繭 

たもの助

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繭 二話

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 寝ていたのか、はたまた気を失っていたのか定かではないが、幸雄は気がつくと、そこは何処か懐かしい匂いが。
それは先程までの臭いが異常なのは確かだったが、目の前の光景を見て、先程の状況とは違いすぐに理解した。

そこは見慣れた商店街の夕暮れ時だった。
幸雄は両膝を突き、両の腕で握り拳を作り、
思わず声が出ていた。
「た、助かったぁ、助かったんだ私は!」
自然と両頬からこぼれ落ちていた雫が、アスファルトを二回程湿らす。

ひとしきり喜んだ後、幸雄はふと頭上を見上げてみた。
変わらず浮かぶ【繭】の字を見て、今が束の間の安堵だった事を思い出すには十分な程、現実味のないものがそこに浮かんでいた。
そして同時に、先程まで無かった筈の砂時計が頭上に。
大男の言葉を思い出した。
猶予は七日、音もなく落ちる砂を見ながら、何をすべきか考えた。

 幸雄はまず、立札の内容を思い出す。
字を持ち降りる者
それは確実に自身の事。
頭上の【繭】の字が正にそれだと確信していた。
次に掟のその一、書く瞬間、しかと見届けよ、
これについても、その一とその二が【繭】を書く瞬間、そして読む瞬間の事だろうと考えた。
幸雄は大男が【繭】の字を見て笑った時、
「ある程度悪い事をしとるからな」そう言っていた事に違和感を感じていた。

恐らく生前の行いにより、画数が決まるのだろう。
幸雄は自身の素行が悪かった為、【繭】になった。
そして【繭】を書く瞬間も読む瞬間も、七日間で見つける事が困難だからこそ笑っていたのだろう、そう結論を出していた。

幸雄を悩ませていたのはその三とその四。
夕暮れより、朝明けまで

雄は雄のみ、雌は雌のみ


下界に降り立って1時間ほど経った頃。
空を見上げると既にそこは、闇が主役を務めていた。

幸雄は掟の三と四について一頻り考えた後、いつの間にか別の事を考える様になった。
幸子は元気にしているだろうか。

その切実な思いが記憶を蘇らせていた。

 幸子との出会いは二十も半ばを過ぎた頃だったろう。
当時も幸雄はその端正な顔立ちで火遊びをしていた。
週末に現れるその色男は、その日も夕暮れを食べ終わったばかりの闇が出る頃に、街へ出る。
人々が行き交う中、目をつけた幸雄がいつもの様に声を掛けたのが、当時の幸子だった。
幸雄はまずその美貌に驚いた。
これまでも幾度となく、所謂綺麗な女性とは付き合ってきた。
だが、その女性だけは違った。
化粧をせずとも肌は潤いを保ち、常に目元は柔らかく、包容と色気を感じる。
そして口元から耳へと伝わる口調は、漆黒の闇でさえも直ぐに照らしてくれそうな、万人を惹きつける魅力がそこにはあった。
髪は肩程で艶が絶え間なく、Tシャツにデニムと言う出立ちではあったが、隠し切れない豊満な肉体を、幸雄は見逃さず。
その日の幸雄の口蛇皮線は、生涯一調子立っていた。
幸子は幸雄よりも五つ歳上であった。

仕事で一月程前に越してきた事。
一人暮らしで彼氏は居ない事。
趣味は映画とトレーニングだと言う事。

幸雄は出会った時こそ敗戦が一瞬頭によぎったが、そこからはいつもの調子で、それを三十分足らずで見事に聞き出していた。

その日は連絡先だけを交換し、後日付き合いを始めていた。
幸雄にしては珍しく、幸子との付き合いは長く続いていた。
それは決して幸雄の飽き性が改善されていたわけではなく、幸子も歳上だった事から上手く手玉に取られていたのだ。

そして三年程付き合いを続け、幸子は身籠り、幸雄と幸子はめでたく夫婦となった。

幸雄は幸子と出会ってからは火遊びも鳴りを潜めていた。
だがそれも永遠とは続かず、ひょんな事から不埒な遊びは再燃し始めた。
夫婦となり十年程経った頃だろうか。
子は二人産まれ、幸雄は仕事でも順調に役を任されていた。
その日は仕事も上手く行った事もあってか、酒屋にて同僚と二人で酒を呑んでいた。
そこへ隣の席に座ってきた女性が再び快楽への道へと誘った。
その女性とは刹那の関係で終わりを迎えたが、そこから幸雄は何かが吹っ切れたのか、事あるごとに火遊びを始めていた。

幸子は知ってか知らずか、幸雄も荒事は立てず、夫婦は波風立てる事なく時計の針は進んでいった。
そして還暦を迎えた頃に落ち着き、迎えが来るまでの二十年余は幸子一筋の良き夫婦となっていた。

 幸雄は過去から今現在の状況まで戻ってきた所で、項垂れた。
まさか過去のツケが今、地獄への切符となり、ここまでの罰となって払わされる羽目になるとは。
幸子の事を思い出したつもりがいつの間にか先程の絶望な時間を思い出していた。

不意に店の鎧戸の閉まる音がした。
けたたましいその音は、店の閉店を知らせ、同時に幸雄に対して時は待たない事も再度認識させていた。

幸雄は留まっても意味はないと思い、その足で一先ず、商店街から抜け出す事に。
見慣れた風景のお陰もあってか、足取りは軽くすぐに住宅街へと辿り着いた。
目的地は決まっていた。

幸子の元だった。
 今自身がやらねばならぬ事は重々承知している。
だが、どうしても一度だけ会いたかった。
その一筋な思いで、足取りは更に軽くなっていた。

住宅街から十五分程度歩いた場所に、変わらず自宅はあった。
慣れ親しんだ平屋が目に入ると、すぐに嫌な雰囲気を感じていた。
門灯は消え、木の葉は放置され、部屋の明かりは見えず。

幸雄はドアノブに手をやったが掴めず、そこで自身が既に人間ではなかった事を思い出し、そのまま玄関をすり抜けていった。
薄暗い中、廊下を通り床の間へと足を運ぶ。

部屋へ入ると自身の遺影が目に入った。


そして、その横には、笑顔の幸子の姿があった。


幸雄は言葉が出なかった。
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