黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第3章 タカアマノハラ学院

その13 えっと、あの、オレ質問に答えただけっすけど。

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「そんなに緊張しなくても良いわ? どう? ハーブティーよ。きっと落ち着くと思うの。いかがかしら」

 すっかり、若い女性になりきっての穏やかな口調で勧めてくる。

 油断はできないが、こちらに敵対するつもりなら、殺すチャンスなんて、いくらでもあったのだと思うことにするしかない。

 開き直ろう。

「いただきます。ティアラも、いただこう?」
「はい。いただきます。あ、素敵な香りですね。カモミールに似ています」

 ティアラは、オレの葛藤も知らずに、のんきに香りを楽しんでいる。

「あら? 聞いたことの無いハーブね。さすが侯爵家のお嬢様。私が知らないハーブをご存じなのね?」
「え? あ、え、いいえ、あの、あれ? 私、名前を間違ってしまったのかしら? えっと、えっと」
「これはカミツレというハーブよ?」
「そ、そうなんですか。でも、とっても素敵な香りです!」

『カミツレ? おいおい。カモミールの和名だろ、それ』

 この世界はゲームを基本としている世界だから植物の名前も、似ていて当然。ひょっとしたら、校長は、知っていて、ティアラをからかっているのかもしれない。

『となると、ティアラが転生者だと気付いている?』

  ギョッとして、見つめ直すが、涼しい顔でカップを置くと「ところで」と切り出してきた。

「はい」
「あなたたちを招待したのは、もうわかっていると思うけれども」
「入学式のお話、ですね?」
「あら、もう少しだけ察してくれちゃっても良いのだけど? 遠慮しないで?」

 興味深い生き物を観察する表情を向けてくる。クソっ、完全に掌の上だな。

「もう少しお話を伺ってからかと思いますが」
「ふふふ。慎重なのは良いことだけど、若いんだから、もっとイケイケでも良いと思うだけどなぁ」

 イケイケ? いったい、いつの言葉だよ。

 その時、ふと、ティアラの目が、いつになくマジになっているのに気が付いた。

『オレ達のやりとりの本質は、わかってないらしいけど、何か大事な話をしていると言うことは気が付いたらしい。聡い子だ』

 オレはちょっとティアラを見直した。ドジの食いしんぼうのヒロインと言うだけではなく、それなりに優秀なのかもしれない。いや、本来は、誰がどう見ても怜悧クールでゴージャスなイケイケお嬢様系なんだけどさ。

  クッキーを両手でむさぼり食っているシーンが、オレに先入観を植え付けたのかもな…… と、そんなことを考えている場合じゃないな。

「では、逆におうかがってもよろしいでしょうか?」
「あら? 少しやる気を出してくれた? いいわよ。年齢とスリーサイズ以外なら、何でも聞いて? あ、付き合っている人は、今、いないけど、年下は苦手なので、ごめんなさいね」

 テヘッ ペロ

 反応しようがない。

 サラッとスルーして「なぜ、あの二人に押しつけたのですか?」と正面から聞いてみた。

「あら? もうちょっと乗ってくれるかと思ったのにぃ。案外、いけずねぇ」

 ケラケラケラと笑ってから、いきなり、目が真剣になる。

「その質問をするって言うことは、私が予言しようとした、本当の意味について気がついているってコトね。ホント、へネスの息子だとは思えないわ。マリーの頭の良さを受け継いだのね、良かったわ」

 クスッと肩を上げて笑ってみせる。妖艶な女っぷりを見せているクセに、それは、ちょっとしたアイドルのような仕草にも見える。本質的に、この人はバケモノなのだろう。

「何か、よからぬことを考えたような気がしますけどぉ。まあ、いいわ。あなたの考えたことを話してちょうだい。私は何を予言したいのか。あ、このお部屋の声は、絶対に外には漏れないから安心して」

 オレが話そうとする中身を予想しているかのような、念押しだ。くそっ、もう、こうなったら、話してみるか。

「それでは申し上げます。内乱ですね? しかも、外国と王室が結びついた反乱。まあ、それを反乱と言えるのかどうかはわかりませんが」

 ティアラは「ヒッ」と息を飲んだ。なにしろ、こんなことを公の場で、公爵家の嗣子が話したと知れれば、国家反逆罪もあり得るほどのことなのだ。怯えるのも無理はない。

 しかし、美魔女校長は一切表情を変えてなかった。

「続けて?」
「はい。学園長は、予言で、言葉を慎重に選ばれたはず」
「それはそうよ」

 頷いてみせながら、目顔で続きを促してくる。

「となると、大いなる変化が、と言う言葉は、天変地異には使いません。また、たとえば、変化するタイプの災害で言えば日照りなどの異常気象でしょうけれども、それだと学園生が希望と結びつくはずがありません」

 表情から、一切を読み取らせてくれない。非常にやりにくい。だが、賽は振られたのだ。ともかく続けるしかない。

「必然的に、既成のなにかが変わることになります。そして、学園長は、二つ星ではなく、二つの星という言い方をなさいました。あの場では、二人の王子を指すと思われて当然ですが、それだと、わざわざ、先に『ここでは話せないことだ』と仰った意味が半ば無くなることになってしまう。だって、もしも災いが戦争のことであるなら、けっして、そんな言い方はなさらないはずですから」

「ふむ。それで?」
「二つの星が希望をもたらすとは、なにも二つの星が中心になることだとは限らないはずですよね」
「ほお?」
「むしろ、中心で対立する二人のことだと読み解いても、おかしくはありません」
「なるほどな。よくわかった。ファーニチャー卿」
「はい」
「そなたが申したことの重大性は存じておるな?」
「もちろんです」
「そうか。では、ぜひもない」

 いきなり、美魔女校長が立ち上がると、指を突きつけてきた。

「誰かある! 国家反逆罪で、この痴れ者を捕らえよ!」

 思った以上の大声を上げたのだ。


 
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