかけた。
「俺も……」
史彦は体を起こすと、雄高の起立しかけたものを指で撫でた。それだけで、ぞくりと雄高の背中を快感が走った。と、止める間もなく史彦が雄高を口に咥えた。
「いっ、史彦!」
やらなくていい、と言いかけた言葉は、どこか苦しげに眉を歪める史彦のセクシーな表情を目にした途端続かない。ぬるり、と柔らかく湿った口腔にふくまれ雄高は初めて味わうそれの気持ちのよさに、瞬く間に血が集まり堅くなっていく。
つたなく舌を動かす史彦。決してうまいとは言えないが、史彦がしていると思うだけで雄高の体は、敏感に反応する。
「史彦、離して……出る」
押し止どめようとした快楽は止められず、こらえきれずに雄高は史彦の口の中に出してしまった。途端に史彦は、激しく咳きこんだ。
「飲まなくていいから」
史彦の背中をさすりながら雄高はそう言ったが、史彦はかまわずそれを飲んだようだ。大きく何度か息をつくと、うるんだ目で雄高を見た。
向かい合った姿勢で雄高は史彦に触れる。ゆっくりとこすりあげると、史彦も雄高に手を伸ばし、それにならった。
「雄高……っ、あっ」
雄高は空いた手で史彦を抱き寄せ、胸元に唇を這わせると小さくとがった乳首をなめる。「んっ、雄高」
雄高は熱くなるのを止められなかった。史彦の手の中で、すでに狂おしいほどエレクトしている。
「入れてくれよ……これ」
そんな、と言いかけた雄高は史彦の切ないまでの声音に問い返した。
「そんなこと、していいのか? 痛んだぞ。いいよ、そんな無理しなくても。俺はこうしているだけで……」
満足なのに、と雄高は思っているが史彦はかぶりを振った。
「忘れさせてくれよ……雄高の体で。あいつの、やったことを」
おそらく、暴力ではない交わりを史彦は望んでいるのだ。史彦は雄高に口づけた。
「雄高しかいないんだよ。俺には」
史彦の願いに雄高の体は突き動かされた。史彦を押し倒すと、雄高は膝に手をかけた。瞬間、上気した史彦の顔が更に赤みを帯び、恥ずかしげに目を伏せた。
雄高は、はやる気持ちを押さえ、史彦の中心に指をあてがうとわずかに力をくわえ中へと入れた。
「うんっ」
つぷっという音とかすかな抵抗。指先で内側をえぐるように動かし、前立腺を探す。はじめ歯を食いしばり痛みに耐えるようなしていた史彦は、徐々に声をあげ体を震わせた。
「大丈夫? 史彦」
もっと優しくしてやろう、だから……力を抜いて俺に任せろよ。
雄高の促す声に史彦の喉の奥から、まだ苦しげに声がもれた。雄高はそのまま指を深く差し入れた。
「ううっ」
一方の手では史彦のそそり立つものの先端を握り、指で軽く刺激を与えながら史彦の入り口が柔らかくなるまで辛抱強くなぶり続けた。
もう少し、もう少しと史彦を待とうとする雄高の側がもう待てなくなった。あられもない姿を史彦は雄高の前でさらしている。どうして待つことが出来るだろう。
雄高は史彦に何も言わずに突き立てた。
「あっ!」
まだ十分ではなかった史彦に雄高は無理やり押し入ると、その締めつけの強さに一瞬めまいがした。こんなに感じるものなのか。
「ゆ……雄高」
涙を流しながら史彦は雄高の名前を呼んだ。もっと深く、史彦の中にいたいと雄高は体を進めた。史彦は雄高の首に手をまわし、痛いほどしがみつく。
「ようやく一つになれた、史彦」
雄高の下で史彦の息は浅く、体は細かくふるえている。惜し気もなく雄高に体を開き、受け入れる。おそらくはまだ気持ち良さよりも痛みが勝るだろう、それに耐えている。
「ごめん、こんな格好させて」
んっと史彦の唇から声がもれた。その熱い息が雄高の耳にかかる。
