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第7話 思わぬ力と死の恐怖
相手との距離が、数メートルにまで接近した時、前方の男から、声をかけられた。
「ようやく戻ってきたか。こんなに待たせやがって……」
集団のリーダーなのか、男はその後、「おい!」と周りの男たちに、手で指示を出し、男二人を前に出させる。
残りの二人と、リーダーの男は、二人が逃亡するのを防ぐためなのか、後方で睨みをきかしている。
「若い奴は殺れ。後ろの奴は、金のありかを聞き出すから、生かしておけ。」
ジリジリと二人の男がそれぞれ武器を持ち、近づいてくる。
初めて経験する命の危機を前に、影人は猛烈な不安と恐怖に襲われる。
この言いようのない全身を駆け巡る不安感に影人はあと数十秒とて耐えられそうになかった。
全身はブルブルと震えて、まともに立っているのもやっとの状態だった。
握り占めている短剣は、かろうじて、手に収まっていたが、脂汗で湿って、いまにも手元から落ちそうな有様だった。
これでは、とても二人の攻撃を受けられるとは思えなかった。
この極度の緊張状態から一秒でも早く逃げ出したい。
考えられることはそれだけだった。
それに対して男二人は、自分たちの数の有利もさることながら、怯えおののいている影人を見て、自分たちよりはるか格下だと判断したのか、表情に余裕があった。
とはいえ、彼らは、こういった場数を何度か踏んでいる経験があるのか、決して油断はせずに、二人で歩調をあわせて、ゆっくりと間合いをつめてくる。
限界だった。
瞬間、影人は短剣を握りしめて、目の前にいた二人の内の一人を目掛けて、飛び出す。
男たちの表情は当初は、先ほどと変わらず、余裕の表情だった。
だが、すぐにその顔は、驚愕と戸惑いの色を帯びることになった。
すれ違い様に、棒立ち状態の男の無防備な首元に、短剣を突き刺す。
心の動揺とは裏腹に、体は自動的に動いていた。
刺された男は、一瞬呆気に捕らえられた表情を浮かべた後、目の焦点が乱れて、そのまま膝を折り、地面に倒れ込んだ。
影人自身も、戸惑いながら、倒れていく男の様子を呆然と見ていた。
影人にとっても、意外なことに、その時、恐怖を感じていなかった。
むしろ興奮していた。
影人が想像していた以上に、強化されている人間とそうでない人間との身体能力の差は大きいようだ。
いける……これなら乗り切れる。
男が倒れてから、数秒間、その場は、しんと静まり返り、ガラも含めて、その場にいた誰もが狐につままれたような呆けた表情を浮かべていた。
その静寂を破ったのは、リーダー格の男のつぶやくような一言だった。
「おい……お前、何をしたんだ……」
その声を合図にしたかのように、場の空気が再び動き出した。
対峙していたもうひとりの男が、影人に向き直る。
その表情からは完全に先ほどまでの余裕の表情は消え去っていた。
倒れた男を呆然と見下ろしていた影人も我に返る。
未だに極度の興奮状態のままだが、それでもなんとか頭を働かせようと、心の中で何度も同じことをつぶやく。
落ち着け、落ち着け……やることは、さっきと、同じだ。
男の首元を目掛けて、飛び出すのみだ。
心の中で、その言葉を言い終える前に、影人の身体は既に動いていた。
だが、先ほどの場合と違って、今度の男は、影人の動きを警戒して、両腕を上げて、防御の姿勢を取ろうとした。
それでも、影人の能力は男の予想を上回っていた。
男がわずかに両腕を動かしたときには、既に影人の短剣は男の首元に達していた。
男は、そのまま両腕をブランと力なく、投げ出し、その場に倒れる。
残された野党たち三人は、前の時と同様にその様子を呆然と見ていた。
ただ、その顔には、先ほどと異なり、恐怖の表情がはっきりと見て取れた。
リーダー格の男は、必死に現状を把握しようと独り言のような言葉を発していた。
