11 / 29
本編
本編ー5
しおりを挟む
黒雷の虎、ネグロ・トルエノ・ティグレ。
一人で居るところを危険度Bランクのモンスターに襲われ、絶体絶命のピンチだったミナギを助けに来たのは、ユヅキだった。力がない為か、思い切りネグロ・トルエノ・ティグレに体当たりする形で突き刺したリングダガーは、左の首筋に深々と突き刺さっていた。
完全にミナギに意識が向いていたせいで、不意打ちを喰らう形になったネグロ・トルエノ・ティグレが上げる、苦悶の咆哮。
なんとかユヅキを振り払おうと四本の足で踏ん張り、頭を激しく左右に振る。
しかし、ユヅキもユヅキで振り払われて堪るかと、リング・ダガーの柄を右手で、リング部分を左手で掴み、耐える。
ユヅキの踏ん張りと、ネグロ・トルエノ・ティグレの抵抗。この二つの要素がユヅキに軍配を傾ける。深々と突き刺さったリング・ダガーが、じわり、じわり、と動き、傷口を大きくしていく。
歯を食いしばって耐えるユヅキが、何かを叫ぶ。ミナギの耳では聞き取れない、歌を歌っているようにも聞こえるそれは、精霊の言葉。精霊術師が無意識のうちに喋る、精霊の言葉だ。
「……っ。ユヅキさん、何言って……え?」
「あぁらぁ!ひっどいケガしてるじゃないのぉ!」
ユヅキの声に応えたのは、アルバと泉の水の精霊達だった。
倒れ伏したままのミナギの傍に駆け寄り、一番酷い傷口である左肩に向けて手を伸ばす。アルバは、そのくちばしを近付ける。
ただ、それだけ。ただそれだけに見えた行動は、だがしかしミナギの怪我を治癒させる為の行動で。血がだくだくと流れ続けていた傷口は、今やどこをどう負傷していたのかもわからないくらい、綺麗に治っていた。
左の肩部分が破れ、血まみれになった制服を着ていなければ、怪我をした事すらわからないくらい、綺麗な治療。
あまりにも綺麗な治療にぽかんとするミナギの周りでは、ボロボロと泣いている五人の小さな精霊達の姿。何を喋っているのかはわからないが、きっと無事で良かったと言っているところだろう。
後からユヅキに訊けば、役に立てなくてごめんなさいとも言っていたらしいが、そこは全力でミナギは否定しておいた。最初にネグロ・トルエノ・ティグレが近付いている事を教えてくれたのは、五人の小さな精霊達の中の、地の精霊だったから。
その間も、左の首筋にリング・ダガーを突き立てているユヅキを振り払うべく、ネグロ・トルエノ・ティグレの抵抗は続く。が、ユヅキもユヅキで踏ん張り続ける。
さっさと手を離せば良いのに離さずにいるのは、考えなしに踏ん張っているだけか、はたまた今手を離すと吹き飛ばされる可能性が高いからか。左の首筋に出来ている傷口は、リング・ダガーの刃幅よりも数センチ広くなっていて、さっきよりも多くの血がぼたぼたと流れ落ちて行く。
このままでは死ぬと判断したネグロ・トルエノ・ティグレが、ダンッと一度強く地面を踏みしめ、体を低く構える。
金に近い黄色の体毛にぶわりと浮かぶ、黒い雷にも似た何本もの縦縞模様。同時に、パリパリと音を立てる周囲の音に、ユヅキは反射的にネグロ・トルエノ・ティグレの体を両足で蹴って距離を取る。その距離、大体二メートル程。
着地すると同時に倒れまいと踏ん張り、両足の踵でガリガリと地面を削る。靴が傷むなぁ、なんて頭の片隅で思いつつ、ネグロ・トルエノ・ティグレから目を逸らさない。
ネグロ・トルエノ・ティグレの雷のチャージが、後もう少しで完了する。きっと、後もう数秒の話だろう。
そんなネグロ・トルエノ・ティグレの様子を見ながら、ユヅキは声を張り上げる。
「セラータァ!!」
張り上げる大音声。
それは、黒雷を放たんとするネグロ・トルエノ・ティグレの咆哮が、今にも上がろうとしていた、まさにその瞬間の出来事。
突如ユヅキの影から飛び出す、黒い塊。もとい、体長四メートルほどの大きさを持つ、黒い豹。ネグロ・トルエノ・ティグレからユヅキを守るように立ち塞がり、威嚇するように上げる咆哮。
すると現れるのは、ネグロ・トルエノ・ティグレの全身を覆い隠す、黒い闇色のドーム。完全にネグロ・トルエノ・ティグレの全身が覆われるのと、黒い雷が放たれるのは、数瞬の違い。
闇色のドームの奥から響く、獣の咆哮。バリバリと空気を切り裂く雷の音や、ドームの壁にぶつかる雷の音も。ネグロ・トルエノ・ティグレが黒雷を放ったのはわかるが、攻撃がドームを突き破る事はなさそうだ。
あの闇色のドームがなければ今頃、ユヅキもミナギも、放たれた黒雷にユヅキもミナギも貫かれていただろう。きっと、多分。泉の水の精霊達の力で黒雷を防げない事は、ミナギを水球で護っていた時に立証されているから。
咆哮が消える。ネグロ・トルエノ・ティグレが放った黒雷は、完全に闇色のドームに封殺された事を知るには、十分。
「……たす、かった……?」
「まだ!アルバ!ミナギくんの傍離れないで!セラータ、そのまま待機!」
鋭いユヅキの声に、ビクッとミナギの肩が跳ねる。
今まで聞いた事のないような、鋭い声だった。つまりはそれだけ、切羽詰まった状態なのだと訴えていて。ミナギの体が瞬間的に委縮してしまう。立ち上がる事も出来ないミナギを背に庇うようにして、その両の翼を広げる。
だが、体長二メートルのネグロ・トルエノ・ティグレと比べれば、小さいアルバの体は少々頼りない。守ってくれようとしているのに、申し訳ないけれど。
否待て、それ以前に。
「その黒い豹、セラータなの!?」
「ミナギくぅん?今はぁ、そんなツッコミ入れてる場合じゃないでしょぉ?」
ついついツッコミを入れずにはいられない性分に、呆れながらいつも通りの口調でアルバが軽く叱り付ける。それはそう、と内心頷くミナギ。
けれど、ミナギの気持ちもわからないでもない。
それこそ普段は肩に載るくらいの黒猫の姿をっているセラータ。なのに今は、体長四メートルほどの黒い豹。とてもじゃないが、似ても似つかない姿だ。頭の中でどう頑張ってもイコールで繋がってくれない。
困惑するミナギを他所に、黒い豹――もとい、セラータが作り出した闇色のドームがドンッと鈍い音と共に僅かに揺れる。しかも一回だけではすまず、続けて二回、三回と揺れる。
何が起きているのか、すぐには理解出来ない。ネグロ・トルエノ・ティグレが脱出するべく闇色のドームに体当たりをしているのだとわかったのは、それから数秒後。
バリィンッと大きな音を立てて、セラータの創り出した闇色のドームが内側から砕け散る。
粉々に砕け散る闇色のドームの破片が、飛び散る。
重たい足音を響かせて着地したネグロ・トルエノ・ティグレが、ユヅキやセラータを睨み、次にはアルバとミナギを睨み付ける。呼吸はかなり荒く、左の首筋に出来ている傷口からは相変わらず血がだらだらと零れ落ちていて、随分と弱っている様子を見せているが、ユヅキ達を睨み付けている瞳には、弱さは見えない。
ミナギ達を倒す事よりも、生き残る道を模索している、そんな目をしていた。
戦闘経験がほぼないミナギでも、わかる。ネグロ・トルエノ・ティグレの左首筋のあの傷は、相当の深手だ。仮にこの場を生き延びても、長くはもたない。
きっとネグロ・トルエノ・ティグレ自身もわかっていて、それでもまだ生に縋り付こうとする姿は、恐怖を与えるには十分過ぎる。
だが、逃げ出す為の道を探す事ばかりに集中していたネグロ・トルエノ・ティグレは、だからこそ見落としていた。
自分がたった今砕いた闇色のドームの破片が、不自然な形で空中に留まっている事に。
それは何の前触れもなく、突然起きた。
ネグロ・トルエノ・ティグレが砕いた、闇色のドームの破片から、突如ネグロ・トルエノ・ティグレに向けて真っ直ぐに伸びて行く闇色の帯みたいなもの。それは瞬く間にネグロ・トルエノ・ティグレの四肢を、胴体を、首を、頭を縛り上げる。
上がる、驚きと苦悶の咆哮。すぐに振り払おうとネグロ・トルエノ・ティグレは体を揺さぶろうとするが――全く動けない。前脚を振り上げる事も、頭を動かす事も、何もかも。