「動かすよ」
「うっ、ん」
雄高は史彦の返事を待って、体を少しだけ抱き起こすと背中に手を回し、ゆっくりと動かしだした。まるで体全体が締めつけられるようだ……敏感な場所を深く史彦の中に置いて、雄高の息もまた荒くなった。
「雄高……雄高、見せてくれよ」
史彦が何度も声を詰まらせながら雄高に話しかける。
「?」
「雄高を」
うっすらと目を開けながら史彦が言い募った。見せて、雄高を。もう一度そう囁く。
「俺、平気だから。どんな格好も……だから雄高も俺に見せてくれよ……雄高を。もっと動いても、俺の中で出してもいいから、もっと……雄高」
ぎこちなく史彦も雄高に合わせて体を動かそうとする。史彦のきつすぎる力が少し抜け、雄高は言われるままに、動きを激しくしてみた。
「あっあっ、うっ……く」
甘やかな声をあげながら、史彦の背中が弓なりにしなる。こぎさみに、激しく史彦を貫くと、二人のぬるつく体液が絡み合い、動きを更に潤滑にした。
のぼりり詰めていく。史彦と一緒になって。そう感じる。雄高の動悸が高まる。体が芯から熱くなって、ひとつになった場所に全神経集中させる。
いま自分は史彦の中にいる。史彦に包まれてる。
「史彦、俺を感じる? 俺はここにいるよ、お前の中に」
史彦は何度も小さくうなずいた。雄高は、一人ではない。安騎野としているときには、どんなに感じていても雄高は一人だった。どんなにそばにいても一人だった。けれど史彦は違う。雄高を感じて、雄高もまた史彦を感じてくれる。
「っ、ん、ん」
背骨を痺れるような快感が波のように駆け上がる。二人の息が荒さを増し、動きが完全に重なったとき、同時に果てた。
信じられないほど雄高は汗をかいていた。史彦の中にまだいながら、雄高は史彦の頬を濡らす涙を手のひらでぬぐってやると、そのまま唇を寄せた。息を荒くしながら史彦が雄高にほほ笑みかける。取り戻した史彦の笑顔に、雄高は嬉しさで胸が詰まった。
「あぁ、史彦……好きだよ。ほんとうに好きだよ」
口をついて出るのはそんな陳腐な言葉だ。しかしそれ以外のセリフが思い浮かばない。ただ嬉しくて言わずにはいられなかった。
「雄高」
史彦はそれに応えて雄高に腕を絡めて引き寄せた。
広い敷地をぐるりと塀で囲まれた、その中の離れに史彦は寝起きしている。離れといっても、母屋とは渡り廊下でつながっていて半独立の構造だ。
離れの庭には趣味のよい立ち木が数本か植えられてある。以前は史彦の祖父の書斎だったと聞いた。今も重厚な作りつけの書棚が残っている。もっとも中身は史彦のコンピュータ関連の本が大半を占めているが、古めかしい装丁のものが何点かまざっている。
立ち木に囲まれているせいか、夕刻に打ち水をまくという古風な風習のせいか、部屋はエアコンを必要とせず、窓を開けているだけで、夏の宵とは思えないほどの心地よい風が吹き込んでくる。
雄高と史彦はならんで絨毯のうえに座り、写真を見ている。
史彦の以外に、八枚の写真があった。写された顔や体から推測すると、少なくとも四・五人の男子学生が安騎野にレイプされたことになるようだ。
何枚かの写真を見比べていた史彦が、中の一枚を指さして言った。
「今年卒業した、美術部の先輩……だと思う」
そう一言だけ口にすると、また考えごとにふけるように、史彦は黙った。
雄高はただぼうっと座っていた。様々な思いが胸の中で渦巻く。
「もしかして、雄高は安騎野がこれだけ他の生徒とやってたってことがショック?」
弾かれたように顔をあげると、どこか冷ややかに雄高を見つめる史彦がいた。