「……何なんだよ。いったい……」
未だにこの状況が、信じられないといった様子だった。
「おいここまでだ。この仕事はこれで終わりだ! クソ! 割りに合わない仕事を受けちまった!」
吐き捨てるように言い放ち、影人の方を見て、警戒しながら、話しを続ける。
「おい、俺たちはこれ以上はやらねえ。それで……いいな」
影人は、男の方を見て、ゆっくりと首を縦に振る。
闘いを終わりにしたいのは、こちらも同様だ。
有利に事が進んでいるとはいえ、賭けているのは自分の命だ。
やらないにこしたことはない。
影人の了承に、男は心底安心したように顔を一瞬頬を緩めた。
だが、すぐにまた険しい顔に戻る。後ろの部下二人は、弓を構えて、影人の動きを牽制していた。
「よし。こいつらはこのままにしていくが……武器は回収していく。値が張るからな……。後のものはお前らにやる……それでいいな?」
影人の様子に、交渉の余地があると見たのか、抜け目なく自らの要求を飲ませようとする。
とはいえ、この緊張状態を一刻も早く解消したい影人にとっては、武器のことなどどうでもいい問題だ。
すぐに、影人は、二つ返事でうなずいた。
男は満足したかのように、頷き返し、部下たちに倒れた男二人の武器回収をするように目で促した。
武器の回収を終えたことを確認すると、影人の方を見ながら、ゆっくりと後退していく。
そして、数十メートルほどの距離が広がると、すばやく踵を返して、街道の向こうへと消えていった。
野党たちが視界から消えたことを確認すると、影人は、「ふうう……」と深い息を吐き、構えを解き、両腕を下げる。
思わずそのまま、その場に座り込んでしまいそうなくらい、力が抜ける。
「……お前……すごいな……」
後ろから、絞り出すようなガラの声が聞こえてきた。
振り返ると、ガラが呆然と突っ立っていた。
影人の方を一応見てはいるが、心ここにあらずといった様子だ。
「大丈夫か?」
外見上は怪我をしていないようだが、完全に呆けているガラの様子が気になり、声をかける。
影人の呼びかけにも、「ああ……」と生返事を返すだけだった。
「おい……本当に大丈夫か? 早くここから離れて、街に戻ろう。」
「ああ……そうだ……そうだな」
未だに、ガラの様子は少しおかしいが、とりあえずその場からは離れることに異論はないようだ。
ガラはおもむろに歩き出し、倒れている男二人に近づくと、その場にしゃがみ込み、体をあらためだした。
「お、おい……何してるんだ」
「何って……売れるものがないか探してるんだよ。お前ももうひとりの奴を調べてくれ」
「……え、そ、それは……」
生命の危機にさらされていた極度の緊張状態から、解放された今、影人は自分が倒した二人をあらためて見る。
彼らは死んでいる。
自分が殺したのだ……。
自分がした行為に罪の意識は感じていない。
それでも、心がざわつくのは、死というものにすぐ近くで触れてしまったからだろう。
この世界では、死は特別なものではない。
そのことを今また身を持って体験してしまった。
ガラにしたって、彼らの死について、何か特別の意味を見い出している様子はない。
至って、日常そのものだ。
現に今も食事をするかのように当たり前のこととして、亡骸の体を漁っている。
こんなにも死が日常の世界にいると、酷く不安になる。
自分の命も、この日常にあっさり呑み込まれてしまうのではないかと感じてしまう。
影人がいた世界では人の死というものは、特別で滅多に起こりえないことだった。
だから、自分が死ぬということを深く想像したことはなかった。
宝くじに当たる確率程度の不慮の事故にでも合わない限り、死など、数百年先の遠い未来のことなのだから。
ガラは、そんな影人の心情などどこ吹く風で、二人目の骸を物色していた。
「あんまりいいものはねえな……。こんなもんだろう。そろそろ行くか」
「こんなとこからは早く離れよう……」