体を動かす以前に、首を締め上げる影が左首筋に出来た傷口に食い込み、更なる痛みをネグロ・トルエノ・ティグレへと与えている。
更にぼたぼたと、ネグロ・トルエノ・ティグレの傷口から血が溢れて行く。
さっきよりも、息が荒い。険しいその表情から見て、ネグロ・トルエノ・ティグレも追い込まれている事は見てとれた。だからと言って、ネグロ・トルエノ・ティグレはまだ生き残る道を見付けようとしている気がする。
諦めが悪いと言うか、しぶといと言うか。まあ簡単に諦めるなら、危険度Bに指定される事はないか。勿論モンスターの危険度は、その強さで評価される場合が多いけれど。しぶとさも、強さを決める条件の一つになる筈だ。
「あらぁ?あれはぁ」
「オスクロ・マルディフィヨン!ナギトだ!」
「マルディフィヨン……って……えっと、確か、呪縛魔法、だっけ?え、どっ、どこからっ!?」
自分を背中に庇うようにして立つ泉の水の精霊の後ろで、ミナギは辺りをキョロキョロ。ユヅキの言葉から、なんとか記憶を辿り、勉強しておいた魔法の種類を思い出して、それが闇の呪縛魔法である事に気付くまでは出来た。
一つの疑問は解決出来たが、また新たな疑問が急浮上。闇魔法ならナギトが使った可能性が高いが、一体どこから魔法を使ったのだろう。
魔法はその強さや距離に応じて、魔力の消費量に大きく影響すると、教科書には書かれていた。
少なくとも、今ミナギが視界で捉えられる範囲に、ナギトの姿はない。木々に隠れている可能性は、かなり高いけれど。
そんなミナギの様子に、第三者の介入をネグロ・トルエノ・ティグレも悟る。まあだからと言って、逃げる事も出来ず、ただただ闇の呪縛魔法に縛り上げられたまま、ある一点を見つめて唸るだけ。
来る。何かが来る。
さっきまで泣き喚いていた小さいのと、自分の首に爪を立てた小さいの、自分の雷を阻んだ黒いヤツや、白い鳥とは別に、何かが来る。
コレはダメだ。コレはこの小さいの二頭と黒いのと白いのとは比べ物にならない、何かが来る。もう近くまで来ている。狩りだ、これは狩りだ。自分は今、狩る側から、狩られる側に変わった。
ネグロ・トルエノ・ティグレが、ここに来て初めて恐怖を覚えた。来るな来るなと姿なき第三者に対してもがき叫ぶが、そんなものが通用する筈もない。
だってネグロ・トルエノ・ティグレは、第三者にとって――ナギトにとって、大事な二人に牙を剥いたのだから。
「突き上げろ、オスクロ・ランサ」
静かだった。本当に、静かな声だった。けれど、湖の近くに居る全員の耳に、はっきりと届く、力強い声だった。その言葉の意味を理解していたのは、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータの二人と精霊コンビだけだったけれど。
闇の呪縛魔法に縛り上げられていたネグロ・トルエノ・ティグレが、足下の地面から真っ直ぐに突き上げる形で現れた複数の闇の槍、オスクロ・ランサに貫かれる。
完全に四肢が地面から離れる。がっしりとした巨躯が仇となった。オスクロ・ランサに突き上げられた ネグロ・トルエノ・ティグレの身体は、その自重で更に深く体が槍に突き刺さる。
オスクロ・ランサに貫かれた直後、オスクロ・マルディフィヨンは解除され、ネグロ・トルエノ・ティグレの動きを制限するものはなくなっていたのだが、もはやもがく余裕すらない。小さく体をぴくぴくと震わせ、虫の息。
そんな状態でもまだ生きている事に恐れを覚えるべきか、同情するべきか、少し悩む。
「へぇ?サスガは危険度Bランクにされるだけはあるなぁ?大体のヤツはこれで死ぬのに、まだ生きとるとか、たいぎいわ」
冷静に、でも心底うんざりしたような声が、響く。
それは紛れもなくナギトの声で、まだしぶとく生きているネグロ・トルエノ・ティグレを見ながら、ゆっくりと森の中から現れる。
位置関係的には、ミナギから見ればネグロ・トルエノ・ティグレを挟んだ向こう側。ユヅキから見れば、ネグロ・トルエノ・ティグレを正面にして右側だ。木々が落とす影に隠れ、見えにくかった顔が陽の光にさらされた瞬間、ミナギはビクッと肩を震わせた。
あ、怒ってる。あれすっごい怒ってる。
ミナギでも瞬時に理解出来るくらいはっきりと、ナギトは怒っていた。声に怒りが出ていないだけで、顔にはあからさまな怒りが現れていた。
マリーゴールド色のナギトの左目と、ミナギの目が、合う。
目が合って、しかしすぐにナギトの視線はズレる。今はもう治っているミナギの左肩へ移り、血塗れの制服に移り、それからネグロ・トルエノ・ティグレへと戻った時には――マリーゴールドの瞳には、怒りと共に違う色が確かにあった。
≪いつものでいいか?≫
「ん?んー……必要ない。もう終わる」
≪わかった≫
ヴェルメリオの言葉を、だがしかしナギトは断る。もう終わるから、と。
まあ確かに、左の首筋に大きな傷口が出来ているうえに、オスクロ・マルディフィヨンに縛り上げられたかと思えば、更にはオスクロ・ランサに突き上げられたのだ。まだ生きているのが不思議な状態で終わらなければ、逆に変な話か。
息も絶え絶えの状態でまだ生きているのは、幸運なのか、不運なのか。絶対不運だろう、ネグロ・トルエノ・ティグレから見れば。
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、ネグロ・トルエノ・ティグレが、ナギトを睨み付ける。
睨み付けるとは言っても、最初にミナギに向けていた圧はなく、かなり弱っているのは見てとれた。
でも、なぜだろう。今ここでナギトがオスクロ・ランサを解除したら、最後の力を振り絞って反撃してきそうな、そんな気がする。相手がモンスターだろうと人間だろうと、最後の最後まで油断してはいけない、と。学園で教師が語っていた言葉が蘇る。頭でわかっているつもりではあったが、こうして実際に瀕死の状態でもまだ生きているネグロ・トルエノ・ティグレの姿を見れば、納得出来る。
ゆっくりと歩き、ナギトがネグロ・トルエノ・ティグレへと近付く。まだ、オスクロ・ランサは消えない。
ネグロ・トルエノ・ティグレの正面に立つと、左の首筋に刺さったままのユヅキのリング・ダガーの柄を掴む。
「うちのチビを襲ったのが運の尽きなんだよ」
最後の力を振り絞って、ネグロ・トルエノ・ティグレがナギトに向かって牙を剥いて低く唸る。咬み付く事は出来ないが、それでも精一杯の抵抗を見せる姿は、いっそ天晴れ。
だがそんな様子に眉一つ動かさず、掴んだリング・ダガーを動かす。ネグロ・トルエノ・ティグレの左の首筋から、一八〇度反対側の、右の首筋に向かって。完全に首半分を断ち切る。
苦痛の断末魔も途中で消えて、代わりに傷口から溢れる血が、ナギトの制服の袖を染め上げて行く。白を基調としているせいで、血に染まるとかなり目立つ。ミナギの制服と同じで。決定的に違うのは、その血が制服を着ている本人のものか、モンスターのものか、だ。
オスクロ・ランサが消える。闇の槍に突き上げられていたネグロ・トルエノ・ティグレの巨躯が、地に落ちる。
ピクリとも動かないところから見て、今度こそ完全に絶命したのだろう。
自然にミナギの体から、力が抜ける。ずっと恐怖に縛られていたのだ、当然と言えば当然。初めて対峙したモンスターが危険度Bのネグロ・トルエノ・ティグレともなれば、流石にハードルが高過ぎだ。
ネグロ・トルエノ・ティグレからリング・ダガーを抜き取り、軽く血を振り落とす。そんなナギトにすぐさま駆け寄るのは、ユヅキ。
そのまま抱き着くのかと思いきや――助走を付けて、ジャンプ。かと思えば、思い切りナギトの頭を叩き飛ばした。
「ええええええええええええええっ?!」
「ナギト遅いっ!!」
「すんません。けどさぁ、ドコに居るかわから」
「言い訳しないっ!ミナギくんすっごい大ケガしてたんだよっ?!」
「でももう治って」