「俺は、予想していたよ。きっと、俺たちだけじゃないって」
悲しげな雄高の表情を哀れんだのか、史彦の眉間から力が抜けた。
「安騎野は自分の立場を利用している。生徒は暴行されたって、誰にも打ち明けられないよ。ましてや訴えられたりしないっていう確信があるから……そう考えれば、俺たち以外にも被害者はいるって、そう思ってた」
被害者、なのか。雄高は自分がその立場にいることも忘れるほど、安騎野に溺れていた。史彦がそんな思いを巡らせている間、雄高は安騎野と肉体関係を重ねていた。
なにも考えずに、与えられる肉の温かさに驕り、自分は安騎野の恋人だと、うぬぼれていたのだ。
史彦は、自分の写真を抜き取ると細かくちぎり、クリスタルの灰皿の上で火をつけた。フィルムが焼けただれ、縮んでいく。史彦は、雄高に手を差し出した。
「雄高のも燃やす。よこしてくれ」
雄高はのろのろとポケットのなかから、写真を取り出し眺めた。
あの日に受けた傷や痛みをそのまま写し取っている。泣き顔の自分、腹に白いものをまかれ、ひどく汚れている自分……。
痺れを切らしたように、史彦は雄高から写真を取りあげると同じようにしてー自分のものよりも念入りに引きちぎり火の中にほうりこんだ。白く細い煙をたてながら、あの日の出来事は雄高の前から消え去った。
残りの写真は史彦の手で封筒にしまい込まれた。
「どうするんだ、それ」
「俺は、安騎野に復讐する」
意味が分からず、雄高は史彦の顔を見やった。史彦はいつになく、硬い表情で雄高を見返した。元来色白の肌がさらに青ざめ、紙のように白く見える。まるで貧血で倒れる一歩手前のようだ。
「雄高や俺の写真は使いたくない。でも、これがあれば安騎野をクビとまではいかなくても、不利な立場に追い詰められる」
雄高は耳を疑った。
「なんだって?」
「写真に撮られていた生徒は、うちの奴らだよ。ほら、このシャツの胸ポケットの刺しゅうはうちの校章だ」
一度しまった写真を取り出すと、史彦は雄高に指さして教えた。確かに、床に落ちているシャツがわずかだが見て取れる。
「それと、この現場はきっとあの準備室だ。第二校舎の市松の木目タイル。こんなの今どきあんまり見かけない。雄高、安騎野って教師になってからうちの学校は何校目か知らないか?」
「俺たちが入学したときにはもういた。私立だから、公立のように転勤なんてないだろうけど……」
そうだな、と史彦も同意した。
「多分、うちの前にもどこかにいたと思う。こっちの写真だけど」
と、別のものを雄高に見せた。そこには、詰め襟の制服の前をはだけた学生が下半身剥き出しで写っていた。
「うちの制服はブレザーだから、これは別の学校の生徒だろう。もし、これが安騎野が前にいた学校の制服だとしたら……あくまで推理だけど」
史彦は確信に満ちた瞳で雄高を見つめた。
「これを学校宛に、『安騎野が持っていた』って無記名でたれこむだけで、なんらかの処分は期待できる、必ず」
雄高は史彦を見誤っていたのか。事件の前まで、雄高は史彦の性格をおとなしく誰からも嫌われないように気を配る繊細な、逆から言えば小心者だと思っていた。けれど、いま目の前にいる史彦は安騎野に復讐を誓っている。それも確実な方法を使って。
「どうして……」
史彦は写真を再び封筒に入れると、祖父譲りの年代物の机の引き出しにしまった。雄高の質問に史彦は答えず、机の電源を落としたままのパソコンのキーボードを所在なさげにたたいた。
「……もう、ただ手をこまねいて見ているのが辛くなったから」
史彦は手を止めて、うつむいた。
