黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第3章 タカアマノハラ学院

その14 学園長の見た世界

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「お許しください! 校長先生! 本気じゃないんです。お願いします。どうか、お許しを!」

 バッと立ち上がったティアラが、まるでオレをかばうように立ちはだかると、平身低頭の見本のように頭を下げ続けている。

 そして、オレの目の前には必然的に、魅力的なヒップが突き出されているわけだ。

 チョン

「キャッ え? え? え?」

 オレに突かれたのが、とっさに理解できなかったらしい。

「座って? ティアラ」
「あの、で、でも、キャッ!」

 今度は見ている前でツンと突っついた。弾力性満点。

 慌てて身体を横に向けると「サトシ様、いったい」と真っ赤になってる。こんな風にしても、怒らないところがティアラなんだろう。

「ほら、ティアラ? 目の前に立たないで。横にお座り?」
「で、でも、サトシ様っ、あん、だめぇ」

 今度は左手でスリスリスリ。

 飛び上がって、驚いている姿も可愛いものなのだが。

「むぅ~ サトシ様ったらぁ。こんなところで、お戯れは」
「お? こんなところじゃなければ良いのかな?」
「だ、ダメです。ダメ。ぜったい」
「いや、婚約者だから、いいんじゃないの? ティアラさえ嫌じゃなかったら」
「ダメに決まって…… そ、そうでしょうか? あの…… そのぉ、わたくしは、その、いやじゃ、な」

「お前達。私の目の前でイチャつくんじゃない」

 たまらず、という感じで、校長の声がぶった切ってきた。

「失礼いたしました。さ、ティアラ、続きは後でね?」
「おや、後で、続くんですか? さすがに若いねぇ、君たちは」
「え? え?  サトシ様、後で、ですか?」


 真っ赤な顔で尋ね返してから、あっ! と言う顔で、オレと校長の顔を見比べて、いやああとか細い悲鳴のような声を上げながら、顔を押さえて座り込んでしまった。

 うん。ティアラは案外エロい説を覚えておこう。

 さあて、と。

「ファーニチャー卿。なぜ、慌てなかったんだね? あの発言では、国家反逆罪になど問われないとでも思ったのか?」
「いいえ」

 一度首を振って見せてから「校長先生の言葉を信じたからです」と目を見ながら反論するオレだ。

「信じただと?」
「はい。さきほど、この部屋の声は絶対に漏れないとおっしゃいましたよね。だとしたら、校長先生の魔法によるものでしょう。しかし、魔力の動きは感じられませんでした。となると、依然としてこの部屋の中で、何を叫んでも、外に漏れるはずがありません。それに」
「それに?」
「校長先生なら、警備の者が来る前に、ご自分で私を捕まえようとなさるのではないかと」

 くくくく。

 イタズラがバレた時の子どもがする、苦笑にも似た笑い声を立てながら「これは失礼した」と、謝っているくせに、満足そうな顔を見せる校長だ。

「どうやら、本物らしいな、貴殿は」
「恐縮です」
「ティアラ・ルーストハイム君」
「はい!」
「実に良き相手に巡り会えて、幸せだな」
「あ、いえ、あ、は、はい。ありがとうございます。あの、では、国家反逆罪のことは」
「ああ、アレはウソだ」

 ええええ!

 驚愕するティアラ。

「傍らは、最初からわかっていたみたいだぞ」

 ニヤリと笑った目線で、こちらを向いたティアラが「本当ですか?」と微かな声。

「まあ、なぁ」
「そんなぁ」

「さてと。少々お遊びが過ぎたようだ。そろそろ本題に入っても良いかね?」
「全く同意いたします。このような純粋な若者をからかうのは、良くないことですから、本題にススンでいただきたく存じます」
「何が、純粋かね。お嬢さんに対しては同意してあげるが、ふっ、煮ても焼いても食えないアグラグヮーの皮の方がまだマシなほど、分厚い、ご尊顔でいらっしゃるのに」
「いえいえ。骨ごと丸かじりするカブラの顎に、咀嚼できなものなどないかと存じます」
「ほ~ 私をカブラだというのかね?」
「え? アグラグヮーの話をなさっていたのかと? 何か別のことだったのでございましょうか」
「くっ。マリーはもっと、素直だったぞ。もういい。本題に入る!」

 恭しく頭を下げてみせると、フンと忌々しげに唇の左端をキュッと歪めた校長だった。

「お前の推理は、見事だった」
 
 さっきまでのスネたフリなどどこ吹く風で、冷徹な裁定者の声で褒めてくる校長だ。

「お前にはハッキリ言っておこう。あと一年で、カッテッサ連合王国は滅びるかもしれないのだ。そして、その中心は、お前が言ったとおりだ。ガイウスとマリウス。二人の争いが黒い渦の中心となってしまう」
「なるほど。それぞれが相手に味方する国内勢力を潰すために、それぞれが隣国と手を結ぶ。そして、国境を侵されたことを理由に、国内の軍事力を統合させるとの名目で大貴族から武力を奪って国軍にしてしまう。けれども、諸貴族が、言うことを聞くはずもなく分裂。そこを諸外国に各個撃破され、食い散らかされる、と言う筋書きなのですね」
「やれやれ。予知で、お前と」

 ふっとその視線がティアラに向く。

「お前の伴侶が、何を成し遂げるのか知らなかったら、今すぐ、お前を殺さねばと思うところだったぞ」
「私とティアラが、ですか」
「そうだ。何を、そんなに不思議そうな顔をする?」
「いえ。私は大人しくしていたいのですが」
「それは無理だ」
「なぜ?」
「カッテッサ連合王国は、その正当な後継者を待ち望んでいるからだ。ファーニチャー卿。お前こそが、カッテッサ王国の真の主とならねばならんのだよ」
「え? いや、あの、いろいろと、申し上げたいことも、質問したいこともございますが、いったい、なぜ、私が正当な後継者となるのか、それをお教えください。ご存知のとおり、私の王位継承順位は5位なのですよ?」

 ゆっくりと瞬いた美魔女校長は、重々しく口を開いたのだ。

「それはだな…… 約束したのだ」
「約束? どなたと、どんな?」
「カテリーナとだ」

 カテリーナ? あ! あの伝説の?
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