「治ってるからいいって問題じゃないのっ!!アタシの方が先に着いてたしっ!!」
「仕方ないじゃん。俺闇属性で、捜索魔法も日陰げ」
「言い訳ダメッ!!」
思い切りナギトの頭を叩き飛ばしたユヅキに、思わずミナギが挙げた絶叫は、驚愕一色。
しかし、そんなミナギをよそに、頭を叩き飛ばしたナギトをお説教開始。その場に正座するナギトの前に仁王立ちする姿は、何処か凛々しくもあった。
当のナギトは、さも当然のようにその場に正座して、ユヅキからのお説教を受けている。合間合間にナギトが反論しようとするが、全て封殺。言い訳ではなく事実でしかないのだが、取り付く島もないユヅキに、大人しく口を閉ざす。これ以上は何も言わない方が良い。そう判断したのだろう。賢明な判断ではある。
だがミナギからしてみれば衝撃的な展開過ぎて、どこからどう突っ込むべきか悩む。頭の上に疑問符を乱舞させるミナギをよそに、まだユヅキのお説教は続いていた。
そんな三人組を、アルバとセラータはいつもの事だと見守り、泉の水の精霊達やミナギの五人の小さな精霊達はオロオロするばかり。このリアクションの違いは、付き合いの長さが大きく関係しているのは間違いない。
「あっ、あのユヅキさん、オレもうだいじょ」
「ミナギくんは黙っててっ!!」
「あ、はい」
「ミナギ止めとけ。こうなったユヅキは止まらないから」
「ナギトも黙って!」
「へい」
大丈夫だからと言おうとして、だがしかし、やっぱりユヅキに封殺されてしまう。どうやら完全にご立腹。ナギトの言う通り、こうなったユヅキは止まらないのだろう。怒りが自然消火されるまで、大人しく待つしかないらしい。
どうしようも出来ず、助けを求めてアルバやセラータを見るが、緩く首を横に振られたり、待ってなさいよぉと言われたりで、これまたどうしようもない事がわかっただけ。
仕方ないかと諦めつつ、駆け寄って来た五人の小さな精霊達の頭をよしよしと撫でる。彼等の言葉はわからないが、無事で良かったと、力になれなくてごめんと、そう言っている気がして。今は通訳をユヅキに頼む余裕がない為、後で通訳してもらおうと決意。
そう言えば、いつの間にかセラータが黒豹の姿から、見慣れている黒猫の姿に戻っている。後から聞いた話では、戦闘中、強いモンスター相手にはあの姿になる事も多いとか。
いつまで続くのかなぁ、なんて。ナギトのお説教を続けるユヅキを見守っていると――意外とすぐに、お説教は終わりを迎えた。
遠くから響く、誰かの声で。
反射的に体を硬くするミナギとは違い、ナギトは片眉を跳ね上げ、ユヅキは不思議そうに周囲を見回す。アルバやセラータも特に警戒した様子がないところから見て、モンスターではないと思っても良いのだろうか。
不安げなミナギの様子にいち早く気付いたのはセラータで、軽くジャンプしてミナギの肩の上に着地すると、すりすりと頭をすり寄せる。
まるで、安心しなさいと訴えるような動作に、自然とミナギはホッと息を吐く。
「誰だろ?」
「おおかた、今回の見守り役の教師だろ。やっと来たって事は……どっかでモンスター引っかけてたか?」
「引っかける?」
「ん。『見守り』だからな。生徒で対処出来そうにないモンスターが近付いてる時、生徒に警告出すか、生徒達のトコにモンスターが向かわないように応戦するの二択がある」
成る程。今回はその中で、応戦を選んだわけだ。
ナギトの説明に納得していると、さっきよりも近付いて来る声。それは紛れもなく人の声で、明確にナギト、ユヅキ、ミナギの名前を呼んでいた。返事をしたのはユヅキで、その声に引き寄せられる形で現れたのは――魔法銃を手にした男。歳は大体、四十後半。背が高く、体もかなりがっしりしていて、剣を持っていてもおかしくない体格の持ち主だ。魔法銃は、ナギトいわくライオットガン。
見守り役の教師らしき人物が現れた瞬間、思わずぎょっとミナギは目を見開き、ユヅキは慌て、ナギトはうわぁ、と声を漏らしていた。
魔法銃を持った教師が、あまりにもボロボロだったから。
モンスターからの返り血だけではない血がほぼ全身を濡らし、鋭い爪によるひっかき傷が腕や足、脇腹等にも出来ていた。自力で立ってているものの、満身創痍と言っても過言ではない。
「わあああ!先生ケガ凄い!アルバー!!」
「はぁいぃ」
「お、おお、大丈夫だ!見た目は派手だが、ポーションを飲めばこのくらいすーぐ治っちまうぞ!君等の無事を確かめたくて、ポーション飲まずに来ただけだ、気にせんでくれ!」
腕の傷を見せながら、教師はガハハハと豪快に笑う。確かにその元気な笑い方からすれば、問題がないように見えるが、本当に大丈夫だろうか。
心配そうなミナギやユヅキをよそに、魔法銃のライオットガンを持つ教師は生徒であるナギト達の無事を確認していく。特に白い制服が真っ赤に染まっているミナギを心配しているが、怪我も治った後だと知るとホッと胸を撫で下ろす。
「ネグロ・トルエノ・ティグレが三頭向かっているのが見えて、対応しようとしたんだが……さすがに向こうのが速かったわ!一頭逃してもうたわい!」
「や、ネグロ・トルエノ・ティグレ相手にライオットガンでよくやれたな?しかも二頭相手にしてたとか」
「む?このくらいなんともないんだがなぁ?それよりも、生徒達が無事で良かったわい。想定外だったのは、結界術師の生徒に向かって行った事か……。すまんかった。生徒の安全を守るのが、私らの役目なのに」
そう言ってライオットガンを手に丁寧に頭を下げる教師の律義さに、少し困る。
どう返事するべきかと悩むミナギと、頭を下げる教師とを見比べるナギトは、両腕を組んで少し考え込む素振り。続けてユヅキへと視線を投げれば、視線の意味が理解出来ていないユヅキは首を傾げるだけ。
ユヅキの肩の上のアルバも不思議そうに首を傾げているし、ミナギの肩の上に居るセラータはふあぁっと大きな欠伸を一つ。
だが、星空のような瞳は、何かを訴えるかのようにナギトを見つめ返していた。
「ハァ……。大人しくアルバに治療してもらっとけよ。ほれ」
「ごふっ!!」
「うわあああああっ?!ちょっ、ナギトさん何やってんの?!」
「ナギトーーーー?!」
呆れ混じりに零しながら、ナギトがぐっと教師の右脇腹に軽く突く。すると瞬間、大量の血を吐いてその場に崩れ落ちる教師。流石にこれにはミナギも叫ぶし、ユヅキも焦ってナギトの頭をもう一度叩き飛ばす。一発目よりも、かなり強めに。
いって、なんて聞こえたナギトの小さな悲鳴は、だがしかし黙殺。
何をやっているのか。思わず叫ぶミナギと、叩き飛ばすユヅキに対して、けれどナギトは冷静だ。叩かれた頭をさすりつつ、あばらが数本骨折してる、と。
さて、これに驚いたのはユヅキで、慌ててアルバに治療を指示。今回は断られても治療してと指示。思い切り怪我をしている箇所を突かれた教師はと言えば――右脇腹を押え、悶絶していた。アルバの治療を断る以前に、声が出ないらしい。
そんなに痛いのにさっきまでがははと豪快に笑っていたのは誰だ。心の中で思わずミナギが入れるツッコミ。
まあ当の教師としては、生徒達が心配だったことで一時的に痛覚が麻痺していた可能性はあるけれど。無防備になっているところにナギトが繰り出した追撃は、ある意味トドメになったのかもしれない。
「並みの魔法剣士でも一対一で苦労する相手に、二頭同時に魔法銃で相手にしてたんだ。むしろそんだけの傷で済んだだけでもマシじゃん。俺だったら絶対やりたくねぇわ。ばりたいぎいし」
「……ねえナギトさん、前から思ってたんだけど、『ばり』とか『ばちくそ』ってなに?たいぎいと同じ方言?なのはわかるけど……」
心底うんざりした様子のナギトに、遠慮がちにミナギがかける声。聞き慣れない単語の意味を問えば、わかりやすくナギトがぴたりと動きを止めた。動きを止めて、視線を明後日の方に向けて考え込んで、悩み始めて――首を傾げる。
それから、助け舟を求めるように視線を送るのは、これまたやっぱりユヅキ。