影人は骸から背を向けて、ガラが立ち上がるのを待たずにさっさと歩きだした。
とにかく、少しでも「死」から遠ざかりたかった。
「ようやく戻ってきたか。こんなに待たせやがって……」
集団のリーダーなのか、男はその後、「おい!」と周りの男たちに、手で指示を出し、男二人を前に出させる。
残りの二人と、リーダーの男は、二人が逃亡するのを防ぐためなのか、後方で睨みをきかしている。
「若い奴は殺れ。後ろの奴は、金のありかを聞き出すから、生かしておけ。」
ジリジリと二人の男がそれぞれ武器を持ち、近づいてくる。
初めて経験する命の危機を前に、影人は猛烈な不安と恐怖に襲われる。
この言いようのない全身を駆け巡る不安感に影人はあと数十秒とて耐えられそうになかった。
全身はブルブルと震えて、まともに立っているのもやっとの状態だった。
握り占めている短剣は、かろうじて、手に収まっていたが、脂汗で湿って、いまにも手元から落ちそうな有様だった。
これでは、とても二人の攻撃を受けられるとは思えなかった。
この極度の緊張状態から一秒でも早く逃げ出したい。
考えられることはそれだけだった。
それに対して男二人は、自分たちの数の有利もさることながら、怯えおののいている影人を見て、自分たちよりはるか格下だと判断したのか、表情に余裕があった。
とはいえ、彼らは、こういった場数を何度か踏んでいる経験があるのか、決して油断はせずに、二人で歩調をあわせて、ゆっくりと間合いをつめてくる。
限界だった。
瞬間、影人は短剣を握りしめて、目の前にいた二人の内の一人を目掛けて、飛び出す。
男たちの表情は当初は、先ほどと変わらず、余裕の表情だった。
だが、すぐにその顔は、驚愕と戸惑いの色を帯びることになった。
すれ違い様に、棒立ち状態の男の無防備な首元に、短剣を突き刺す。
心の動揺とは裏腹に、体は自動的に動いていた。
刺された男は、一瞬呆気に捕らえられた表情を浮かべた後、目の焦点が乱れて、そのまま膝を折り、地面に倒れ込んだ。
影人自身も、戸惑いながら、倒れていく男の様子を呆然と見ていた。
影人にとっても、意外なことに、その時、恐怖を感じていなかった。
むしろ興奮していた。
影人が想像していた以上に、強化されている人間とそうでない人間との身体能力の差は大きいようだ。
いける……これなら乗り切れる。
男が倒れてから、数秒間、その場は、しんと静まり返り、ガラも含めて、その場にいた誰もが狐につままれたような呆けた表情を浮かべていた。
その静寂を破ったのは、リーダー格の男のつぶやくような一言だった。
「おい……お前、何をしたんだ……」
その声を合図にしたかのように、場の空気が再び動き出した。
対峙していたもうひとりの男が、影人に向き直る。
その表情からは完全に先ほどまでの余裕の表情は消え去っていた。
倒れた男を呆然と見下ろしていた影人も我に返る。
未だに極度の興奮状態のままだが、それでもなんとか頭を働かせようと、心の中で何度も同じことをつぶやく。
落ち着け、落ち着け……やることは、さっきと、同じだ。
男の首元を目掛けて、飛び出すのみだ。
心の中で、その言葉を言い終える前に、影人の身体は既に動いていた。
だが、先ほどの場合と違って、今度の男は、影人の動きを警戒して、両腕を上げて、防御の姿勢を取ろうとした。
それでも、影人の能力は男の予想を上回っていた。
男がわずかに両腕を動かしたときには、既に影人の短剣は男の首元に達していた。
男は、そのまま両腕をブランと力なく、投げ出し、その場に倒れる。
残された野党たち三人は、前の時と同様にその様子を呆然と見ていた。
ただ、その顔には、先ほどと異なり、恐怖の表情がはっきりと見て取れた。
リーダー格の男は、必死に現状を把握しようと独り言のような言葉を発していた。
「……何なんだよ。いったい……」
未だにこの状況が、信じられないといった様子だった。