「大切なものを失うことに、もう我慢したくないんだ」
史彦は唇を引き結んで、まるで痛みをこらえるような表情をした。子どものころ何度も見た、泣き出す前の史彦の表情だ。
「母さんのときは、病気だったから俺にはどうすることも出来なかった。だから我慢した。新しい義母さんが来て、妹も生まれて父親を取られたときも、俺は我慢した。だってそうしないと家族がばらばらになりそうで。俺一人が我慢すればそれでいいって思った」
見る間に史彦の瞳に大粒の涙があふれ始める。雄高は史彦の手を取って隣に座らせた。
「だけど、だから、もう大切な人を誰にもやりたくない。雄高を……安騎野にも、誰にも渡したくない」
雄高は愛しさで胸が詰まった。史彦を抱き寄せると、子どものように泣きじゃくる背中を優しく撫でた。
「だから、俺は闘うことにしたんだ。もう傷つけられるだけなんてうんざりだ。傷つけた奴には倍にして返してやる!」
いいから、もうわかったから、と雄高は史彦をなだめた。ここまで史彦を追い詰めたのは雄高だ。それがわかっているからなおさら、雄高の胸は痛んだ。
「俺には雄高さえいれば、もう何もいらないから……」
史彦が涙で濡れた目で雄高を見あげた。雄高はその瞳に吸い寄せられた。
何もいらない、そう、雄高もそうだ。
雄高と史彦はそのまま自然に唇を重ねた。
お互いをいたわりあうような、優しい口づけだった。雄高は史彦のTシャツの裾から手を入れ、胸に触れた。史彦のうっすらと汗をかいた体に雄高はたまらず欲情した。唇をそのままずらして、首筋から鎖骨までキスをした雄高は、ふと戸惑った。
史彦の肩がかすかにふるえている。
「……」
「約束しただろう、あのとき。させるって」
いくらか頬を紅潮させながら史彦は雄高を促した。しかし雄高には分かっている。史彦はきっとあのときのことを思い出すだろう。それに史彦は耐えられるだろうか。いくら強気に見せても、史彦の繊細な神経は根本から失われたわけではない。
「約束とかそんなの気にするな。無理しなくていいんだ、史彦。嫌だったら……」
「なんで、そんなこと言うんだよ。無理なんかしてない」
史彦はいきなり雄高のシャツのボタンを外し始めた。
「やめろよ」
史彦の手を押し返した雄高は思わず声を荒らげた。
「俺のことが嫌いなのか、雄高……。安騎野とはできても、俺とはできないって言うのか。俺がアパートの窓をどんな気持ちで見あげていたと思うんだよ!」
あの街灯の下に史彦が立ち尽くしていた……声もなにもかも聞こえていたのかもしれない。雄高の胸がずきりと痛んだ。
返事を待たず、史彦は立ち上がると部屋の灯を消した。そして戸惑う雄高の前で服を次つぎと脱ぎ捨て、窓際のベッドに腰かけた。
「こいよ、雄高……俺が嫌いじゃないなら」
月の明かりにほのかに浮かび上がる史彦の躯と正面から向かい合い、雄高はまだ逡巡していた。嫌いじゃない。安騎野にもそう話したじゃないか。けれど、肉体関係を結ぶことで、失う物もあるような気がする。史彦に抱いている純粋な想いは、そうすることで壊れてしまいそうで雄高は怖かった。
だいいち、自分に史彦を抱く資格などあるのだろうか。なんども安騎野に抱かれ、さんざん汚れ切った体だ。さっき見た写真の中の自分のような汚れを史彦につけてしまう……それが怖かった。
ほんの数歩先にいる史彦がゆっくりと両手を差し伸べる。
「好きだって、言ってくれよ」
潤んだ瞳が暗闇なかで月光を集めかすかにきらめいた。乞うように史彦が差し出したその手を、雄高はたまらず取った。
「好きだ、好きだよ、史彦」