当のユヅキは、教師の治療を見守っていた為話を聞いておらず、話の流れから説明する必要があったけれど。
話の流れを知ると、嗚呼成る程とユヅキは首肯一つ。
「簡単に言うと、『ばり』は『凄い』で、『ばちくそ』は『めちゃくちゃ凄い』かな」
「あー……なるほど」
「普段使い慣れてるから、意味訊かれると困るんだよなぁ……。おかんが普段使う言葉だから、親父やゆづは慣れてるし」
「ジョサニア大陸の地方の方言だな、あまりこっちでは聞かないが」
アルバの力によって怪我が綺麗に治った教師が、ゆっくりと起き上がる。バレるなんてなぁ、なんて呟いているところから察するに、どうやら学園に帰るまで怪我を隠しておくつもりだったらしい。
それ以前にポーションを使っている可能性もあるけれど、流石に骨折となると、手持ちで足りるかどうか、と言ったところか。
「別にイイじゃん、ポーション節約出来ただろ」
「しかしだなぁ……。生徒を守る側の教師が助けてもらうのは」
「でも、先生が二頭のネグロ・トルエノ・ティグレを引き付けててくれたからミナギくんは無事だったんだよ?三頭同時に来てたら、私も間に合わなかったと思う。ナギトなんてもーっと遅かったし!」
「だからそれはぁ」
「ナギト、黙って」
情けないと肩を落とす教師に対して、ポーションが節約出来たとナギトは宥めるが、うっかり話の流れでユヅキの怒りが戻って来た。
反論しようとするナギトだが、やっぱりユヅキに封殺されてしまう。
普段はユヅキがナギトに叱られたり、止められたりしている場面が多いのに、なんとも不思議な光景だ。この二人だからこその、独特な力関係なのだろう、きっと。まあミナギとしては、面白いものがみられて良いのだけれど。ナギトが叱られている場面なんて、早々見られない筈だから、絶対、きっと。
それに、アルバもセラータも止めようとしないのだ、放っておいて良いだろう。彼等がのほほんとしているところから見ても、近くに脅威となるモンスターは居ない筈だ。
一応大丈夫かと肩の上に乗るセラータに確認。こくんとわかりやすく頷いたのを見て、ほっとミナギは息を吐く。
肩の力が抜けると同時、カタカタと小さく震え始めるミナギの体。
あれ、と自分の体を見下ろして瞬くミナギを、五人の小さな精霊達は心配そうに見上げ、セラータは頭をすりすりとこすり付けて来る。
「え……あれ、なんで」
呆然とした様子のミナギの声に、くるり、振り返るナギトとユヅキ。と、教師。
振り返って見えたのは、呆然としなたらボロボロと涙を流すミナギの姿。自分でもなぜ泣いているのかわからない様子で、なんで、と不思議そうに零しながら、涙を拭っている。ナギトとユヅキが、顔を見合わせる。泣いている理由は、大体察しがついていた。それは教師も同じようで、柔らかく微笑む。
先に動いたのは、教師。小さなミナギの頭に手を置き、目線を合わせる為に屈む。
「ネグロ・トルエノ・ティグレを二体相手にしてたからって、生徒を守れんかったのは言い訳にもならんなぁ、すまん。けど、よく生きてた。偉いぞ!よく頑張った!!」
そう言ってにっかりと笑う教師の言葉に、頭に手を置かれた瞬間少しだけ止まっていたミナギの涙が、またボロボロ、ボロボロと流れ落ちる。極度の緊張状態から解放された事による安堵によるものなのだろう事は、すぐにわかった。
戦闘経験のないミナギが、初めて真正面から相対するモンスターとしては、ネグロ・トルエノ・ティグレはあまりにも危険過ぎた。
無事だったから良かったものの、泉の水の精霊達が助けてくれなければ、最初の時点で死んでいた。ユヅキの到着が後少しでも遅れていれば、あの時点でミナギは死んでいた。
ほんの数分の出来事だった。たかが数分、されど数分。その間に二回も死にかけていたと思うと、教師の言葉も尤もだと言える。
よく生きていた。よく頑張った。
その言葉は紛れもなく、ミナギの心を揺さぶった。
ついにはグズグズと鼻を鳴らし始めたミナギに、ナギトとユヅキは再度顔を見合わせ、笑い合う。
取り敢えず、話はここでいったん終了しよう。
「にしても、なんでネグロ・トルエノ・ティグレがこんなトコに居たんだ?生息域ってもっと違うトコだろ」
「ああ、こんな所に出現するのがわかっていたら、学園側もこの場所でのクエストを発行していない。だが、こいつらの毛並みを見る限り……まだ若い個体だな。群れから旅立ったか、力試しに来たか……。どちらにしろ、学園に報告する必要があるな。クエストの途中かもしれないが、お前等それでいいな?」
ナギトがとどめを刺したネグロ・トルエノ・ティグレを細かく確認しながら、教師は呟く。
これにはユヅキも、ミナギも泣きながら頷く。反論する必要も、理由もないから。あえて言うなら、クエルノ・ラビット討伐クエストがまだ途中である事くらいか。
だが、必ずクリアしなければいけないわけではないし、危険度Bのモンスターに遭遇して、パーティメンバーが死にかけたのだ。これでまだクエスト達成の為に残る選択をするほど、ナギトもバカではない。むしろ、両親からの教えで、即刻学園への帰還を選ぶ男だ。
涙がまだ止まらないミナギの頭を、真上から掴むようにして、ぐりぐり撫でる。さっきの教師よりも荒っぽい撫で方なのは、絶対気のせいではない。
「ちょっ、止めてナギトさんっ!背ぇちぢむっ!!」
「こんくらいで縮むかよ。ま、とりあえず、無事で良かった。ゆづ、泉の精霊達にもお礼言っといて。お礼に何かしてほしいとか、欲しい物あったら言えば用意するから」
「はーい!」
「なーるほど……精霊術師だと、近くに居る精霊に助けを求められるのか……。便利なもんだなぁ」
便利、と教師が零した言葉に敏感に判断したのは、ユヅキ。僅かに眉間にしわを寄せ、ムッとした表情になっていて、不機嫌なのは明白。
だがユヅキが口を開くよりも前に、ナギトがユヅキの肩を強い力で掴み、これを阻止。小さい声で、世間一般の連中はそう言う考えになるんだよ、なんて聞こえてきたが、ユヅキの気持ちもわからないでもない。
後から訊いた話だが、もしこの時ユヅキを止めて居なければどうなっていたかと言うと――思い切り教師相手に喧嘩を売っていたそうで。幼い頃、それこそ生まれた頃から身近に精霊が居たユヅキにとっては、世間一般の認識のズレがどうにも腹立たしいそうで。
止めるのも大変なんだぞ、と疲れを顔に滲ませて語るナギトに、思わず同情した。
「……でも、気持ちはわかる。オレだって、こいつらを便利道具扱いされたら怒る」
やっと止まり、目の端に残る涙を拭いつつ零すミナギに、ナギトは軽く肩を竦めて返す。こいつら、と言うのが五人の小さな精霊達なのは、言われなくてもわかっている。
そんなミナギも、精霊術師は精霊を使役して命令をしている側と言う世間一般の話を信じていた。だが、五人の小さな精霊達と一緒に過ごすようになってからは、そんな認識もいつの間にか消えていて。兄弟や友人のような感覚になっていると気付いたのは、いつだったか。
契約こそ実際にしていないものの、契約するならミナギが良いと言われるほど慕ってくれている彼等を便利道具扱いされれば怒る。殴りかかる事はないけれど。
認識の違いや感覚の違いは大きいと痛感する。
まあ、水筒に入れる水をわざわざ水の精霊に頼むなんて、普通の人間からしたら考えられない事を平気でやっているナギトとユヅキだ。感覚にズレがあり過ぎるのは、今更過ぎる話だけど。
会話の内容がわからない五人の小さな精霊達は、不思議そうな顔をしてミナギを見上げ、愛想の良い笑顔を見せている。何を話しているかわからないけど、とりあえず笑っとけばいいかな、なんて言う考えが手に取るようにわかった。
精霊は見た目と精神年齢がイコールで繋がらないとは言うが、少なくともこの五人の小さな精霊達は、見た目と精神年齢はイコールで繋がるタイプだ、きっと。
「さて……センセ、ネグロ・トルエノ・ティグレってどうした?学園に持ってきゃ、一応買取してもらえるんだろ?
