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第6話 少女の美しさと現実
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影人の視線を追って、ガラも少女の存在に気付く。
「タリ。外には出るなと言ったろ。誰かに見られちゃまずいだろ」
「……その人は大丈夫なの?」
「……まあ、こいつは……大丈夫だ。俺の仕事を手伝ってもらってる奴だからな」
「そう……ならよかった……」
少女はそう言いながらも、影人に対する警戒の構えをまるで解いていなかった。
じっと、こちらを凝視し、顔を曇らせている。
影人は戸惑いながらも、とりあえず挨拶とばかりに、少女の方を向いて、無言で頭を下げる。
少女も影人の挨拶に答えて、わずかに顔を縦に振った。
「さて……と、俺はちょっと娘と話しがあるから、お前はここにいろ。いいか、今度こそここにおとなしくしてろよ」
「わかってるよ」
ガラは、再び少女とともに家の奥へと戻っていく。
少女は、奥に引っこんで行く際にも、何度もこちらを振り返り、こちらをチラチラと見ていた。
どうやら、相当怖がらせてしまったようだ。
二人が視界から消えると、影人は再び今後の方針について、考えを巡らませようとした。
だが、そういった意思とは裏腹に、影人の思考は、今やすっかり脇道に逸れてしまっていた。
というのも、あの少女のことで頭がいっぱいになってしまったからだ。
少女は、この世界で——といってもこの街のみだが——影人が見た中では、外見が一際美しかった。
表情は暗く、とても健康的とは言い難かったが、それでも、影人の心に印象を焼き付けるには十分だった。
しかし、あくまでこの世界では……という注釈がつく。
影人がいた前の世界では、あの少女程度の外見をした女性は珍しくなかったからだ。
それでも、こんなにも少女の外見が、影人の心を占めているのは、相手と直接接しているからなのか……それとも、単にここでの生活に慣れて、自分の美的基準もこの世界の水準に近づきつつあるからなのか。
そんな風に少女の外見に心が奪われていたため、肝心なこと——この問題にどう対応するか——をまるっきり考えない内に、ガラが家の中から出てきた。
「そろそろ行くぞ。暗くなる前に街に着きたい」
よく見ると、ガラの後ろに少女が隠れるようにいた。
無理やり連れてこられたように、嫌そうな表情を浮かべていた。
ガラは、何故か影人の方をチラッと見た後、少女の方に向き直った。
「また来るから、それまでおとなしく家にいろ」
そう言うと、再び影人の方を向き、首を傾ける。
どうやら、先導しろということらしい。
日はまだ落ちてはいないが、大分傾いていた。
のんびりしていると、下手をしたら、街に着く前に夜になってしまうかもしれない。
急ぎ足で、再び藪の中を掻き分けながら、街道目掛けて突き進む。
道中は二人とも無言だった。
夕方になり、虫の動きが活発になったのか、音につられてうんざりするくらいの小さな羽虫がよってきた。
数秒おきに片手をブンブンと振り回しながら、前へと進む。
ようやく藪の中から抜け出て、街道に着こうかというところで、不意にガラが後ろから声をかけてきた。
「あの子は美人だったろ?」
予期していなかった質問だったので、すぐには反応できずにいた。
結局、出てきた言葉は、「まあ……」と生返事を返すのがせいぜいだった。
「だろう? まあ……あの子のことは黙っててくれよ」
ガラは、そう言いながら、含みを持った笑みを浮かべる。
なるほど……あの家を出る際に、少女を玄関に連れてきたのはそのためだったのか……。
どうやら、もういつもの合理的で計算高いガラに戻っているようだ。
藪を掻き分けて、街道まで戻ってくる間に、日はますます傾き、あたりは目に見えて、薄暗くなってきていた。
「急がねえとな……」
ガラは先ほどまでの笑みを引っ込めて、空を見上げて怪訝な表情を浮かべる。
夜に二人で、街の外にいるのは危険極まる。
野党の類も心配だが、獣の方もやっかいだ。