史彦は雄高を引き寄せ、二人はベッドの上で堅く抱き合った。雄高の胸には狂おしいまでの愛しさが押し寄せてくる。
ずっと、こうしたかった。
史彦を抱きしめたかった。
壊れるなら、なにもかも壊れてしまえ。
雄高は夢中で史彦の胸に口づけた。わずかに声をあげて史彦の体がのけぞった。徐々に息を荒くしながら、もどかしげに服を脱ぐ雄高を史彦は手伝った。
雄高は、すでに堅くなりつつある史彦自身を掌に包むと、そのまま口に含んだ。
「やっ……」
史彦の口から声がもれた。瞬間雄高を押し返そうとした史彦の手は、そのまま両手で雄高の頭を抱きしめた。足に力が入ってる。史彦の内股に挟まれながら雄高は夢中で史彦を舌で弄んだ。
「くっ」
史彦が涙声で快感をこらえている。雄高はそのまま史彦を極みまで導く。
「あっ」
がくん、と体をのめらせて史彦は雄高の口の中に放出した。それを喉をならして飲み込むと、史彦は自分の行為に放心したように雄高を見た。
「好きだよ……」
雄高は史彦の耳たぶに口を寄せると、低くささやいた。もうこれだけでも十分に感じる。史彦に無理をさせてはいけない。雄高はすでに満ち足りた気持ちでいた。
腕の中の史彦が雄高に話しかけた。
「俺も……」
史彦は体を起こすと、雄高の起立しかけたものを指で撫でた。それだけで、ぞくりと雄高の背中を快感が走った。と、止める間もなく史彦が雄高を口に咥えた。
「いっ、史彦!」
やらなくていい、と言いかけた言葉は、どこか苦しげに眉を歪める史彦のセクシーな表情を目にした途端続かない。ぬるり、と柔らかく湿った口腔にふくまれ雄高は初めて味わうそれの気持ちのよさに、瞬く間に血が集まり堅くなっていく。
つたなく舌を動かす史彦。決してうまいとは言えないが、史彦がしていると思うだけで雄高の体は、敏感に反応する。
「史彦、離して……出る」
押し止どめようとした快楽は止められず、こらえきれずに雄高は史彦の口の中に出してしまった。途端に史彦は、激しく咳きこんだ。
「飲まなくていいから」
史彦の背中をさすりながら雄高はそう言ったが、史彦はかまわずそれを飲んだようだ。大きく何度か息をつくと、うるんだ目で雄高を見た。
向かい合った姿勢で雄高は史彦に触れる。ゆっくりとこすりあげると、史彦も雄高に手を伸ばし、それにならった。
「雄高……っ、あっ」
雄高は空いた手で史彦を抱き寄せ、胸元に唇を這わせると小さくとがった乳首をなめる。「んっ、雄高」
雄高は熱くなるのを止められなかった。史彦の手の中で、すでに狂おしいほどエレクトしている。
「入れてくれよ……これ」
そんな、と言いかけた雄高は史彦の切ないまでの声音に問い返した。
「そんなこと、していいのか? 痛んだぞ。いいよ、そんな無理しなくても。俺はこうしているだけで……」
満足なのに、と雄高は思っているが史彦はかぶりを振った。
「忘れさせてくれよ……雄高の体で。あいつの、やったことを」
おそらく、暴力ではない交わりを史彦は望んでいるのだ。史彦は雄高に口づけた。
「雄高しかいないんだよ。俺には」
史彦の願いに雄高の体は突き動かされた。史彦を押し倒すと、雄高は膝に手をかけた。瞬間、上気した史彦の顔が更に赤みを帯び、恥ずかしげに目を伏せた。
雄高は、はやる気持ちを押さえ、史彦の中心に指をあてがうとわずかに力をくわえ中へと入れた。
「うんっ」
つぷっという音とかすかな抵抗。指先で内側をえぐるように動かし、前立腺を探す。はじめ歯を食いしばり痛みに耐えるようなしていた史彦は、徐々に声をあげ体を震わせた。
「大丈夫? 史彦」