「え?ああ……こっちが心配で倒した時のまま置いてあるな……。報告の証拠に、牙か爪でも持って帰っておくべきか……」
「や、それならゆづに任せてくれりゃイイ。ゆづ、頼めるか」
「うんっ!こっちのネグロ・トルエノ・ティグレもまとめて運んでもらうね」
運ぶってどうやって、と。ミナギと教師の心の声が異口同音。
話の流れからしてユヅキがネグロ・トルエノ・ティグレを運ぶのかとも思ったが、どうやらユヅキはユヅキで別の誰かに頼むらしい。では、一体誰に。
まあ、ユヅキが自分の身長よりも大きなネグロ・トルエノ・ティグレを持ち上げて運ぶとしたら、それはそれでちょっと問題だったけれど。体がしっかりとした教師ですら、ネグロ・トルエノ・ティグレの死体を一体抱えられるかどうか、のレベルなのに。
「じゃあ、森の中にあるネグロ・トルエノ・ティグレの死体は地の精霊さんに探してもらって、後は風の精霊達に、学園まで運んでもらいまーす!」
「ちょっと待って、そんなんあり?」
「ありだからあるんだよ。それに精霊達だって、拒否権あんだから、やりたくなかったらやらないしな」
当然とばかりに言い切るナギトだが、そもそも精霊に運んでもらおうなんて発想自体しないわけで。
ある程度慣れて来たとは言え、やっぱりこの二人の精霊に関わる感覚はおかし過ぎる。そう思ったミナギだった。
まさか後日、この二人の感覚に慣れた事で、自分が他の精霊達から大注目を浴びる事になるだなんて――この時のミナギが知る筈もなかった。
クエスト:クエルノ・ラビット、十五体撃破。危険度Eランク。
討伐確認:クエルノ・ラビットの角の納品。大きな角一本につき一体撃破と認定。
クエスト達成結果:失敗
一人で居るところを危険度Bランクのモンスターに襲われ、絶体絶命のピンチだったミナギを助けに来たのは、ユヅキだった。力がない為か、思い切りネグロ・トルエノ・ティグレに体当たりする形で突き刺したリングダガーは、左の首筋に深々と突き刺さっていた。
完全にミナギに意識が向いていたせいで、不意打ちを喰らう形になったネグロ・トルエノ・ティグレが上げる、苦悶の咆哮。
なんとかユヅキを振り払おうと四本の足で踏ん張り、頭を激しく左右に振る。
しかし、ユヅキもユヅキで振り払われて堪るかと、リング・ダガーの柄を右手で、リング部分を左手で掴み、耐える。
ユヅキの踏ん張りと、ネグロ・トルエノ・ティグレの抵抗。この二つの要素がユヅキに軍配を傾ける。深々と突き刺さったリング・ダガーが、じわり、じわり、と動き、傷口を大きくしていく。
歯を食いしばって耐えるユヅキが、何かを叫ぶ。ミナギの耳では聞き取れない、歌を歌っているようにも聞こえるそれは、精霊の言葉。精霊術師が無意識のうちに喋る、精霊の言葉だ。
「……っ。ユヅキさん、何言って……え?」
「あぁらぁ!ひっどいケガしてるじゃないのぉ!」
ユヅキの声に応えたのは、アルバと泉の水の精霊達だった。
倒れ伏したままのミナギの傍に駆け寄り、一番酷い傷口である左肩に向けて手を伸ばす。アルバは、そのくちばしを近付ける。
ただ、それだけ。ただそれだけに見えた行動は、だがしかしミナギの怪我を治癒させる為の行動で。血がだくだくと流れ続けていた傷口は、今やどこをどう負傷していたのかもわからないくらい、綺麗に治っていた。
左の肩部分が破れ、血まみれになった制服を着ていなければ、怪我をした事すらわからないくらい、綺麗な治療。
あまりにも綺麗な治療にぽかんとするミナギの周りでは、ボロボロと泣いている五人の小さな精霊達の姿。何を喋っているのかはわからないが、きっと無事で良かったと言っているところだろう。
後からユヅキに訊けば、役に立てなくてごめんなさいとも言っていたらしいが、そこは全力でミナギは否定しておいた。最初にネグロ・トルエノ・ティグレが近付いている事を教えてくれたのは、五人の小さな精霊達の中の、地の精霊だったから。
その間も、左の首筋にリング・ダガーを突き立てているユヅキを振り払うべく、ネグロ・トルエノ・ティグレの抵抗は続く。が、ユヅキもユヅキで踏ん張り続ける。
さっさと手を離せば良いのに離さずにいるのは、考えなしに踏ん張っているだけか、はたまた今手を離すと吹き飛ばされる可能性が高いからか。左の首筋に出来ている傷口は、リング・ダガーの刃幅よりも数センチ広くなっていて、さっきよりも多くの血がぼたぼたと流れ落ちて行く。
このままでは死ぬと判断したネグロ・トルエノ・ティグレが、ダンッと一度強く地面を踏みしめ、体を低く構える。
金に近い黄色の体毛にぶわりと浮かぶ、黒い雷にも似た何本もの縦縞模様。同時に、パリパリと音を立てる周囲の音に、ユヅキは反射的にネグロ・トルエノ・ティグレの体を両足で蹴って距離を取る。その距離、大体二メートル程。
着地すると同時に倒れまいと踏ん張り、両足の踵でガリガリと地面を削る。靴が傷むなぁ、なんて頭の片隅で思いつつ、ネグロ・トルエノ・ティグレから目を逸らさない。
ネグロ・トルエノ・ティグレの雷のチャージが、後もう少しで完了する。きっと、後もう数秒の話だろう。
そんなネグロ・トルエノ・ティグレの様子を見ながら、ユヅキは声を張り上げる。
「セラータァ!!」
張り上げる大音声。
それは、黒雷を放たんとするネグロ・トルエノ・ティグレの咆哮が、今にも上がろうとしていた、まさにその瞬間の出来事。
突如ユヅキの影から飛び出す、黒い塊。もとい、体長四メートルほどの大きさを持つ、黒い豹。ネグロ・トルエノ・ティグレからユヅキを守るように立ち塞がり、威嚇するように上げる咆哮。
すると現れるのは、ネグロ・トルエノ・ティグレの全身を覆い隠す、黒い闇色のドーム。完全にネグロ・トルエノ・ティグレの全身が覆われるのと、黒い雷が放たれるのは、数瞬の違い。
闇色のドームの奥から響く、獣の咆哮。バリバリと空気を切り裂く雷の音や、ドームの壁にぶつかる雷の音も。ネグロ・トルエノ・ティグレが黒雷を放ったのはわかるが、攻撃がドームを突き破る事はなさそうだ。
あの闇色のドームがなければ今頃、ユヅキもミナギも、放たれた黒雷にユヅキもミナギも貫かれていただろう。きっと、多分。泉の水の精霊達の力で黒雷を防げない事は、ミナギを水球で護っていた時に立証されているから。
咆哮が消える。ネグロ・トルエノ・ティグレが放った黒雷は、完全に闇色のドームに封殺された事を知るには、十分。
「……たす、かった……?」
「まだ!アルバ!ミナギくんの傍離れないで!セラータ、そのまま待機!」
鋭いユヅキの声に、ビクッとミナギの肩が跳ねる。
今まで聞いた事のないような、鋭い声だった。つまりはそれだけ、切羽詰まった状態なのだと訴えていて。ミナギの体が瞬間的に委縮してしまう。立ち上がる事も出来ないミナギを背に庇うようにして、その両の翼を広げる。
だが、体長二メートルのネグロ・トルエノ・ティグレと比べれば、小さいアルバの体は少々頼りない。守ってくれようとしているのに、申し訳ないけれど。
否待て、それ以前に。
「その黒い豹、セラータなの!?」
「ミナギくぅん?今はぁ、そんなツッコミ入れてる場合じゃないでしょぉ?」
ついついツッコミを入れずにはいられない性分に、呆れながらいつも通りの口調でアルバが軽く叱り付ける。それはそう、と内心頷くミナギ。
けれど、ミナギの気持ちもわからないでもない。
それこそ普段は肩に載るくらいの黒猫の姿をっているセラータ。なのに今は、体長四メートルほどの黒い豹。とてもじゃないが、似ても似つかない姿だ。頭の中でどう頑張ってもイコールで繋がってくれない。
困惑するミナギを他所に、黒い豹――もとい、セラータが作り出した闇色のドームがドンッと鈍い音と共に僅かに揺れる。しかも一回だけではすまず、続けて二回、三回と揺れる。
何が起きているのか、すぐには理解出来ない。ネグロ・トルエノ・ティグレが脱出するべく闇色のドームに体当たりをしているのだとわかったのは、それから数秒後。
バリィンッと大きな音を立てて、セラータの創り出した闇色のドームが内側から砕け散る。
粉々に砕け散る闇色のドームの破片が、飛び散る。
重たい足音を響かせて着地したネグロ・トルエノ・ティグレが、ユヅキやセラータを睨み、次にはアルバとミナギを睨み付ける。呼吸はかなり荒く、左の首筋に出来ている傷口からは相変わらず血がだらだらと零れ落ちていて、随分と弱っている様子を見せているが、ユヅキ達を睨み付けている瞳には、弱さは見えない。
ミナギ達を倒す事よりも、生き残る道を模索している、そんな目をしていた。
戦闘経験がほぼないミナギでも、わかる。ネグロ・トルエノ・ティグレの左首筋のあの傷は、相当の深手だ。仮にこの場を生き延びても、長くはもたない。
きっとネグロ・トルエノ・ティグレ自身もわかっていて、それでもまだ生に縋り付こうとする姿は、恐怖を与えるには十分過ぎる。
だが、逃げ出す為の道を探す事ばかりに集中していたネグロ・トルエノ・ティグレは、だからこそ見落としていた。
自分がたった今砕いた闇色のドームの破片が、不自然な形で空中に留まっている事に。