少し道から外れてしまえば、先ほどのようにあたりは自然の勢力圏になる。
月明かりもほとんど入ってこない真っ暗闇の森の中を歩き回った挙げ句に、腹をすかせた獣の遠吠えを近くで聞く羽目にはなりたくない。
「ああ……先を急ごう……」
お互い無言で、街道沿いに街を目指して早足で歩く。
街道といっても、この時間になると、行き交う者はいない。
街まであと半分といったところで、影人の前方に数人の集団が見えた。
嫌な予感がする。
こんな時間に街道にいる輩は二種類しかいない。
影人たちのように日没前までに街へ急ぐ商人たち、あるいはそういった者たちを狙う野党たち……。
街まで行くには、この街道を通るしかない。
一歩一歩近づくにつれて、影人の不安は高まっていく。
ガラが、「おい・・あれは・・・」と声をもらす。どうやら、後ろを歩いているガラも、前方の集団に気付いたようだった。
ガラが、集団の存在に気付いた時、影人は既に、集団の素性に気付いていた。
影人の目に写っていたのは、どうみても商人の格好をした輩ではなかった。
誰もが、斧や剣、弓を携帯している。
影人が、歩を進めるのを止めると、前方の集団に動きが見られた。
集団は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
影人は、後ずさりしながら、必死に行動の選択肢を考える。
といっても、逃げるか、闘うか、二つしかない。
一人なら逃げられるが、ガラを連れて逃げるのは無理だ。
見捨てて、逃げるか……という選択が、脳裏に浮かんだ。
「くそ。ついてねえな……」とうめき声が後方から聞こえた。
後ろを振り返ると、ガラが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ガラの視界からでも、相手の服装がわかるほど、両者は既に接近していた。
ガラの表情を見ていたら、逃げるという選択肢はなくなってしまった。
ガラに情が湧いたからとかそういう高尚な感情からではない。
ただ、この世界で一人になることに酷く不安を感じたからだった。
この時点で、ようやく影人は、闘うという決心を下した。
「タリ。外には出るなと言ったろ。誰かに見られちゃまずいだろ」
「……その人は大丈夫なの?」
「……まあ、こいつは……大丈夫だ。俺の仕事を手伝ってもらってる奴だからな」
「そう……ならよかった……」
少女はそう言いながらも、影人に対する警戒の構えをまるで解いていなかった。
じっと、こちらを凝視し、顔を曇らせている。
影人は戸惑いながらも、とりあえず挨拶とばかりに、少女の方を向いて、無言で頭を下げる。
少女も影人の挨拶に答えて、わずかに顔を縦に振った。
「さて……と、俺はちょっと娘と話しがあるから、お前はここにいろ。いいか、今度こそここにおとなしくしてろよ」
「わかってるよ」
ガラは、再び少女とともに家の奥へと戻っていく。
少女は、奥に引っこんで行く際にも、何度もこちらを振り返り、こちらをチラチラと見ていた。
どうやら、相当怖がらせてしまったようだ。
二人が視界から消えると、影人は再び今後の方針について、考えを巡らませようとした。
だが、そういった意思とは裏腹に、影人の思考は、今やすっかり脇道に逸れてしまっていた。
というのも、あの少女のことで頭がいっぱいになってしまったからだ。
少女は、この世界で——といってもこの街のみだが——影人が見た中では、外見が一際美しかった。
表情は暗く、とても健康的とは言い難かったが、それでも、影人の心に印象を焼き付けるには十分だった。
しかし、あくまでこの世界では……という注釈がつく。
影人がいた前の世界では、あの少女程度の外見をした女性は珍しくなかったからだ。
それでも、こんなにも少女の外見が、影人の心を占めているのは、相手と直接接しているからなのか……それとも、単にここでの生活に慣れて、自分の美的基準もこの世界の水準に近づきつつあるからなのか。
そんな風に少女の外見に心が奪われていたため、肝心なこと——この問題にどう対応するか——をまるっきり考えない内に、ガラが家の中から出てきた。