もっと優しくしてやろう、だから……力を抜いて俺に任せろよ。
雄高の促す声に史彦の喉の奥から、まだ苦しげに声がもれた。雄高はそのまま指を深く差し入れた。
「ううっ」
一方の手では史彦のそそり立つものの先端を握り、指で軽く刺激を与えながら史彦の入り口が柔らかくなるまで辛抱強くなぶり続けた。
もう少し、もう少しと史彦を待とうとする雄高の側がもう待てなくなった。あられもない姿を史彦は雄高の前でさらしている。どうして待つことが出来るだろう。
雄高は史彦に何も言わずに突き立てた。
「あっ!」
まだ十分ではなかった史彦に雄高は無理やり押し入ると、その締めつけの強さに一瞬めまいがした。こんなに感じるものなのか。
「ゆ……雄高」
涙を流しながら史彦は雄高の名前を呼んだ。もっと深く、史彦の中にいたいと雄高は体を進めた。史彦は雄高の首に手をまわし、痛いほどしがみつく。
「ようやく一つになれた、史彦」
雄高の下で史彦の息は浅く、体は細かくふるえている。惜し気もなく雄高に体を開き、受け入れる。おそらくはまだ気持ち良さよりも痛みが勝るだろう、それに耐えている。
「ごめん、こんな格好させて」
んっと史彦の唇から声がもれた。その熱い息が雄高の耳にかかる。
「動かすよ」
「うっ、ん」
雄高は史彦の返事を待って、体を少しだけ抱き起こすと背中に手を回し、ゆっくりと動かしだした。まるで体全体が締めつけられるようだ……敏感な場所を深く史彦の中に置いて、雄高の息もまた荒くなった。
「雄高……雄高、見せてくれよ」
史彦が何度も声を詰まらせながら雄高に話しかける。
「?」
「雄高を」
うっすらと目を開けながら史彦が言い募った。見せて、雄高を。もう一度そう囁く。
「俺、平気だから。どんな格好も……だから雄高も俺に見せてくれよ……雄高を。もっと動いても、俺の中で出してもいいから、もっと……雄高」
ぎこちなく史彦も雄高に合わせて体を動かそうとする。史彦のきつすぎる力が少し抜け、雄高は言われるままに、動きを激しくしてみた。
「あっあっ、うっ……く」
甘やかな声をあげながら、史彦の背中が弓なりにしなる。こぎさみに、激しく史彦を貫くと、二人のぬるつく体液が絡み合い、動きを更に潤滑にした。
のぼりり詰めていく。史彦と一緒になって。そう感じる。雄高の動悸が高まる。体が芯から熱くなって、ひとつになった場所に全神経集中させる。
いま自分は史彦の中にいる。史彦に包まれてる。
「史彦、俺を感じる? 俺はここにいるよ、お前の中に」
史彦は何度も小さくうなずいた。雄高は、一人ではない。安騎野としているときには、どんなに感じていても雄高は一人だった。どんなにそばにいても一人だった。けれど史彦は違う。雄高を感じて、雄高もまた史彦を感じてくれる。
「っ、ん、ん」
背骨を痺れるような快感が波のように駆け上がる。二人の息が荒さを増し、動きが完全に重なったとき、同時に果てた。
信じられないほど雄高は汗をかいていた。史彦の中にまだいながら、雄高は史彦の頬を濡らす涙を手のひらでぬぐってやると、そのまま唇を寄せた。息を荒くしながら史彦が雄高にほほ笑みかける。取り戻した史彦の笑顔に、雄高は嬉しさで胸が詰まった。
「あぁ、史彦……好きだよ。ほんとうに好きだよ」
口をついて出るのはそんな陳腐な言葉だ。しかしそれ以外のセリフが思い浮かばない。ただ嬉しくて言わずにはいられなかった。
「雄高」
史彦はそれに応えて雄高に腕を絡めて引き寄せた。
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