それは何の前触れもなく、突然起きた。
ネグロ・トルエノ・ティグレが砕いた、闇色のドームの破片から、突如ネグロ・トルエノ・ティグレに向けて真っ直ぐに伸びて行く闇色の帯みたいなもの。それは瞬く間にネグロ・トルエノ・ティグレの四肢を、胴体を、首を、頭を縛り上げる。
上がる、驚きと苦悶の咆哮。すぐに振り払おうとネグロ・トルエノ・ティグレは体を揺さぶろうとするが――全く動けない。前脚を振り上げる事も、頭を動かす事も、何もかも。
体を動かす以前に、首を締め上げる影が左首筋に出来た傷口に食い込み、更なる痛みをネグロ・トルエノ・ティグレへと与えている。
更にぼたぼたと、ネグロ・トルエノ・ティグレの傷口から血が溢れて行く。
さっきよりも、息が荒い。険しいその表情から見て、ネグロ・トルエノ・ティグレも追い込まれている事は見てとれた。だからと言って、ネグロ・トルエノ・ティグレはまだ生き残る道を見付けようとしている気がする。
諦めが悪いと言うか、しぶといと言うか。まあ簡単に諦めるなら、危険度Bに指定される事はないか。勿論モンスターの危険度は、その強さで評価される場合が多いけれど。しぶとさも、強さを決める条件の一つになる筈だ。
「あらぁ?あれはぁ」
「オスクロ・マルディフィヨン!ナギトだ!」
「マルディフィヨン……って……えっと、確か、呪縛魔法、だっけ?え、どっ、どこからっ!?」
自分を背中に庇うようにして立つ泉の水の精霊の後ろで、ミナギは辺りをキョロキョロ。ユヅキの言葉から、なんとか記憶を辿り、勉強しておいた魔法の種類を思い出して、それが闇の呪縛魔法である事に気付くまでは出来た。
一つの疑問は解決出来たが、また新たな疑問が急浮上。闇魔法ならナギトが使った可能性が高いが、一体どこから魔法を使ったのだろう。
魔法はその強さや距離に応じて、魔力の消費量に大きく影響すると、教科書には書かれていた。
少なくとも、今ミナギが視界で捉えられる範囲に、ナギトの姿はない。木々に隠れている可能性は、かなり高いけれど。
そんなミナギの様子に、第三者の介入をネグロ・トルエノ・ティグレも悟る。まあだからと言って、逃げる事も出来ず、ただただ闇の呪縛魔法に縛り上げられたまま、ある一点を見つめて唸るだけ。
来る。何かが来る。
さっきまで泣き喚いていた小さいのと、自分の首に爪を立てた小さいの、自分の雷を阻んだ黒いヤツや、白い鳥とは別に、何かが来る。
コレはダメだ。コレはこの小さいの二頭と黒いのと白いのとは比べ物にならない、何かが来る。もう近くまで来ている。狩りだ、これは狩りだ。自分は今、狩る側から、狩られる側に変わった。
ネグロ・トルエノ・ティグレが、ここに来て初めて恐怖を覚えた。来るな来るなと姿なき第三者に対してもがき叫ぶが、そんなものが通用する筈もない。
だってネグロ・トルエノ・ティグレは、第三者にとって――ナギトにとって、大事な二人に牙を剥いたのだから。
「突き上げろ、オスクロ・ランサ」
静かだった。本当に、静かな声だった。けれど、湖の近くに居る全員の耳に、はっきりと届く、力強い声だった。その言葉の意味を理解していたのは、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータの二人と精霊コンビだけだったけれど。
闇の呪縛魔法に縛り上げられていたネグロ・トルエノ・ティグレが、足下の地面から真っ直ぐに突き上げる形で現れた複数の闇の槍、オスクロ・ランサに貫かれる。
完全に四肢が地面から離れる。がっしりとした巨躯が仇となった。オスクロ・ランサに突き上げられた ネグロ・トルエノ・ティグレの身体は、その自重で更に深く体が槍に突き刺さる。
オスクロ・ランサに貫かれた直後、オスクロ・マルディフィヨンは解除され、ネグロ・トルエノ・ティグレの動きを制限するものはなくなっていたのだが、もはやもがく余裕すらない。小さく体をぴくぴくと震わせ、虫の息。
そんな状態でもまだ生きている事に恐れを覚えるべきか、同情するべきか、少し悩む。
「へぇ?サスガは危険度Bランクにされるだけはあるなぁ?大体のヤツはこれで死ぬのに、まだ生きとるとか、たいぎいわ」
冷静に、でも心底うんざりしたような声が、響く。
それは紛れもなくナギトの声で、まだしぶとく生きているネグロ・トルエノ・ティグレを見ながら、ゆっくりと森の中から現れる。
位置関係的には、ミナギから見ればネグロ・トルエノ・ティグレを挟んだ向こう側。ユヅキから見れば、ネグロ・トルエノ・ティグレを正面にして右側だ。木々が落とす影に隠れ、見えにくかった顔が陽の光にさらされた瞬間、ミナギはビクッと肩を震わせた。
あ、怒ってる。あれすっごい怒ってる。
ミナギでも瞬時に理解出来るくらいはっきりと、ナギトは怒っていた。声に怒りが出ていないだけで、顔にはあからさまな怒りが現れていた。
マリーゴールド色のナギトの左目と、ミナギの目が、合う。
目が合って、しかしすぐにナギトの視線はズレる。今はもう治っているミナギの左肩へ移り、血塗れの制服に移り、それからネグロ・トルエノ・ティグレへと戻った時には――マリーゴールドの瞳には、怒りと共に違う色が確かにあった。
≪いつものでいいか?≫
「ん?んー……必要ない。もう終わる」
≪わかった≫
ヴェルメリオの言葉を、だがしかしナギトは断る。もう終わるから、と。
まあ確かに、左の首筋に大きな傷口が出来ているうえに、オスクロ・マルディフィヨンに縛り上げられたかと思えば、更にはオスクロ・ランサに突き上げられたのだ。まだ生きているのが不思議な状態で終わらなければ、逆に変な話か。
息も絶え絶えの状態でまだ生きているのは、幸運なのか、不運なのか。絶対不運だろう、ネグロ・トルエノ・ティグレから見れば。
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、ネグロ・トルエノ・ティグレが、ナギトを睨み付ける。
睨み付けるとは言っても、最初にミナギに向けていた圧はなく、かなり弱っているのは見てとれた。
でも、なぜだろう。今ここでナギトがオスクロ・ランサを解除したら、最後の力を振り絞って反撃してきそうな、そんな気がする。相手がモンスターだろうと人間だろうと、最後の最後まで油断してはいけない、と。学園で教師が語っていた言葉が蘇る。頭でわかっているつもりではあったが、こうして実際に瀕死の状態でもまだ生きているネグロ・トルエノ・ティグレの姿を見れば、納得出来る。
ゆっくりと歩き、ナギトがネグロ・トルエノ・ティグレへと近付く。まだ、オスクロ・ランサは消えない。
ネグロ・トルエノ・ティグレの正面に立つと、左の首筋に刺さったままのユヅキのリング・ダガーの柄を掴む。
「うちのチビを襲ったのが運の尽きなんだよ」
最後の力を振り絞って、ネグロ・トルエノ・ティグレがナギトに向かって牙を剥いて低く唸る。咬み付く事は出来ないが、それでも精一杯の抵抗を見せる姿は、いっそ天晴れ。
だがそんな様子に眉一つ動かさず、掴んだリング・ダガーを動かす。ネグロ・トルエノ・ティグレの左の首筋から、一八〇度反対側の、右の首筋に向かって。完全に首半分を断ち切る。
苦痛の断末魔も途中で消えて、代わりに傷口から溢れる血が、ナギトの制服の袖を染め上げて行く。白を基調としているせいで、血に染まるとかなり目立つ。ミナギの制服と同じで。決定的に違うのは、その血が制服を着ている本人のものか、モンスターのものか、だ。
オスクロ・ランサが消える。闇の槍に突き上げられていたネグロ・トルエノ・ティグレの巨躯が、地に落ちる。
ピクリとも動かないところから見て、今度こそ完全に絶命したのだろう。
自然にミナギの体から、力が抜ける。ずっと恐怖に縛られていたのだ、当然と言えば当然。初めて対峙したモンスターが危険度Bのネグロ・トルエノ・ティグレともなれば、流石にハードルが高過ぎだ。
ネグロ・トルエノ・ティグレからリング・ダガーを抜き取り、軽く血を振り落とす。そんなナギトにすぐさま駆け寄るのは、ユヅキ。
そのまま抱き着くのかと思いきや――助走を付けて、ジャンプ。かと思えば、思い切りナギトの頭を叩き飛ばした。
「ええええええええええええええっ?!」
「ナギト遅いっ!!」
「すんません。けどさぁ、ドコに居るかわから」
「言い訳しないっ!ミナギくんすっごい大ケガしてたんだよっ?!」
「でももう治って」
「治ってるからいいって問題じゃないのっ!!アタシの方が先に着いてたしっ!!」
「仕方ないじゃん。俺闇属性で、捜索魔法も日陰げ」
「言い訳ダメッ!!」
思い切りナギトの頭を叩き飛ばしたユヅキに、思わずミナギが挙げた絶叫は、驚愕一色。
しかし、そんなミナギをよそに、頭を叩き飛ばしたナギトをお説教開始。その場に正座するナギトの前に仁王立ちする姿は、何処か凛々しくもあった。
当のナギトは、さも当然のようにその場に正座して、ユヅキからのお説教を受けている。合間合間にナギトが反論しようとするが、全て封殺。言い訳ではなく事実でしかないのだが、取り付く島もないユヅキに、大人しく口を閉ざす。これ以上は何も言わない方が良い。そう判断したのだろう。賢明な判断ではある。
