無痛なる苦痛の呪い術師

佐月

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呪術士の村

呪術「無痛」

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 痛みを恐れた少年は、痛みを受けることも与えることも嫌いになった。
 だから彼は人を傷つけない、しかし彼は傷つけられた。悪意は何故か善意を誘蛾灯として集う。故に彼は最も他を傷つけず、凄惨なる苦痛を受けない人間である。
 彼は苦痛の中で見つけた。相手に痛みを味あわせず、この地獄から抜け出す方法を。いや、道具を。

 呪術「無痛」。決して相手に痛みを与えることはない。それだけの、凡百なる呪術。それは掛けられた相手に何かを及ぼすことはなく、自分の痛みを誤魔化す為だけに使っていた。

 幸い、彼は世に現存する唯一の呪術士の村に生を受け、特筆するほどの才能は無かったが他よりは多少優れていた。故に十五にして無痛の存在を知り、直ぐにそれを実用可能なものとした。

 だが周りにとって不幸なことに、彼には三つの才能があり、ある一つのことだけを恐れていた。
 三つの才能とは、呪術、鍛冶、錬金についての才能があった。呪術士の村は呪術の特性上、人に疎まれるため閉鎖集落にあった。故に鍛冶、錬金も、村の誰かが担っており、彼は教わることができた。
 といっても、その二つの才能も大したものではない。他より優秀、国一番になれるほどではなく、磨けば光る中々のモノ、ただそれだけだ。

 彼は、それから一通りの呪術を十七にて修めた。全てが実用段階ではないが、それなりに研鑽を積めば実用段階に届くほど。


 話を戻すが、彼が恐れていた事は痛みである。一通り呪術を修めた彼は、無痛に対抗する解呪の存在を知ってしまった。呪術は一族秘伝、世間では知るものは居ないが、解呪については似たようなモノが魔術というものの体系にあることを知った。彼は解呪を恐れた。この身に掛けた無痛の呪が解けることを。

 そして最大の不幸は彼が痛みを恐れる余り歪んでいたことだ。
 彼は震えながらこう考えた。 
「痛みが嫌なら元凶を叩けば良いんだ。」と。
「自分を傷つけるものを消せばいい。だが相手に痛みを与えたくはない、ならば相手に無痛を掛けてやれば?」と。

 彼には三つの才能があった。
一つは魔術より深い歴史を持つ、魔術とは似て非なる術を扱うための才。
一つは土精霊と共に生き、金属を叩いて武器をも造る才。
一つは薬や触媒を作りカガクなる分野を開拓する一方エンチャントという術により物質に魔術を付与することができる才。
 
 彼は痛みを恐れた。痛みを与えることも与えられることも。そうして彼の魂は恐怖で押し潰され、歪んだ。


 故に彼は、痛みを克服するため、全てを使った。

銘を「無痛」。強力な念を付与されたソレは折れず曲がらず、生物を切ろうとも相手に痛みを与えないだけでなく、血を流させることさえなかった。


 手始めに、彼は自分を虐げてきた少し老害を狙った。昼間、家には獲物以外は誰も居らず、辺りが労働で活気づく時間帯に、老人の家に忍び込んだ。

 呪術には負の感情を扱うモノが多いために呪術士も負の感情、とりわけ殺意には敏感であった。
 首を一刀で斬り落とそうと息を殺して近づいたが、寸でのところで手に持つ鉄の錫杖で防がれた。彼は、ここで怯え距離を取れば村中に助けを求めて声を上げられることが分かっていたために、刃で錫杖を押しながらも、老人が声を上げようとする隙を狙い、蹴りを入れていった。
 術比べならば彼方が優勢であったが、肉体では若い此方が優っていた。
少々強く、蹴りをいれたとき、老人は僅かに数歩、押されるように下がった。
 それに焦ったのは彼であった。間合いの外、助けを呼ばれてしまえば取り押さえられ、殺されないにしても武器は没収の上、監禁は免れられない。

 そして予想通り、老害は声を上げた。

 彼が踏み込み身体をバネの様に捻り放った咄嗟の斬撃は、老人の錫杖を切断し、隠れていた首の柔らかな肉を、何の抵抗もなく斬り落とした。

 老害は驚きの声を上げたのだ。首だけになって。

 彼もギョッとした。老人は生きているのだ、首だけになっても。老人の呪術か、はたまた剣の効果なのかは分からないが、分からないなりに助けを呼ばれないことが最優先だと、老人の頭を二つに割る。