「そろそろ行くぞ。暗くなる前に街に着きたい」
よく見ると、ガラの後ろに少女が隠れるようにいた。
無理やり連れてこられたように、嫌そうな表情を浮かべていた。
ガラは、何故か影人の方をチラッと見た後、少女の方に向き直った。
「また来るから、それまでおとなしく家にいろ」
そう言うと、再び影人の方を向き、首を傾ける。
どうやら、先導しろということらしい。
日はまだ落ちてはいないが、大分傾いていた。
のんびりしていると、下手をしたら、街に着く前に夜になってしまうかもしれない。
急ぎ足で、再び藪の中を掻き分けながら、街道目掛けて突き進む。
道中は二人とも無言だった。
夕方になり、虫の動きが活発になったのか、音につられてうんざりするくらいの小さな羽虫がよってきた。
数秒おきに片手をブンブンと振り回しながら、前へと進む。
ようやく藪の中から抜け出て、街道に着こうかというところで、不意にガラが後ろから声をかけてきた。
「あの子は美人だったろ?」
予期していなかった質問だったので、すぐには反応できずにいた。
結局、出てきた言葉は、「まあ……」と生返事を返すのがせいぜいだった。
「だろう? まあ……あの子のことは黙っててくれよ」
ガラは、そう言いながら、含みを持った笑みを浮かべる。
なるほど……あの家を出る際に、少女を玄関に連れてきたのはそのためだったのか……。
どうやら、もういつもの合理的で計算高いガラに戻っているようだ。
藪を掻き分けて、街道まで戻ってくる間に、日はますます傾き、あたりは目に見えて、薄暗くなってきていた。
「急がねえとな……」
ガラは先ほどまでの笑みを引っ込めて、空を見上げて怪訝な表情を浮かべる。
夜に二人で、街の外にいるのは危険極まる。
野党の類も心配だが、獣の方もやっかいだ。
少し道から外れてしまえば、先ほどのようにあたりは自然の勢力圏になる。
月明かりもほとんど入ってこない真っ暗闇の森の中を歩き回った挙げ句に、腹をすかせた獣の遠吠えを近くで聞く羽目にはなりたくない。
「ああ……先を急ごう……」
お互い無言で、街道沿いに街を目指して早足で歩く。
街道といっても、この時間になると、行き交う者はいない。
街まであと半分といったところで、影人の前方に数人の集団が見えた。
嫌な予感がする。
こんな時間に街道にいる輩は二種類しかいない。
影人たちのように日没前までに街へ急ぐ商人たち、あるいはそういった者たちを狙う野党たち……。
街まで行くには、この街道を通るしかない。
一歩一歩近づくにつれて、影人の不安は高まっていく。
ガラが、「おい・・あれは・・・」と声をもらす。どうやら、後ろを歩いているガラも、前方の集団に気付いたようだった。
ガラが、集団の存在に気付いた時、影人は既に、集団の素性に気付いていた。
影人の目に写っていたのは、どうみても商人の格好をした輩ではなかった。
誰もが、斧や剣、弓を携帯している。
影人が、歩を進めるのを止めると、前方の集団に動きが見られた。
集団は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
影人は、後ずさりしながら、必死に行動の選択肢を考える。
といっても、逃げるか、闘うか、二つしかない。
一人なら逃げられるが、ガラを連れて逃げるのは無理だ。
見捨てて、逃げるか……という選択が、脳裏に浮かんだ。
「くそ。ついてねえな……」とうめき声が後方から聞こえた。
後ろを振り返ると、ガラが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ガラの視界からでも、相手の服装がわかるほど、両者は既に接近していた。
ガラの表情を見ていたら、逃げるという選択肢はなくなってしまった。
ガラに情が湧いたからとかそういう高尚な感情からではない。
ただ、この世界で一人になることに酷く不安を感じたからだった。
この時点で、ようやく影人は、闘うという決心を下した。
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