だがミナギからしてみれば衝撃的な展開過ぎて、どこからどう突っ込むべきか悩む。頭の上に疑問符を乱舞させるミナギをよそに、まだユヅキのお説教は続いていた。
そんな三人組を、アルバとセラータはいつもの事だと見守り、泉の水の精霊達やミナギの五人の小さな精霊達はオロオロするばかり。このリアクションの違いは、付き合いの長さが大きく関係しているのは間違いない。
「あっ、あのユヅキさん、オレもうだいじょ」
「ミナギくんは黙っててっ!!」
「あ、はい」
「ミナギ止めとけ。こうなったユヅキは止まらないから」
「ナギトも黙って!」
「へい」
大丈夫だからと言おうとして、だがしかし、やっぱりユヅキに封殺されてしまう。どうやら完全にご立腹。ナギトの言う通り、こうなったユヅキは止まらないのだろう。怒りが自然消火されるまで、大人しく待つしかないらしい。
どうしようも出来ず、助けを求めてアルバやセラータを見るが、緩く首を横に振られたり、待ってなさいよぉと言われたりで、これまたどうしようもない事がわかっただけ。
仕方ないかと諦めつつ、駆け寄って来た五人の小さな精霊達の頭をよしよしと撫でる。彼等の言葉はわからないが、無事で良かったと、力になれなくてごめんと、そう言っている気がして。今は通訳をユヅキに頼む余裕がない為、後で通訳してもらおうと決意。
そう言えば、いつの間にかセラータが黒豹の姿から、見慣れている黒猫の姿に戻っている。後から聞いた話では、戦闘中、強いモンスター相手にはあの姿になる事も多いとか。
いつまで続くのかなぁ、なんて。ナギトのお説教を続けるユヅキを見守っていると――意外とすぐに、お説教は終わりを迎えた。
遠くから響く、誰かの声で。
反射的に体を硬くするミナギとは違い、ナギトは片眉を跳ね上げ、ユヅキは不思議そうに周囲を見回す。アルバやセラータも特に警戒した様子がないところから見て、モンスターではないと思っても良いのだろうか。
不安げなミナギの様子にいち早く気付いたのはセラータで、軽くジャンプしてミナギの肩の上に着地すると、すりすりと頭をすり寄せる。
まるで、安心しなさいと訴えるような動作に、自然とミナギはホッと息を吐く。
「誰だろ?」
「おおかた、今回の見守り役の教師だろ。やっと来たって事は……どっかでモンスター引っかけてたか?」
「引っかける?」
「ん。『見守り』だからな。生徒で対処出来そうにないモンスターが近付いてる時、生徒に警告出すか、生徒達のトコにモンスターが向かわないように応戦するの二択がある」
成る程。今回はその中で、応戦を選んだわけだ。
ナギトの説明に納得していると、さっきよりも近付いて来る声。それは紛れもなく人の声で、明確にナギト、ユヅキ、ミナギの名前を呼んでいた。返事をしたのはユヅキで、その声に引き寄せられる形で現れたのは――魔法銃を手にした男。歳は大体、四十後半。背が高く、体もかなりがっしりしていて、剣を持っていてもおかしくない体格の持ち主だ。魔法銃は、ナギトいわくライオットガン。
見守り役の教師らしき人物が現れた瞬間、思わずぎょっとミナギは目を見開き、ユヅキは慌て、ナギトはうわぁ、と声を漏らしていた。
魔法銃を持った教師が、あまりにもボロボロだったから。
モンスターからの返り血だけではない血がほぼ全身を濡らし、鋭い爪によるひっかき傷が腕や足、脇腹等にも出来ていた。自力で立ってているものの、満身創痍と言っても過言ではない。
「わあああ!先生ケガ凄い!アルバー!!」
「はぁいぃ」
「お、おお、大丈夫だ!見た目は派手だが、ポーションを飲めばこのくらいすーぐ治っちまうぞ!君等の無事を確かめたくて、ポーション飲まずに来ただけだ、気にせんでくれ!」
腕の傷を見せながら、教師はガハハハと豪快に笑う。確かにその元気な笑い方からすれば、問題がないように見えるが、本当に大丈夫だろうか。
心配そうなミナギやユヅキをよそに、魔法銃のライオットガンを持つ教師は生徒であるナギト達の無事を確認していく。特に白い制服が真っ赤に染まっているミナギを心配しているが、怪我も治った後だと知るとホッと胸を撫で下ろす。
「ネグロ・トルエノ・ティグレが三頭向かっているのが見えて、対応しようとしたんだが……さすがに向こうのが速かったわ!一頭逃してもうたわい!」
「や、ネグロ・トルエノ・ティグレ相手にライオットガンでよくやれたな?しかも二頭相手にしてたとか」
「む?このくらいなんともないんだがなぁ?それよりも、生徒達が無事で良かったわい。想定外だったのは、結界術師の生徒に向かって行った事か……。すまんかった。生徒の安全を守るのが、私らの役目なのに」
そう言ってライオットガンを手に丁寧に頭を下げる教師の律義さに、少し困る。
どう返事するべきかと悩むミナギと、頭を下げる教師とを見比べるナギトは、両腕を組んで少し考え込む素振り。続けてユヅキへと視線を投げれば、視線の意味が理解出来ていないユヅキは首を傾げるだけ。
ユヅキの肩の上のアルバも不思議そうに首を傾げているし、ミナギの肩の上に居るセラータはふあぁっと大きな欠伸を一つ。
だが、星空のような瞳は、何かを訴えるかのようにナギトを見つめ返していた。
「ハァ……。大人しくアルバに治療してもらっとけよ。ほれ」
「ごふっ!!」
「うわあああああっ?!ちょっ、ナギトさん何やってんの?!」
「ナギトーーーー?!」
呆れ混じりに零しながら、ナギトがぐっと教師の右脇腹に軽く突く。すると瞬間、大量の血を吐いてその場に崩れ落ちる教師。流石にこれにはミナギも叫ぶし、ユヅキも焦ってナギトの頭をもう一度叩き飛ばす。一発目よりも、かなり強めに。
いって、なんて聞こえたナギトの小さな悲鳴は、だがしかし黙殺。
何をやっているのか。思わず叫ぶミナギと、叩き飛ばすユヅキに対して、けれどナギトは冷静だ。叩かれた頭をさすりつつ、あばらが数本骨折してる、と。
さて、これに驚いたのはユヅキで、慌ててアルバに治療を指示。今回は断られても治療してと指示。思い切り怪我をしている箇所を突かれた教師はと言えば――右脇腹を押え、悶絶していた。アルバの治療を断る以前に、声が出ないらしい。
そんなに痛いのにさっきまでがははと豪快に笑っていたのは誰だ。心の中で思わずミナギが入れるツッコミ。
まあ当の教師としては、生徒達が心配だったことで一時的に痛覚が麻痺していた可能性はあるけれど。無防備になっているところにナギトが繰り出した追撃は、ある意味トドメになったのかもしれない。
「並みの魔法剣士でも一対一で苦労する相手に、二頭同時に魔法銃で相手にしてたんだ。むしろそんだけの傷で済んだだけでもマシじゃん。俺だったら絶対やりたくねぇわ。ばりたいぎいし」
「……ねえナギトさん、前から思ってたんだけど、『ばり』とか『ばちくそ』ってなに?たいぎいと同じ方言?なのはわかるけど……」
心底うんざりした様子のナギトに、遠慮がちにミナギがかける声。聞き慣れない単語の意味を問えば、わかりやすくナギトがぴたりと動きを止めた。動きを止めて、視線を明後日の方に向けて考え込んで、悩み始めて――首を傾げる。
それから、助け舟を求めるように視線を送るのは、これまたやっぱりユヅキ。
当のユヅキは、教師の治療を見守っていた為話を聞いておらず、話の流れから説明する必要があったけれど。
話の流れを知ると、嗚呼成る程とユヅキは首肯一つ。
「簡単に言うと、『ばり』は『凄い』で、『ばちくそ』は『めちゃくちゃ凄い』かな」
「あー……なるほど」
「普段使い慣れてるから、意味訊かれると困るんだよなぁ……。おかんが普段使う言葉だから、親父やゆづは慣れてるし」
「ジョサニア大陸の地方の方言だな、あまりこっちでは聞かないが」
アルバの力によって怪我が綺麗に治った教師が、ゆっくりと起き上がる。バレるなんてなぁ、なんて呟いているところから察するに、どうやら学園に帰るまで怪我を隠しておくつもりだったらしい。
それ以前にポーションを使っている可能性もあるけれど、流石に骨折となると、手持ちで足りるかどうか、と言ったところか。
「別にイイじゃん、ポーション節約出来ただろ」
「しかしだなぁ……。生徒を守る側の教師が助けてもらうのは」
「でも、先生が二頭のネグロ・トルエノ・ティグレを引き付けててくれたからミナギくんは無事だったんだよ?三頭同時に来てたら、私も間に合わなかったと思う。ナギトなんてもーっと遅かったし!」
「だからそれはぁ」
「ナギト、黙って」
情けないと肩を落とす教師に対して、ポーションが節約出来たとナギトは宥めるが、うっかり話の流れでユヅキの怒りが戻って来た。
反論しようとするナギトだが、やっぱりユヅキに封殺されてしまう。
普段はユヅキがナギトに叱られたり、止められたりしている場面が多いのに、なんとも不思議な光景だ。この二人だからこその、独特な力関係なのだろう、きっと。まあミナギとしては、面白いものがみられて良いのだけれど。ナギトが叱られている場面なんて、早々見られない筈だから、絶対、きっと。