 流石に堪えられなかったのか、老人は死んだ。いや、死んだのかは未だに分からない。相変わらず出血はしておらず、単に脳が二つに割れたことによりモノを考える力を無くしているだけなのかもしれない。

 ただ、重要なのは老人は完全に動くのを止め、もう声を上げることも無いことだ。

「…ひとりめ」
 思わず呟くが、誰も聞く者は居ない。ただ自分の鼓動の高鳴りが大きく聞こえ、外に漏れやしないか不安になった。

 何せ今から始まるは禁呪を行う儀式である。呪術士界隈では珍しい術では無いが、呪術士達には最大の禁忌とされている。呪術士だからこそ、最大の禁忌としているのだ。

「…その才能を…」
 本来この術は相手から激しい抵抗を受ける。一般人にやっても術者はそれなりの負傷を負う。だが抵抗を受けない方法もあるのだ。
 
 一つは相手を廃人同様まで追い込み精神を壊すこと。
 もう一つは新鮮な屍に使うこと。
ただし後者は前者に比べるとロスがあるが、手間を考えれば後者の方が簡単だ。
しかし簡単か、そうでないかではなく、呪術という邪術を使う者どもでも倫理観は持ち合わせているために「大抵は」ある程度心を折り、その上で術を使う。
 相手は死ぬわけではない、だが、禁呪とされる。

「…我が手に」
 念の籠った呪詛が屍に干渉し、屍から陽炎の様な揺らめきが立ち上る。呪術を扱う上で必要不可欠な力「呪力」。
 それが今、彼の呪詛により屍から引きずり出された。
 老人が溜め込んできた膨大な呪力は徐々に彼に吸収されていく。
 これこそが禁呪。呪術士が呪力を失うというのは、今まで研鑽してきた全てを失うということ。
 故に呪術士等には最も嫌われる術として最上位の禁忌とされるが、その魅力ゆえに一時期呪術士界隈では皆が知るほどになった。

 だが現在、魔女狩りによって呪術士は狩られ、呪術士は既にこの村の中にしか居ないとはいっても、可能性としては何処かに自分等のように身を隠した呪術士の一族がいるかもしれない。

 そうなると大人たちは禁呪の脅威を子供たちに知らせずにはいられなかった。
 存在を知った上で術に対抗するのと知らないで抵抗するのは、こと呪術に関しては大きく結果を変えることになるからだ。

 そんな背景があり、この禁呪はある程度理性が身についた者なら誰でも知っており、誰もが疎むモノだった。
 しかしそんな禁呪でも、この村の二代前の村長が決めた掟であるが、あるときだけは唯一使用が認められていた。

 親族が死んだとき、それに立ち会ったときだ。時を経るに連れて伝言ゲームのように呪詛は失われるだろうが、代を重ねるごとに呪力は強まり、昔の様に魔女狩りが起こされたとき、抵抗できるように。
 そんな願いを込められて、呪術士たちの複雑な理由で禁忌は受け継がれていた。
 
「まぁ、別に、この爺と血縁関係には無いけどね。」
 感じたことがない程の呪力に興奮し、弾んだ声で彼は言った。

 完全に呪力が取り込まれると、爺を見下ろし口を開く。

「ゲン爺、幸せ者の老害ですね。貴方は此れ迄、醜く生にしがみつき愚かにも癇癪で暴行を加えるようなクズでしたが、もう誰も傷つけることはなく、痛みなく逝き、呪力は未来ある若者の糧となるのですから。」
 聖職者のような口調で嫌味を多分に含ませ、馬鹿にするように言った。

 途中で本当に死んでいるのか疑問に感じたが、ハイになっていた彼は深く考えずに老人の家を出た。 
 次の獲物の狩りに出た。




 その次の日、人口百余人の村は、天涯孤独の老人等の家から、出血が見られない遺体が十程見つかり、村は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 行方不明な老人等は、いずれも気難しい老害ばかりで有名だったが、顔が一目で判別つかないようなバラバラ死体が多くあったために正確な数を判別するに時間がかかり、更に禁呪が使われたことに気づくのは三日後、新たな犠牲者が出た頃だった。



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