「おいここまでだ。この仕事はこれで終わりだ! クソ! 割りに合わない仕事を受けちまった!」
吐き捨てるように言い放ち、影人の方を見て、警戒しながら、話しを続ける。
「おい、俺たちはこれ以上はやらねえ。それで……いいな」
影人は、男の方を見て、ゆっくりと首を縦に振る。
闘いを終わりにしたいのは、こちらも同様だ。
有利に事が進んでいるとはいえ、賭けているのは自分の命だ。
やらないにこしたことはない。
影人の了承に、男は心底安心したように顔を一瞬頬を緩めた。
だが、すぐにまた険しい顔に戻る。後ろの部下二人は、弓を構えて、影人の動きを牽制していた。
「よし。こいつらはこのままにしていくが……武器は回収していく。値が張るからな……。後のものはお前らにやる……それでいいな?」
影人の様子に、交渉の余地があると見たのか、抜け目なく自らの要求を飲ませようとする。
とはいえ、この緊張状態を一刻も早く解消したい影人にとっては、武器のことなどどうでもいい問題だ。
すぐに、影人は、二つ返事でうなずいた。
男は満足したかのように、頷き返し、部下たちに倒れた男二人の武器回収をするように目で促した。
武器の回収を終えたことを確認すると、影人の方を見ながら、ゆっくりと後退していく。
そして、数十メートルほどの距離が広がると、すばやく踵を返して、街道の向こうへと消えていった。
野党たちが視界から消えたことを確認すると、影人は、「ふうう……」と深い息を吐き、構えを解き、両腕を下げる。
思わずそのまま、その場に座り込んでしまいそうなくらい、力が抜ける。
「……お前……すごいな……」
後ろから、絞り出すようなガラの声が聞こえてきた。
振り返ると、ガラが呆然と突っ立っていた。
影人の方を一応見てはいるが、心ここにあらずといった様子だ。
「大丈夫か?」
外見上は怪我をしていないようだが、完全に呆けているガラの様子が気になり、声をかける。
影人の呼びかけにも、「ああ……」と生返事を返すだけだった。
「おい……本当に大丈夫か? 早くここから離れて、街に戻ろう。」
「ああ……そうだ……そうだな」
未だに、ガラの様子は少しおかしいが、とりあえずその場からは離れることに異論はないようだ。
ガラはおもむろに歩き出し、倒れている男二人に近づくと、その場にしゃがみ込み、体をあらためだした。
「お、おい……何してるんだ」
「何って……売れるものがないか探してるんだよ。お前ももうひとりの奴を調べてくれ」
「……え、そ、それは……」
生命の危機にさらされていた極度の緊張状態から、解放された今、影人は自分が倒した二人をあらためて見る。
彼らは死んでいる。
自分が殺したのだ……。
自分がした行為に罪の意識は感じていない。
それでも、心がざわつくのは、死というものにすぐ近くで触れてしまったからだろう。
この世界では、死は特別なものではない。
そのことを今また身を持って体験してしまった。
ガラにしたって、彼らの死について、何か特別の意味を見い出している様子はない。
至って、日常そのものだ。
現に今も食事をするかのように当たり前のこととして、亡骸の体を漁っている。
こんなにも死が日常の世界にいると、酷く不安になる。
自分の命も、この日常にあっさり呑み込まれてしまうのではないかと感じてしまう。
影人がいた世界では人の死というものは、特別で滅多に起こりえないことだった。
だから、自分が死ぬということを深く想像したことはなかった。
宝くじに当たる確率程度の不慮の事故にでも合わない限り、死など、数百年先の遠い未来のことなのだから。
ガラは、そんな影人の心情などどこ吹く風で、二人目の骸を物色していた。
「あんまりいいものはねえな……。こんなもんだろう。そろそろ行くか」
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