それに、アルバもセラータも止めようとしないのだ、放っておいて良いだろう。彼等がのほほんとしているところから見ても、近くに脅威となるモンスターは居ない筈だ。
一応大丈夫かと肩の上に乗るセラータに確認。こくんとわかりやすく頷いたのを見て、ほっとミナギは息を吐く。
肩の力が抜けると同時、カタカタと小さく震え始めるミナギの体。
あれ、と自分の体を見下ろして瞬くミナギを、五人の小さな精霊達は心配そうに見上げ、セラータは頭をすりすりとこすり付けて来る。
「え……あれ、なんで」
呆然とした様子のミナギの声に、くるり、振り返るナギトとユヅキ。と、教師。
振り返って見えたのは、呆然としなたらボロボロと涙を流すミナギの姿。自分でもなぜ泣いているのかわからない様子で、なんで、と不思議そうに零しながら、涙を拭っている。ナギトとユヅキが、顔を見合わせる。泣いている理由は、大体察しがついていた。それは教師も同じようで、柔らかく微笑む。
先に動いたのは、教師。小さなミナギの頭に手を置き、目線を合わせる為に屈む。
「ネグロ・トルエノ・ティグレを二体相手にしてたからって、生徒を守れんかったのは言い訳にもならんなぁ、すまん。けど、よく生きてた。偉いぞ!よく頑張った!!」
そう言ってにっかりと笑う教師の言葉に、頭に手を置かれた瞬間少しだけ止まっていたミナギの涙が、またボロボロ、ボロボロと流れ落ちる。極度の緊張状態から解放された事による安堵によるものなのだろう事は、すぐにわかった。
戦闘経験のないミナギが、初めて真正面から相対するモンスターとしては、ネグロ・トルエノ・ティグレはあまりにも危険過ぎた。
無事だったから良かったものの、泉の水の精霊達が助けてくれなければ、最初の時点で死んでいた。ユヅキの到着が後少しでも遅れていれば、あの時点でミナギは死んでいた。
ほんの数分の出来事だった。たかが数分、されど数分。その間に二回も死にかけていたと思うと、教師の言葉も尤もだと言える。
よく生きていた。よく頑張った。
その言葉は紛れもなく、ミナギの心を揺さぶった。
ついにはグズグズと鼻を鳴らし始めたミナギに、ナギトとユヅキは再度顔を見合わせ、笑い合う。
取り敢えず、話はここでいったん終了しよう。
「にしても、なんでネグロ・トルエノ・ティグレがこんなトコに居たんだ?生息域ってもっと違うトコだろ」
「ああ、こんな所に出現するのがわかっていたら、学園側もこの場所でのクエストを発行していない。だが、こいつらの毛並みを見る限り……まだ若い個体だな。群れから旅立ったか、力試しに来たか……。どちらにしろ、学園に報告する必要があるな。クエストの途中かもしれないが、お前等それでいいな?」
ナギトがとどめを刺したネグロ・トルエノ・ティグレを細かく確認しながら、教師は呟く。
これにはユヅキも、ミナギも泣きながら頷く。反論する必要も、理由もないから。あえて言うなら、クエルノ・ラビット討伐クエストがまだ途中である事くらいか。
だが、必ずクリアしなければいけないわけではないし、危険度Bのモンスターに遭遇して、パーティメンバーが死にかけたのだ。これでまだクエスト達成の為に残る選択をするほど、ナギトもバカではない。むしろ、両親からの教えで、即刻学園への帰還を選ぶ男だ。
涙がまだ止まらないミナギの頭を、真上から掴むようにして、ぐりぐり撫でる。さっきの教師よりも荒っぽい撫で方なのは、絶対気のせいではない。
「ちょっ、止めてナギトさんっ!背ぇちぢむっ!!」
「こんくらいで縮むかよ。ま、とりあえず、無事で良かった。ゆづ、泉の精霊達にもお礼言っといて。お礼に何かしてほしいとか、欲しい物あったら言えば用意するから」
「はーい!」
「なーるほど……精霊術師だと、近くに居る精霊に助けを求められるのか……。便利なもんだなぁ」
便利、と教師が零した言葉に敏感に判断したのは、ユヅキ。僅かに眉間にしわを寄せ、ムッとした表情になっていて、不機嫌なのは明白。
だがユヅキが口を開くよりも前に、ナギトがユヅキの肩を強い力で掴み、これを阻止。小さい声で、世間一般の連中はそう言う考えになるんだよ、なんて聞こえてきたが、ユヅキの気持ちもわからないでもない。
後から訊いた話だが、もしこの時ユヅキを止めて居なければどうなっていたかと言うと――思い切り教師相手に喧嘩を売っていたそうで。幼い頃、それこそ生まれた頃から身近に精霊が居たユヅキにとっては、世間一般の認識のズレがどうにも腹立たしいそうで。
止めるのも大変なんだぞ、と疲れを顔に滲ませて語るナギトに、思わず同情した。
「……でも、気持ちはわかる。オレだって、こいつらを便利道具扱いされたら怒る」
やっと止まり、目の端に残る涙を拭いつつ零すミナギに、ナギトは軽く肩を竦めて返す。こいつら、と言うのが五人の小さな精霊達なのは、言われなくてもわかっている。
そんなミナギも、精霊術師は精霊を使役して命令をしている側と言う世間一般の話を信じていた。だが、五人の小さな精霊達と一緒に過ごすようになってからは、そんな認識もいつの間にか消えていて。兄弟や友人のような感覚になっていると気付いたのは、いつだったか。
契約こそ実際にしていないものの、契約するならミナギが良いと言われるほど慕ってくれている彼等を便利道具扱いされれば怒る。殴りかかる事はないけれど。
認識の違いや感覚の違いは大きいと痛感する。
まあ、水筒に入れる水をわざわざ水の精霊に頼むなんて、普通の人間からしたら考えられない事を平気でやっているナギトとユヅキだ。感覚にズレがあり過ぎるのは、今更過ぎる話だけど。
会話の内容がわからない五人の小さな精霊達は、不思議そうな顔をしてミナギを見上げ、愛想の良い笑顔を見せている。何を話しているかわからないけど、とりあえず笑っとけばいいかな、なんて言う考えが手に取るようにわかった。
精霊は見た目と精神年齢がイコールで繋がらないとは言うが、少なくともこの五人の小さな精霊達は、見た目と精神年齢はイコールで繋がるタイプだ、きっと。
「さて……センセ、ネグロ・トルエノ・ティグレってどうした?学園に持ってきゃ、一応買取してもらえるんだろ?
「え?ああ……こっちが心配で倒した時のまま置いてあるな……。報告の証拠に、牙か爪でも持って帰っておくべきか……」
「や、それならゆづに任せてくれりゃイイ。ゆづ、頼めるか」
「うんっ!こっちのネグロ・トルエノ・ティグレもまとめて運んでもらうね」
運ぶってどうやって、と。ミナギと教師の心の声が異口同音。
話の流れからしてユヅキがネグロ・トルエノ・ティグレを運ぶのかとも思ったが、どうやらユヅキはユヅキで別の誰かに頼むらしい。では、一体誰に。
まあ、ユヅキが自分の身長よりも大きなネグロ・トルエノ・ティグレを持ち上げて運ぶとしたら、それはそれでちょっと問題だったけれど。体がしっかりとした教師ですら、ネグロ・トルエノ・ティグレの死体を一体抱えられるかどうか、のレベルなのに。
「じゃあ、森の中にあるネグロ・トルエノ・ティグレの死体は地の精霊さんに探してもらって、後は風の精霊達に、学園まで運んでもらいまーす!」
「ちょっと待って、そんなんあり?」
「ありだからあるんだよ。それに精霊達だって、拒否権あんだから、やりたくなかったらやらないしな」
当然とばかりに言い切るナギトだが、そもそも精霊に運んでもらおうなんて発想自体しないわけで。
ある程度慣れて来たとは言え、やっぱりこの二人の精霊に関わる感覚はおかし過ぎる。そう思ったミナギだった。
まさか後日、この二人の感覚に慣れた事で、自分が他の精霊達から大注目を浴びる事になるだなんて――この時のミナギが知る筈もなかった。
クエスト:クエルノ・ラビット、十五体撃破。危険度Eランク。
討伐確認:クエルノ・ラビットの角の納品。大きな角一本につき一体撃破と認定。
クエスト達成結果:失敗
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界
小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。
あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。
過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
――使えないスキルしか出ないガチャ。
誰も欲しがらない。
単体では意味不明。
説明文を読んだだけで溜め息が出る。
だが、條は集める。
強くなりたいからじゃない。
ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。
逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。
これは――
「役に立たなかった人生」を否定しない物語。
ゴミスキル万歳。
俺は今日も、何もしない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる